with you with you.





 それは、私の誕生日前日の放課後がはじまりでした。



 「駅前に新しく出来たクレープ屋に行こう」という千鶴の発案で、私達は放課後にクレープ屋の前にあるベンチに春・要・千鶴・私・祐希・悠太の順番で並んで座りながららクレープを頬張っていた。すると隣で「悠太のもひとくち食べたい」と、祐希が悠太の制服の袖を引いた。ベーコンチーズクレープを頼んだ祐希は、きっと悠太の頼んだキャラメルバナナ味の甘いクレープも食べたくなったのだろう。
 いつもの光景だと思いながら、私はいつものように祐希に対して“いいなぁ”と思った。それは、クレープのことに対してではない。祐希が悠太の弟であること、いつものように自然に悠太に甘やかされていること、そのことに対してだった。
 クレープの中に入っていた甘酸っぱい苺を噛みながら視線を横に向けれれば、悠太はクレープを祐希の口元に運んでいた。まるでそれが当然のことかのような、自然な動き。それが私はとても羨ましいと思う。

 呼吸をするように、祐希は悠太からの愛を自然と受け取る。呼吸と同じように、祐希にとっては自然なことであり、そして必要なこと。それはきっと悠太にとっても同じなのだろう。
 私はいつも、そんな関係を羨ましいと思う。

「────あ」

 酸っぱさだけが残った苺を飲み込んで、甘さを求めてクレープを口に近付けた所で悠太がふいに声を上げた。
 再び視線を戻せば、祐希の後ろから体を少し前に傾け顔を出した悠太が私を見ていた。

「明日って、の誕生日だよね」
「え、うん」

 覚えててくれたことに少し驚いた後、悠太から言い出してくれたことが何よりも嬉しくて、そんな嬉しさと恥ずかしさを隠すように私はクレープに口をつけながら返事をした。
 甘い甘いと思っていたクレープの甘さが、あまり感じなくなってしまった。

「えー明日!?ちょっとっち!それはもっとアピールしてくんないと!」
「そんな自分から言わないよ」
「だよねー、どっかの誰かさんみたく1ヵ月も前からカウントダウン初めるなんて恥ずかしいマネ出来ないですよね普通」

 私を挟んでぎゃいぎゃいと、それこそいつものように騒ぎ出した千鶴と祐希に若干耳が痛くなりながらも、ほわほわとした春の声をなんとか聞きとって私は返事をした。

「明日はお祝いしなくちゃですね!」
「ありがとう」

「うん?」

 春に顔を向けていれば、今度は反対側から悠太の声がした。顔を向ければ先ほどとは違って、言い合う千鶴と祐希を避けるように体を後ろに反らせて私を見ている。私も背中を少し後ろに倒して、悠太を見る。
 騒ぐ千鶴と祐希の声の中で、悠太の声だけは何故か埋もれない。あたたかく、やわらかく、しっかりと私の耳に響くから不思議だ。

「何か欲しいものある?」
「プレゼントくれるの?」
「うん、オレに買えるものならね」

 悠太が、私にプレゼントをくれる。
 とっても嬉しいのに、欲しい“物”はなにひとつ思い浮かびそうもなかった。こうして私の誕生日を覚えてくれていただけで嬉しいし、明日「おめでとう」と悠太から言ってもらえたら、私はそれで十分幸せだ。
 だけど、悠太がせっかく聞いてくれてるんだから──────

「“物”じゃなくて“お願い”でもいい?」
「お願い?」
「明日1日、悠太の妹になりたい」
「オレの妹……になってどうするの?」
「祐希みたいに甘やかしてもらうの。いっつも祐希いいなぁって思ってたんだ」

 そんなことがプレゼントになるのかと不思議そうな顔をする悠太に、私は笑ってみせた。
 これはナイスアイディアだと思う。とっても良いプレゼントになる、むしろこれ以上ないプレゼントだと思う。たった1日でも、例えフリでも、祐希を見ていつも“いいなぁ”と思っていたことを私自身が感じることが出来るのだ。

「祐希みたいに……妹だと思って接すればいいの?」
「う────「ちょっと待ったァ!」

 うん、と返事をすれば明日1日は悠太が私のお兄ちゃんになる、という所で千鶴が私の腕を思い切り引いた。後ろに反らしていた体は前のめりになり、手にしていたクレープは強く握ったせいで中の生クリームが溢れていた。

「ちょっと!千鶴なにす」
「なに言ってんのはっちでしょ!」
「えぇ?」

 最初こそ悠太も不思議そうな顔をしていたものの、特に無理なお願いをしたわけじゃないと思ったのだけれど、私のお願いはこんなに必死に止められてしまうほどのことだった?
 千鶴はそのまま私の腕を自分の方へ引き寄せて、耳元に口を寄せた。そして、小さいけれど私にしっかり言い聞かせるように声を発した。

「ここは!妹じゃなくて!彼女になりたいって言う所でしょーが!」
「かっ……!?」

 バカじゃないの!と叫びたい気持ちを抑えたせいで、更に溢れた生クリームが私の手にこぼれた。もったいない────────なんて、そんなことどうでもいい。そんなことよりも、千鶴に私の気持ちがバレていたことや、いくら小声だと言っても並んで座ってるのに皆に聞こえたらどうするのとか、恥ずかしさと焦りで体が火照った。
 座っていられず、立ち上がろうとすれば今度は千鶴が掴んでいた手とは反対の手が掴まれ、耳元で小さな声が聞こえた。

「そんなの1日じゃ足りないよね」
「なっ……!」

 ────────祐希まで!!
 祐希の手を振り払うようにして立ちあがり、私は千鶴と祐希を交互に睨むように見た。きっと、いや絶対に。私の顔は真っ赤になっている。それでも、視界の隅に映る悠太が冷静に私達を見ているから、きっと悠太には聞こえていないんだろう。それだけが救いだ。
 もし悠太に聞こえてたなら、私は千鶴と祐希を絶対に許さないんだから!

