おまじないのくちびる





 喉が痛い。いがいがして、むずむずする。咳が出そうで出ない。
 やばいなぁ、風邪引いたかも。



「どうした?」
「え?」
「しかめっつらしてるぞ」

 そう言って、木吉は私の眉間に人差し指をぶすりと指した。
 お昼休み。中庭のベンチで二人で並んで座って、まるで縁側に座るおじいちゃんとおばあちゃんみたいだ。生徒の声が遠くに聞こえるだけで、二人きりのこの空間はあたたかくて穏やかだった。それを壊すのは、私ではなくて私の喉に居座るバイ菌。朝からなんとなく感じていたこの違和感が、今になって確信に代わる。
 帰ったら薬を飲んで、今日は早めに寝なきゃ。

「なんか喉がいがいがするの」
「風邪か?のど飴あるぞ」
「え゛ぇ」

 ポケットをあさりだした木吉を見て思わず嫌な声をあげれば、彼の目は丸くなった。

「なんだよその反応」
「だって、飴くれるんでしょ?」
「のど飴舐めといたら少しはマシになるだろ」
「そうだけど」

 木吉がくれるのど飴、と聞いたら嫌な予感しかしない。木吉がいつもくれる飴は、おじいちゃんやおばあちゃんが好きそうなものばかりなのだ。黒飴は好き、べっこう飴も好き。好きなものもあるけど、甘酒飴をもらった時にはこっそりと日向のポケットに入れてしまった。そんなラインナップの中から現れるのど飴、だなんて嫌な想像しか出来なかった。

「ほら」

 大きな手のひらから現れたのは、オレンジ色の縦長の飴。

「これ……何飴?」
「ニッキ飴」
「のど飴なの?」
「似たようなもんだろ」
「えぇ〜それ美味しくないやつでしょ」
「そうか?喉に効きそうな味だぞ」
「やだ、絶対やだ。桃ののど飴とかがいい」
「桃なんて喉に効かないだろ」
「そういう問題じゃなくて!」
「じゃあ明日龍角散のど飴持ってきてやるから」
「だからそういうのが嫌なんだってば!もっとレモンのとかあるじゃん」
「それじゃあただの飴だろ」
「それでいいの」
「喉に効かなきゃ意味がないと思うんだが」

 呆れたような顔をして、木吉がポケットから新しく出したのは三角の形をした苺の飴。白くてカサカサ音が鳴る包装紙、これもまたなつかしさを感じるものだった。

「これは好きー」

 木吉の手の上にあると、やたらと小さく見える飴をつまんで、袋を開けて口のなかに放り込む。
 確かに、喉に効くとは思えないけど。喉が潤うならそれで随分マシだ。

「なぁ」
「うん?」
「ちょっと顎上げてみて」
「あご?こう?」

 口の中からじゃなくて、外からも喉の腫れを見て分かるのだろうか。これも、おばあちゃんの知恵袋ってやつ?不思議に思いながらも素直にアゴを上げて喉を剥き出せば、そこに柔らかい感触がした。

 私の喉に、木吉の唇が押し当てられている。

 予想外の木吉の行動に、驚いて喉の奥に転がり落ちそうになる飴を慌てて押し戻して、無事に飴が口の中で納まった次は木吉の肩を掴んで押し返した。

「っなに、やってんの!」
「良くなるおまじない」
「そんなんで良くなるわけ──」
もこの間してくれただろ」

 嬉しそうに目尻を下げる木吉を見て、顔が熱くなった。

 確かにこの間、私も「おまじない」だと言って木吉のおでこにキスをした。
 薄暗くなってきた放課後、ちょっとだけ練習を覗いてから帰ろうと体育館に顔を出せば木吉の姿がなかった。水道にいるのかと探してみると思った通りそこにいて、大きな体を屈めて丸めていた。けれど水を飲むわけでもなく、おでこを冷やしている姿が不思議だった。声をかければ「ボールをぶつけた」と言って水から少しだけ顔を離して赤くなっているおでこを見せてくれた。普段はぼうっとしている雰囲気があるにしても、バスケをしている時におでこでボールを受けるなんてことはないと思っていたからちょっとだけ驚いた。
 赤くなっているおでこを見ていると可哀想で、だけど大きな体をしているくせにやんちゃをした小さな子供のようで可愛いくて。思わず、唇を寄せてしまったのだ。屈んでいて、いつもより木吉のおでこが近くにあったせいもあるかもしれない。
 目をぱちくりとさせる木吉に、恥ずかしさを誤魔化すように「早く治るおまじない」だと告げた。

「あのおかげですぐに治ったんだ」

 そんなわけがない、と思いつつもあんまりにも嬉しそうに言われてしまったら否定する気にもなれない。むしろ、そんな風に思ってもらえて私の方が嬉しくなってしまう。
 だけど、私には怒らなきゃいけないことがある。

