ハニートラップはおあずけ







 この状況に、オレはいらいらしていた。

 休み時間に「フルーツ・オレが飲みたい」と言ったが一緒に買いに行こう、と面倒臭いことを言い出し、オレにもひとつ買ってくれると言うから仕方なく着いて行くことにした。自販機まで二人で歩いていると、途中で室ちんが声をかけてきた。特に用はないらしい。まいう棒を食べながら歩いているオレをいつものようにたしなめた後、室ちんは隣にいるに声をかけ微笑んでいた。そんな室ちんを見上げるのこの顔────────これがオレのいらいらの原因だ。
 目をきらきらさせて、頬が赤い。の考えてることなんてすぐ分かる。どうせ「王子様みたい」とか思ってんでしょ。
 あーほんとうざい。そのうざい思考を飛ばしてやるよ。

「痛ッ!なにすんの!」

 思考を飛ばすついでに目も覚ましてあげようというオレの親切心がには伝わらないらしい。まいう棒を持っていない左手での後頭部を叩けば、驚いたが頭をさすりながらオレを睨んだ。

「目ェ覚ましてやったんだけど」
「むしろ気を失いそうなんですけど」

 敦いつも力強いって言ってんじゃん、と本気で痛かったらしいは顔を歪めた。
 顔を歪めたいのは苛立ってるオレの方だっつーの。

「室ちんのコレは誰にでもなんだから浮かれて真に受けたら可哀想って憐れんでやってるオレの気持ちが分かんないの」
「……なにそれ意味分かんない」

 だからバカだって言うんだよ。あーやだやだ。つーか室ちんもこの期に及んで何してんの、オレの言ってる意味分かんないわけ。
 の頭に手を乗せて撫で出した室ちんに、オレは冷めた目線を送った。室ちんは動じることなく、困ったように眉を下げただけでの頭から手を離さなかった。

「敦、女の子に手を上げちゃダメだろ」
「上げたんじゃなくて下げたんだし」
「ヘリクツ言わない。ちゃん、大丈夫?」
「はいっ…!」

 室ちんに頭を撫でられて顔を赤くするを見て、更にいらいらした。
 なんでオレの言うこと分かんないのかなあ、室ちんがこんなことするのは別にが特別だからってわけじゃないのに。が赤くなるような意味が含まれたことじゃない。そんなことも分からずに、いかにもドキドキしてますという態度のが心底うざったかった。
 空いている手を再び振り上げ下ろすと、少し低めの室ちんの声が響き、の頭を撫でていた手がオレの振り降ろした手を止めた。

「敦」
「室ちんこそさー、むやみやたらと女を落そうとすんのやめてよね」
「そんなことしてないよ」
「室ちんにそんなつもりなくても、こいつバカだから舞い上がっちゃってんの」
「私だけじゃなくて氷室さんは皆に優しいことくらい分かってます!変な勘違いしてるわけじゃないですからね!?」

 ようやくオレの言ってることが理解出来たのか、は恥ずかしそうに、そして慌てながらも室ちんに弁明を始めた。
 顔赤いままじゃ説得力ねーし。

「オレは誰にでも優しいわけじゃないよ?」
「えっ」
「むーろーちーん」

 なんなの。だけじゃなくて室ちんもバカなの?オレの言うことなんで分かんないわけ。
 苛立ちながら思い切り睨めば、室ちんは面白そうに笑った。

ちゃん、男はオオカミだからさ。騙されないように気をつけて」

 の頭を撫でながら微笑む室ちんに、どの口がそれを言うかと思った。

「でもちゃんにはオオカミから守ってくれる騎士がいるから大丈夫だね」
「ナイト、ですか?」
「そう。敦のこと」
「はあ!?なんでオレが!!」
「今だってオレからちゃんを守ろうとしたんだろ?」
「ちっげーーし!後で泣きつかれんのがめんどーだっつってんの!」
「どうして泣きつくんだ?オレはちゃんのこと好きだけど」
「えっ──────痛ッ!」
「だから室ちんのこれはオレを煽ろうと──────もういい!」

 室ちんの手をはらうようにの頭ごとはたいて、勢いで言った言葉を慌てて飲み込んだオレはと室ちんに背を向けた。
 室ちんのこーゆーとこ、普段は別にどうでもいいけど、今は心底うざい。がバカみたいに浮かれていることを室ちんだって分かってるくせに、なんで敢えて余計に浮かれさせるようなことするんだろ。
 こんなん室ちんにとっては特に意味もない挨拶に過ぎないのに、それに浮かれてるこのバカ女はもっとうざい。
 つーかそもそも、なんでオレがこんなにいらいらしなきゃなんないわけ?

