てのひら 前編







「お前、来週の三連休あけとけよ」

 唐突に、思い出したようにそう言った青峰っちに、オレは思わず気の抜けた声が出た。




 だんたんと夏らしくなってきたある日の夕方。
 恋人であると待ち合わせをしている場所に着くと、数分後に何故かと一緒に青峰っちが現れた。
 どうやら、がここに向かっている最中に偶然会ったらしい。
 これからオレと食事をすることを話すと、ちょうどお腹が空いていたらしい青峰っちも一緒に来ることを決めたようだった。勝手にデートの邪魔をすることを決めて、オレへの第一声は「ちまちました店はやめろよ」なんだから、青峰っちの自由さには呆れてしまう。
 とのデートだというのに、オレが店の予約をしていないわけがない。もちろん、青峰っちが喜ぶようなボリューム満点のガッツリしたレストランではない。通された個室で洒落たメニューを見ながら「ほんっと、モデルさんはよォ……」と呆れた声を出す青峰っちに、オレはサングラスを外しながら文句を言った。
 勝手についてきてデートの邪魔をしているのは青峰っちの方だ、と。

 食事が終わり、デザートを何にするか迷っているに話しかけている時だった。
 携帯を見ていた青峰っちが思い出したようにそう言ったのは。

「お前、来週の三連休あけとけよ」
「予定も聞かずになんスか急に」
「なんか予定あんのかよ」
「あるっス」
「なに」
とデート」
「今もしてんだろ!」

 お前、そんなに黄瀬と会ってて飽きねぇのかよ、と眉間に皺を寄せる青峰っちに、は笑い声で答えた。

「おい、ノーコメントだぞ、飽きてるってよ」
「笑っちゃうほどの愚問ってことっスよ!」

 なんで飽きてないって言ってくんないの、とに口を尖らせれば、彼女は笑いながら「冗談だよ」と答えた。そうしてガトーショコラに決めた、と言う彼女のためにスタッフを呼ぶボタンを押せば、青峰っちは欠伸をしながら口を開いた。

「まぁいいわ、それならも一緒に来い」
「どこか行くの?」
「場所は忘れたけど、車で2時間くらいのところに出来たスポーツセンターで小学生にバスケ教えるんだってよ」
「なにそれ、青峰っち一人で行くんスか?」
「なワケねぇだろ、赤司の収集」
「え、オレ連絡来てないけど」
「嫌われてんじゃねぇの」
「なんでそーなるんスか!」

 青峰っちの言葉には笑いながら、どんまいとでも言いたげにオレの背中を叩いた。
 赤司っちがオレのこと嫌ってるとか、絶対、そんなことはない。というかそんなのヤダ。
 内心でそんなことを思いながら抗議する視線を青峰っちに向けると、青峰っちは面倒臭そうに頬杖をついた。

「代役で急に決まったから、お前はと予定あるんじゃねえかって赤司が呼ばなかったんだよ」
「赤司くん流石だね」
「まぁ、一応お前以外みんな来れるっつー話で人数も揃ってるから来なくてもいいけど。は来るだろ?」
「なんでオレが行かないでだけ行くんスか!が行くならオレも行くっつーの!」
「じゃあお前らも参加な」
「いやいや、ちょっと待ってよ。いいの?」
「うん、いいよ。みんなってキセキのみんなだよね?みんで集まれるのあんまりないし、黄瀬くんも行きたいでしょ?」
「ほんとに?気ぃつかわなくていいんスよ」
「つかってないよ、むしろ私も行っていいの?バスケ教えられないけど」
「さつきも来るから、あいつと一緒にドリンク作るとか何かてきとーに突っ立ってたらいいだろ」
「誘っといて適当すぎるんスけど」

 呼んでいたスタッフにのデザートを注文した後、青峰っちは簡単な詳細を説明した。
 土曜の朝に出発したその日と1泊した翌日の2日間バスケの指導があり、日曜の夜に帰って来る予定だという。泊まる場所は赤司家の所有する別邸があるらしく、そこを利用するとのこと。

 待ち合わせ場所や時間は後でメッセージを送っておく、と言って青峰っちはの頼んだガトーショコラにフォークを差し込んだ。
 もう、食べるなら自分で頼めっつーの!





