僕のたいせつな君たち







「あ、ちょっとあそこ寄って」

 運転手さんにそう告げた亜貴に、私と慶ちゃんは顔を見合わせた。

「どこに行くの?」

 そう尋ねる私に、窓の外に向けた顔をこちらに向けもせずに、亜貴はそっけなく返事をした。まだ時間まで余裕あるでしょ、と。
 これから私たちは3人で亜貴が予約してくれたレストランに行く予定だった。遅くなると思っていた亜貴の仕事が予想より早く終わったおかげで、予約の時間よりも1時間以上の余裕がある。けれど、その前にちょっと寄る場所に私も慶ちゃんも予想がつかず、運転手さんだけがあの一言で全てを理解したらしく、戸惑うことなくハンドルを切った。
 どこに行くの?と、もう一度亜貴に聞こうと口を開きかけると、隣にいた慶ちゃんが道順を見て行き先を理解したのか、ふっと笑みを漏らした。
 どうやら結局、行き先が分からないのは私だけらしい。

「また私だけ仲間はずれにされてる」
「はぁ?君を仲間に入れた記憶はないんだけど」
「ひどくない!?わたし亜貴のカノ────」
「黙って」
「慶ちゃん!」
「まぁまぁ、すぐ着くから待ってろって」
「ていうかすぐ慶ちゃんに助け求めるのやめなよ、の彼氏でもなんでもないんだからね」
「亜貴ちゃんの彼氏でもないですけどね〜」
「ハァ!?」
「ストップストップ!ついたから!ほら降りるぞ!」

 意地悪なことばかり言ってくる亜貴についつい言い返していると、すぐ喧嘩になりそうになってしまう。でもいつもこうして慶ちゃんが止めてくれるおかげで今まで一度も本当に喧嘩になったことはなかった。そして慶ちゃんがいない時に亜貴はこんな風に意地悪なことばかり言うこともないから、私がつっかかることもないのだ。バランスが取れているんだか取れていないんだか、本当に不思議だ。

 慶ちゃんに手を引かれて車の外に出れば、目の前にあったのはゲームセンターだった。この高級車が止まるのにはまったく似つかわしくなく、そして亜貴がちょっと寄ってと言うには更に似つかわしくない場所だ。彼らに比べれば私の方がまだ馴染みのある場所だけれど、それでも大人になってから足を向けることはほとんどなくなっていた。それなのにあの一言で運転手さんがすぐに場所が分かったということは、亜貴はここによく来るってこと?

「ちょっと、ぼーっとしてないで歩いて」

 私の腰に柔らかく腕を回してエスコートするように歩みを促す亜貴に、目の前のゲームセンターが予約していた高級レストランなんじゃないかと思ってしまう。
 相変わらず、動作と言葉の温度が反比例。

「ここゲームセンターだよ?」
「他に何に見えるっていうの」

 繁華街の人混みから私を守るためにエスコートをしてくれていたらしく、ゲームセンターの中に入るとサッと離れてしまった腕に寂しさを感じながらも、薄暗いゲームセンター内だからこそあのままでいてくれても良かったのではなんて子供じみたことを思った。
 重なり合うゲームの音と薄暗さの中で眩しく光る様々な色。独特の空気感を放つゲームセンターは久しぶりに来たせいもあってか、懐かしさと、初めて足を踏み入れた時のようなこわさがあった。
 そんなことを考えながらキョロキョロとしていると、さっさと行ってしまったと思っていた亜貴に予想以上に近い距離から声をかけられ、私は肩を揺らした。

「ちょっと、迷子になったって探さないんだからね。キョロキョロしてないでちゃんとついてきて」

 私がよそ見をしていて亜貴についていく気配がないのを分かっていたのか、亜貴は数歩先に立ち止まったまま、私の視線が亜貴を追うまで動く気はないようだった。
 それなら、手を離さないでいてくれればいいのに。

「慶ちゃんは?」
「両替しに行った」
「あー!慶ちゃんをパシったでしょ」
「僕がそんなことするわけないでしょ」
「いつもお世話焼かれてるじゃん」
「お世話とパシリは別だから」
「お世話されてることは認めるの?」
「だからってまで慶ちゃんのお世話になることは認めてない」
「なんでそこはケチんぼなの〜?ふたり仲良くお世話になろうよ」
「置いてく」
「も〜!」

 私にすら慶ちゃんを譲らない亜貴。ぷいっと顔を逸らして歩き出した背中を、私は小走りで追いかけた。
 これじゃあ、誰が誰の彼女で彼氏なのかわかったもんじゃない。主にいつもその枠から外されそうになるのは私だ。私が唯一の女の子だというのに。

「ホラ、もう慶ちゃん待ってるじゃん。ちんたら歩いてるから」
「小走りだったよずっと!」
「まーた喧嘩してんのお前ら」

 慶ちゃんが待っていたのは、モグラたたきの前だった。まだこんなゲームがあったんだと思いながら、最新型のモグラたたきに私の目は奪われていた。
 二人が待ち合わせしていたモグラたたき。
 亜貴がちょっと寄ってと言った、いつも来ている風のモグラたたき。
 どれだけじっと見つめて考えてみたって、ゲームセンターもモグラたたきも、私の頭の中で全然しっくりこなかった。二人と結びつかない。