「あっ、敦!フルーツ・オレはこっちだよ!?」

 背中に声をかけてくるの発言にオレは呆れた。室ちんと顔を赤くして喋ってたくせに、結局はフルーツ・オレかよ。そんなに飲みたいなら一人で買いに行けっつーの。

「も〜……氷室さんすみません、私も行きますね」
「あぁ。敦をよろしくね」
「こちらこそ、敦をよろしくお願いします」
「ふふ、OK. ねぇちゃん、耳かして」
「──?はい」
オレがちゃんに優しいのはね、敦のsteadyだからだよ。つい可愛いがっちゃうんだ









「敦!フルーツ・オレは!?」

 走って追いかけてきたは、まだフルーツ・オレについて騒いでいた。
 室ちんといればいいのに、なんでオレについてくんだろ。室ちんなら一緒に買いに行ってくれただろうし、オレなんてほっといて二人で行ってくれば良かったのに。
 のこーゆーとこ、ほんとうざい。

「うるさいなぁ、そんなに飲みたきゃ一人で行けばいいじゃん」
「まだ氷室さんと話もしてたのに」
「ついて来いなんて言ってねーし」
「でも敦いないじゃん」
「はぁ?」

 別に二人がさほど仲良しじゃなかったとしても、室ちんが女の子と二人でいて気まずい思いなんかさせるわけないんだから、オレがいなくたって喋りたいならついて来なきゃいいのに。もしくは室ちんと喋りたいならそんくらいの気まずさ自分でどうにかしろって感じ。
 オレのせいにするとかやっぱりはうざい。

「ねぇ敦、氷室さんは誰にでも優しくしないって言ってたよ」
「だからさー信じんなって言ってんの」
「私は敦のステディーだからだよって」
「はぁ!?」

 たどたどしく発音されたsteadyの言葉に、室ちんへの怒りと別の何かに対する熱が一気に上がった。
 室ちんのこーゆーとこマジむかつく!
 全部お見通しで遠くから面白がって操作しようとするとこ!ポーカーフェイスで微笑んでればバレないとでも思ってんだろーけど、オレには通用しないから!

「ステディーってどういう意味?子守りとか?」

 室ちんへの怒りの仕返しと、この状況をどうすべきか考えていたオレの頭の中が、の発言で一瞬にして切り替わった。

「なんで子守り!?てゆーか子守りしてんのオレじゃん!」
「え〜敦の面倒見てんの私じゃん」
「ほんとヒネリ潰したいこの頭」
「い゛、い゛たい!」

 まいう棒のかすがついてるのも構わずに、オレはの頭をわし掴んだ。これで少しは賢くならないものなのか。
 のバカな頭じゃ、steadyどころか自分がいつも置かれている状況すら理解出来ないらしい。
 いつもが転びそうな時に手を引いてやってんの誰だと思ってんの。分かんないってうるさく騒ぐ問題教えてやったり、新作のお菓子はいつも一口だけ分けてやったり、暇そうにしてる時に話し相手になってやったり。変な男に勘違いさせられて泣きつかれたらうざいから、そうならないように睨んできてやったのオレじゃん!は全部気付いてないんだろうけど。気付いてないから、自分がオレの子守りだなんてバカなことが言えるんだ。
 ほんとむかつく。室ちんが頭を触ればすぐに顔を赤くするくせに、オレがそうしても何も変わらないところも。

「あつ、し!痛いって!」
「ほんとむかつく」

 手を離してやれば、は頭を数回撫でた後、乱れた髪を整えた。不満そうにオレを見上げる姿が気に入らない。
 室ちんにはそんな顔、してなかったじゃん。

「なんでさっきからキレてんの?いーよもう氷室さんに聞くから」
「聞かなくていいよ!恥かきたいわけ!」

 なんでオレが、室ちんのついた下らない冗談に振り回されなきゃなんないの。そもそももSteadyの意味くらい知ってろよ!そしたら自分からこんなバカみたいなこと言ってこなくてすんだのに。冗談、と言って笑い飛ばしたはずだ。
 ……それもそれでムカつくけど。

「じゃあ敦が教えてよ」
「……今度ね」

 室ちんのことは照れてまともに顔も見ていなかったくせに、オレと話すときはいつもこうしてじっと目を見てくる。でもこれは、ムカつかない。に目を見られるのは嫌いじゃない。

「今知りたい!チョコあげるから、ね?」

 ポケットから小さな包み紙を取り出して、背伸びをしながらオレの目の前に突きつけてくるに、オレは顔を逸らした。
 背伸びしたって全然届いてねーし。

「今度っつってんじゃん、しつこい」
「えー?ほんとは敦も知らないんじゃないの」
「知ってるっつーの!いいから今度!絶対に自分で調べないでよ!」
「も〜、絶対に今度教えてね」

 不満そうに口を尖らせながら、は手にしているチョコの包装紙を剥がしていた。次の休み時間には絶対にフルーツ・オレ買いに行こうね、と言いながら。
 どんだけ飲みたいんだよ。つーかまだ時間あるし、ひとりで買いにいけばいいのに。

「ねー、それオレも食べたい」
「えぇ?教えてくんないのに?」

 んな簡単に教えられんならとっくに言ってるっつーの。
 を無視して、オレは体を屈めて口を開けた。

「あーん」
「これしかないのに」

 そう言いながらも、ひとつしかないチョコレイトをオレの口に入れてくれるが────────オレは好きだ。






20131021
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