てのひら 後編



※注意
あくまでも怖そうな雰囲気だけでお話が進むので、ホラーというほどのストーリーではありません。雰囲気だけなのですが、ほんの少しの雰囲気すら苦手な方はご注意ください。




 オレは青峰っちを止めずにここまで来たことを後悔していた。

 公園を通るくらい、と言っていたものの、本当にただ真っ直ぐにコンビニまでの通り道にするわけがなかった。
 青峰っちはきっと、“からから様”がどんな石なのか見るつもりなのだろう。
 公園に入ってすぐに左側へと進んだオレたちは、誰も使用していないバスケットゴールを見つけた。ゴールがひとつあるだけで、コートもない。けれど適度にライトアップもされていて、遊びや軽い練習をするには十分に整備されていた。
 そのバスケットゴールの後ろに、真っ暗な林が広がっていた。

 先ほど通ってきた公園の入り口付近にはちらほらと人がいたのに、林側に近づくにつれて人の姿はなくなっていった。
 もちろん、バスケットをしている人もひとりもいない。

 肌に触れる空気の温度が2度ほど下がったような感覚。けれど湿度が増した、まとわりつくような気配に良い予感はしなかった。
 青峰っちは気温が下がったように感じるのは自然が増えたからだとでも思っているのか、こっち側の方が涼しい、と呑気に欠伸をしている。

「ライトまであんならボール持ってくれば良かったな」
「青峰くんならひとっ走りしたらすぐじゃないですか」
「俺に取って来いっつーのかよ」

 青峰っちはもちろん、黒子っちも何も感じていないようだった。隣にいるを見ても、ふたりの会話に笑っているだけで特に変化はない。ただ、林がすぐそこにあるということに怖がってはいるようで、オレのそばからは離れないようにしているようだった。
 余計なことを言って、の恐怖心を煽りたくはない。
 ボールもないしこのままコンビニに行こう、と青峰っちたちを促そう───────そう思った時だった。

「……おいテツ、見てみろよ」

 急に潜めたような声を出して、青峰っちは林の中を指差した。
 青峰っちの態度の変化に何かを察したのか、は後ずさるように足を動かし、肩をオレの腕にぶつけた。けれど離れる様子もなく、そのままオレに寄り添ったまま不安そうに青峰っちの顔と指差す方に目線を揺らしていた。
 林の中の暗闇の、少し下の方を指差す青峰っちは眉を顰めていた。
 
「どこですか?」

 オレも黒子っちも、青峰っちが指差す方へと目を走らせていた。
 わずかにライトの明かりが届いているにせよ、草が生い茂り、暗く、何も見えなかった。

「ホラ!」

 急に大きな声を出した青峰っちに、遂には怯えてオレの腕にしがみつき顔を隠してしまった。
 突然大きな声を出されれば、誰だって驚く。
 そのことに目を丸めたオレと黒子っち、そしてそれ以上に怯えたを見て、青峰っちは笑い声を上げた。

「バスケットボールだよ、その木のとこにあんだろ。やっぱビビってんじゃねぇか
「青峰くんが大きい声出すからだもん!」

 大げさに驚いてしまったことを恥じているのか、顔を上げたはオレの腕から離れて青峰っちに抗議していた。けれど恐怖心がまだ体に残っているのか、ふたりからは見えないようにオレの背に手を伸ばし、シャツの裾を握っている。
 安心させるように、オレもふたりからは見えないようにの背中をそっと撫でた。

 けどやっぱり、ここからはもう離れた方がいい。

 青峰っちが指を差したのは、恐らく、ゴールの2メートルほど後ろにある大きな木だ。
 奥に進めばそれなりに木が密集しているもののゴールのすぐ後ろは木もまばらで、どの木を差しているのかくらいは分かる。最初は指を差されているだけで漠然と辺りに目を配っていたが、“その木”だと言われればオレも黒子っちも、青峰っちがどの部分を差しているのかがはっきりと分かった。
 はからかう青峰っちに言い返していて、気づいていない。

「青峰くん……どこですか?」
「ア?」
「ボールなんてないですよ」

 黒子っちの言う通りだった。
 青峰っちの指差した場所ではない木を見ていたとしても、その周辺にもバスケットボールなんて落ちていない。
 確かに、何もないはずだった。
 けれど青峰っちは、確信を持って林の方へ足を進めた。

「青峰っち!先にドリンク買ってこよーよ」

 引き止めたい、けれどを怖がらせたくない。
 それなのに青峰っちは林の入り口へと足を踏み入れてしまった。
 今になって、出がけに赤司っちの言った言葉の意味を考える。

 ───────黄瀬、ちゃんと気をつけて行ってくるんだよ

 それはつまり、この“良くない気配”をオレが気づけるだろうと、そういうことだったんじゃないのか?

