なまぬるい三角関係。





「浮気しに来た」
「はいはい……はい?」

 部屋から出てリビングに来るなりそう言えば、雑誌を読んでいた悠太は「はいはいお茶ね」という具合にソファから腰を浮かせて、そしてその途中で止まった。

「なんですと?」
「浮気をしに来た」
「誰と?」
「悠太と」
「え、いやいや……同じ屋根の下で双子の兄と?」
「そう」
「昼ドラでも見てたんですか」

 その問いかけに、私は待ってましたとばかりに口を開いた。

「祐希がヘッドフォンをしてRPGをやりだしたの!」

 浮かせていた腰を下ろした悠太の隣に、私は乱暴に座った。そしてテーブルの上にあった悠太の飲みかけのペットボトルに口をつけた。

「ふたりきり!間接キス!」
「それは浮気してるアピールですかね」
「そう!」
「いつものことじゃん」

 そう優しく笑われて、くそうと思う。悠太とふたりきりになることも、悠太の飲んでいるもの食べているものを奪うことも、こんなのいつものことなのだ。その上、祐希と2人で遊んでいたって途中で私がほっぽり出されることなんてしょっちゅうだ。

「でも、悠太となら浮気しても怒られなさそうでこわい」
「ないない」

 そう言う悠太の言葉は、今回ばかりは説得力がない、と私は思う。

「むしろ私が怒られそう。悠太に何してくれたんだ、って」
「なに言ってるんだか」

 ぽんぽん、と呆れたように私の頭を撫でて、悠太は立ち上がった。お菓子あるよ、と言っていなくなった悠太の背中を見送って、私は抱きかかえたクッションに顔を埋めた。
 たまに、寂しくなる。私だけの祐希なんてない。私が知ってる祐希は、きっと当然のように悠太が知ってる祐希なんだ、なんて。悠太はお兄ちゃんなんだから、ずっとずっと祐希と一緒にいて、これからも一緒にいるんだから、私よりも祐希のことを知っていて当然なのに。祐希が、悠太のことを大切に想うのは当然なのに。
 私と悠太が同じ天秤にかかることなんてない。だけど、どうしてもたまに寂しくなる。

「はい、どうぞ」
「あ、食べたかったお菓子だ」
「そうなの?祐希が食べるなって言ってとっておいたやつなんだけど」

 悠太が持ってきたのは、私が一昨日あたりに「久しぶりに食べたーい」なんて漏らしていた、そのお菓子だった。

「じゃあのために買ってきたんだね。昨日要たちと遊ぶ時に買い出し行こうって言って買ったのに食べるなって言うから千鶴が騒いでたんだよ」
「まさか、私のためじゃないでしょ」
「俺はのためだと思うけど」
「えぇ、それこそないない」
「仕方ない、可愛い弟と可愛いのためにちょっとお話しましょうか」

 まぁこれでも食べなさい、とお菓子を私の口に入れて、悠太は指を一本立てた。

がうちに来る時に、玄関を開けるのは誰ですか」
「え?うーんと、祐希かな」

 私の答えに「正解」と頷いて悠太の指が二本に増えた。

「学校で別れる時も、家から帰る時も、に最後にバイバイって言うのは誰?」
「えー?誰って言われても……これも祐希?」
「うん、じゃあ最後」

 そう言って悠太の指が三本になった。

「それは何故でしょう」
「何故って……祐希と遊びに浅羽家に来ることが多いから、祐希が迎えるんじゃないの?」
「でも別に俺が玄関に出てもいいよね?」
「え、うん、そうだね」
「なのに、なんでいつも祐希なんだと思う?」
「えー……意味なんてあるの?でも言われてみれば、ほんといつも祐希だね」
「でしょ?じゃあ、いつも最後にバイバイを言うのが祐希なのは何でか分かる?」
「それは……私が祐希のことばっか見てるからそう感じる、とかかな」
「あぁ、それもあるね」

