てのひら 中編







 練習後、赤司家の所持している別邸に移動した私たちは赤司くんの家の使用人の方が用意してくれた夕食をご馳走になった後、リビングでそれぞれ過ごしていた。
 テーブルに向かい合って座る赤司くんと緑間くんは明日の練習メニューについて話をしていて、さつきちゃんは緑間くんの横で子どもたちのデータをまとめていた。紫原くんはソファに沈み込むように座って眠そうにお菓子を頬張り、黒子くんはそんな紫原くんの横でお行儀よく座り、持って来ていた本を読んでいる。
 青峰くんは一人がけのソファにまるで王様のように座りテレビを見ていて、私と黄瀬くんもソファに並んで座りながら一緒にテレビを見て青峰くんとお喋りをしていた。
 赤司くんのお家は生活感がなく、一見緊張するような高級そうなものばかりなのに、腰を下ろしてしまうとくつろげてしまうのが不思議だった。

「そういえば、あれ何だったんだよ?」

 そう言って私と黒子くんの顔を見比べた青峰くんに、何のことかすぐにピンときた私は困った顔を見せた。
 青峰くんの言う「あれ」とは、お昼休憩中に起きたことだろう。
 男の子の話を聞いた後、黒子くんとも特にこの話はせず、普通に練習が再開されていたものの本当は私もずっと気になっていたのだ。

「テツ、話聞いたんだろ?」
「お昼の男の子の話ですか?」
「おう、喧嘩の理由だよ」
「喧嘩じゃありませんよ。……さん、話してもいいですか?」
「なんでの許可がいんだよ」
さんもちょっと怖がっていたように見えたので」
「怖い?」

 子ども同士の些細な喧嘩だと思っていたらしい青峰くんは不思議そうにして私を見た。
 男の子から話を聞いた後に黒子くんがこの話をしなかったのは、私が怖がっていたことに気付いていたからだったんだ。
 小学生と同じように怖がってしまった自分を恥ずかしく感じつつも、黒子くんの優しさと察しの良さに驚き、感謝した。
 話は読めないものの、私が怖がっている、という言葉にあからさまに心配する黄瀬くんに私は大丈夫だと笑いながら、黒子くんに話の続きを促した。

「そういう話聞くの久々だな〜と思って、ちょっと怖かっただけだから話していいよ黒子くん」
「え〜やだ、怖い話で揉めてたの?あの子たち」

 ノートから顔を上げたさつきちゃんは少し嫌そうな声を出した。
 けれど聞く気はあるようで、いつの間にか赤司くんと緑間くんも話を止め、こちらに顔を向けていた。
 怖い話、とかしこまるほどの怖い話ではない。
 よくある、子どもの頃に話題になるような内容だった。ただ、あの男の子があんなに必死に話しているのを見て、まるで事実のようにひっかかってしまったのだ。
 私もきっと、子どもの頃なら信じて、怖がっていたと思う。

「この近くにバスケットゴールが設置されている公園があって、あの子たちはそこでよく練習をしてるみたいなんです」
「それは北側の林の近くの公園のことか?」
「そうかもしれません。きたから公園って言ってました」
「ああ、その公園のことだ。なるほどね」
「赤司くん、心当たりがあるんですか?」
「まぁ、ちょっとね。話を続けてくれ」
「公園のすぐ横にある林の中に、からから様が祀られてるらしいんですけど、それが最近落ちているのを見つけたみたいなんです」
「なんだよ、からから様って」
「石だそうです」
「石ィ?」
「昔からある大人でも届かないほど大きな木の枝に二つ並べて置いてあって、その林の悪いものから守ってくれてるらしいですよ」
「ほんとかよ?」
「この辺りで昔からある話らしいね」

 信じられないと言う青峰くんに答える赤司くんは、この話を信じているのかいないのか、どちらか分からないような態度だった。
 私はお化けが見えたりするわけじゃないけれど、昔からあるだなんて言われると、どうにも気になってしまう。成長するにつれてこういう話はしなくなるから余計に、久しぶりに聞いたこの手の話は私の恐怖心を煽るには十分な効果があった。
 慣れない土地の話だからこそ、余計に。
 本気で怖がっているわけじゃないけれど、帰るまではきっとなんとなく気になってしまうだろう、と思った。

「からから様がひとつ落ちているから、あの公園で遊ぶのはよくないってあの子は止めてたみたいなんです」
「お化けでも見たっつーのか?」
「そうらしいですよ」
「マジかよ!」

 それまで面白い番組がやっていない、と欠伸をしていたのに、黒子くんのその一言で青峰くんは目が覚めたようだった。
 深く座っていた体を起こし、話の続きをするように黒子くんに求めていた。

「それで?」
「それでもなにも、それで終わりです」
「ハァ?」
「以前も落ちていたのを彼のお友達のお爺さんが見たことがあるそうなんですが、いつの間にか元に戻っていたそうで、男の子はからから様が戻るまでは公園で練習するのは止めようと言って揉めてたみたいです」
「石が勝手に戻るなんてことあるんスか?」
「さぁ、からから様なので、自分で戻ることもあるかもしれません」
「なんだよテツ、信じてんのか?」
「信じてるというか、今ハマってるんです」

