addicted to you








 今日は午前中から始まる撮影が終わってから、夜はとデートの約束をしていた。予定通りに行けば15時には撮影が終わるはずだから、少し早めに待ち合わせをして、この間見つけたに似合いそうなワンピースを見せに行くつもりだった。
 思っていたよりも順調に撮影は進み、着替えの合間に「少し早く終われそうだけどもう会える?」と、早く会えそうなことにわくわくとしながらメッセージを送れば「準備万端だからすぐ行けるよ」という返事と共に送られてきた犬のスタンプが更にオレの心を弾ませた。
 黄瀬くんに似てるよね、と嬉しそうに話してくれたこの犬のスタンプはのお気に入りで、ことあるごとにトーク画面にひょっこりと顔を出す。その度に嬉しそうに話してくれたの顔が浮かんで、オレがニヤけてしまうことを知らないのは本人だけだった。黄瀬くんニヤニヤしてないでラストいくよ、とスタッフさんに声をかけられ、オレはスマホを手から離した。彼女?と聞かれたオレは、心の中で“オレのかわいいかわいい”という言葉を付け足して、にっこりと笑って頷いた。

 と連絡をとっていると、どうにもオレの頬は緩んでしまうようでだいたいバレてしまう。黒子っちや青峰っちなんかには当然バレるし、それだけじゃなくうざいとまで言われ、更には自分にものお気に入りの犬のスタンプが送られてくるからお前を思い出して鬱陶しいというクレームまでつけられていた。てーかと何話してんだよ!と騒ぎ返せば、2人してまるでストーカーを見るような目を向けてくるから納得がいかない。彼氏のオレが、愛しい彼女が他の男と連絡をとっていることを気にして何が悪いというのだ。
 オレに似ているというあの犬が、本当にオレのようにを守る機能が今すぐにでも開発されればいいのにと常に願っている。


 撮影終了の挨拶を済ませ、早々に私服に着替えたオレは鏡で身だしなみをチェックしてからスタジオを出た。
 撮影用に柔らかく巻かれたいつもと違うヘアスタイルは、きっとも気に入ってくれるはず。そんなことを考えながら早くに会いたい気持ちを募らせて、丁度良くホームに到着した電車に乗り込んだ。
 から着ていたメッセージを確認しながら、オレはふと顔を上げた。から伝えられた到着時間を考えると、もしかしたら同じ電車に乗っているかもしれない。これだけ空いている車内なら見つけやすいのではと左右隣の車両まで目を伸ばせば、予想した通りにの姿がすんなりと見つかった。オレはニヤける口元を手で隠すようにして小さな笑い声を漏らした。

──────運命じゃん?

 そんな言葉を吐けば、青峰っちあたりはすぐさま嫌な声を漏らしそうだけど、オレは今すぐにこの感動をに伝えたくて仕方がなかった。こんなことを言うオレに、はにかんだ笑顔で見上げてくれる姿が目に浮かぶ。
 すぐに声をかけるよりも少し驚かそう、とイタズラ心が疼いたオレはバレないように彼女のいる車両に移り、様子を伺いながら近づいた。けれどこそこそと近寄る必要もなさそうに、彼女はドアと向かい合うように立ち、スマホに夢中になっていた。目の前にある小さな画面以外まったく意識に入っていない様子で、これならバレそうにない、と思うのと同時に嫌なことに気が付き、オレは近付く足を早めた。
 の後ろに立っているスーツを着た男の立ち位置が不自然すぎる。
 混んでいないこの車両内で、やたらとびったりとの背後にくっついて立っているのだ。車両内を簡単に移動できるほどの空間の空きと、すぐにを見つけられるほど視界が開けているこの車内で、良い度胸だ。
 の驚く顔を想像してわくわくしていた気持ちが一瞬にして冷めてしまった。これじゃあせっかくのセリフをに伝えることも出来ない。そもそもお前のその汚い手を少しでもに向けて動かしたらどうなるか覚悟しろよ、とオレは男を睨んだ。
 はオレが近付こうとも、背後の男が身を寄せようとも、まったくこれっぽっちも気付く気配がない。むしろ嬉しそうに微笑んで画面を見つめている。これはに後で説教だ、と思いながら男の腕が動くのよりも先にを抱き寄せ、驚いて顔を上げた男を睨みつけた。丁度良くドアが開いて逃げるように走り去る男の背中を蹴り飛ばしてやりたい衝動を抑えるようにを抱き寄せ奥歯を噛めば、胸元で戸惑いがちな声が聞こえた。

