パラージュ☆キス





 キッチンで彼女と優雅にティータイム。とはいかず、愛しのに穴が開くほど見つめられているというのに、おれは思いきり顔を逸らした。
──────これでから顔を逸らすの、今日で何回目だ?

「もぉおおおお、なんで!?」
「なんででもだ!」

 顔を逸らすおれに、声を上げる。そのの問いに今朝から何度も何度も答えてきたおれは、今更丁寧に説明しなおす気になれず“駄目だ”という意志だけで返事をする。丁寧に説明しなくとも、は答えが分かっていて、むしろ分かっていても無視をして再びおれに詰め寄ってくるのだからタチが悪い。うううう、と堪えるような呻き声を上げて、はおれのもとから去って行った。
 これで諦めてくれりゃあいいんだが、きっと諦めねぇんだろうなァ。おれは溜息をついて飲みかけの紅茶を飲み干し、夕食の下ごしらえをしようと腰を上げた。





 調理中に邪魔をしに来るかと思えば、案外はやって来なかった。外で特に騒ぐ声も聞こえず、ようやく諦めてくれたのかと安堵しながらおれはデザートの準備をしていた。けれど、どうやら諦めていなかったらしい。キッチンのドアがそっと開けられた音がして、中に誰かが入って来る気配がした。こんな入り方をしてくるのは盗み食いをしようと企む奴等か、今日の状況からするに、だ。いくらバカとはいえ、俺がキッチンにいるのに盗み食いをしようとするほどバカな奴等ではないから、きっと忍び込んできたのはなのだろう。
 おれはデザートの準備をする手を休めず、気配だけを探った。そろり、そろりと近付いてきている。諦めたと思ったのに、やっぱり諦めてねぇのか。まったく困ったお姫様だ。

 すぐそば、いや背後までは来ていた。けれどおれは気付かないふりをして、作業を続けていた。おれにコソコソと近付いて、は一体何がしたいんだ?が視界に入らないように、あえてに背中を向けてやると、おれが気付いていないと思っているのか出来上がった料理に手を伸ばし、ひとつつまんで口に運んだ。おいおい、ただのつまみ食いをしに来たっていうのか?不可解な行動に未だ気付かないふりをしていると、は再び料理に手を伸ばした。わざと皿と皿を小さくぶつけて、音をたてて、だ。わざと気付かないふりをしていたが、どうやらおれに気付いて欲しいらしい。何がしたいのか分からねぇままだが、気付いてほしいなら、とおれは声をかけてやることにした。

「味の濃さは調度良いか?」
「うん、完璧…じゃなくて!!」
「完璧、じゃない?」
「味は完璧!だけど、そうじゃなーい!」

 おれの言葉が求めていたものと違ったらしい、詰め寄ってくるにおれはまさか、と思った。まだ顔を逸らしちゃいねぇが、まさかまた顔を逸らすことになるのではと見上げてくるを見下ろした。

「どうして怒らないの!」
「なにについて?」
「つまみ食いしたことについて!ルフィとかがつまみ食いしたら、いっつも蹴り飛ばすでしょ!」

 最後の一言で、あぁやっぱり、と顔を逸らすことはしなかったものの、おれは肩を落とした。なんとかこの話を逸らすことは出来ねぇもんか。

「てっきり味見をしてくれたと思ったんだよ」
「違う、つまみ食い!私はつまみ食いをしたの!」
「そうか、そりゃあお仕置きしなきゃなんねぇな。あいつ等にも不公平だ」

 おれの言葉にうんうんと瞳を輝かせてこれでもかと顔を上下に揺らすに、なんで分かってくれねぇのかな、と苦笑いを通り越して眉尻が下がる。

「よォし、歯くいしばれ」
「っ!うん!」

 は待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、口を真一文字に結びぎゅうっと目を閉じた。やれやれと思いながらおでこに唇を寄せ、小さなリップ音を響かせながらキスをひとつ落としてやれば、予想通りの悲鳴がキッチンに響き渡った。

