appointment for Love





 朝、欠伸を堪えながら校門をくぐると、突然腕を引かれて一気に目が覚めた。
 そのままぐいぐいと私を引っ張って行くのは誰だ、と足をもつれさせながら思えば、視界の先には制服しか見えなくて、ずうっと顔を上げた先に、綺麗な黄色の髪が見えた。
 ────黄瀬くんか。
 突然のことにも、黄瀬くんならと納得してしまう辺り、私もだいぶ黄瀬くんに慣れてきたなぁと思う。笠松と同じクラスで、あの笠松が女の子である私と喋るっていうんで驚かれたことから始まり懐きだした黄瀬くんは、まるで犬のように人懐っこく、そして大型犬のように時に強引だった。
 今日は朝から突然どうしたんだろう。

「黄瀬くんおはよう」

 声をかければ、彼は満面の笑みで振り返り、そして誰に聞かれることを恐れているのか、小声で挨拶を返してきた。

「おはよっス」
「なんで小声なの?」
「あんま注目集めたくないんスよ」

 だから彼は、若干背を丸めているのか。
 そんなことをしたって十分に目立っていて、私はあちこちから女の子の視線を感じているのだけれど。

「黄瀬くんは私をどこに連れてくの?」
「誰もいない校舎裏っス」

 校舎裏、ではなくて“誰もいない校舎裏”。私はそこに連れて行かれて何をされるんだろう。”誰もいない校舎裏”、と聞いて浮かぶのはボコられるか告白、しか浮かばないんだけどなぁ。大きすぎてたまに手に負えないけど、忠犬のような黄瀬くんが私をボコろうとするわけがないから、まさか私、これから告白をされるのでしょうか。
 なんて、そんなことを考えると掴まれた腕がじん、と疼いた。

「遅刻しちゃうよ」
「だーっ、っち、んな普通に喋ってたら誰かに気付かれるじゃないっスか」

 もっと声小さく、と口元に人差し指を当てて振り返る黄瀬くんを見て、私が大声で喋ったって別に、注目なんてされないんだけどなぁ、と思った。注目を集めてしまうのは、私じゃなくて黄瀬くんなんだから。声を小さくしようが、体を屈めてみようが、こうやって視線を集めてしまうのが“黄瀬涼太”なんだから。
 私の腕を引いて、足早に歩いていく背中を見てそんなことを思っていたら、本当に私は校舎裏まで連れて来られてしまった。朝のこの時間、校舎裏には案の定誰もいない。
 足を止めた黄瀬くんは振り返り、両手で私の手を握った。そして歩いていた時以上に体を屈めて、真剣な瞳を私の瞳に合わせた。

っち」
「……はい」

 まさかこれは、本当に…?

「おれ……」
「う、ん」

 なかなか次を言わず、間を置く黄瀬くんに、私の体温がじわじわと上がって行く。

「俺……っちのこと、ぜってーオトすから覚悟しといて欲しいっス!」
「……はい?」
「じゃ、じゃあ俺日直っスから!」

 顔を赤らめて、最後に気持ちを込めるようにぎゅっと私の手を握って、呼び止める間もなく黄瀬くんは私の視界から消えてしまった。

 じわじわと上がっていた体温が、行き場なく戸惑っている。上がりきらない微熱を抱えて、私は校舎裏でひとり立ち尽くした。




「流石キセキの世代だよね」
「つうかあいつバカだろマジで」

 結局チャイムの音で我に返り、なんとか担任が来る前に教室に入ることは出来たのだけれど。ぼうっとするような、そわそわするような、この気持ちを一人じゃどうにも出来なくて、つい数分前にあった出来事を笠松に話せば呆れた顔で、そして半分苛立たしげに溜め息をつかれた。
 まったくもって、私も同じ気持ちです。

「んな宣言するより告白しちまった方が早ぇだろ」
「ほんとね、ちゃんと後輩指導しといてよー」

 そう答えれば、笠松はじっと私を見た。

「なに?」
「いや?」

 含み笑いをする笠松に私も笑って返す。気付いてないのは、当の本人だけなのだ。
 一体私はどこまでオチればいいのか、黄瀬くんが告白をしてくれる日までじわじわと上がりきれない微熱のまま、楽しみに待っていようと思う。

「黄瀬くん、ばかだよねぇ」

 口元がにやけてしまうのを抑えきれなくて、私は両手で頬を覆った。そうして、真っ直ぐな瞳で、顔を赤くしながら一生懸命に言ってくれた言葉を、黄瀬くんを思い出す。

 黄瀬くんは、今頃どんな顔をしてるのかな。






20120521
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