* * *






 よろしくお願いします!という小学生の元気な声に、私は思わず微笑んだ。

 先週青峰くんに急に誘われた、バスケットボールの指導合宿。
 今回は近隣2校の小学校4年生と5年生が30名ほど参加していた。このくらいの子どもたちと触れ合う機会はあまりなく、元気いっぱいの無邪気な姿は見ているだけで楽しかった。
 出来たばかりのスポーツセンターは有名な建築家がデザインしたということで、外装も内装もシンプルでモダンな造りになっていた。どうやらこのスポーツセンターを建てるにあたって、赤司くんの家が少なからず関わっているらしい。今回はそのこともあって、赤司くんが子どもたちへの指導の代役を引き受けたという話だった。
 まだプレオープンの段階で、今日と明日は私たちだけの貸切で練習が行われるとのことだった。
 到着してすぐに施設内にあるカフェで一息ついた後、小学生が来る前に黄瀬くんたちはウォーミングアップと称して3on3を始めた。相変わらず「黒子っちからパス欲しい」と騒ぐ黄瀬くんに、仕方がないと言うように黒子くんがチームを組んでくれて、黄瀬くん・黒子くん・紫原くん、そして青峰くん・赤司くん・緑間くんのペアに分かれていた。
 ウォーミングアップだというのに、ほとんど本気でプレーする彼らの迫力に圧倒されたせいか、余計に子どもたちのあどけなさが可愛らしく見えた。
 黄瀬くんたちにも、こんな風にあどけない時があったんだよなぁ……。
 タイムマシンがあるなら、その頃に戻って見てみたい。

 事前に赤司くんがメニューを考えているだけあって指導はスムーズに進み、さつきちゃんのサポートのおかげで私もそれなりに役に立てているようだった。10時半からスタートした練習もあっという間に2時間が経ち、お昼休憩の時間になった。
 合宿中の食事は全て赤司くんが手配してくれるということで、私たちは赤司くんからお弁当を受け取り、子どもたちは持参したお弁当を体育館の隅で広げていた。
 赤司くんと緑間くんは主催者とのミーティングがあるらしく、練習後すぐに体育館を出て行ってしまったけれど、青峰くんや紫原くん、黒子くんは子どもたちに囲まれてお弁当を食べながらあれこれとバスケのことについて質問を受けていた。
 練習を始める前に彼らがしていたウォーミングアップを子どもたちが覗いていたらしく、みんなすっかり子どもたちの憧れの的になったようだった。
 けれど肝心の、私の恋人と言えば、だ。
 体育館の入り口で、練習を見学に来ていた子どもたちの母親に写真やサインを頼まれていた。なんだか、どこに行ってもこんな景色を見ている気がする。
 見慣れた光景を横目に、私はさつきちゃんをテラスに誘った。
 体育館に来る途中にあるガラス張りの廊下から外に出られるテラスがあり、気持ちが良さそうで着いた時から気になっていたのだ。



 さつきちゃんと一緒に来たテラスは、目の前がフラワーガーデンになっていて日差しを防げる屋根もあり、緑が多いせいか涼しい風が吹き抜けるとても良い場所だった。

「きーちゃん、お母様方に囲まれてたね。いいの?」
「いいのいいの、いつもあーだし」

 カフェで買って来たレモネードに口をつけながら、私は本当に何とも思わず返事をした。
 付き合い始めの頃こそ気になっていたものの、黄瀬くんがうまくかわすことを知ってからは特に気にならなくなっていた。それでも同年代の女の子が声をかけているのを見ると内心でそわそわしてしまう気持ちが完璧に消えることはなかったものの、ヤキモチを妬いても黄瀬くんが喜ぶだけなことが悔しくて、余計に気にすることを止めたのだ。
 だから本当に、全然気にしてない。そんなことよりも、今はもっと気になることがある。
 それは、赤司くんから渡されたお弁当だ。
 赤司くんが私たち用に、と渡してくれたお弁当は、黄瀬くんたちに配ったよくあるお弁当とは違い、抱えるくらいの大きさのランチバスケットだった。黄瀬くんたちのお弁当もあれはあれで高級そうだったけれど、ふたり分が入っていると渡された大きなバスケットの中には何が入っているんだろう、と受け取った瞬間からずっとわくわくしていたのだ。
 まるでプレゼントの箱を開けるような気持ちで、さつきちゃんと一緒に「せーの」と声を合わせて蓋を開け、そして私たちは感嘆の声を漏らした。
 中には彩り豊かなサラダ、クロワッサンのサンドイッチにマフィン、具がたくさん入ったスパニッシュオムレツやフルーツの盛り合わせなど、乙女心をくすぐるものが食べやすいサイズでたくさん詰められていた。