「違ううう〜!」
「おっと、物足りなかったか」
「そ、そうじゃなくて!ちゃんとお仕置きして!ルフィの時みたいに!」
「あのなァ
「ちゃんと歯くいしばってるから、どうぞ!整形ショットで!!」
「…ハァ」

──────整形ショットで!!
 のその言葉に、おれは今日何度目になるか分からない溜息をついて、これも今日何度目か分からないが、から顔を逸らした。

「駄目だ」
「なんでぇ!?私つまみ食いしたんだよ、お仕置きするべきでしょ!?」
「お仕置きはもう済んだ」
「あれじゃご褒美じゃん!」

 おれのキスをご褒美と思ってくれているのは嬉しいが、今日何度目になるか分からないこの状況はまったくもって嬉しくはない。
 何を思ったのか、は今朝からこれなのだ。整形ショットをしてくれと、朝から何度も何度も何度も、おれにせがんでくる。理由を尋ねれば「サンジにつりあうような美女になりたい」からだそうだ。可愛い理由に最初こそ頬を緩め、今のままで十分おれには魅力的だと甘い声で返事をしていたものの、何度も何度もせがまれれば溜息もつきたくなる。うんざりしているわけではないのだ、おれのために美しくありたいと思ってくれるのはクソ嬉しい。しかしおれの気持ちを理解してくれないことだとか、可愛い瞳で一生懸命に見つめられればうっかり頷きそうになることだとか、そのせいで一心に見つめてくるから顔を逸らさなきゃならねぇことだとか、全てのもどかしさに気付いて欲しいのだ。
 整形ショットをして欲しいというお願いの眼差しではなく、もっと他にこう、キスをして欲しいというお願いの眼差しに変えてはくれないだろうか。

「ねぇサンジお願い、1回だけでいいから整形ショット私にもやって!」
「絶対に駄目だ」
「なんで!?私が綺麗になるの嬉しくないの!?」
はそのままで十分だって、何度言ったら分かってくれる?」
「何度言っても分かんない、だって十分じゃないもん」
「おれにとっては十分で、最高だ。それなのに足りないって言うことは他の男のために綺麗になりたいのか?」
「ちがう〜、サンジのためっ!」
「じゃあ整形ショットなんて必要ないだろ」
「あるの!なんでしてくれないの!?」
「おれは女は蹴らねぇ。ましてや自分の愛する女を蹴れるわけねぇだろ」
「私が許すから蹴って」
が許してもおれは許さねぇよ」
「…じゃあ、整形ショットしてくれないと別れる」
「本気で言ってんのか?」
「本気!」
「じゃあ別れるしかないな。おれは絶対に蹴らねぇ」

 逸らしていた顔をちらりとの方に戻せば、おれの“別れる”の言葉がショックだったのか、瞳をふるふると揺らしていた。
 少しの間が空いて、は困ったような顔をして伺うように小さく口を開いた。

「お、おんなの…女の嘘は、許すのが男だよ、ね?」

 その言葉に、おれは思わず笑っての頭を撫でた。一体何処から聞いたんだ、その言葉。チョッパーか?

「あァ、そうだな。よし、嘘だったんなら許してやる」
「……でも整形ショットはして欲しい」


 許してもらえたことに涙は引っ込んでも、整形ショットをしてくれないことは不満らしくおれをじっと見上げるに、おれは諭すように名前を呼ぶ。それでもやはり分かってくれないのか、は叫びながらキッチンを出て行ってしまった。
 やれやれ、と思いながら飛び出して行ったの背中を追っておれもキッチンを出た。

「サンジがしてくれないならフランキーに頼むからいいですよーだ!」

 あの野郎にイジくらせたらサイボーグになっちまうだろうが!






