おうじさまの、おひめさま。





※原作『mix juice』のお話です



 バイトをクビになった祐希を連れて、結局いつも通りに6人で帰っていると、急に祐希の声が途切れた。振り返ってみると、祐希は小さな女の子に手を引かれて立ち止まっていた。あの女の子はファミレスで悠太が靴を拾ってあげてた子だったはず、と記憶を辿っていると────


“ちゅっ”


 ふいに聞こえた可愛らしいリップ音に、私の体は固まった。



 息を呑む4人の中で、中腰のまま固まる祐希と同じく、私は動くことが出来なかった。
 ちょっと待って、今のって……まさか?
 意気揚々と祐希に近付いて行く千鶴とは反対に、私はむしろ身体をのけ反らせてしまいそうだった。

「ゆっきーさあん、今されました?」
「されてない」
「いやいやされてたよ!」
「されてない」
「今のは絶対されてたぁ!っちという彼女がいながら、目の前で堂々と浮気ですか!」
「だから、されてないってば」

 されてた!と興奮気味に言う千鶴を見て、私の口から「ほんとに…?」と小さく声が漏れた。まさか、本当に、祐希は────

、相手は子供だからね」

 私を慰めるように、そしてどこかなだめるように悠太は私の顔を窺った。けれど、ふつふつと上がってくる体温に、悠太の慰めは私の心にまで響いて来なかった。

「こ、こどもって言ったって…私ともまだしてないのに!」

 思わず大きな声を出した私に皆が驚いた。けれど、そんなことを気にする気にもなれない。
 だって!私だってまだ祐希としたことなかったのに、それなのにあの女の子に先越されるなんて、そんなのひどい!いくら相手が子供だろうと祐希の“初めて”は1回きりしかないのに…!

「えっ、ていうかゆっきーとっちまだキスしてなかったの!?」
「あーあ、お前がだらだらしてっから」
「うるさいよ要」

 皆が驚いたのは、私の大きな声にじゃなくて、その内容についてだったらしい。楽しそうにからかう千鶴と要に、私はこれっぽっちも楽しくなれない、と眉間に皺を寄せた。

、小さな子供だよ。だってあるでしょ」
「分かってるけど」

 悠太に優しく肩を叩かれて、私は俯きそうになるのを堪えた。
 分かってる、相手は子供だってこと、分かってる。だけど、それでも涙が出そうになる感情を止められないんだもん。嫉妬とは少し違う、なんだか悔しくてショックで、うまく言えないこの感情は……結局は嫉妬なのかな。
 私の気持ちも知らないで、楽しそうにからかう千鶴と要に若干イラッとしながらも祐希の反応を見ていれば、祐希はそんな2人を無視してこっちに歩いて来た。
 祐希を見る視線が、自然と口元へと行ってしまう。私もまだ知らない祐希の唇を、あの小さな女の子はもう知ってるだなんて。なんだか祐希にまで不満が湧いてきてしまった。

「祐希、今の防ごうと思えばふ────」
「「「「っ!?」」」」

 近付く祐希を見上げて不満をぶつければ、それは途中で遮られてしまった。先ほどの小さな女の子が祐希にしたように、祐希は私の腕を引いて、そして唇を私の唇に重ねたのだ。
 突然のことに頭が真っ白になり、ドクドクと心臓の音が耳元でうるさいくらいに響いている。
 離れた唇に、驚いて口を開こうとすればそれよりも先に今度は頭を引き寄せられ、再び祐希の顔が近付いた。

 1度目は驚きすぎてよく分からなかった唇の感触も、
 2度目には少しだけ分かった。

 なまぬるくて やわらかい

 そして全身が震えているような、そんな気持ちになってしまうということ。

「ほら2回。の勝ちだよ」

 しれっとそんなことを言う祐希に、私は色んな意味で言葉が出なかった。

「ちょっとちょっと何見せつけてくれちゃってんの!?」
「おっ前、ここ道の真ん中だぞ!」
「わー…お兄ちゃん、弟が大人の階段登る所目の前で見ちゃった」
「あ、あああ祐希くん…!」
「もーみんなうるさいよ」

 早く帰ろ、と言って祐希は私の腕を引いて歩きだした。
 私は唇に風が触れるのも惜しくて、手で唇を軽く覆いながら黙って祐希について歩いた。後ろからうるさくついてくる4人に、祐希から与えられた熱以外に恥ずかしさでじわじわと体温が上がる。
 こんな外でするなんて、皆の前でするなんて。

「オレはさっきのカウントしないよ。が1回目」
「う、ん」
「でもが気にするなら、もっと差つけよ」
「え?」

 差を、つける?

「10回でも100回でも1000回でも、あの子が追いつけないくらいにさ」
「そ、それって…」
「外じゃ堪能出来ないし、千鶴たちうるさいし、早くオレの部屋行こっか」

 それって…!
 急展開に困惑していると、後ろから悠太の声が聞こえた。

「祐希くーん。祐希くんの部屋はオレの部屋でもありますからねー」
「ちょっ、ゆっきーそれ以上大人の階段登るの禁止!だめだめ!」
「ゆ、祐希くんっ!高校生の間は1日に1回ですよ!」
「だって、1日1回ならシていいって」
「言ってる意味が違ぇだろ!」

 先を歩いていたはずなのに、いつの間にこんなに近付いていたのか要にど突かれている祐希を見て私は笑った。

 ごめんね、小さな女の子。
 祐希のお姫様は──────私なんだよ?






20120607
2style.net