「お前ら、に何言ったんだよ」
ちゃん、クレープこぼれてますよ!」

 立ち上がり、ティッシュで私の手を拭いてくれる春。真っ赤になっている私を含め千鶴と祐希を呆れて見ている要。なにを言ったの、とたしなめる悠太に祐希は「ほんとーのこと」とだけ言ってクレープを口に詰めた。
 何でよりにもよって祐希と千鶴が気付いているんだろう。いつ気付いたの?この二人が私の気持ちを知って、大人しくしていてくれるのだろうか。
 絶対に黙っていてね、という想いを込めて祐希と千鶴を睨めば、私にはどんな時にでも必ず聞こえる、悠太の声がした。

。プレゼント、本当に”オレの妹”でいいの?」

 口を開きかけた千鶴を睨んで黙らせて、私は大きな声で「うん!」と答えた。

「んじゃあ、オレも明日1日はお前のこと妹だと思ってやるよ」
「え?なんで要まで」
「僕も、ちゃんのこと妹だと思って接しますね!」
「しゅ、春まで?」
「よーし!じゃあ明日は千鶴兄貴が妹を存分に可愛いがってくれよう!」
「千鶴はいいから!頼んでないから!」
「妹は兄の言うこと何でも聞かなくちゃいけないよね」
「祐希が悠太の言うこと聞いてるの見たことないんですけど」
「お兄ちゃんも聞いてもらえたことないんですけど」

 私は悠太がお兄ちゃんになってくれるのを────────祐希がいつも悠太から与えられている愛を垣間見るのを、望んだだけなのに。

 こうして何故か、明日1日私にはお兄ちゃんが5人出来ることになったのです。






* * *







 誕生日当日の朝。

 昨晩は、0時を過ぎてすぐに届いた友達からのお祝いメールを読んで顔を綻ばせ返信をして、その間悠太からのお祝いメールは届かないかと期待していたせいで寝るのがいつもより少し遅くなってしまった。そして期待も虚しく、悠太からの誕生日メールはなかった。
 明日お兄ちゃんになる5人の中でメールをくれたのは、1番望んでいない千鶴だけだった。


FROM:千鶴
TO:
SUB:おめでとう妹!
TEXT:
明日は最高の誕生日にして
やっから、千鶴兄貴にまかせ
とけ( ̄ー ̄)ニヤリッ☆


 このメールを読んで、不安しか浮かばなかった。
 本当に、いつの間に千鶴と祐希は私の気持ちに気付いたんだろう。一番気付かなさそうな二人なのに。
 絶対に、絶対に余計なことをされませんようにと念じるように祈りながら、私は眠りについたのだった。






 騒がしく鳴る目覚ましを止めて、私は二度寝を始めた。夜更かしのせいで、いつもより眠い。
 再び夢の世界へと足を踏み入れかけた時、目覚ましの音とは違う音が部屋に響いた。携帯の、着信の音だ。朝から誰だ、と思いながら携帯を耳に当て寝ぼけたままで返事をして返って来た声に私は飛び起きた。

『まだ寝てた?』
「っゆ、ゆ悠太!?」
『おはよう、二度寝してないでもう起きなきゃだめだよ』
「えっ、なん、なんで」
『お兄ちゃんは毎朝弟と妹を起こすのが大変ですよ』

 ほら祐希もちゃんと起きて、と電話越しに悠太が祐希を起こしている声が聞こえた。祐希が「眠い」と、ぐずぐずしている声も一緒に。私はと言えば、眠気なんて一気に吹き飛んでむしろ興奮に近い状態にある。
 朝からこんなに激しく心臓が動いちゃったら、発作でも起きてしまうんじゃないかと不安になるくらいだった。

はちゃんと起きた?』
「うん、起きた。おはよう」
『じゃあ8時に迎えに行くから』
「えっ」
『あ、早かった?』
「そうじゃなくて、なんで、こんな」
『祐希とは毎朝一緒に学校行ってるから、妹のもって思ったんだけど』

 ただ妹として、というだけじゃなくて昨日の「祐希みたいに」という私の言葉を、本当に叶えてくれようとしているんだ。
 祐希にしていることは全部、私にもしてくれようとしているの?

『妹になりたいって、そういうことじゃなかった?』
「う、ううん!そういうこと!まさか本当にしてくれると思わなかったから驚いて」
『むしろこんなことでいいのって思うけ──────だーめだって祐希、もう布団から出て。時間だよ』

 嬉しくて、私は口元がにやけるのを抑えることが出来なかった。誰も見てない今のうちに、しっかりとにやけておこう。

 今日1日、本当に悠太は私のお兄ちゃんになってくれる!

「悠太ありがとう!じゃあ後でね、祐希起こすの頑張って」
『弟と違って妹は素直でお兄ちゃん助かるよ。じゃあ、後でね』

 電話が切れた後、私は走って洗面所へと向かった。

 ────────今日は最高の誕生日になりそう!






 仕度を整えて時間通りに家を出れば、まだ悠太と祐希の姿はなかった。きっと祐希がぐずぐずして時間がかかってるんだろうなぁ、と思えばその通りだった。
 5分ほどした所で悠太と、悠太に手を引かれながら目を閉じて歩く祐希の姿が見えた。

「おはよう」

 二人が近付いてくるまで待っているのが何だか気恥かしくて、まだ距離があるのに声を上げた。祐希は変わらず目を閉じたままで、悠太が返事をしてくれた。
 とろとろと歩く祐希の手を引いた悠太がようやく私の前に来て立ち止まり、昨晩0時を回る前からずっと欲しかった言葉をくれた。

「お誕生日おめでとう」
「……ありがとう」

 ────────お誕生日おめでとう。
 悠太の声で、悠太から私のために向けられた言葉。

 ずっと楽しみにしていた言葉なのに、いざ目の前で言われると緊張してしまって、素直に喜びを表現出来なかった。じわじわと湧き上がる感情をどうすればいいのか分からず落ち付かない。泣き出してしまいそうなほどに嬉しいのに、私は擦れかけた声でありがとうを言うだけで精一杯だ。プレゼントなんていらない。私にとってはこの言葉だけでも、本当に十分なくらい嬉しいことだった。
 柔らかく優しい表情を向けてくれる悠太を見ていたいのに見ていられなくて目線を逸らせば、悠太の肩越しから祐希が顔を出した。

「おーめでと」
「ありがと」

 祐希はいつも私と悠太が二人っきりでいる時に邪魔をする、なんて思っていたけれど今回ばかりは助かった。私の緊張も、祐希の欠伸と一緒に吸い込まれてどこかに吐きだしてもらえた。
 まさか好きな人に「おめでとう」と言ってもらえることが、どう言葉にして良いか分からないほど、こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。

「待たせちゃってごめん」
「ううん、祐希のせいでしょ」
「あれーお兄ちゃんのせいにするなんて悪い妹がいる〜」
「お兄ちゃんの手を煩わせる悪い弟には言われたくないです〜」
「そうだね、悪い弟しかいないね」
「えー悠太がの味方するなんてオレもう生きていけない」
「大丈夫ちゃんと生きてるよ」
「つめたーい」
「はいはい、とりあえず行くよ」

 悠太が祐希の手を引いて歩き出しても、手を引いてもらっている祐希は未だにしょぼしょぼと目を開けきらないままだった。本当に悠太に甘えっぱなしだなぁ、と思いながら私も歩き出せば、悠太はすぐに歩くのを止めた。

