暗闇の中で道標を





 喉の渇きで目が覚めた。水を飲むためキッチンに行こうと部屋を出て夜風に当たれば、夜中に似つかわしくない明るい声が空から聞こえた。その声は私の名を呼び、呼ばれた私が声のした方へと顔を向ければ、見えたのは私を呼んだ人物の伸びた腕。寝ぼけ眼の重たい瞼を一度瞬かせれば、お腹に腕か回される感覚。まさか、と私の頭が覚醒したのが先か、引き寄せられる感覚に目が覚めさせられたのが先か。大きな悲鳴と共に空気を切り裂くように私は空へと、ルフィの元へと飛んだ。



「今起こしに行こうと思ってたんだ」

 夜だというのに、お日様のような笑顔を向けるルフィに、私は返事が出来なかった。喉が渇いて目覚めたはずの私の喉は、悲鳴を上げたことによってボロボロだった。息を整えていれば、ふと視界に入る大きな皿。サンジがルフィのために用意してくれた夜食だったんだろう。空の大皿の横には水の入ったコップがあり、私はそれを一気に飲み干した。一息ついたところで、まだバクバクとうるさい心臓を押さえながらルフィに視線を向ける。

「ルフィ、こんな風に急に腕を伸ばして引っ張らないでって私前にも」
「空見て見ろよ!」

 前にも言ったよね、という私の言葉を遮って、夜空に視線を向けるルフィに私はつられて顔を上げた。するとそこは、空一面の満天の星空。

「わぁ…」
「きれーだろ」

 思わず漏れた息に、ルフィは得意げに笑う。
 灯りひとつないこの海の上では、晴れていれば夜空はいつも格別に綺麗だった。地上では見ることの出来ない夜空を、私達はいつも目にしていた。けれど今夜の夜空は、その中でも特別に綺麗だった。どうして、どこが、なんて分からない。それでも見上げれば分かる。とてもとても、綺麗なんだってこと。

「きれいだね」

 ルフィに微笑み返せば、お腹に巻きついたままだった腕をほどき、両手で私の腰を掴みなおしたルフィ。何も言わずににっこり微笑むルフィに首をかしげれば、腰を掴んでいる手に力が入り、私の体は再び浮いた。

「こっちの方がもっと近くで星空を見れるぞ!」

 離れていくルフィの声に、空高く上がる私の体。見上げていた星空はあっという間に目の前に広がり、私を包み込むというよりは飲み込んでいくようだった。

 上昇する体、飲み込まれていく感覚。
 見上げていた星空は綺麗だったのに、近づき包まれてみれば暗く果てしない空間に、私は恐怖心を抱いてしまった。上昇しきり、次いで落下する恐怖よりも、ひとりで夜空に飲まれている恐怖に私は思い切り目を瞑った。
 くらい、くらいその中で、私はひとりぼっちのようだった。

 ほんの数秒で私の体はルフィの腕の中に落ち、私はしがみつくようにルフィの首に腕を回した。

「どうだ?きれーだったろ?」

 歯を見せ笑うルフィを捕まえるように腕に力を入れて、強く目を瞑る。

「ルフィのばか…こわかった」
「なんだビビりだなー」

 呆れたようなルフィの声を耳に、私は目を開いた。私はちゃんと、ルフィの腕の中にいるんだということを確かめたくて。投げられたことにこわがっているのだと勘違いしているルフィは、笑いながら私の髪を乱暴に撫ぜる。そんなルフィに安心しながら、私は口を開いた。

「夜空を見るときは、いっしょにいてね」
「だから呼んだんじゃねーか」

 ルフィは私に、きれいな星空をもっと近くで、きらきらと強い輝きを見えるようにしてくれたんだと思う。近づけばもっときれい、なのだと。
 だけど私は、ひとり投げ出された夜空がとてもこわかった。ひとりぼっちになってしまったような、何も掴めない感覚に怯えてしまった。
 ルフィの首筋に顔を埋め、今更込み上げてくる涙を堪える私の耳に、バンッと扉が開く音が聞こえた。驚いて目線を下に下げれば、髪に寝癖をつけたナミがいた。

「ちょっとあんたら!いちゃつくなら静かにやって!何時だと思ってんのよ!」
「ゴラァ、ルフィ!まさか…いやらしいことしてんじゃねぇだろうな!」

 ナミのように扉を勢い良く蹴り開けてきたサンジに、ルフィは唇を尖らせた。

「いやしいことなんてしてねーよ、まだ」

 サンジは“いやしい”じゃなくて“いやらしい”って言ったんだけど…と私が思っていれば、同じことを思っていたらしいウソップが欠伸をしながらツッコんだ。その後ろからはブルックも起きてきていた。

「ふあぁ。いやしいことってなんだよ、また冷蔵庫あさろうとしてたな」
「ヨホホホホ、“まだ”って言いましたしね」

 静かだった船内が、ざわりと騒がしくなる。
 私はルフィにしっかりと抱きつきながら、眠そうに起きてきた皆を見つめて、空を見上げた。きらきら満天の星空は、もうこわくもさみしくもない。
 みんなと見上げる星空は、きらきらと輝いていた。

 私はひとりぼっちなんかじゃない。

 ルフィの体温を感じながら、騒がしいみんなの声が聞こえる中で私は再び眠りについた。
 瞼の中には、きらきらの星空と、きらきらのルフィの笑顔が映った。






20110320
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