* * *






「フランキー!」
「アン?」
「お願いがあるの!絶対に聞いて!」
「おうおう、お願いっつう割りに脅迫的だなオイ」
「変態!フランキー変態!だからお願い!」
「アウッ!叶えてやろうじゃねーの!なんだ、なんでも言ってみろ!」
「フランキー最高!変態!あのね、整形して欲しいの!」

 はこんなに足が速かったか、と思いながら追いかけ兵器開発室に向かえば、既にフランキーにお願いをしているではないか。しかも上手いことフランキーを乗せ、承諾させてしまっている。

「整形だァ?なんだ、胸をデカくしてぇのか?」

 鉄の胸なんざシケてんぞ、との胸を眺めながら答えるフランキーに、は信じられないとでも言うように口をあんぐりと開けていた。おれはフランキーの発言にほっとしつつも、足を思い切り振り上げた。

「むっ、胸じゃなくて顔ォォオオ!フランキーのバカァ!」
「顔ォ?顔もそのままデブォ!」

 バチーン!との平手がフランキーの顔に飛んだのを合図に、おれも思い切りフランキーに蹴りを飛ばした。
 の願いを叶えず、顔はそのままでいいと答えたことは褒めてやろう。だがおれのの胸を見つめ、あろうことか愚弄したことは許さん。は顔も、そして胸も!あのままでいいんだよ、ありのままで!蹴り飛ばし、壁に顔を突っ込んでいるフランキーの背中を見て、そういえばこいつも「顔“も”」と言っていたような気がしたが──────今は部屋を飛び出して行ったを追うのが先だ。

 次はどこに行った?頼みに行くならウソップかチョッパーか。とりあえずウソップ工場本部を覗いてみたが誰もいないため、おれは甲板へと出た。すると甲板のウソップ工場支部の方にウソップとチョッパーがいた。その二人の目の前に、とその隣にナミさんが座っている。ナミさんもいるなら上手くのことをなだめてくれるだろうと思い、俺は特別焦らず4人に近付いた。

「サンジが整形ショットしてくれないの。だからウソップとチョッパーで私の顔整形して」
「はぁ?あんた何バカなこと言ってんのよ」
「だって!ナミには分かんない!ねぇお願い、ウソップとチョッパーなら出来るでしょ」
「そんなの無理に決まってんだろ」
「おれは医者だぞ、怪我や病を治すんだ」
「じゃあ、顔怪我したら今より良く治してくれる?」
「バカなこと言ってんじゃないの、ウソップにやってもらったらアンタの鼻伸びるわよ」
「そ、それはやだ」
「伸びるワケねェだろ!」
「なんで整形なんてするんだ?」
「…可愛いくなりたいから」
「そのままで十分よ、ねぇウソップ、チョッパー」
「おう」
「おれもそう思うぞ」
「なんでみんな同じこと言うの」

 3人にも否定され、唇を尖らせて立ち上がるにナミさんが腕を掴んで止めた。

「ちょっと、今度はフランキーのとこ行こうってんじゃないでしょうね」
「フランキーのとこはもう行ったもん」
「あ、そうなの。フランキーだって必要ないって言ったでしょ?」
「……れた」
「え?」
「胸デカくしたいのかって言われた!」
「え゛っ、あははははははははははは!胸!」
「笑うとこじゃないー!やっぱりナミは何も分かってくれない!きっとロビンも分かんないだろうけど!」

 腹を抱えて笑うナミさんに、は立ち上がって憤慨していた。チョッパーはよく分からないのか首をかしげていたが、おいウソップ。お前も肩が揺れてんぞ。
 おれはの前に座るウソップを蹴ってよかし、の前に立った。はナミさんから視線をおれに向け、不貞腐れた顔をしている。

「みんな必要ねぇって言っただろ?」
「…胸は必要みたいだけど」
「アハハハハハハ!」
「ナ、ナミさん、ちょっと笑い抑えて」
「ッハ、あは、ごめんごめん」
「もう分かっただろ?つうか最初から分かってるだろ、必要ないって」
「分かんない、必要ある」
「なんでそんな頑固なんだよ」
「1回くらいしてくれてもいいじゃん!女の子なら、誰でも可愛くなりたいものでしょ?ね、1回だけ!」
「ったく…」