 それ“も”ってことは、違うのか。それなのに堂々と言って、なおかつ肯定されてしまってなんだか恥ずかしい。何を今更と言われるかもしれないけど、これじゃあ私が祐希のことが好きですって宣言してるみたいなんだもん。本当、今更だけど。
 悠太が突然出した問題は、私にはよく分からなかった。どちらも、今まで意識したことがなかった。でも言われてみれば、確かにいつも私が遊びに来て玄関を開けてくれるのは祐希だった。玄関の呼び鈴を押してから、返事が聞こえて玄関が開くまでに1分もかからない時もあれば10分近くかかる時もある。だけど、玄関のドアを開けてくれるのはいつも祐希だった。なんだか私にとってそれが当たり前で、いつも祐希だったということに気が付きもしなかった。けれどいつも祐希だったのだ。教室で別れを言う時、校門で別れを言う時、家まで送ってもらう時、そうやってみんなといる時に最後にバイバイを言うのも、確かに祐希だった。
 玄関を開けてくれるのがいつも祐希なのは何故なのか分からないけれど、最後にバイバイを言うのが祐希なのは、本当に私がただ祐希のことを見てるから、そう感じるんじゃないかと思うんだけど。それ“も”っていうことは、他に答えがあるっていうことだよね。
 じゃあ一体、いつも祐希なのは、どうしてなの?

「ねえ悠太、答えは?」
「降参するの早いなあ」
「最初から教えてくれるつもりだったでしょ?教えてよ」

 クッションを抱きながら悠太を見上げれば、悠太は優しく微笑んだ。祐希に見せる笑顔に、似てる。ううん、同じだった。それが嬉しくて、なんだか恥ずかしくて、私はクッションを抱く力を強めた。

「答えはね、が俺と浮気をしたら祐希は怒るってこと」
「えぇ?全然話繋がってなくない?」
「どっからどう見ても一本に繋がってますよ」
「どこらへんが?」
「あのね、が来る時は絶対に祐希が玄関に行かせてくれないの。インターフォンで俺が出ても、祐希が出るでしょ」
「そうだったかも」
が一番に見るのが祐希じゃなきゃ嫌だからだと思うよ」

 私が一番に見るのが、祐希じゃなきゃ──────いや?
 まさか、祐希がそんなことを考えるの?

「……ん?普通は“祐希が一番に私に会いたい”とかじゃない?」
「うん、それはちょっとニュアンスが違う。祐希が会いたいとかっていうことじゃなくて、が誰を見るのかっていう話」
「それ、祐希が言ったの?」
「ううん」
「じゃあ分かんないじゃん」
「分かるよ、祐希のお兄ちゃんだからね」
「えぇ」
の瞳に一番に映る権利を、祐希は俺にも譲ってくれないってこと」
「ほんとにそんな風に思ってるのかな」
「思ってるよ」

 なんで分かるの、って聞いてもきっと「祐希のお兄ちゃんだから」って返されるんだろうな。

「二つめのはもう分かったでしょ」
「私が最後に見るのが……祐希じゃなきゃ嫌だから?」
「大正解」

 もうひとつどうぞ、と悠太は私の口にお菓子をまた詰めた。

「分かった?」
「ほんとにほんと?おにーさん私を甘やかしてない?」
「ないよ。可愛いでしょ、祐希の独占欲」

 祐希の独占欲。
 じわじわと、私の体が熱を持つ。その熱がもどかしくて、私はクッションを強く抱き込んだ。

「分かりずらい」
「そう?まだまだですねさん」
「それに、私の瞳に一番に映る権利とか、よくわかんない。普通は“自分が一番に会いたい”とかじゃないの」
「まだまだですね、さん」
「どうして」
「そこまでは秘密。自分で考えましょう」
「けち悠太」
「何をおっしゃいます、そんな嬉しそうな顔しておいて」

 にやけている私の頬を、ぐりぐりと押して、悠太は私に三つめのお菓子をくれた。やっぱり、完璧私を甘やかしてくれてますねおにーさん。

 寂しく感じちゃうこともあるけど。本当はね、私が悠太と浮気をして祐希が怒らなくても、逆に私が怒られそうでも、嫌じゃないの。寂しくなることもあるけど、それは私にとって悲しいことじゃない。
 悠太と私が同じ天秤にかからないのと同じように、私も悠太を何かの天秤にかけることが出来ないから。
 私は、悠太のことも大好きだから。



「浮気現場もくげき〜」

 部屋から出てきた祐希が、のろのろと私達に近付いた。

「修羅場ですか」
「修羅場ですね」
「祐希、どっちを怒る?」
「怒らない、まざる」

 そう言って、祐希悠太を抱きしめた。






20120331
2style.net