も」

 そう言って、空いている方の手を私に差し出した。

「祐希みたいに、って言ってたでしょ。手引いてあげるから、眠かったら目瞑って歩いてていいよ」
「えっ……!」

 まさか本当に、祐希にしていることは全て私にもしてくれようとしているの?
 驚きつつも、差し出された掌に自分の手を重ねていいものかと戸惑っていると、悠太の斜め後ろで目を瞑っていた祐希が目を開け、軽く顎を持ち上げて私に合図を出した。手を繋げ、ということらしい。
 そんな祐希に後押しされるように、私は恥ずかしさを堪えて悠太の手に自分の手を重ねた。

「よ、ろしくお願いします、お兄ちゃん」
「はい、まかされました」

 朝のすっとした空気の中に響く柔らかな声。

 とくん、とくん、と高鳴る鼓動はそのままに、恥ずかしさはあっという間に風に吹かれて飛んで行った。清々しいこの空間に包まれたら、恥ずかしい感情なんてどうでもよくなってしまうほど、心地良さでいっぱいになる。

 二人はこの空気を心地良い、と改めて感じることはあるのかな。私は今こうして浅羽兄弟の一員になれたように二人との時間を共有出来て、改めて“いいなぁ”と思った。二人の間にはいつもこの空気が流れている。私も悠太の妹だったら、こうしていつも心地良さを感じられたのかな。
 でも、本当に悠太の妹になっちゃうのは困るけど。

「なんかこれだと、オレがお兄ちゃんで手を引いてるっていうよりも二人に手を繋がれてるように見えるね」

 確かに、私と祐希と手を繋いで真ん中にいる悠太は、そう見えるのかもしれない。でも────────

「「見えない」」

 私と祐希の声が、重なった。
 きっと祐希も同じことを考えている。精神的支柱は、悠太なのだ。悠太を中心に私達が手を引かれているのは、私達の中では確実だった。だから私達からは“悠太が手を繋がれている”ようには決して見えないのだ。
 私達の声が重なったことに驚いたのか、悠太は足を止めた。

「二人とも、本当に双子になったみたいだね」

 悠太を想う気持ちを考えたら、確かに私と祐希の方が双子のように一緒かもね。






「ハッピーバースデー我が妹よ!」

 騒がしい声と共に、カシャッとシャッターが切れる音がした。
 穏やかで清々しかった朝が、あっという間に終わってしまった。振り向かなくたって、後ろに誰がいるか分かる。

「なになにー兄妹仲良くお手て繋いで登校ですか!?」
「そうです、私のお兄ちゃんは悠太だけでいいんです、うるさいお兄ちゃんはいらないんです」
「あーらあらあら、そんなこと言っていーのかなぁ、今日はカメラマン千鶴が妹のために最高の写真を撮ってやろうってのに!」
「使い捨てカメラって今もまだ売ってるんだね」
「プロのカメラマンはどんなカメラだろうと一流の写真を残せるわけよ」

 ついさっきまでぐずぐずしていた眠気は一体どこにいったのか、祐希は悠太と繋いでいた手を離し千鶴と仲良く話をしながら私達の前を歩いて行ってしまった。
 そんな少し離れた所にある二人の背中を見て、私は心の中で悲鳴をあげた。

 えぇ────────……!

 祐希がいたから、三人で仲良く手を繋いでいたのに、祐希がいなくなっちゃったらどうするのよこの手!祐希がいるからこそ成り立ってた兄妹の関係が、これじゃ成立しなくなる!

「騒がしいお兄ちゃんが増えたね」
「う、うん」

 そんな私の内心とは反対に悠太はいつもと変わりなく、特に何も思っていないようだった。
 そうだよね、今私は悠太の妹、そういう設定だもんね。でも私は本気でそう思ってるわけじゃないから、この状況は嬉しいけど緊張が勝ってしまう。
 かと言って手を離すタイミングも掴めなくて、私は胸の焦りをじっと堪えた。
 じっと助け船を出して欲しくて祐希の背中をじっと見つめてみても、祐希は少しも振り返ってくれなかった。

「5人もお兄ちゃんがいたら、誰が一番良いお兄ちゃんかな」
「絶対悠太でしょ!」
「そうかなぁ。祐希がいるからオレが兄だってことが目につくだけで、春も良いお兄ちゃんだと思うよ」
「でも春のことは何か困らせたくないっていうか……」
「あれ、オレは困らせてもいいの」

 いつものように話かけてくれる悠太に返事をしていたら、少しずつ緊張がほどけて自然と笑顔も漏れた。
 笑って見上げれば、微笑んで見下ろしてくれる。まるで恋人同士みたいだ、なんて────────だめだめ、こんなこと考えてたらまた緊張しちゃう!

「兄弟ごっこじゃなくて恋人ごっこに変更か?」

 要の声がした、と思い前を見れば祐希と千鶴に混じって要と春がいた。どうやら先を歩いていた二人に私達が追い付いたようだった。
 というか人がせっかく変に緊張しないようにって頑張ってるのに、変なこと言わないでよ!

ちゃん、おはようございます!そしてお誕生日おめでとうございます!僕、ちゃんにお手紙書いて来たんですよ」

 嬉しそうに私に駆け寄ってくる春を見て、確かに春も良いお兄ちゃんだと思った。妹にお誕生日のお手紙をくれるお兄ちゃんなんて、滅多にいないはずだ。でもやっぱり困らせたくなくて、きっと甘えられないと思うんだよね。それなのに、こんな愛らしい春を邪険に扱える冬樹が凄いと思う。でもきっとそれが、本当の兄弟ってやつなんだろう。





* * *







 今日だけ、私には5人のお兄ちゃんが出来たわけだけど、それぞれお兄ちゃんらしさが違っていて面白かった。


Case1:要お兄ちゃんの場合

 隣の席に座る要の手が、授業中にやたらと伸びて来る。というのも、出された問題を解けずにいる私のノートに答えを書きこんでくれるためだった。すらすらと書かれて行く数式を見て顔を上げれば、要はどーだとでも言いたげな顔で私を見ていた。いつもは先生に当てられて答えが分からなくても教えてくれないのに、どういう風の吹きまわし?
 困惑の顔を向けても、要はドヤ顔を止めなかった。

 授業が終わってから要に話しかけると、要は自分の椅子を私の方へ引き寄せてきた。

「いつもは答え教えてくれないのに、どういうこと?」
「今日はお前のお兄様だからな」
「その言い方だと王様に聞こえるよね」

 斜め前にいる悠太が振り返りながらそう言うのを、私は大きく頷いて答えた。

「そもそも要って、お兄ちゃんだからって妹に勉強教えてくれたりするの?」
「素直に可愛いくお願いされた場合とバカすぎて兄として恥ずかしくなった場合だけな」
「そう……私のことが可愛いくて仕方ないんだね」
「お前は後者の方だよ!」
「ひどーい、お兄ちゃん聞いた?お兄ちゃんがこんなこと言って来る」
「ひどいお兄ちゃんだねぇ」
「ワケわかんねー会話すんな」
「だって私今日、5人もお兄ちゃんいるんだもん」
「つうか教科書しまうな、宿題やるんだから」
「えっ、写させてくれるの?」
「違ェーよ!教えてやるっつってんだよ」
「えぇ、お兄ちゃんの写させてくれるだけでいいよ」
「自分で考えることをしろ!」
「スパルタなお兄ちゃんやだー!」
「オレもバカな妹は嫌だね」
「またそういうこと言う!」