 今までも一度言い出したら聞かない、なんてことはよくある話だった。その度におれが叶えてやったり、上手く説得したりして丸め込んできたんだが、今日はどうやらそうはいかないらしい。そもそも“美”だなんていう女のプライドに関わることだから余計に一筋縄じゃいかない。
 確かにナミさんとロビンちゃんは美しい上にスタイルも良い。はそれに届かないと思っているのだろう。しかし、それが何だと言うのだ?おれにとっちゃは美しいし、可愛くて愛らしい。そのままで、十分に魅力的なのだ。それは嘘偽りのない感情で、心の底からの気持ちだ。おれはどこひとつとっても、変えて欲しくなんかねぇ。ありのままのが好きなんだ。美しくありたいという気持ちがおれのため、というのならば、ありのままでいいというおれの気持ちをどうして受け入れてくれないんだ。

「サンジくんがそのままでいいって言ってるのに、どうしてそんなにせがむのよ。痛いってもんじゃないわよ〜サンジくんの蹴り」
「…だってサンジってフェミニストでしょ。私のこと可愛くないって思ってても可愛いって言うはずだもん」
「可愛くないと思ってる女とは付き合わないと思うけど。ねぇ、サンジくん?」
「もちろんです。でもがそんなにして欲しいっていうなら、分かったよ。してやる」
「え…本当に?」
「あァ。今度こそ本当に歯くいしばれ」

 足を振り上げて、おれはを見下ろした。1度言い出したら、は聞かないのだ。今朝から何度も何度も説得してもだめなら叶えてやるしかない。そもそも1回だけって、1回やったら元には戻らないことを分かってんのか?可愛くなりたい、という気持ちももちろんあるのだろうが、その影に隠れるの好奇心の強さにおれは呆れを通り越して関心してしまう。流石この船に乗り込むだけある、とでも言うのか。整形ショットを見せなければこんなことは言い出さなかっただろうと思うと、今度からは絶対にの前では披露しないでおこうとおれは思った。
 は先ほどと同じ展開になるのではないかと疑っていたが、おれが足を振り上げるのを見て本当なのだと、少し怯えた顔をして目を閉じた。
 おれは足を振り下ろし、の頬を両手で包んだ。

「─っ!?ん、う」

 おれの足は当然のことながら空を切り、甲板へとまっすぐ降ろされた。例え整形ショットでなくとも、おれは絶対に蹴ったりしねぇ。包んだ頬を引き寄せて、の噛み締めた唇に自分の唇を重ねる。驚いて見開かれた瞳をじっと見つめ、固く結ばれた唇に強引に舌を差し込む。おれの肩を押して嫌がるを無視し、おれは更に深く口付けた。
 このまま何時間でも口付けていたかったが、おれは数秒で唇を離した。口付けた角度のまま固まっておれを見上げるの顔を見て、おれは満足げに微笑んだ。
 よし、いい出来だ。いつもながら完璧に、最高。

「お望みどおり、これがおれの一番好きな顔だ」

 桃色の頬に下がり気味の眉、震える唇と睫。そして、おれしか映っていない潤んだ瞳。
 ありのままのが好きだ。どんな表情でも、大好きだ。だけどあえて言うなら、おれのためにと望むのなら。おれは、このの表情が一番好きだ。愛おしいくて愛おしくて、たまらない。

「おれの中で、世界で一番だよ」

 今朝から何度伝えたか分からないその言葉を伝えれば、は唇を尖らせておれの胸に額をぶつけた。

「サンジが私の嘘を許しても、私はサンジの嘘を許さないからね」
「それで良いさ、嘘じゃないからな」

 もそもそと胸元で喋るにおれは笑った。
 整形ショットをしてほしいのなら、おれは何度でも何度でも、にしかしない特別な整形ショットをしてあげることを誓うよ。





 おれを困らせることに関しても世界で一番なお姫様を思い切り抱きしめれば、抱きしめ返す代わりのように、ぐううううぅ、と可愛らしい空腹を知らせる腹の音が聞こえた。






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