「なんだあれ……おい、テツ来てみろよ」
「ボールはどこですか?」
「見間違いだったみてぇだ。それよりあっち見てみろって」
「また急に大きな声を出したらぶっ飛ばしますよ」
「もうしねぇって」

 青峰っちだけじゃなく、黒子っちまで林の中に入ってしまう。
 林の奥に、一体何を見つけたと言うのだ。ボールがないならバスケする前に、という口実でこの場から遠ざけることが出来ない。
 そもそも、ボールだって最初からなかった。
 この周辺の気配に気づかないのに、青峰っちは一体何を見てんだよ。

「青峰っち!」
「怖いならお前らはそこで待ってろって」
「いや、そーじゃなくて……」

 本当にすぐ戻るつもりなのだろう。さっさと歩いて行ってしまうふたりにオレは迷った。
 絶対に、意地でも引き止めるほどの嫌な感じがするわけじゃない。そもそも、そんなにはっきりと自覚するほどの霊感もない。ただなんとなく感じるだけだ。だからこそ、赤司っちの言葉が気になって引き止めるべきか、ここで待っているべきか迷った。

「黄瀬くん……?」
「ごめん、怖いよね」
「黄瀬くんも一緒だから大丈夫だけど……青峰くん、なに見つけたんだろう。からから様?」
「んーなんだろ、こっからだと何も見えないけど」

 には何も悟られないようにと普段通りに話しながら、オレはまだ迷っていた。
 大丈夫、と言いつつ、は林へ目を向けることも、“からから様”とはっきりと口にすることにも怯えているようだった。
 困惑するを安心させるように微笑みかけて、顔を上げた。
 どうやら、どう気をつけるべきなのか、赤司っちに電話で聞いている暇はないようだった。

 どんどんと林の中に進み、遠くなっていく青峰っちたちの背中。
 ふたりを追いかけるように、小さな白い影が揺れていた。

「ッ───────、
「ん?」
「絶対に手離さないから、一緒に来て」

 をひとりここに置いて行くわけにもいかない。
 かと言って、青峰っちたちをあれ以上先に行かせるのも不安だった。
 オレのシャツを握っていたの手を解いてしっかりと握り、オレは林の中へと進んだ。





* * *






「お、追いかけるの?」
「青峰っちたちが迷子になっちゃったら困るし、黒子っちもけっこー抜けてるとこあるし」

 そう言って、黄瀬くんは困ったように笑った。



 ビビってない、なんて青峰くんに強がってみても、本当は公園に入るまでが精一杯だった。
 お化けがいるいないに関わらず、夜の林の中に入るのは怖い。公園ですら、本当はちょっと怖いのに。
 大きな声を出した青峰くんにすっかり驚かされて、目の前に広がる林が余計に怖く見えてしまった。こっそりと黄瀬くんのシャツを握ったせいで、きっと黄瀬くんには私が怖がっていることがバレている。
 それなのに、青峰くんは黒子くんを連れて林の中に入ってしまった。
 ここで待っていたい。
 けれどふたりが迷子になるのを心配して、私の手を引いて彼らを追いかける黄瀬くんにその本心は伝えられなかった。
 本当は、深い森でもないここなら、すぐ戻ってくると言った範囲で迷子になんてならないんじゃない?とも思ってしまう。それでも、私が怖がっているのを知っている上でふたりを追いかけると黄瀬くんが決めたなら、きっとそれだけふたりのことが心配なのだ。

 もしかしたら、迷子になること以外のことも心配しているのかもしれない。
 だからこそ余計に、こわい。

「も〜、今度はなに見つけたんだか……歩くの早いんスよ」
「見えなくなっちゃったね」

 私の歩幅を気にしながらも足を早める黄瀬くんに手を引かれながら、心の中で青峰くんのばかと呟いた。
 紫原くんだって、ああ言ってたのに。

 ───────変なの連れて帰ってこないでよ

 彼が、見える人だなんて知らなかった。その事実を思い出して、早く帰りたい気持ちでいっぱいになる。
 来たくないと言った紫原くん。けれど本気で引き止めなかったということは、本当に危ない場所じゃないということ?
 どっちにしろ、きっと何もない場所ではないということだ。