 なんだかんだ要は面倒見が良いから、口を出しつつもこうして妹のことを構うんだろうなぁ、と思うと要お兄ちゃんも意外と良いのかもしれない。





Case2:春お兄ちゃんの場合

 春の場合、お兄ちゃんと言うよりは初めて学校に通い出した娘を心配する母のようだった。
 友達と化学室に移動している途中にすれ違った春に引き止められ、私は友達に教科書を預けて先に教室に行っててもらい、春とお話をすることにした。

「どうでしたか?」
「どう、って?」

 急にされた質問に目を丸くすると、春はふんわりと微笑んだ。

「授業で分からないこととか、お友達と困ったこととか、なかったですか?」
「授業で分からないとこは要お兄様が教えてくれて、お友達とも順調だよ」
「そうですか、それなら良かったです。何かあったらすぐに言って下さいね、お兄ちゃんで良ければ力になりますから!」

 両手をぐっと握って意気込む春、もといお兄ちゃんを見て胸がきゅんとした。
 こんなお兄ちゃんいたらやばい、というかこんなお兄ちゃん普通いない!奇跡、奇跡だよ春の存在は!
 胸のときめきに息が詰まり返事が出来なかった私に何を思ったのか、春は慌てたように手を揺らした。

「今日だけじゃないですよ!僕がお兄ちゃんじゃなくなっても、ちゃんに何かあれば力になりたいので遠慮せずに言って下さいね!」
「ありがとうお兄ちゃん……!」

 悠太とはまた違って過保護すぎて、本当に春の妹だったら色々とダメになりそうな気がするけど、こんなに可愛いお兄ちゃんがいたら絶対に幸せだろうなぁ、と思った。
 私はともかく、春もこの兄妹愛の空気に入り込んでしまったらしく、私達は感動し合いながら両手を握りあっていた。
 すると、バシ────────と頭に衝撃が走った。

「おい、何やってんだ」

 顔を上げれば、私の頭を教科書で叩いた要の姿があった。隣には悠太もいる。

「ちょっと、お兄ちゃんはこんなことしません」
「兄なら妹がサボろうとしてたら注意するだろ」
「サボろうとなんてしてませんー」
、友達と化学室行ったんじゃなかったの」
「春と話してたから先に行っててもらったの」
「教科書は?」
「友達に持ってってもらった」
「すみません、僕が引き止めちゃって」
「いいのいいの、春は要と違って私のことすごーく心配してくれる良いお兄ちゃんだから」
「オレもお前の頭をすごーく心配してるけどな」
「余計なお世話です」
「はぁ〜?誰のおかげで宿題終わったと思ってんだ」
「悠太」
「テメ、教えたのオレだろ!」
「要の説明難しいんだもん!悠太が言いなおしてくれなきゃ分かんない!」
「だから頭の心配してるっつーんだよ」
「少しくらい妹のレベルに合わせてくれたっていいでしょ、お兄ちゃんなんだから!」
「そうだな、今日だけじゃなくていつも妹レベルの脳みそだからな」
「ひどい!」
「はいはい兄妹喧嘩はそこまでね、言い過ぎですよお兄ちゃん」

 お互いに詰めよって言い合っていれば、要から離すように悠太が私の背中を押した。要がお兄ちゃんだったら、本当に毎日こんな風に喧嘩しそう。

「そろそろ授業始ま────────あ、チャイム鳴っちゃいましたね」
「えっ、化学室ここから遠いのにやばい!」
「ったく、お前のせいだぞ」
「すぐ人のせいにする!あっ、ちょっとセコい!」

 私達を置いて一人走り出した要を見て私は叫んだ。
 なんか一番お兄ちゃんらしい行動だけど!というかむしろいつもの要だけど、誕生日プレゼントとしてお兄ちゃんになってくれてるならもう少し優しいお兄ちゃんの行動ってものを考えてくれたっていいんじゃないの!
 要の行動に慌てた私は慌ただしく春に声をかけた。

「じゃあね、春!ありがとう!」
「はいっ、いってらっしゃい!」
「春も遅刻しないようにね!悠太も早く行こう!」
「ちょ─────、前!」

 走り出しながら春に手を振れば、悠太の手が私の手を強引に引いた。急に腕を掴まれたことと悠太らしからぬ力の強さに動揺していると、すぐ横から「悪い!」という知らない男の子の声が聞こえて更に驚いた。どうやらお互いに前を見ずに動いていたようで、悠太が腕を引いてくれなければ私はそのまま彼にぶつかっていた。

「……びっくりした」
ちゃん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫、ぶつかってないよ」
「春もほら、教室戻らないと」
「あ、はいっ。じゃあ悠太くん、ちゃん、また後で」
「うん、後でね」

 ぱたぱたと走りだした春に手を振り、私達も行かなきゃと思い悠太を見れば、悠太は私のことをじっと見おろしていた。何か言いたげな視線に、少しだけ空気が変わった気がした。

「悠太?私達も行かなきゃ怒られちゃうよ」
「お兄ちゃんとして言うけど」
「え?」
は今みたいに危なっかしいことわりと多いよ。ちゃんと気をつけないと」
「……はい」
「お兄ちゃんを心配させないでね」

 ぽん、と頭に手を乗せられて私は息を止めた。
 そうでもしないと、感情が身体から溢れ出てしまいそうだった。突然真剣な顔で注意をされて緊張をしたのだけれど、それが心配から来るのだと分かった瞬間の、あの体中に広がるような感情をなんて言えばいいんだろう。

 じわじわと温かくなるような、くすぐったくなるような、不思議な感覚。

 悠太が、私のことを心配してくれた。
 すごく嬉しかった。誕生日プレゼントを“お兄ちゃん”にして本当に正解だと改めて感じた。今日は嬉しいことばかりだ。

「走るよ」
「えっ」

 掴まれていたままの腕を引かれて、私達は走り出した。

「今気を付けてって悠太が言ったのに」
「お兄ちゃんがついてるから平気でしょう」

 振り返って私を見る悠太の優しい眼差しを見ていたら、今日が終わらないで欲しいと思った。
 悠太はいつも優しいけれど、それでもこうして心配の声を言葉にしてくれるのはきっと“お兄ちゃん”を意識してくれてるからだ。悠太との距離が近付いたように見えても、それも明日になればいつも通りに戻ってしまうのだ。