「びっ……くりした」

 当然だ。スマホに夢中で周りが全然見えてなかったんだから、オレに驚くよりも先に急に抱き寄せられた行為自体に驚いたはずだ。睨んでいた男から視線を逸らしに顔を向ければ、抱き寄せられた驚きから、その相手がオレだったということ、更にはそのオレから放たれる怒りのオーラに驚きがどんどんと増しているようだった。

「ち、ちがうよ?」
「え?」

 予想もしていないの発言に、一気に毒気が抜かれるような声が漏れた。

「青峰くんから黄瀬くんの写真送ってもらってただけだから!」

 ほら、と証拠を見せるようにスマホの画面をオレに向けるに、肩の力も抜け、強く抱きしめていた腕を緩めて思わず笑ってしまった。
 どうやら、自分が嬉しそうに青峰っちとメッセージを送りあっていることにオレが怒っていると勘違いをしているらしい。画面を見れば確かに一昨日の夜に青峰っちの家でゲームをしていた時の写真が送られてきていた。いつの間に撮っていたのか、勝てない悔しさに唇を突き出しテレビを睨みながらコントローラーを握りしめているオレの姿がのスマホ画面いっぱいに映し出されている。こんな写真の何がそんなに嬉しかったのかが分からない。
 彼氏負けてんスけど。勝てなさすぎて半べその勢いだったんスけど。この10分後には青峰っちがズルしてたのに気付いてブチ切れたんスけど。そんな話も青峰っちから聞いてんのかな。つーかスマホ内のオレの分身スタンプ、全然警護できてねーじゃん。相変わらず青峰っちと楽しそうにやりとりしてんじゃん!

「じゃなくて!」
「え?」
「オレがそんなことでキレると思ってんの?」

 これでオレの怒りもおさまると思っていたらしいは、おさまるどころか理由が違うというオレに明らかに困惑した顔を向けた。

「こないだそれで喧嘩したじゃん……ていうか、ちょっと離れてよ」

 抱き寄せたられた腕から逃れようと後ろに退がるに、オレは再びムッとしながら腕の力を元に戻した。

「無理」
「ここ電車の中だから」

 まるでオレがワガママを言っているかのように困った顔を向けるに、周りを気にするなら今じゃなくてさっきだろ、と先程までの光景を思い出して怒りが再び戻ってきてしまった。

「さっきまで男とひっついてたクセに?」
「ええ?ずっとひとりで電車乗ってたんだけど」
「オレはかなりキレてんだけど」
「それはさっきの顔見てわかったけど……」
「もう電車乗ってる時にスマホ禁止」
「だから青峰くんは、」
「青峰っちの話じゃねーって。そんなんならもう電車も乗せたくねーんだけど」
「ちょっとぉ、何言ってんの?」

 急に変なことを言い出したと言わんばかりの声を出すに、本当にこれっぽっちも気が付いてなかったんだとしたら敢えて教えて嫌な気分にさせる必要もないんじゃないかとも思えてくる。けど、そんなわけにはいかない。こんなことがまたあったら、今度こそ本当に何をされるか分かったもんじゃねーし、オレがマジでキレそう。

「後ろに痴漢いたから」
「えっ!?」

 驚いて振り返るに溜息が出る。思った通り少しも気付いていないし、振り返ったところで痴漢が今ものろのろと待機しているわけがない。

「マジで気付いてないの」
「えっ、だって触られて……ない、はず」
「そこも確信ないのかよ!」
「黄瀬くんの写真ずっと見てたから……」

 驚き、困惑、そして最後に情けない顔。どれもオレが見たくてここまで来た顔じゃない。が無防備になってしまっていた理由のせいで、強く怒る気が削がれてしまいそうになる。
 オレのあんな写真にそこまで喜んでくれるなんて、痴漢さえいなけりゃ可愛くて抱き締めてたっつーの。
 でもここは、心を鬼にしなきゃダメだ。