「こんなところで止めてよ、誰かに見られたらどーすんの!?」

 辺りを見渡して、生徒の姿が見えつつも誰も私達を見ていないことを確認してから顔を戻せば、木吉はまた驚いた顔をしていた。

だってこの間学校でしてきたろ」
「あっ、あれは放課後遅くて誰もいなかったでしょ!」
「黒子が見てたぞ」
「えっ!?」

 あの時はあの場所に私と木吉しかいなかったはず。少なくとも、私から見える木吉の背後には誰もいなかった。私の後ろを誰かが歩いている気配も足音もなかったはずなのに。
 だけどあの時、黒子くんもいたの?
 考えると恥ずかしくて、思わず顔を覆った。

「黒子くん……なんか言ってた?」
さん優しいですね、って」
「やだもう恥ずかしくて黒子くんに会えない」
「あれから何度も黒子に会ってるだろ」
「そういうことじゃなくて!」
「黒子、普通に歩いてたんだけどなぁ」
「木吉は気付いてたの!?」
「あぁ」
「じゃあ言ってよ!」
「まさかおでこにちゅうしてくるとは思わないだろ」

 返す言葉がなくて、私は唸るようにして口を閉じた。

「でもその後も見られてたとか、何も言わなかったじゃん」
「いやあ、お前があんまりにも可愛いから、オレの視界から黒子がミスディレクションしちゃって」

 目も口もだらしなく緩めて笑う木吉に、心の中で「何うまいこと言ってんの」と思いながらも恥ずかしさをごまかすために木吉のお腹に握った拳をぶつけた。
 木吉のこういうところが嫌だ。こっちが驚いてしまうくらい突然、そして構えることも出来ないほど自然に人を喜ばせたり恥ずかしがらせたりするところが、すごく嫌だ。そのせいでいつも私は突然溢れだす感情を隠すことも出来ずに木吉の前に晒してしまう。

「なんだ今更恥ずかしがってるのか?」

 黒子くんに見られたいたことももちろん恥ずかしいけど、今私が恥ずかしがってるのは木吉の発言になんですけど。ほんと木吉って鈍感なんだかそうじゃないんだか分からない。

 お腹にぶつけた私の拳を大きな手で包み込みながら、木吉は「治ったか?」と聞いてきた。本当にこれだけで風邪が治るとでも思ってるのだろうか。

「治るわけないでしょ」

 呆れたように言えば、木吉は口許だけで笑った。
 ここは残念がるところじゃないの?そう思った時には────────もう遅い。

 木吉の唇は再び私の喉を捕らえていた。

「ちょっ、と、きよ────あ」
「ダァホ!!」

 頭上に突然現れた日向の姿に、嫌な汗をかきながらも彼がいればこのバカを止めてくれると少し安心もした。予想通り、日向は口癖と共に木吉の頭に思い切り拳を落とした。ゴツ、と鈍い音と共に木吉の唇は私の喉から離れ、その代わり拳に沈められた頭は胸元で停止した。
 これはこれで、気まずい体勢になってしまった。
 肩を押せば割とすんなり離れた木吉は頭をさすりながら涙目で日向を見上げた。

「流石に学校で胸はダメだろ日向」
「むっ……ダメなのはお前の頭ん中だ!人がいる場所でアホなことしてんじゃねぇ!」

 懲りてないのかズレてるのか、相変わらずの発言に肩の力が抜けてしまった。日向は逆に火が点いちゃったみたいだけど。

「なんだよ、日向しか見てなかったろ」
「えっ!?」

 日向だけじゃなくて、私にも火が点いてしまった。
 いつの間に日向は近付いていたんだろう、なんて思っていたのに、まさか私だけが気付いてなかっただけで木吉は気付いてたの?気付いてて、こんなことをしてきたの?

「木吉!」

 怒りを込めて名前を呼べば「は鈍感だからなあ」と笑われてしまった。木吉だけには言われたくない、と思うのだけれど。

「カントクが呼んでるから早く来い!」
「分かった分かった、何怒ってんだ」

 日向が怒っても私が怒っても、こうして笑って返すのだから困ってしまう。

「お前ホント分かってねーな!」
がのど痛いって言うからおまじないしてただけだろ」
「ハァ?何ふざけたこと言ってんだよ」
「ふざけてねーよ、前にが────」
「日向!のど飴!のど飴持ってない?」

 どれだけ嬉しかったのか知らないけど、もう私の恥ずかしい話を広めてくれなくていいから……!
 慌てて日向の腕を引けば、怪訝な顔をしながらもポケットから飴を出してくれた。しかも、私が望んでいたレモン味ののど飴。

「流石キャプテン!」

 普通はこうでしょ、ニッキ飴でも喉に唇でもないでしょ、と思いながらレモンののど飴を頬張れば、木吉が拗ねた顔をして私を見ていた。

「治るまで何回でもするからな」

 そんなのはただの飴だ、とでも言いたげな物言いに私は笑ってしまった。




 それじゃあ、日向のくれたレモンののど飴と木吉の唇、どちらの方が私の喉を潤してくれるのか勝負だね。





20130611
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