 怖くて、周りを確認したいのに、あちこちに目を向けるのもまた怖かった。

「黄瀬くん……」
「大丈夫、なーんにもないっスよ。オレもいるからね」

 いつもよりもしっかりと握ってくれている黄瀬くんの手のひらを強く握り返して、続く言葉はないのに不安を打ち消すようにただ黄瀬くんの名前を呼んだ。
 まるで私の気持ちは全部お見通しかのように、いつもの笑顔と柔らかい声で答えてくれる彼にほっとしながらも「帰りたい」と甘えたことを言ってしまいそうになる。
 あぁ、もう。青峰くんのバカ。

「よォ」
「───────ッ!」

 心の声に答えるように、突然左から青峰くんの声が聞こえた。
 驚いて手を繋いでいる黄瀬くんの左腕にしがみつくと、黄瀬くんは庇うように私の左肩を抱いて、私と青峰くんの間に立った。
 そうして繋いでいた私の右手をさっと離して、今度は左手を強く握った。

「青峰っち……なにしてるんスか?黒子っちは?」

 繋ぎなおした黄瀬くんの右腕に隠れるようにしながら青峰くんを見上げれば、私たちが歩いていた方向とは少し右に逸れた方を指差した。

「あっちで待ってる」
「……黒子っちだけ置いてきたんスか?」
「見つけたんだよ、からから様」
「えっ、あったの?」

 私が声を上げると、いいから来い、と青峰くんは歩き出してしまった。
 からから様は、怖いものじゃない。むしろ守ってくれているもの、という話だった。だから木に祀られているからから様を見ても、怖いことはないはずだった。
 けれど、見つけたのならわざわざ見せてくれなくていいから、早く戻って来てくれたらいいのに。
 どうして、黒子くんだけ残して来たんだろう。

「早くしろ!」

 一人で先に進みながら振り返って急かす青峰くんに、更に林を進まなきゃいけないのかと諦めるような気持ちで黄瀬くんを見上げると、黄瀬くんは青峰くんが進んだ方向とは反対の、私たちが進もうとしていた方に顔を向けていた。

「黄瀬くん?青峰くん行っちゃうよ?」
「うん……」

 そう返事をしながらも、黄瀬くんは今度は私たちが歩いて来た方へ顔を向け、何かを見ているようだった。

「なに……?黄瀬くんもなにか見えてるの?」
「違う違う、帰り道迷わないようにしなきゃな〜と思って。やっぱ怖いんじゃないスか、家で待ってたら良かったのに」
「怖くないってば……」
「ほんとに?」

 怖い、と言って認めてしまえば、恐怖心が溢れてしまいそうで素直に言うことが出来なかった。
 黄瀬くんはあんまり、こういうの怖くないのかな。
 先ほどからずっといつも通りで、からかうように笑った黄瀬くんに苦笑いを返すと、ふいに繋いでいた手が離れた。
 触れていた肌が離れて、急に不安になる。
 どうして手を離すの、と離れた手をもう一度繋ごうと手を彷徨わせるよりも早く、黄瀬くんが私の体を抱き上げた。

「っえ!?」
「また青峰っち見失っちゃうっスよ!」

 そう言って私をお姫様抱っこした状態で走り出した黄瀬くんの首にしがみつくように腕を回しながら、先に行ってしまった青峰くんに顔を向けた。
 見失う、と言って走り出したけれど、青峰くんは先ほどからほとんど先に進んでいないように、同じ場所に背中があった。
 けれど走り出した黄瀬くんに合わせるように、すぐに青峰くんも走り出した。





* * *






 “あの”青峰っちは、オレ達をどこへ案内しようというのだろう。
 を抱いて走りながら、今は自分の感覚と“あの”青峰っちを信じるしかなかった。

「黄瀬くん」
「大丈夫、着いたら下ろすから」

 不安そうな声を出すに笑いかけながらも、そろそろを誤魔化すのも限界かもしれないと思った。
 けれど、走り出した足を止めることは出来ない。
 じわり、じわりと、あちこちから何かが近づいている。オレには見ることの出来ない、何か。それは今追いかけている青峰っちとは違う“何か”だということだけは分かる。

