He's a Pirate





 暑い日だった。じりじりと焼け付くような日差しを感じながら、私はアイスを片手に歩いていた。こんな暑さなら、アイスも一瞬で溶けてしまう。そうは思っても、どうやら一瞬では溶けてしまわないようで、じわりじわりと溶けて私の手を汚しながらも、ほとんどは私の舌に舐めとられていた。冷たさと甘さで、溶けそうな私の身体を癒してくれていた。

 私は、アイスでベタベタになっていない方の手で、帽子を深く被りなおした。オレンジ色のリボンのついた、麦わら帽子。お気に入りの麦わら帽子も、この日差しの下では気休め程度にしかならなかった。麦わらを突き抜けてくるほどの、強い強い日差しだった。眩しさで、目もいつも通りに開けていられない。
 そんな風にぼんやりとしながら歩いていると、ふと影が差し込んだ。

「うまそーだな、それ」

 日差しから私を隠すように、誰かが隣に立っている。声のする方へ顔を見上げれば、鮮やかなオレンジ色のテンガロンハットの下で眩しい笑顔をした男が立っていた。その笑顔は太陽よりも眩しい気がして。私は目を細めるようにゆっくりと瞬きをした。開いた瞳が映す彼の笑顔は眩しいままだった。彼の笑顔に照らされているせいか、太陽に照らされているせいか、上半身裸の彼の日焼けした肌も、私の瞳には金色に輝いているように見える。
 彼の全てが、眩しいのだ。

「どこのアイス屋?」

 問いかける男に、向こうの…とアイス屋のあるほうに顔を向け指を指せば、彼は指を指している方など見向きもせずに、私が持っているアイスに顔を寄せていた。大きなひとくちで、私のアイスが奪われる。
 溶けて私の手に滲み込んでいくアイスに、彼の大きなひとくちのせいでコーンの上にはもうほとんどアイスが乗っていなかった。アイスから顔を上げれば、彼はそれはそれは眩しい笑顔で「うまいな」と言った。暑さに顔をしかめ、べたつく手を不満に思いながら食べていた私とは大違いで、アイスも彼に食べてもらえてさぞ嬉しかっただろう。

「全部食べる?」
「お、いいのか?」
「うん、もうほとんどコーンだけだけど」

 ありがとな、と言ってコーンを頬張る彼を私は見つめた。日差しにじりじりと身体を焼き付けられていたけれど、どうやら内部まで浸透してきてしまったようだった。胸がじりじりと焦げたように、熱いのだ。彼の日に焼けた肌から、逞しい身体から、柔らかそうなくせっ毛から、目が離せない。頬に浮かぶそばかすに、手を伸ばしたい。
 どうやら私は、熱さでおかしくなってしまったみたい。

「あなたの名前は?」
「おれはエース」
「エース」
「おう、お前は?」
「私は。隣街のアモーレっていうレストランで働いてるから、今度食べに来て」

 勝手に口が動いていた。今の私なら、想うがままに彼の頬に手を伸ばしてしまえそうだ。このままサヨナラするのは嫌だ、と私の心がじりじりと訴えてくる。
 私が誘いの言葉に、彼は笑った。そしてゆっくりとひと呼吸おいて、「いい帽子だな」と言った。
 それは私のかけた言葉の返事ではない。悲しい気持ちになりながらも、私は「ありがとう」と答えて、べたついていない方の手で帽子に触れた。女の子らしい、華美なデザインではないけれど、やわらかい麦と鮮やかなオレンジが私のお気に入りだった。だけど今日、彼のテンガロンハットと似たオレンジだということでもっとお気に入りになったばかりだ。
 誘いには断られてしまったけれど、彼に褒めて貰えたこの帽子をかぶって、今日は美味しいものを食べに行こう。じりじりと焦げる胸を静めるために、冷えたワインを飲みに行こう。私は彼から意識を離そうと他のことを考えようとした。

 彼は自分の被っているテンガロンハットを後ろに落とし、首にぶらさげた。そして私の麦わら帽子を撫でるように触れ、優しく奪った。そうして自分の頭に乗せて、ニカッと笑う。
 ねぇ、彼がひとつ笑うたびに、気温が一度上がったように感じるのは私の気のせいなの?