 そう言って、黒子くんは読んでいた小説のブックカバーを外して私たちに見せてくれた。その小説は、今私たちが話していたような、怪談と言えばいいのか、不思議な、怖い話が書かれていそうな表紙だった。

「黒ちん、そんなの読んでたら夜寝らんなくなるんじゃないの」
「馬鹿にしないでください、全然平気です」
「子どもが怖がりそうな話なのだよ。赤司、話を続けるぞ」
「なんだよ緑間もビビってんじゃねぇの」
「誰がだ。土地を守る神の話などあちこちにあるだろう」

 確かに、大げさに怖がったり話題にしなくなっただけで、こういった話はどこにでもある。
 小学生の目線に立つとこういう話題に触れることが出来るのだと考えれば、怖いというよりも新鮮で良かったのかもしれない。

「ちょっと行ってみようぜ」
「え〜っ、やめなよ大ちゃん!」
「んだよ、ビビリはついてこなくていいっつーの」
「青峰っち、あの時悪態ついてた子とソックリじゃないっスか」
「うっせぇ、お前も来い」
「え〜、オレも?」
「ビビってんのか?」
「ビビってねーわ!」
「青峰くん、僕も行きます」
「黒子っちワクワクしてるし」
「もう真っ暗だよ?」
「暗いからいいんだろーが」

 も彼氏がビビってるところ見に来いよ、と言う青峰くんに私は眉を寄せた。
 ついて行く、とすぐに返事ができず、迷ってしまった。
 本当に怖がってるわけじゃない。お化けだって見えたことがない。だけど、あの男の子があんなに必死に止めてるのを見たら、何もないとも思えなかった。

「俺もお菓子なくなっちゃったからコンビニ行く〜」
「えっ、紫原くんも行くの?」
「コンビニね。俺そういうの興味ねーし」
「コンビニのついでに来いよ」
「やだよ」

 ぞろぞろと立ち上がり家を出る準備をする彼らに、私は更に迷った。

どうする?怖いなら一緒にテレビ見てよう」
「うーん……」

 ちょっぴり怖い。だけど、ちょっぴり興味もある。
 昔からそうだ。この手の話は、怖さと好奇心が隣り合わせで、後で後悔をするのに聞いてみたくなってしまう。
 子どもたちが普通に遊んでいる公園を見に行くだけだし、黄瀬くんもいるなら大丈夫だろう、と思った私はソファから立ち上がった。
 もし本当に怖くなれば、黄瀬くんとふたりで帰って来ちゃえばいい。

ちゃんも行くの?」

 さつきちゃんもきっと、怖さ半分、好奇心半分、そして黒子くんが行くならという気持ち半分、というところなのだろう。それが透けて見える問いかけだった。

「桃井はここでデータの整理を頼むよ」

 さつきちゃんが行くか行かないかの判断をする前に、赤司くんはさつきちゃんを引き止めるようなことを言った。
 それをほんの少し、珍しいと感じた。
 もしさつきちゃんが行きたいと言えば、赤司くんはさつきちゃんの意思を尊重すると思ったのだ。明日の練習メニューについてさつきちゃんのデータが必要になったとしても、その部分は自分でカバーするのがいつもの赤司くんのような気がした。けれど、どちらが赤司くんらしいとも言い切れなかった。仕事は仕事としてきっちりこなすのも、赤司くんだ。
 だから私が感じたのは、本当に意識もしないほどの違和感だった。

「黄瀬、ちゃんと気をつけて行ってくるんだよ」

 玄関から、早くしろと急かす青峰くんの声が聞こえる。それに答えるように部屋を出て行こうとした私たちに、赤司くんはそう声をかけた。
 黄瀬くんはいつものテンションで「行ってきます」と赤司くんに返事をしていたけれど、私はやっぱり、赤司くんが黄瀬くんにかけた言葉がどこか気になっていた。





* * *






 早くしろ、と急かされて玄関に向かえば、オレたちが着いたのを見るなり青峰っちは外に出て行ってしまった。
 特にすることがない夜に、肝試し。
 暇潰しにはちょうど良いかと思いつつも、肝試しと言うにはあまりにも情報も仕掛けもない。子どもたちが言っていた公園まで行って、青峰っちは一体何をするというのだろう。どうせお化けも見えないだろうし、からから様だと言う石も特徴も知らなければどの木にあるのかも分からない。
 これはただの散歩でしかないのだ。
 それでも、が怖いと言うのならわざわざ行かなくても良い。けれどきっと、の中でもほんの少しの好奇心がくすぶっているのだろう。怖い話というのは、そういうものを秘めている。