 急にの隣に現れた青峰っちは、本物の青峰っちじゃないということはすぐに分かった。
 けれどまさか、こんなことが起きることも、自分がはっきりと“それ”を目にすることもあるとは思いもしなかった。ただ、“あの”青峰っちが先ほどからゆっくりと近づいて来ている“何か”とは別のものだということはしっかりと感じていた。
 にも見えて聞こえているのが、その証拠なのだろう。
 林に入ってから、良くない気配がどんどんと強くなっていた。だからこそ、早く青峰っちたちを見つけてここから出て行きたかった。
 そしてこの青峰っちに声をかけられてから、その良くない気配を、よりはっきりと感じるようになった。
 少しずつ、近づいてきている。
 林の奥からだけじゃない。オレたちが歩いて来た方からも、じわりじわりと。

 このまま来た道を戻ることもあまり良い選択だとは思えなかった。
 それなら、この青峰っちの言う、“からから様”を信じるしかない。

 ───────その林の悪いものから守ってくれてるらしいですよ

 “何か”が近づく前に、からから様を、元に戻すしかない。

「青峰っち!ちゃんとこっちにからから様があるんスよね!?」

 まるで本当の青峰っちのような速度でどんどんと先へ行く背中へ声をかけると、青峰っちはふいに大きな木の裏に隠れた。

「っわ、黄瀬くん?と、さん」

 急に聞こえた声に足を止めると、そこには目を丸くしてオレとを見る黒子っちがいた。

「どうしたんですか、そんなに走って」
「えっ……黒子っち」
「ふふ、さん、お姫様ですね」

 そう言って笑う黒子っちに、は恥ずかしそうに身をよじった。
 これは、“本物”の黒子っちだ。
 今、目の前を通り過ぎたはずの青峰っちのことについて何も言わないということは、黒子っちには“あの”青峰っちが見えていなかったのだろうか。
 どうしてここでひとりでいるのか、本物の青峰っちはどこへ行ったのか、聞きたいことはあるものの談笑している暇はないようだった。
 どんどん、増えて、近づいて来ている。

 と黒子っちが何かを話しているのを耳にしながら、オレは“あの”青峰っちが消えた木を見渡した。
 この大きな木に、きっと“からから様”がいる。
 何故だかそう確信していた。けれどだいぶ目が慣れて来たにしても、月明かりだけではなかなかはっきりと見えない。

「───────あ」
「そういえば “からから様” 見つけたんです」

 黒子っちがそう言ったのと同時だった。バスケットゴールよりも少し高い位置にある枝に、丸い石のようなものが幹に寄り添うように、ひとつあった。
 それは本当に祀られているようにも見えない、ただの石だった。
 ぽつんと置かれているだけのように見えるそれが、何十年も落ちずにそこにあることの方が不思議だった。

「黄瀬くん、聞いてますか?」
「あ、ごめん、なに?」
「だから、僕、からから様見つけたんです」
「オレも今見つ───────えっ、黒子っちそれ!」

 話を聞かないオレに不満そうな声を出した黒子っちに慌てて顔を向ければ、黒子っちは自分の手のひらほどある大きめの石を手に抱えていた。

「だから、見つけたって言ってるじゃないですか」
「黒子くんそれ、ほんとに本物?」
「多分そうだと思います、あそこの枝にあるのと同じもののように見えますし」

 空いている手で黒子っちはオレが見つけた枝の上にあるもうひとつのからから様を指差した。
 確かに、同じくらいの大きさに見える。

「青峰くんに戻してもらおうと思ったんですけど、また何か見たとか言って走り出しちゃって」

 なんの気配も分からないくせに、青峰っちはさっきから何を見て追いかけてんだよ。
 とにかく、青峰っちを探すのは後だ。からから様を元に戻して、この嫌な気配が近づいてこないことを確かめなきゃいけない。
 元に戻しても忍び寄る気配が消えないのなら、を連れて一度ここから出るしかない。

「黒子っち、それオレが戻すから」

 を腕から下ろして、黒子っちから“からから様”を受け取った。
 ずっしりとした重さに、これを片手で持ち上げ、落ちないように枝に乗せるのはなかなかに難しそうだった。レイアップシュートのように、ただボールを離せばいいというわけにはいかない。
 高さはきっと問題ない。バスケットゴールよりも僅かに上にある枝の位置までは、足場の悪さを考慮しても手が届くはずだ。
 手のひらに伸し掛かるからから様の重さを感じながら、オレは枝の上に確実に乗せられるように考えた。

