グッナイ・ベイビー





 ────涼太と一緒に寝ると、いつもぐっすり眠れない

 はベッドの中でそう不満を漏らした。その言葉に、黄瀬は嬉しそうに頬を緩めての頬を撫でた。

「それって、オレにドキドキしちゃって?」
「ちがーう」
「まったまたぁ、顔に書いてあるっスよ」

 否定しているのに、とても嬉しそうに笑う黄瀬には口をすぼめる。が言ったことの原因は黄瀬が言ったこととは違った。けれど、それも間違いではない。事実今、目の前にある黄瀬の顔にドキドキしてしまっているのだ。上向きな目尻の睫毛が可愛くて、は手を伸ばして指でなぞった。いつも大きな犬のような黄瀬が、今は嬉しそうに目を細め、ごろごろと喉を鳴らす猫のようにも見える。
 擦り寄ってくる黄瀬の体に腕をまわして、は目を閉じた。

 ────涼太の体温と匂いに安心して気持ち良く眠れるのに、きっと今日もぐっすりとはいかないんだろうなぁ

 そして今晩も、が思った通りになるのだった。



* * *



「ん……」

 眠りに落ちて数時間たったところで、の意識は浮上した。それは、寝ていた体を動かされたからだった。右肩が下になって横向きに寝ている状態から、勝手に体が反対側を向く。大きな黄瀬の手が自分の体を動かしているのが目を瞑ったままでもには分かっていた。そうして無事に体が反転したのと同時に、満足げに吐く黄瀬の息がの前髪を優しく揺らした。
 ────ほら、やっぱり
 そう思いながら、は再びしっかりと自分の体に回された腕の力強さとあたたかさを感じながら眠りに落ちた。




 そして再びの意識が浮上したのは、あれから数時間もたたないうちだった。今度は体が動く前に、耳に響いた声で目が覚めた。薄く目を開け、ぼんやりとする頭を動かしながら聞き取った黄瀬の声は、拗ねた子供のようなものだった。

「もォ…またぁ」

 黄瀬と同じことをも思っていたが、何も言わずに黙っていれば先ほどと同じように体が反転させられた。そのまま強く抱きしめられ、顔に当たる黄瀬のしっかりとした胸に寝起きのぼんやりとした心ながらもドキリと反応をしてしまう。
 黄瀬は、が目を覚ましているということに気がついていなかった。



 小さく、慈しむような黄瀬の声と小さく吸いこんだ黄瀬の匂いを感じながら、は再び眠りに落ちていった。




 そうして3回目。の意識が浮上したのは今までのようにぼんやりとではなく、割とはっきりとしたものだった。黄瀬の声と、擦り寄るというよりは押しつけられるような、縋るような黄瀬の体にの体が揺れた。


「ん…な、に涼太」
「なんですぐ背中向けるんスかぁ」

 の体を揺するように肩口に顔を埋め、腕を掴む黄瀬はまるで子供のようだった。こんな大きな子供はいない、と思いながらは重い瞼を持ち上げ、首を回した。後ろを向けば、柔らかな黄色い髪が暗闇の中でほのかに光っていた。
 ────なんで、って言われたって
 それはにも分からなかった。眠る時は確かに黄瀬の腕に抱かれ、黄瀬と向かい合って寝ているはずなのに。気がついた時にはそのしっかりと回された腕を抜け、は黄瀬に背を向けて寝ているようだった。にはそんなことをするつもりは一切ない。ただ単に、そういう寝相だというだけだろう。けれど黄瀬は自分の腕を抜けただけでなく背を向けてしまうにいつもすぐに気付き、再び向き合うように体を動かしてからもう一度自分の腕の中にを納める。そのせいではいつも目が覚めてしまうのだ。
 ────涼太だって寝てるはずなのに、なんでいつも気付くんだろ
 はいつも不思議だった。同じように寝ているはずなのに、黄瀬は必ず自分の腕を抜け出したに気が付く。

「涼太、ちゃんと寝てる?」

 もしかして、自分と一緒に寝ている時は眠っていないのではないかとは思った。そうじゃなければこんな風に何度も何度も、すぐに気付くものなのだろうか、と。
 顔を動かし見つめた黄瀬の瞳は、寂しそうなものだった。

「寝てるけど」
「ほんとに?」
「そんなことより、こっち向いて」

 甘えるように腕を引かれて、今度は自分の力で黄瀬の方へと体を反転させた。そうしては自分の顔より少し下にある黄瀬の頭を抱きしめた。先ほど自分がされたように、優しく、力強く。