 あーあ、このまま科学室じゃなくてどこか違う所に行きたいなぁ。
 そんなことを思いながら、私達は無事に先生が来る前に科学室に辿りついてしまった。





Case3:千鶴お兄ちゃんの場合

 お昼休み、お弁当を持って皆で空き教室にいた。

「なんか私、今日お兄ちゃん4人とストーカー1人出来たっぽいんだけど」

 朝から常に、カシャッというシャッター音が聞こえてきていた。目の前で撮って行く時もあれば、休み時間にふと音だけが聞こえてきた時もある。音が聞こえてすぐに千鶴の姿を探してみるのに、どこかに隠れてるのか見つけることが出来ないんだからストーカーとしか思えない。
 とりあえず、千鶴にはお兄ちゃんらしいことはまだ何もされていない。それは祐希も同じだけど。

「えっ、ちゃんストーカーされてるんですか!?」
「そう、今春の目の前にいる男に」
「えっ」
「オイ!天才カメラマンだって言ってんだろ!」
「春もストーカーっぽいけどね」
「僕もですか!?」

 握りしめたフォークを突きつけてくる千鶴に、隣にいる祐希が頬杖をついて口を挟み、そんな祐希の発言に春が驚いていた。

「だっての時間割り全部把握してるし、さっきの授業は難しかったけど要に教えてもらったとか友達と楽しそうに廊下でお喋りしてたとか、お兄ちゃんにしては妹のこと気に掛けすぎでしょ」

 確かに、今日1日私のお兄ちゃんである春は私のことをすごく気にかけてくれて、兄を通り越して母の域に達しているとは思ったけれど、改めてそう言葉にしてみると……春だけに当てはまる言葉だとは思えない。
 私は隣に座っている悠太をじっと見た。

「……なに」

 どうやら悠太も同じことを思ったらしい。少しバツが悪そうに私を見つめ返す悠太に、私は笑い返した。

「ふふ、べーつに」

 祐希の言ったことは、そのまま全部悠太にも当てはまる、と思ったのだ。
 気にかけすぎでしょ、なんて言われてますけど悠太お兄ちゃん?

「別にって、今何か思ったでしょ絶対」
「んー?悠太お兄ちゃんと同じこと思ったかなぁ」
「オレは別に何も思ってないけど」
「そう?じゃあ私も何も思ってない」
「うそ」
「ほんと」
 ────────カシャッ

 まるで、私達の会話のひとつのように。
 テンポ良くシャッターの音が聞こえた。そのシャッターの音で私達の会話は途切れ、全員の視線が千鶴に集まった。

「どーぞどーぞ続けて」
「ストーカー、ちょっと来て!」
「お兄ちゃんだっつの!」

 お箸を置いて、斜め前にいた千鶴を引っ張って皆から離れた所に行き千鶴を睨んだ。皆が私達を気にせず食事を続けているのを確認してから、私は千鶴に話しかけた。
 朝から、うすうす気づいていたこと。

「悠太といる時ばっかり写真撮ってるでしょ」
「いい顔してる時しかプロのカメラマンはシャッター押しませんけど?」

 それはつまり。私が悠太といる時に“いい顔”をしていることが多いって、そう言いたいわけ?
 挑発的な笑みを返す千鶴に唸りながらも負けじと私も反論を続けた。

「気付かれたら困るからやめて」
「だーいじょうぶだって」
「ていうか、いつから知ってたの」
「お兄ちゃんをナメてもらっちゃ困るなあ」
「お兄ちゃんになったの今日でしょ!」
「まぁまぁ、任せときなさいって!妹の恋路を応援するのが兄だ!」
「それがいらないって言ってんの!」
「だよねぇ、そんなことより自分の恋はいいんですかって言ってやんなよ妹ちゃん」
「なっ、なに言ってんのゆっきー!」

 気配もなく近付き肩を組んできた祐希に驚いていれば、千鶴は祐希の登場だけではなくその発言に更に驚いていた。
 そんなに驚いてるけど、まさか茉咲のこと隠せてると思ってるのかな……って、ちょっと待って。まさか私の気持ちも、皆にこんな風に思われてる?いや、ないない。私は千鶴みたいにバカみたいに騒がないし、わざとらしいことはしないし、バレてなんかない……よね?

「とにかく!二人ともバラしたら絶交するからね!」

 騒ぎ出した二人にそう告げて、私は席に戻った。





 それぞれお弁当も食べ終わった頃、机に上半身を伸ばしながら祐希がぼそりと呟いた。

「ミックスジュース飲みたい」
「あ、私も行く」

 自動販売機に行くのだと思い立ちあがったものの、祐希はだらりとしたまま動かずに私に顔だけを向けた。

「良い妹を持ってお兄ちゃんは幸せです」

 それは、私に買いに行かせようってことですか。

「祐希、自分で行きな」
「良い兄もいてオレは本当に幸せ者だね」

 本当にね、と心の中で返事をすれば、案の定祐希ではなく悠太が立ちあがった。

「オレも行くよ」
「え、いいよ私も買いに行くつもりだったし」
「オレも炭酸飲みたいから、一緒に行く」

 妹をパシりにする兄なんて欲しくない、と思ったけれど、どちらかと言うとそういう兄の方が現実的なんだろうなぁと思った。悠太や春のようなお兄ちゃんの方がきっと珍しいのだ。
 祐希と冬樹は、自分が幸せ者だということをもっと自覚するべき。




 昼休みの喧騒の中、私と悠太は自動販売機を求めて廊下を歩いていた。結局、祐希だけじゃなくて千鶴の分まで頼まれてしまった。

「お兄ちゃんは弟が心配なのに、あんなこと言われちゃってたねぇ」
「やっぱり、春だけじゃなくてオレもだって思ってたんでしょ」
「ふふふ。言葉にするかしないかの違いで、春も悠太も弟想いのお兄ちゃんで私は羨ましいよ。祐希なんて自分がそんな風に思われてるのを当たり前に望みすぎてて悠太も同じだって気付かないくらいだし」
……誕生日プレゼント本当にこれで良かったの?」
「え?どうして?」
「いつもとあんまり変わりないでしょ」
「でも、お兄ちゃんだったらこんな感じなんだぁ、とか考えれて面白いよ。春と悠太はちゃんと妹扱いして心配したり優しくしてくれるし」
「オレはいつもと変わらないつもりだけど」

 自動販売機の前でちょうど足を止めたときに言われた言葉に、体だけじゃなくて空気も止まったような気がした。

 ────────オレはいつもと変わらないつもりだけど
 それは、妹じゃなくても、いつも私のことを気にかけてくれてるってこと?