「モグラたたきやりに来たの?」
「俺はやらないけどな」
「え、亜貴だけ?」
「なに、悪い?」
「悪いっていうか、ちょっとも想像がつかない」

 二人でモグラたたきをしに来ている姿も想像がつかないけど、亜貴だけがモグラたたきをするためだけにゲームセンターに来ているだなんてもっと想像がつかない。一度も連れて来られたこともないし、そんな話を聞いたこともなかった。
 ぱちぱちと瞬きをしながらモグラたたきと亜貴を交互に見ていたら、邪魔の一言で肩を軽く押され、慶ちゃんの側まで後ずさりをさせられてしまった。

「亜貴、よく来るの?」
「よくっていうわけでもないけど、思い出した頃にふらっとって感じ。俺も最近知ったけど」
「ふらっとモグラをたたきに来るの?」
「まぁ見とけって」

 そう言われて亜貴に視線を戻せば、ちょうどゲームが始まるところだった。スタート!という甲高い機械の声が響いた瞬間ハンマーを振り下ろす亜貴に、まだモグラでてきてないじゃん!とツッコミたくなったものの、それが声に出るよりも先にハンマーはモグラの頭を捉えていた。
 結局、一言もなんのツッコミを入れることもできず、高速で動くハンマーとモグラの動きを瞬きをせずに見ている間にゲームは終了していた。
 モグラたたきって、わたわたしながらモグラを叩くゲームじゃなかったっけ?まるでモグラの出て来る位置を把握しているかのような、1匹も逃さずに叩き切るようなモグラたたきを私は初めて見た。

「亜貴すごい!」

 ランキング1位、の派手な表示を見てようやく声が出た私は、その勢いで亜貴の腕に飛びついた。まさか私の彼が、こんなにも予想外の趣味と実力を持っていたとは。

「べたべたしないで」

 虫をはらうように手をはらわれ、モグラをた叩く反射神経のみならず、冷たくあしらう反射神経もランキング1位ですねと心の中で呻いた。

「モグラを叩くよりもそっけない!」
「なに、ハンマーでたたかれたいの?」
「そうじゃなくって、褒めてるのに!」
「別に褒められるために来たわけじゃないから」
「もーー!いいよ慶ちゃんを褒めるから!」

 そう言って振り払われた腕を今度は慶ちゃんに絡めた。

「慶ちゃんすごいね!」
「いやそれはおかしいだろ」
「頭悪いことするのやめてくれる」
「だってすごいねって言っただけなのに……」
「俺もすごいと思うよ」
「そうだよね?慶ちゃんもそう思うでしょ!」

 慰めてくれる慶ちゃんに縋っていれば、引き剥がすように腕を引かれた。
 不機嫌をアピールするように唇を尖らせて亜貴を見上げれば、いつも向けられる呆れた顔が私を見下ろしている。

「振り払ってみたり引き寄せたり、どっちなの?」
「引き寄せてるんじゃなくて引き?がしてるんだけど」
「もおおおお」
「まぁまぁ、せっかく来たんだしも何かやれば?時間まだあるし」
「じゃあ、3人でプリクラ撮りたい!」
「ちょっと!」

 あっち側にありそうだから探してくる、と指をさして走り出そうとすれば、ぐいっと後ろに引かれる腕。ベタベタしないでだなんて言いながら、亜貴の手は私の腕を掴んだまま離さないでいた。

「ひとりで勝手に動いて迷子になられたら困るからうろちょろしないで」
「そんな子どもじゃないんだから」
「子どもみたいに走り出そうとしてたのは誰?」

 そんな言い合いをしていると、ふは、と漏れた笑い声に私たちは顔を揃えて向けた。

「お前たち、ほんと仲良いよな」

 慶ちゃんのその言葉に、私と亜貴はきっと同時に頭の中にクエスチョンマークを浮かべた。
 だって、今この瞬間に言われる言葉じゃない気がする。

「え?」
「なんでそうなるの」

 私と亜貴の訝しげな顔を交互に見て、慶ちゃんはまた嬉しそうに笑う。

「お似合いだよ」

 どうして慶ちゃんがそんなに嬉しそうに笑うんだろう。
 不思議に思いながらも、他の誰でもなく慶ちゃんにそう言ってもらえることが嬉しくて、そして少し恥ずかしくなりながら喜んでいると、今度は声を立てて慶ちゃんが笑った。

「そこは否定しないんだな」

 そう言われて、私は亜貴を見た。
 慶ちゃんの言う通り、こんなことを言われたら私は素直に喜んでも亜貴は真っ先に「どこが!」なんて否定しそうなのに。だけど見上げた顔を見て、やっぱり私たちお似合いなのかも、と思った。

 見上げた先にいる亜貴は、ふいに褒められて素直に嬉しいと感じた自分の気持ちをぐっと堪えているような、嬉しさを素直に表現できない子どものような、そんな表情をしていた。自分の心に浮かんだ気持ちを、慶ちゃんの言葉を、うまく扱えなくてもとても大事に抱えているのが見てわかる。
 私も亜貴も、“お似合い”の言葉に喜んでいるんじゃなくて、他の誰でもない“慶ちゃん”にそう思ってもらえたことが何よりも嬉しいのだ。

 だけど、私がそんな亜貴の表情を見れたのもほんの一瞬で、次の瞬間には眉間に皺を寄せて睨まれてしまった。
 そんな顔をしたって、頬が赤いのはまだお揃いのまんまなのに。




 初めて見た亜貴の表情に、やっぱり亜貴の慶ちゃんへの愛にはかなわないんだなぁ、と思った。

 だけど握られた腕に優しく力が込められたのは、
 私だけへの特別な愛だって受け取ってもいいよね、亜貴。







20180620
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