「似合うか?」
「うん、とってもかわいい」
「かわいい、だァ?」

 嫌そうな顔をする彼に私は笑った。女性用ではない私の麦わら帽子は、彼によく似合っていた。鮮やかなオレンジは彼が身につけるためにあるみたいだ。けれどテンガロンハットよりは幾分幼く見える麦わら帽子は、彼を可愛らしく見せていた。太陽のように力強さを感じる彼が、柔らかく見える。

「おれの弟も麦わら帽子かぶってんだ。あいつのリボンは赤」
「そうなんだ、じゃあおそろいだね」
「あぁ」

 嬉しそうに笑う彼の笑顔は、どうしてこんなにも眩しいのだろう。
 彼は帽子のなくなった私の頭に手を置いた。焦げた音がしそうなほど、私の頭は熱い。彼の手のひらを焼いてしまいそうなほどだ。

「熱ィな、熱射病になる前にどっか入ったほうがいいぜ、今日はやけに暑いからな」

 だんだんと気温が上がっているように感じていたのは、私の勘違いではなかったようだった。彼に触れられているせいで、更に気温が上がったように感じる。
 私は彼の言葉に素直に頷いて、麦わら帽子を返してもらおうと手を伸ばした。けれどその手は、麦わら帽子に触れる前に、彼の手に掴まれてしまった。そうしてから、伸ばしたその手がアイスでべたべたになっている手だということに私は気付いた。彼はそのことに気付いて止めてくれたのだと思い伸ばした手を戻そうとすれば、逆に引き寄せられてしまった。そうして彼は、アイスに顔を近づけた時と同じように、私の意志などかまいもせず、私の手のひらに顔を近づけて熱い舌で舐めた。
 とても熱い舌だった。
 その熱がそのまま伝わり、私の心にはもう──────火がついてしまった。

「うまいな」

 彼はアイスを食べた時と同じ顔で、私にそう言った。私の心に火をつけておいて、アイスに向けた笑顔と同じ笑顔を私に向けたのだ。
 彼が、エースが舐めたかったのは、私の手ではなくアイスだったと言うの?

「すぐ向こうの青い屋根のアイス屋さんだから、行ってきたら」

 不機嫌さを隠さずに言えば、彼は気にした様子もなく笑った。
 暑い、今日は暑すぎる。1秒1秒すぎるごとに気温が上がっているような気がする。彼の言う通り、早くどこか屋根の下に入りたかった。これ以上、身体も心も焦げるのは限界だった。

「帽子、」

 返して、と。彼に掴まれていない方の手を伸ばせば、彼は私の掴んでいた手を離して一歩後ろに下がった。

「気に入った」

 私のお気に入りの麦わら帽子に触れながら、彼は笑った。

「ありがとう、私もお気に入りなの」

 私がそう言っても、彼はまた一歩後ろへと下がる。一歩、もう一歩と後ろへ下がり、遂には私に背を向けて歩き始めてしまった。
 背を向けた彼の背中を見て、私は眩しさで細めていた目を開いた。日焼けした逞しい肌に重々しく掲げられた、白ひげのシンボル。

「エース、その背中…」

 声を掛けた私に彼は振り返らずに、軽く手を上げた。
 エース、あなた、海賊だったのね。それじゃあ──────、

「私の帽子、奪ったの!?」

 遠くなる背中に声をぶつければ、彼は最後に少しだけ振り向いて私に眩しい笑顔を見せて、そのまま行ってしまった。
 私はその場から動くことも、追いかけることも出来なかった。

 じりじりと、太陽に照らされる身体が熱い。それ以上に、火をつけられてしまった心が熱くて痛いほどだった。
 海賊は、欲しいものは奪っていく。私のお気に入りの帽子は彼に奪われて、もう戻っては来ない。私の心は彼に奪われて、もう私の手には負えない。彼が海賊だということに驚きもショックも感じてはいなかった。すんなりと、納得してしまっていた。だって、私の帽子も心も、こうして彼に奪われてしまったんだもの。
 ぼやけた視界に、彼の眩しい笑顔だけが鮮明に思い出せる。私は陽炎の中に幻でも見たのだろうか。

 ねぇ、エース──────私の身体ごと奪ってくれても良かったのに。






20110630
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