 私が願わなくとも、悠太は私のことを気にかけている、と敢えて言葉にされたことに何か意味があるような気がした。でもそれは、きっと私の勘違いだ。私が悠太に対する想いがあるから、悠太の何気ない言葉に反応してしまうだけ。
 だからむしろ、女の子というより妹として見られている、と落ち込むべき言葉だったのかもしれない。それでも落ち込む気にはならなかった。悠太に気にかけてもらえていることは幸せなことだ。

「悠太はいつも優しくしてくれるけど、でも朝起こしてくれたりするのはお兄ちゃんって意識してくれたからでしょう?祐希がいつもしてもらってるようなことをしてもらえるのが私は嬉しいの」
「お兄ちゃん、ね……そんな祐希はまだ何も兄らしいことをしてないね」
「うん、色んな兄がいるんだってこと、今日で良く分かったよ」

 ちょっと残念そうな声で答えたけれど、私の口元は緩んでいた。
 “お兄ちゃん”と言いつつも何だかんだ皆いつもと変わらなくて、妹じゃなくても皆との距離が普段から近いんだということに気付くことが出来て嬉しかったのだ。

は?これでいい?」
「あ、うん、自分で買う」
「いいよ、今日くらい。お兄ちゃんなんて大したプレゼントにならないんだから」
「私にとっては大したプレゼントなんだけどなぁ」

 弟の祐希のことは何でも分かる悠太でも、流石に1日限りの妹の気持ちは分かってくれないか。
 今日1日私がどれだけ幸せな想いをしているのか、悠太お兄ちゃんは知らない。





* * *







 教室に戻れば、だらだらとお喋りを続けていた祐希達がこっちを向いた。

「おっそいよー」
「じゃあ自分で来たら良かったでしょ」

 たしなめるように言いながら、悠太は買ってきたジュースを祐希に渡した。空いている席に悠太と二人で並んで座れば、春が私の顔を覗きこんだ。

ちゃん、妹を満喫出来ていますか?」
「うん、春と悠太の妹になれて幸せだよ」
「おい、お前には後3人兄がいるはずだろ」
「妹をバカにするうるさい兄と騒ぐだけのうるさい兄と何もしない兄はいらないです」
「はぁ?勉強教えただろ、勉強」
「勉強ならお兄ちゃんじゃなくても教えてくれるもん」
「オレだって妹メモリアルをパパラッチしてんじゃん!」
「それただのストーカーだから!」
「じゃあは何をして欲しいの?」

 悠太の後ろから覆い被さり、悠太の飲んでいたジュースを奪って飲みながら言う祐希に、私は口を噤んだ。

 何をして欲しい、って────────本当のことを言えば、お兄ちゃんが欲しかったわけじゃない。
 ただ私はこの光景────────祐希が悠太に甘えている姿を、それを無条件に悠太に受け入れてもらえる祐希が羨ましいと思っただけ。悠太と祐希のような信頼関係が築けたら幸せだと思ったの。

 お兄ちゃんが欲しかったわけじゃない。だけどこうすれば、少しでもその幸せを感じられるんじゃないかって、ずるいことを考えただけ。
 だから私は、祐希の言葉に上手く返事が出来なかった。

「わかった。、ちょっと立って」

 覆い被せていた体を悠太から離して手招きをする祐希の横に立てば、祐希は私の背に手を回した。

「なに?」
は、お兄ちゃんに甘えたいんでしょ」

 私の背中を押しながら、祐希は一歩下がった。

「ちょっ」

 押された私の体は、先ほどまで祐希がしていたように悠太の背中へと覆い被さるように倒れていく。突然の事に、押されるがまま私の体は悠太の背中にぶつかり、私の頬のすぐ横に悠太の頬があるのを感じた。

 待っ、て待って待ってこれは────────ムリ!

 体中の血液が沸騰してる、なんて思いながら慌てて悠太の肩に手をついて体を起こそうとすれば、後ろから覆いかぶさった体に押されて私の体は更に悠太の背中に密着した。

「っゆ、うき!」
「なーに」

 なーに、じゃなくて!
 確かに、こうして甘えていた祐希を羨ましいと思っていたけれど、でも今すぐにしたいと思ってたわけじゃない。この体勢になりたかったわけじゃない、それが許される関係性が羨ましかったの!
 背中越しにトクントクンと聞こえる祐希の鼓動を聞いて、眩暈がした。これじゃあ、私の騒がしい心臓の音が悠太に聞こえているのが確実だ。そんな私におかまいなく、祐希は呑気に私の頭に顎を置いて揺らしながら遊んでいる。

「おい、の顔真っ赤だぞ」

 要の言葉に息が詰まった。
 これじゃあ、本当にバレちゃう!

「窒息しちゃいますよ、祐希くん!」

 あぁ、やっぱり春は良い子だ。その言葉に便乗して、顔が赤いのは息が出来なかったからということにしよう。この状況に息が苦しくなっているのは間違いじゃない。
 慌てて祐希の体を起こしてくれた春のおかげで背中の重みはなくなり、私は崩れ落ちるように悠太の背中から離れた。

 どうしよう。
 悠太の背中のぬくもりも、香りも、離れた今でも体から消えてくれない。ドキドキが治まりそうもなかった。赤くなった顔を隠そうと伏せたまま上げられない。

、大丈夫?」

 私がこんなに動揺していても、悠太の声はいつも通りやわらかい。それがほんの少し悲しかった。
 女の子よりも妹として見られているのかもしれない────────そのことに、さっきは落ち込む気がおきないなんて思っていたくせに。気にかけてもらえるだけで幸せだって、思っていたくせに。やっぱりそれだけじゃ悲しいのだ。私はこんなに意識しているのに、悠太にはほんの少しも意識されないなんて、やっぱり悲しい。

ちゃん、どこか痛くしましたか?」

 しゃがみ込んで顔を覗きこんできた春に私は慌てて返事をした。

「大丈夫、ちょっと苦しかっただけ」
「ダメですよ祐希くん!女の子の上に圧し掛かるなんて!」
「えーでもがこうしたいって」
「言ってない!私はただ悠太がお兄ちゃんだったらなって言ったの!」

 悠太がお兄ちゃんだったら────────さっきまでは何とも思わなかった言葉なのに、今は口に出すと胸が痛かった。お兄ちゃんになって欲しいんじゃない、と私の心が叫んでいる。だけどそれを言葉にすればどうにかなるなんて、そんな簡単なことじゃない。
 お願いだから変なことは言わないで欲しい。そんな気持ちを込めて祐希を見れば、祐希は顔をかしげた。

「じゃあ、オレとケッコンする?」
「えっ」
「そうすれば悠太がお兄ちゃんになるよ」

 開いた口が塞がらなかった。
 確かに、祐希と結婚すれば悠太が本当にお兄ちゃんになる。だけど、私がしたいのはそういうことではない。それを祐希も知ってるくせに、意地が悪い。