「ずっとべったり後ろにひっついてた」
「うそぉ」
「オレが動いてなきゃ触る直前だったからね」
「……」

 想像をして、今になって気分が悪くなったのかオレの怒りの意味を理解したのか、複雑な表情を浮かべるに、1番複雑なのはオレだと言いたい。

「ごめんなさいは?」
「誰に?」
「オレに!」
「え、なんで?痴漢が私にごめんなさいでしょ?ていうか黄瀬くんとりあえず離れて」

 痴漢しないで、なんて危機感がなさすぎる冗談を添えてまた後ろに仰け反るに、オレは大きな声を上げそうになるのを堪えて身体の中に閉じ込めるように腕の力を強めた。

「ぜっっってえええ許さない」

 黄瀬くん、と車内を意識してか小さな声で叫ぶが憎らしくも可愛くて仕方がない。けれどオレにだってTPOを弁える気持ちくらいある。こんな現状であろうとも。
 しぶしぶ腕を解放し、手だけをしっかりと繋いで体を離せば、安心したようには笑って手をぶらぶらと揺らした。

「ねぇね、今日の黄瀬くんの髪型すっごい可愛いね」

 あぁ、もう!ほんとに危機感もっと持てよ!
 さっきまで痴漢されそうになっていたというのにも気付かずにオレの間抜けな写真に夢中になってて、痴漢されそうになっていた事実を告げられて抱いた不快感も、今度は目の前にいるオレに気をとられてあっさりと忘れてしまうなんて。
 やっと今、抱きしめる腕を解放できたばかりだというのに。
 嬉しそうに笑って、ウェーブを描くオレの前髪に手を伸ばしそっと触れようとするを抱き潰してしまいたい。
 オレだって、にとっちゃオオカミだっていうのに。を襲うことを唯一許されてるオオカミだけどね。

「いっ痛い、黄瀬くん手の力強い!」

 オレの色んなもどかしさを分かって欲しくて、この気持ちをにぶつけるように手を握る力を強めるけど、本気の半分も力を出していない。それなのに、小さなこの手は痛くて悲鳴を上げてしまう。オレの気持ちも同じように、に本当は半分も伝わっていないうちに、これが全力だと思われてるんじゃないかと思ってしまう。オレの愛は、もっと、もっともっともっとあるんだってこと、にちゃんと分かって欲しいのに。

「ぜんっぜん分かってない!」
「えぇ?もちろんかっこいいとも思ってるよ?」

 ぜんっぜん分かってない!なんでオレが可愛いよりかっこいいって言われたくて拗ねると思ってんの!?可愛いってことは、つまりは当然かっこいいってことくらい分かってるっつーの!
 さっきからオレの意気がのせいでゆるゆるとほどけてしまう。

「もー……まじかわいい」

 脱力するように息を吐けば、がじわじわと恥ずかしがっているのが見て取れた。

「……な、なんでそうなんの、なに急に」

 やっぱり全然わかってない。なんでこうなるのかも、急じゃなくていつだってそう思ってることにも、早く気づいてほしい。

「ねぇ、ぎゅってしちゃダメ?」

 屈んで顔を寄せて見上げれば、は揺らぎそうな表情になりながらもオレの腕を振り払い、口をもぞもぞとさせながら小さな声で「だめ」だと呟いた。
 どっからどーみたって、可愛いすぎるだろコレ。

「じゃあ今からオレが気に入ったワンピース見に行くから、それ着てデートしてね」

 電車を降りるのを促すようにの腰に手を添えて歩き出しながら、オレはわざとらしくむっとした顔をした。えぇ〜色々迷ってコーディネートしてきたのに、とまた抗議の声を上げるが、腰に回した手には文句を言わずに大人しく足を踏み出すのが可愛いくて、オレは結局すぐにまた口元を緩めてしまった。

 とりあえず、今日のディナーでは「オレのへのアイ」についてたっぷり語らせてもらうから、カクゴしといてよ。










20180715
2style.net