「あと、と手繋いでてあげて。お願い」
「それはもちろんかまいませんが……」
「ちょっと黄瀬くん、大丈夫だよ」
「オレが戻ってくるまで、絶対離さないであげてね」

 ふたりとも大袈裟だとでも思っているのだろう。
 けれどこれ以上に怖い思いをして欲しくなかった。そしてこんな場所で、一瞬でも離れないようにしたかった。
 オレはの手を引いて黒子っちの手に重ねて、黒子っちがの手をしっかりと握ってくれたのを見てから、助走をつけるために少し後ろに下がった。

 すぐ近くに、嫌な気配が近づいてきている。

 失敗している暇はない。
 草や枝が落ちているせいで安定しない地面をしっかりと踏みしめながら、オレは“あの”青峰っちが消えた大きな木に向かって走った。








 こつん、と小さく石のぶつかり合う音がした。

 しっかりと、寄り添うように。
 オレは黒子っちから受け取ったからから様を、無事に枝に乗せることが出来た。
 すると、信じられないほど一瞬で、それまで感じていた嫌な気配が消えた。
 ほっとしながら地面に着地すると、どこからか「ありがとう」と聞こえた気がした。
 オレはこちらこそ、と返事をするように大きな幹に手を添えた。

 子どもたちが噂していたからから様は、本当だったのだ。
 もしかしたら、“あの”青峰っちは、“からから様”だったのかもしれない。





* * *






 まさか、黒子くんと手を繋ぐだなんて。
 確かに私は怖がっていたけれど、黄瀬くんがここまで過保護な対応をするとは思わなくて、黒子くんに申し訳なくて、恥ずかしかった。
 けれど黒子くんは嫌がる素振りも見せずに、にっこりと微笑んで優しく私の手を握ってくれた。


 黄瀬くんが片手に持った“からから様”だという石は、彼の手をすっぽりと覆うほどの大きさがあって、ずっしりと重たそうだった。普段持っているバスケットボールよりは小さいけれど、きっとその何倍も重いものを、片手でバスケットゴールよりも高い枝へ乗せることが出来るのだろうか。
 からから様が元に戻ればあの子たちも安心するだろうけれど、黄瀬くんが怪我をしないか心配だった。
 ただでさえ暗いのに、ここは林の中だ。足元の地面は平らではなく、草や折れた枝で走るにもジャンプのために踏み込むにも体育館のようにはいかない。
 けれど流石と言うべきか、黄瀬くんはあっさりと一度で、からから様を木の枝へと戻してしまった。
 その姿を見て、ほっと肩の力が抜けた。
 怖い、と感じていた思いが、すごい、という気持ちに変わった。

「黄瀬くんすごーい!」
「お見事です」

 公園に来てからずっと恐々としていた声を、やっといつも通りに出すことが出来た。
 木の幹をぽんぽんと叩きながら振り返った黄瀬くんがにっこりと笑って戻ってくる姿を見て、なんだかとても安心するような気がした。

「流石オレっス」
「それを自分で言っちゃうところが君らしいですね」
のことありがとね」
「はい、お返しします」

 黒子くんはご丁寧に、手のひらを差し出した黄瀬くんの手の上に私の手を重ねた。
 恥ずかしくなりながら黒子くんにお礼を言えば、どこからか走ってくる足音と、青峰くんの声が聞こえた。
 急に現れては、急に消えた青峰くん。
 彼はこの林の中で走り回って、一体何をしているんだろう。

「おー、お前ら、こん───────」
「青峰っち!犬みてーに何でもホイホイ追っかけてくのマジでやめて!」
「はぁ?んだよ急に」
「いいからさっさとコンビニ行くっスよ、少しも遅れずについてきて!」
「あいつ何キレてんだ?」
「こんなところに一人で置き去りにされて、僕も少し怒ってます」
「んだよ、テツも怖かったのか?」
「怖い怖くないじゃなく、夜にこんな場所にいるのは不気味です」
「怖いのとどう違うんだよ」
「違います」
「ったく頑固だな、わーったよ、悪かったな」

 青峰くんの言葉を遮った黄瀬くんは、ひとりであちこち行ってしまう青峰くんに怒った後、私の手を引いて歩き出した。言われた通り黄瀬くんの後ろをついて来ながら話をしている青峰くんと黒子くんの声が背中越しにちゃんと聞こえることに、ほっとした。
 これでようやく、林から出られる。
 来た道とは別の方へ進む黄瀬くんは、何故か道が分かっているようだった。どうしてだろうと思いながらも、黄瀬くんについて行くなら大丈夫だと不安はなかった。