「もし怖かったら青峰っちについて行かないで、紫原っちとコンビニ行ってアイス買って帰ろ」
「うん、大丈夫だよ。お散歩だって思えば怖くない」

 靴を履きながらそう答えるに手を差し出せば、苦笑いが帰ってきた。

「みんないるのに繋がないよ」
「手繋いでたら怖くないよ?」
「だーいじょうぶだってば」
「恥ずかしがんなくてもいいのに。からかうのなんて青峰っちくらいっスよ」
「へーき!置いてっちゃうからね」

 差し出した手を握らず立ち上がったは、走って玄関を出て行ってしまった。さっさと先に行く青峰っちと紫原っちと違い、黒子っちは門のところで待ってくれていた。
 これくらいのこと、恥ずかしがらなくても良いのに。
 でもそこが可愛い、なんて思いながら遠くなるの背中を眺めていると、黒子っちと話しながらふたりで門を出て行ってしまったのを見てオレも玄関を出た。




「紫原っち、コンビニこっちなんスか?」
「そー、1番近いのが峰ちんたちが行く公園通り過ぎたとこ」
「じゃあお前も公園来いよ」
「だーから、興味ないって言ってんじゃん。つーか……」

 公園の入り口は、赤司っちの家からゆっくり歩いても10分もかからない所にあった。コンビニはここから5分ほど先にあるらしい。
 公園の入り口に着いたところで青峰っちがもう一度紫原っちを誘ったものの、紫原っちは良い顔をせず首を振った。
 暇潰しに、ついて来そうなのに。
 そう思いながらも、オレはもしかして、と思っていた。

「俺わりとそーいうの見えるし、この公園やな感じするし」
「マジかよ!全然わかんねぇ」
「紫原くんが見える人だとは知りませんでした」

 紫原っちのその言葉に、やっぱり、と思った。
 何かをはっきりと見えたことはないけれど、この公園の空気が少し“違う”のはオレも感じていた。
 それは微かな感覚の違いだったけれど、見えるという紫原っちが嫌がるということは、きっとそういうことなのだろう。
 紫原っちの言葉に不安そうな顔をするの手を握って安心させたいと思いつつ、先ほどの彼女の言葉を思い出したオレは腕が触れる距離までそっと近寄った。触れた肌に気づいて顔を上げたに微笑めば、はほんの少しだけ目を細めてオレを見つめた。
 その顔は、きっとこのまま公園に行くか、コンビニに行くか迷っている顔だ。

「まぁ、肝試しくらいには丁度良いんじゃん。変なの連れて帰ってこないでよ」

 そう言って、紫原っちは一人でコンビニに向かって行った。

「おい、マジかよ?マジでなんかいんのか?ただの公園だろ?」
「僕にも普通の公園にしか見えませんけど……」
「でもま、あいつがガチで止めねぇなら平気だろ。公園通ってコンビニまで行こうぜ」

 何も感じないのか、青峰っちは紫原っちの言葉をさほど気にせず、というよりも引きとめない紫原っちにお墨付きをもらったかのように平然と公園へと足を踏み入れた。
 この公園は今いる入り口から左右に長い敷地があり、左側に子どもたちの言っていた林があるようだった。オレたちはちょうど真ん中の入り口に立っていて、コンビニはここを真っ直ぐ進んだ先にある。公園の中を通り過ぎるのが一番の近道になるのに、紫原っちは敢えて公園には入らず、右側の道を回ってコンビニに行くようだった。

、オレらもコンビニ行く?」

 紫原っちが普段からどの程度の場所を避けて歩いてるのかは知らないけど、このくらいの場所ならよくあるような気がした。確かに敢えて近寄りたいとは思わないものの、夜になればありがちな気配だ。
 と言っても、オレも別にそんな分かるわけじゃない。
 ただ、が怖いなら話は別だ。
 公園の中を通り抜けるくらい、と思うものの、が怖いと思うなら紫原っちの後を追う方が良い。

「バァカ、他にも人がいんのに公園に入るくらいなんだっつーんだよ」

 そう言って、青峰っちはの肩に腕を回して公園の中へ歩き出してしまった。

「ちょっ、青峰っち!が怖がってんのに無理やり連れてくなっつうの!」
「おら、ビビってんのか?」
「ビ……ビビってないし」
「強気ですね、さん」
「も〜、!」

 確かに、公園の中には何人か人がいた。ベンチに座って話をする人、スケートボードに乗って通り過ぎて行く人。舗装された道の他に大きな木や芝生があり、コンビニ側にある出入り口はここからは見えない。先へ進めばきっと他にも人がいるのだろう。
 子どもたちが怯えていた“からから様”は、子どもたちだけが怯えている、あのくらいの年齢の時に流行るような話なのかもしれない。
 きっとも、そう思っているのだろう。
 怖がっているものの、全力で拒否するほどでもない。だからこそチンピラのように肩を抱いて煽る青峰っちに強気な態度をとっているのだ。
 まぁ、仕方がない。
 帰ってから怖くなって一人で眠れなくなったら、こっそり部屋に行ってあげようと思いながら青峰っちとの背中を追った。




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