「ぼっ、僕たちまだ学生ですよ!」

 祐希の発言に動揺したのは私と春だけだった。要は「確かに」と同調するし、1番騒ぎそうな千鶴はカメラのシャッターを切っただけだった。

「そうすりゃ悠太が本当に兄貴になるよな」
「そーだよ。どーする?オレとケッコンする?」
「しないよ」

 そう答えたのは、私ではなく悠太だった。
 驚いて悠太を見れば、椅子に座ったままで悠太は祐希をじっと見ていた。どこか、不機嫌そうに見える。そんな悠太の姿は初めてで、更に驚いてしまった。

「悠太、の欲しいプレゼント忘れたの?」
「祐希」

 悠太が祐希をたしなめるのはいつものことなのに、その雰囲気がいつもと違うように感じるのは何故だろう。みんなもそう感じているのか、悠太と祐希の会話に誰も口を挟めずにいた。

「オレはお兄ちゃんとして、に望み通りのプレゼントあげようと思っただけだけど」
「…………」
「悠太だって“のお兄ちゃんになってあげる”って思ってたんじゃないの?」

 なんで────────祐希の冗談から、こんな緊張した空気に変わっちゃったんだろう。まったく分からなかった。戸惑いながら祐希と悠太を交互に眺めていれば、ふいに悠太の視線が祐希から私に移った。

、ごめん」
「え?」
「オレはのお兄ちゃんにはなりたくない」

 椅子から降りて私と視線を合わせた悠太は、真剣な顔をしてそう言った。

 その言葉がどんな意味を持つのかも分からないまま、胸の奥が勝手に小さく痛んだ。妹になることを望んではいないくせに。

 でも、だって、わざわざ「お兄ちゃんになりたくない」なんてどうして口にするの?

 きっと私は泣きそうな顔をしてしまっている。
 悠太の瞳に、不安げな私が映っている。悠太は一度目を伏せて、そうしてもう一度しっかりと私を映した。

「妹じゃなくて……彼女になるのじゃ嫌?」


 ────────カシャッ


 小さく漏れた私の声は、カメラのシャッター音で掻き消された。

 妹じゃなくて────────なに?
 私が悠太の妹じゃなくて、何になるって言われたの?


っちおめでと──!!」
「え、まじ、そういうことだったの」
「ゆ、悠太くん……!」
「これでオレが1番良いお兄ちゃんだよね、
「いやいや、ゆっきーは最早っちの弟だから、ここはオネーサンと呼ばないと!」

 次々と畳みかけるように話しだす皆の声がやけに遠い。

 うそでしょ?
 私が、悠太の妹じゃなくて────────彼女?

 やっと悠太の言葉が心の中に落ちた時、涙も一緒にぽたりと落ちた。

「やじゃない」

 涙声で答えれば、悠太が私の腕を掴んで立ちあがらせた。
 後ろで騒ぐ皆を余所にどんどん歩いて行き教室のドアを開けた悠太に、祐希が声をかけた。

「ゆーたどこ行くの?」
「デート」

 振り返って祐希に微笑んだ悠太の顔は、何だか私の知らない男の子みたいだった。






 掴んでいた腕を離して私と手を繋ぎ直した悠太は、後10分しか残っていない昼休みを使ってどこに行くつもりなんだろう。教室を出た静かな廊下を、悠太は歩き出した。
 朝も同じように手を繋いでいたのに、今はまるで違って感じた。悠太の手のぬくもりをもっと近くで感じて、握る力も少しだけ強くなった気がする。この手の感触のおかげで確かに現実だと実感できるけれど、まるで夢の中を歩いているみたいだった。
 ゆっくりと頬を伝う涙を拭っていれば、悠太が立ち止まった。

「オレ、今朝からずっとのお兄ちゃんのつもりで接しようと思ってたけど、少しもそんな風に考えられなくて……にちゃんとプレゼントあげられてない、と思う」

 申し訳なさそうに紡がれたその言葉が、私にとってどんなに嬉しいことなのか悠太には分からないのかな。こんなに嬉しくて望んでいたプレゼントはないのに。

「もらったよ、“悠太”」

 “悠太を”という気持ちを込めて涙声で手を握り返せば、悠太はとても優しく笑った。

「オレももらっちゃったよ、“”」

 そうして顔を近付けて来る悠太に慌てて目を瞑れば、耳元で“だから他のプレゼント受け取ってくれる?”と囁かれ、キスをされるのかと勘違いしていた私は恥ずかしさを誤魔化すように慌てて頷いた。
 離れて行く悠太の微笑み方は、なんだかやっぱり私の知らない男の子のようで、胸がざわついた。これが夢じゃなくて現実だなんて、心臓が壊れてしまいそうだ。
 これから、もっともっと私の知らなかった悠太を知ることが出来るのかな。

「デー、トって、どこ行くの?」
「特に目的地はないけど……の誕生日を少しでもオレが独占しようかと思って」
「えっ」
「彼氏の特権だよね?」
「う、うん」

 どうして悠太はそんなことをさらりと言えてしまうんだろう。私なんてこの現実を受け止めるだけで必死で、今だってパニックになりそうなのに。


「うん?」

 見上げた悠太は私の大好きな表情をしていて、それを私が独占しているのだと思うとやっぱり夢を見ているんじゃないかと思った。もうきっと、私は祐希を羨ましがることはない。





「好きだよ」

 私が生まれた今日この日が、新しい記念日になりました。













おまけ!次の日のお昼休み

 私は悠太と二人きりでお弁当を食べていた。

「今までも皆で食べてたんだから、みんな気使わなくていいのに」
「あれ、オレと二人きりは嫌?」
「ま、まさか!全然!まさか!」
「ふふ、“まさか”2回も言ってるよ」

 自分の動揺っぷりに微笑まれて、余計に恥ずかしくなってしまった。
 だからおにーさん、なんでそんなにいつも通りなんですか。
 確かに悠太と二人きりなのは特別珍しいことでもないけど、恋人同士になった今、二人きりになると嬉しいようで恥ずかしくて、内心そわそわしっぱなしだ。悠太に対してドキドキすることはよくあったけれど、今じゃその二倍どころかほぼ常にドキドキしていて本当に心臓が壊れてしまうんじゃないかと心配になってしまう。悠太からの愛を当たり前のように受け取る祐希を羨ましく思っていたけれど、私が祐希のように自然と悠太の愛を受け取れる日はこの先しばらく訪れそうもない。

「なんか準備があるみたいだよ」
「準備?」
「そう。あ、来たんじゃない?」

 騒がしい声と足音、間違いなく千鶴だ。
 乱暴に開けられたドアからは手に本のようなものを持った千鶴が「ハッピーバースデー妹よ!」と飛び出して来た。後ろにはもちろん、祐希と要と春がいる。

「それ昨日で終わってます」
「つれねーこと言うなって!お兄ちゃん達から最後のプレゼント持ってきてやったぜー」

 そうして渡されたものは、本ではなくアルバムだった。
 まさかと思えば案の定、中には昨日散々撮られていた写真とそれにつけられたコメントや飾りのシールとイラストが並んでいた。