「すごーい」

 自分たちがそう口にする前に聞こえた声に私とさつきちゃんが後ろを振り返ると、そこには自分のお弁当を持って私たちのバスケットを覗き込む黄瀬くんの姿があった。

「ふたりだけめちゃくちゃ特別仕様じゃん」

 オレもそっち食べたいなぁ、と言いながら黄瀬くんは私の隣の椅子に座った。

「なんでこっち来たのきーちゃん。たまには私にちゃん独り占めさせてよ」
「いーじゃん、もともとオレのちゃんなんだから。今は半分こにしよ」
「大ちゃんたちはあんなに子どもたちに人気なのに、相手にされなかったからこっちに来たんでしょ」
「も〜、あそこにいたらその子どもたちのお母サマに囲まれて大変なんスよ。オレの彼女はそんなオレに見向きもしないで、ウキウキしながら出て行っちゃうし」
「だってこんなにすごいお弁当だよ?さつきちゃんどれから食べる?」

 さつきちゃんとキャッキャしながらお弁当を食べ始めると、横から拗ねたような黄瀬くんの視線を感じた。そんな黄瀬くんに、私は笑いながら厚みのあるオムレツをフォークに刺して彼の口元まで運んだ。

「はい、子どもたちから仲間外れにされちゃった可哀想な黄瀬くんにお裾分け」
「仲間外れにされたわけじゃないんスけど」
「きーちゃん可哀想だねえ、みーんな懐っこいのに」
「もー、違うってば。まぁ、生意気な子もいなくてみんな素直っスよね」
「あの中にチビ青峰くんとかチビ黄瀬くんがいたら大変そう」

 わんぱくそうな青峰くんに、大人びて練習に参加しなさそうな黄瀬くんを想像して笑うと、黄瀬くんはオムレツを頬張りながら不満そうな声を出した。

「青峰っちは別として、オレは可愛い小学生だったっスよ!」
「え〜ほんとに?」
「大ちゃんだって小学生の時は素直で可愛いかったんだから。ちょっとヤンチャではあったけど」
「お昼休憩中も練習見て、って教えに来てくれた人にせがみそうだよね」
「……それはあったかも」
「そもそも黄瀬くんこういうの参加したことあったの?」
「……ないっスけど」
「ほらぁ、やる気ない」

 想像通り、と笑うと黄瀬くんは悔しそうな顔をした。
 そこから、私たちはお弁当を食べながら“ここに小学生のキセキの世代がいたら”という想像の話を膨らませた。
 紫原くんはやる気はなくとも言われた通りに練習をこなしていただろうし、緑間くんは質問が多くなりそうだけど黙々と練習をして、赤司くんはもちろん非の打ち所なく練習をしている姿が安易に想像できる。
 その中で誰が1番素直で可愛いか、という議論は満場一致で、あっさりと黒子くんという結論が出た。

「小学生のテツくんとか絶対に可愛いかっただろうな〜」
「子どもの頃の思い出話ですか?」

 頬を染めながら目尻を下げるさつきちゃんの言葉に答えるように突然聞こえた黒子くんの声に、さつきちゃんだけじゃなく私と黄瀬くんも驚いて肩を揺らした。
 先ほど突然背後から声をかけたのは黄瀬くんも同じなのに、こうも驚きが違うのは何故なのだろう。
 黒子くんにはいつも、本当に突然現れたようにドキリとさせられてしまう。