「もう、だからぐっすり眠れないんだよ」
「嘘だ、オレのことほっぽってぐっすり寝てるじゃないっスか」

 咎めるような声に、は小さく息をついた。

「ほっぽってるつもりはないんだけど」
「でも、気付いたらいっつもオレの腕抜けて背中向けてんじゃん」
「しょうがないでしょ、寝てるんだから分かんないよ」
「オレは分かる」

 の腕の中で僅かに顔を上げ、責めるように見上げる黄瀬にはときめけば良いのか呆れれば良いのか分からなかった。

「そのおかげで私はいっつも目が覚めちゃってるんだけど」
「背中向けられる寂しさがは分かってないんスよ!」

 黄瀬が悪い、と言いたげなの発言に、黄瀬は目を開いて反論した。黄瀬からすれば、悪いのはの方なのだ。

「だって…寝てたら分かんないでしょ?」

 困ったように眉を下げるに黄瀬は唇を噛み、回されていたの腕を外した。そして何かを決意するように一度目を閉じ、目を開けた瞬間に「おやすみ」と告げ、に背を向けた。
 二人の間にぽっかりと空いた空間に、視界に映る大きな背中。今まで見たことがない光景には目を瞬かせた。
 ────そう言えば私、目を覚ました時はいつも涼太を感じて、涼太が視界の中にいたなぁ
 が目を覚ます時、瞼を持ち上げ開いた瞳に映るのはいつも黄瀬だった。寝顔の時もあれば、黄色の髪の時もある。瞳に黄瀬が映らない時でも、必ず体は黄瀬のぬくもりを感じていた。腕や胸、腰や足と、必ずどこかは触れていた。黄瀬が先に目を覚ましている時は、黄瀬がの寝顔を眺めている。が先に目を覚まし体を起こした時でも、黄瀬は必ずの方を向いていた。
 は今まで、黄瀬との間に開いた空間も、黄瀬の背中も、見たことがなかった。

「涼太」

 そのことに気付いたは、一気に湧きあがってくる愛しさに胸がいっぱいになった。
 ────私が目を閉じていても、涼太がこんなにも愛をいっぱいくれるから、私は寂しいなんて感情を少し忘れちゃってたみたい
 ごめんね、と心の中で呟いて、は手を伸ばした。背中を撫でれば、小さく揺れた肩に愛しさが漏れた。
 ────こんなに小さな仕返しすら、私に出来ないなんて

 やさしい、いとしいひと。

「ねえ、涼太」

 大きな背中に腕を回して、しっかりと抱きつく。顔をすり寄せて、は息を吸った。いつもこの匂いとぬくもりがあるから、は安心して眠ることが出来るのだ。

「こっち向いてよ、眠れない」
「……寝てたじゃん」
「だからいつも目が覚めちゃうんだってば」
「オレが起こすからっしょ」
「また涼太の腕の中に戻らなきゃ眠れないの」
「…………」

 の言葉に、黄瀬は顔だけを後ろに向けた。その顔は、ずるいと言いたげなものだった。そして黄瀬はその通り、思ったことを口にした。

「ずるいっスよ、
「うん?」
「〜〜っ、もぉ」

 自分の背中に縋り、小首をかしげるに黄瀬は我慢ならなくなり、体を反転させた。そしてを押しつぶすように上に乗り、きつく抱きしめた。

「りょ、太、くるしい」
「罰っス」

 少し重くて息苦しいけれど、こんな罰ならいいかな、と思いながらは笑った。

「いつも気付いたらオレの腕抜けて背中向けてるから、ほんとは無意識にがそっち望んでんじゃないかって考えちゃったりするんスよ」

 笑うに、押しつぶしていた体を離し黄瀬は拗ねたような声を出した。たかが寝相に、そんな意味などあるわけがない。多少は暑いとか、固定されたままの体を動かしたいという気持ちはあるだろうが、にとってそれ以上の感情など当然なかった。

「いつの間にか私のこと手放しちゃう涼太の愛が足りないんじゃなくて?」
「…言うっスね」
「だって私はそんなつもりないし、私がいなくなってから気付くなんて遅いっスよ」

 ふざけて黄瀬の口真似をし、”なんてね”と続けようとした口をは閉じた。するりと、黄瀬の手がの腹部に滑り込んで来たのだ。その手つきに、は背中がぞくりとした。優しく撫ぜるそれではない。光る瞳に攻めるように動く手は、を震わせるのに十分すぎるほどだった。

「りょう、た、っ」
「ん?だいじょーぶ、安心して。もう離さねぇから」
「──ん、っ」

 唇ごと飲み込まれてしまうような、口内に全てを押しこんでくるような、黄瀬の熱い口付けにの頭は寝起きの時のようにぼやけた。

 ────涼太と一緒に寝ると、いつもぐっすり眠れない

 心の中で漏らしたの声が聞こえたのか、黄瀬は嬉しそうに頬を緩めた。






20120618
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