見えない想い





「はっくしゅん!」

 ぶる、と私は体を震わせた。ここのところ急に冷え込んできて、体がなかなか追いつかなかった。まだまだ所内の暖房がつく時期でもないし、如何したものか。そろそろしまってある羽織を出してこなくちゃ…と、そんなことよりも今は仕事。私は監察が潜入操作で使うという変装用の服を縫い続けながら、どうにか今すぐ体温をあげる術は何かないものかと考えていた。

「っくしゅん!」

 二度目のくしゃみをして、私は少し焦った。まさか風邪の引き始めじゃないよね?こんな、季節の変わり目でいちいち風邪を引いている暇なんてないのに。ただでさえこの間一気に女中さんが二人も抜けてしまって、仕事がたまっている。とりあえず三十分後に退くんがこの服を取りに来るまでに終わるように急いで、その後は急いで羽織を引っ張りだしてお夕飯の買い物に行かなくちゃ。

「は…っくしゅ!」

 三度目のくしゃみをしたところで部屋の襖が開いた。振り返るとそこには退くんが立っていて、少しばかり驚いたような顔をしている。

「ここにいたんだね」
「あっ、もしかしてこれ探してた?三時って聞いてたから、まだ出来てないんだけど…」

 私を探して、というよりもこの服を求めて、退くんは私の部屋まで行ったのだろうか。先ほど総悟くんにお茶を淹れてあげるために一緒にこの休憩室に来て、そのまま少しお話しながらここで縫っていたから、総悟くんが仕事に戻ったあともここで縫い続けていたんだけれど…。無駄足を運ばせてしまった上に、まだ予定の二十分前だとしても、しっかりと後二十分はかかってしまいそうな自分の仕事ぶりに申し訳なくなった。総悟くんとお話しているときも、もっとてきぱき手を動かすべきだった。

「ごめんね、急ぐから少し待ってて」
「あ、大丈夫だよ、様子見に来ただけだから。急がないでいいよ」
「でも…ちゃんと約束の時間までには終わらせるから」

 退くんは優しいから…。私は急いで残りの裁縫に取り掛かった。少しでも早く退くんに手渡せるようにしなくちゃ。そうして縫う手を早めていると、肩に暖かいものがかけられた。思わず手を止めて顔をあげると、シャツ姿の退くんが私を見下ろしている。肩に目を向けると、退くんの隊服が。

「え…」
「さっき、くしゃみしてたから」
「ありがとう…でも、三度目だったから誰か噂してたのかも」
「か、風邪引いたら困るから、着ててっ」
「…?」

 上着をかけてくれた時は微笑んでいたのに、私が三度目だから噂をされていたのかもと話すと頬を少し赤らめて焦る退くんを不思議に思ったのだけれど、それよりも今度は退くんが冷えて風邪を引いてしまっては困る。背中を向けてお茶を淹れている退くんに、私は上着を返そうとした。

「私よりも、そんな格好してたら退くんが風邪引いちゃうよ」
「お、俺は大丈夫!汗かいてるから」
「え…?汗なんてかいてないんじゃ…」

 まったくもって汗をかいているようになんて見えないのに、そんなことを言う退くんに私は首をかしげるしかなかった。私に背中を向け、お茶を淹れる退くんのうなじを見ても汗が流れている様子もない。淹れ終わったのか、くるりとこちらを向いて私の前にお茶を置いた退くんは縁側に繋がる方の襖を開けた。

「お茶ありがとう。どこ…行くの?」
「ミントンのすぶりしてるから、出来たら教えて」
「汗って…」
「そ、これからかくからさ。それ、急がなくて大丈夫だから焦らないでいいよ」

 そう言って退くんは襖を閉めて外へと行ってしまった。一瞬外からの風が室内へ入ってきたけれど、すぐに肩にかけられた退くんの隊服と、淹れたてのお茶が私を温めてくれた。冷えた指先を暖かい湯のみで少し温めて、私はまた裁縫を始めた。外では退くんがミントンのすぶりをしている音が聞こえる。さっきまで冷えていたのに、今は何だか体も心も心地よく温かい。私は退くんのすぶりの音を聞きながら一針一針縫い進めて行った。

 三度したくしゃみは、退くんが私のことを考えていたせいだったらいいのになァ…なんて思いながら。






20081108
2style.net