「テツくん!もうお弁当食べ終わったの?」
「はい、黄瀬くんを呼びに来ました」
「オレ?」
「午後からの練習の準備をするように赤司くんに頼まれたので、手伝って欲しくて。青峰くんたちは子どもたちに人気で手を借りられないんです」
「ほら、きーちゃん人気なくて暇でしょ」
「黒子っちも一緒じゃないスか!」
「テツくんは赤司くんに頼まれたからだもん!ね、テツくん」
「そうですよ、僕もさっきまで子どもたちに囲まれてました」
「え〜!午後はぜってーオレも子どもたちの注目集めて───────」
「ダメだよ!!」

 黄瀬くんの声を遮るほどの大きな声に、私たちは驚いて声のした方に顔を向けた。
 テラスへの入り口がある廊下で、4人の子どもたちが何か揉めているようだった。入り口のドアが空いている状態とはいえ、ここまでハッキリと聞こえるのは相当大きな声を出しているようだった。

「もう行っちゃダメだよ!」
「大丈夫だって」
「でも、からから様が落ちてたの見ただろ!」
「あんなとこにあるんだから落ちる事もあるって。じいちゃんも見たことあるって言ってたし」
「誰かがまた直してくれるまで待とうよ」
「じゃあ今日の練習来ないのかよ、ビビり」

 どうやら大きな声を出したのは、子どもたちの中で一番背の高い男の子のようだった。残り3人のうち、短髪でよく日に焼けた男の子が煽るように返事をしていて、残りのふたりは何も言わずに微妙な顔をしているものの、短髪の男の子に同意見のようだった。
 何の話をしているのかよく分からないけれど、本格的な喧嘩になる前に止めた方が良さそうだと思い私たちは立ち上がったものの、子どもたちのそばに行く前に青峰くんが現れた。
 子どもたちの声が聞こえていたらしく、青峰くんは短髪の男の子の頭をまるでバスケットボールのように掴み、ゆらゆらと揺らした。

「だ〜れがビビりだって?もう練習始まんぞ、ビビってトイレに行けねぇのか?」
「ちっ、違うよ!」
「じゃあ早く体育館戻れ」

 青峰くんにそう言われ、3人は慌ただしく体育館へと走って行った。取り残された背の高い男の子は、ひとり所在無さげにしている。

「どうした、喧嘩してたのか?」

 男の子はふるふると顔を横に振り、口を開かなかった。
 確かに、喧嘩というには少し違う雰囲気だったような気がした。よく分からない会話の中から聞こえた“からから様”という単語が、どこか引っかかる。
 黒子くんも同じ気持ちだったのか、屈んで目線を合わせながら男の子に声をかけていた。

「からから様、ってなんですか?」
「……それは」

 問いかけた黒子くんに男の子は話したそうにしながらも、先ほど友達に「ビビり」と言われたことを気にしているのか、口を開きにくそうにしていた。
 ここで5人で聞いていても話しにくいだろうと思ったのか、黒子くんは赤司くんに頼まれていた準備を青峰くんと黄瀬くんにまかせ、男の子を近くのベンチに座らせた。さつきちゃんはお弁当の片付けをして、青峰くんがちゃんと準備が出来るか見てくると言ってくれて、残った私と黒子くんで男の子の話を聞くことにした。

 ぽつり、ぽつりと話し出した男の子の言葉に、小学生の頃にそんな話を聞いたことがあったような気がした。なんだか不思議と懐かしさを感じ、まるで自分も小学生の頃に戻ったかのような、おずおずと話す男の子と同じような気持ちになっていた。
 彼がたどたどしく、けれど真剣に話してくれた話。
 それは、このくらいの年齢の頃にはよく話題になり、怖がっていた話だった。

 からかいや否定もせずに話を聞いてくれる黒子くんに落ち着きを取り戻したのか、喧嘩したわけじゃないから、と男の子は練習が再開する前に体育館へと戻り、先ほどの3人とも特にぎこちなさもなく会話をしていた。
 それから午後も滞りなく練習は進み、16時には本日の練習が終了となった。
 黒子くんが赤司くんに何かを告げたらしく、最後に赤司くんは「明日も練習があるから今日はこれ以上練習をしたりせず、しっかりと家で休むように」という言葉で締めていた。
 その言葉に、私たちに話を聞いてもらった男の子はほっとしたような表情をしていた。



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20210618
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