「どうよ、嬉しかろう!?最高のメモリアルアルバム!」
「要の絵のせいでアルバムがピカソ画集になりかけたけどね」
「お前が描けって言ったんだろ!」
「僕はクマさんのシール貼りました!ちゃん好きですよね」

 各々自由に発言する中、私は何一つコメントを返すことが出来ずにアルバムを捲った。
 そこには昨日の朝からの写真が貼られていて、どの写真の私もとても嬉しそうに、幸せそうに笑っていた。そしてその隣やその視線の先には悠太がいた。敢えて悠太をフレームに納めようとしていたのだろうけれど、どの写真も私が悠太に恋しているのが一目瞭然だった。今すぐアルバムを閉じてしまいたいほど恥ずかしいのに、悠太と一緒に写っているのが嬉しくて、そして私だけじゃなくて悠太も私を見つめる眼差しが優しいのが幸せで、捲る手を止めることが出来なかった。

 1枚目は、朝学校へ向かっている時の写真。悠太の右手には祐希、左手には私が手を繋いでいる三人の後ろ姿が写っている。“浅羽三兄弟(妹)”と春の字で書かれていて、横には祐希の字で“最高のお兄ちゃん達”と書いてある。お兄ちゃんらしいことをしていないのに、ちゃっかり自分のことまでお兄ちゃんにするなんて祐希らしい。

 2枚目、祐希と千鶴が先に行っちゃったせいで私と悠太が二人で手を繋いだ状態になってしまった嬉し恥ずかしい時の写真。私は恥ずかしそうに地面を見つめていて、悠太は優しい表情で私のことを見つめてくれていた。ひとりで気まずくなっていた時、悠太はこんな表情で私を見ていてくれたんだと思うと胸の奥がむずむずした。

 そして3枚目は、嫌そうな顔をしてシャーペンを握り絞めている私と、眉を吊り上げている要、そしていつもの穏やかな悠太が写っている教室での写真。意地悪な要お兄ちゃんの表情が良く撮れている。要の頭には鬼の角が描かれていた。

 4枚目、廊下で瞳をきらきらさせながら両手を握り合っている私と春の写真。とっても可愛い春の頭にはリボンのシールが貼られている。

 次の写真は私と春が手を握り合っている所に要が現れ、私の頭を教科書で叩いている一枚。千鶴の撮るタイミングが上手すぎて、思わず笑ってしまった。

 6枚目は、緊張したような顔をしている私の頭に手を乗せる悠太の写真まであった。この時、授業が始まるぎりぎりだったのに千鶴はいつまで写真を撮っていたんだろう。

 そして7枚目、その後すぐに悠太が私の腕を引いて走り出した写真には、私が見惚れてしまった優しい眼差しもしっかりと写されていた。ここまで全部良い写真すぎて、“千鶴カメラマン”って呼んであげてもいいかな、なんて思った。

 8枚目、お昼休みにフォークを握りながらにやにやする私と、ちょっとムッとしている悠太の写真。祐希が「気に掛けすぎでしょ」って言ってた時の写真だ。悠太の表情が可愛いくて、口元がにやけてしまった。

 9枚目は、お昼休みの自動販売機の前で、私も悠太も真顔で見つめ合っている写真だった。祐希と千鶴にパシられた時の一枚。本当、どこまでストーカーしてるんだろうと少し呆れてしまった。

 10枚目、祐希のせいで悠太の背中に覆いかぶさっている私の写真。私だけじゃなくて悠太も驚いたような顔をしていて、ドキドキしていたのは私だけじゃなかったんだと思うと嬉しかった。普通の人に比べると分かりにくい反応だけど、目を少し見開いている悠太の表情はレアだ。

 次の写真には私の上に覆いかぶさる祐希が増え、浅羽兄弟に挟まれている私の顔は真っ赤だった。悠太の表情はいつも通りに戻っているようだったけれど、ようく見ると口元が少しだけ固く結ばれているようにも見える。悠太も少しは緊張してくれたのかな?

 12枚目、首をかしげる祐希を見上げて口を開けっ放しにしている間抜け面をしている私が写っていた。祐希にプロポーズされた瞬間だ。

 13枚目、不機嫌そうな悠太の顔を見上げている驚いた顔の私。祐希もしっかりと写っていて写真の横には“修羅場!双子が一人の女を取り合う!”と書かれていた。

 14枚目、しゃがみ込んだ悠太が私と視線を合わせている写真。悠太に、告白された瞬間の一枚。

 そして最後に、私の腕を引いて教室を出て行く悠太との写真で締めくくられていた。

 その後空白の1ページの後に千鶴、春、要、祐希、そして最後に悠太のひとりずつの写真とメッセージが添えられていた。ストーカーだなんて言ったけど、思い出の1日が全部写真に残されていて、皆からのメッセージもあって最高のアルバムを、誕生日プレゼントを貰うことが出来て私は泣きそうだった。
 メッセージを読んだら泣いちゃう、と思って家に帰ってから読もうと思いアルバムを閉じかけた時、千鶴は大きな声を上げて一枚の写真を取り出した。

「そして今ここで空白の1ページに貼る写真を渡したいと思う!」

 高々と掲げた写真を見た瞬間、私の涙は引っ込み、慌ててその写真を奪いアルバムの中に挟んで閉じた。
 ちょっと何この写真────────パパラッチ並の腕じゃん!
 視界に写った写真に心臓を騒がせていると、皆にも見えていたのか悠太以外のこの場にいる全員の大きな声が上がった。

「ちょっと今のどーいうこと!?悠太はオレのだよ!?」
「ゆゆゆゆゆーたくん僕達まだ高校生ですよ!?」
「子ザル、マジでプロじゃねーか!いつの間にとってたんだよ!」
「ふははははは!これで愛のメモリーの完成!」

 詰め寄ってくる祐希の背後には私以上に顔を真っ赤にさせている春、目をらんらんとさせて楽しそうな要に鼻高々な千鶴がいた。
 皆が騒ぐ原因、アルバムに閉じ込めた写真には私と悠太がキスしている────────ように見える姿が映っていた。
 少し離れていたことと角度のせいもあって廊下でキスしているように見えるけれど、私と悠太はキスをしていない。私もそうされるのだと勘違いした、ただ耳元で囁かれているだけの写真だ。けれどあまりにも上手く撮れていて、まるでキスしているようにしか見えなかった。

「どうでしたチューのご感想は!」

 マイクを持っているように拳を握り私に傾けてきた千鶴に本当のことを話そうと口を開きかけると、私より先に悠太が返事をした。

「ひみつだよ。ね、

 ぱちん、とウインクをしてきた悠太に私の心臓は弾けてしまいそうでした。






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