 もうすっかり繋ぎ慣れた、黄瀬くんの大きな手。
 先ほど黒子くんに繋いで貰っていた後だからか余計に、自分の手がこんなにもしっかりと黄瀬くんの手に馴染んでいることに驚いていた。

 黄瀬くんに手を繋いでもらうだけで、こんなにも安心できるだなんて。













「紫原まだコンビニにいんのか?」
「もう帰っちゃったかもしれませんね」
「いや、あれ紫原っちでしょ」

 角を曲がると、コンビニが見えてきたと同時にこちらへ歩いてくる紫原くんの姿が見えた。
 公園でだいぶ時間が経った気がしていたけれど、どうやら紫原くんもコンビニでたっぷり時間を使っていたようだった。
 片腕にパンパンになったコンビニの袋をぶら下げながら、彼は大きなポテトチップスを抱えて頬張りながら歩いていた。
 そして私たちに近づくなり、露骨に嫌そうな顔をした。

「うーわ……最悪、なにやってたわけ?」

 紫原くんのその言葉に、別れ際に彼が言った言葉を思い出した。

 ───────変なもの連れてこないでよ

 何も見えなかったけれど、もしかして私が何も見えなかっただけで、やっぱりあの林の中には何かがいたのだろうか。
 そう思い今になってゾッとしていると、紫原くんは手にしていたポテトチップスの袋を青峰くんに向けて振りかけた。中からは、食べかすのような小さなカケラがぽろぽろと落ちてきていた。
 彼の手にしているポテトチップスには、“うす塩”と書かれている。

「テメッ!なにすんだよ!」
「こっちのセリフだし〜。変なもの連れてこないでって言ったじゃん」
「えっ、青峰くんに何か憑いてますか?」

 青峰くんの隣を歩いていた黒子くんは、紫原くんの言葉でさっと青峰くんと距離を取った。その態度に、青峰くんは更に声を荒げていた。

「いや憑いてないけど、峰ちんだけすごいキモい」
「どーいう意味だよ!」
「変なモン追っかけ回してるからっスよ」
「アァ?変なモンじゃねぇよ、あれは───────おい、変なモンだったのか?」

 顔をしかめる青峰くんに、黒子くんは興味津々といった風に青峰くんが何を見たのか問いかけていた。
 そういえば、青峰くんはバスケットボールがある、と言って林の中に足を踏み入れていた。
 けれど私たちの誰も、バスケットボールを見つけることが出来なかった。後になって見間違いだと言った青峰くんに、その通りだったのだと思っていたけれど……もしかしたら、あの時から青峰くんには何か違うものが見えていたのかもしれない。
 やっぱり、変に強がってついてくんじゃなかった。
 無意識に黄瀬くんと繋いだ手を握りしめると、黄瀬くんが顔を寄せて笑いかけてくれた。

もなんか変なモン見えたんスか?」
「見てないけど……紫原くんが何かいたみたいなこと言うから……」

 何かいたんだよね?と、見てもいないのに想像だけで鳥肌が立つのを感じていると、黄瀬くんはそっと私の頭を撫でた。

「見てないならいなかったってことっスよ、オレも見てないし」
「……そういうことになる?」
「なるなる、青峰っちはアホみたいに奥まで進んでたからあんなこと言われてんスよ。はだいじょーぶ」
「うん……」

 黄瀬くんがそう言うのなら、そう思うことにしようと思った。
 繋いだ手を握り返してくれる黄瀬くんに苦笑いを返しながら、彼が差し出してくれた手を恥ずかしがって拒んだ自分を思い出した。
 結局、みんなの前でも繋いじゃってる。

 ───────手繋いでたら怖くないよ?

 黄瀬くんが言った通り、本当にこうして繋いでいるだけで怖さが和らいでいく。暗い林の中でも、黄瀬くんがいてくれるから、この手が繋がっているから、安心できた。

「ありがとう」

 私はこうやって、きっと知らず知らずのうちに黄瀬くんに守られてるんだ。
 なんでもないことのように笑い返してくれる黄瀬くんに甘えて、この大切な気持ちを当たり前に思わないようにしよう、と思った。

 ありがとう、黄瀬くん。







おまけ







20210618 黄瀬くんお誕生日おめでとう企画短編
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