腕の檻に囚われたオヒメサマ







 は、真夜中にふと目を覚ました。

 そしてぼんやりと眠気が残る頭で「トイレに行きたい」と思った。しかし起き上がろうとして、自分の体に回された笠松の腕に気が付く。笠松はの背中に自分の体をぴたりとくっつけ、腰に腕を回し“抱き締める”というよりは“抱きついている”に近い状態だった。つむじには、先程から笠松の規則正しい寝息がかかっている。
 この状態に幸せを感じるだったが、すぐに自分が目を覚ました理由を思い出した。
 笠松の腕の中からは離れがたいが、今優先すべきはトイレだ。は笠松を起こさないように抜け出そうと笠松の腕をそっと押したが動く気配はまるでない。それもそのはず、回されている腕の先を辿って見ると何故だか笠松は手をしっかりと組んでおり、眠っているせいもあってか簡単にほどけそうもなかった。隙間なく抱き締められている状態ではくぐるように抜け出してもきっと笠松を起こしてしまうだろう。どうにか起こさない方法はないものかとは未だ半分眠っている頭を悩ませた。組んでいる手さえ解くことが出来れば、後は片腕をそっと押し上げるだけで抜け出すことが出来る。一番動きが少なく笠松の眠りを妨げない方法だ。そう思い、そっと指に触れてみるものの思いのほかしっかりと組んでおり、なんとか指を1本動かし次の1本をと思えばその間に動かしたはずの1本が元に戻っているという堂々巡りを数回繰り返した。
 疲れているであろう笠松を起こしたくない一心であれこれと考えていたが、思考錯誤を繰り返すうちに段々とにも限界が近付いていた。こうなれば、申し訳ないが笠松を起こすしかない。
 は笠松が不快な目覚めをしないよう、なるべく小さな声で名前を呼んだ。

「笠松先輩」
「…………」
「か、さまつ先輩」
「…………」

 控えめに呼んでみるものの、笠松が目を覚ます気配はなかった。少しずつ大きな声で呼ぶのだが、深い眠りについているのかなかなか笠松は反応してくれない。

「先輩」
「…………」
「笠松先輩っ」
「…………」

 普通に話す声よりも大きな声で呼んでみても、笠松は起きなかった。いよいよ我慢が出来なくなってきたは半分泣きそうな声で笠松を呼んだ。

「かさまつせんぱいっ」
「…………ん」
「笠松先輩っ」

 心の中の悲鳴がようやく笠松に届いたのか、くぐもった声がに届いた。しかし安心している場合ではない。は今すぐにでもベッドを抜け出したい状態だった。

「せんぱいっ」
「なんだ……どうした?」

 しかし笠松の目は覚めきっておらず、鈍い反応しか返ってこないことがはじれったかった。未だに笠松の腕は自分の体に回されたままだ。

「笠松先輩起きて」
「あぁ、起きてるよ」
「私、トイレに行きたいの」
「トイレ?つーか何半べそかいてんだよ、ひとりで行くのが怖いのか?」

 泣きそうになっているに何を勘違いしたのか、笠松は起き上がっての顔を覗き込み、あやすように頭を撫でた。
 ────────怖いんじゃなくて、早く行きたいのっ
 撫でられたことに気持ち良さを感じ閉じかけた瞼を慌てて持ち上げ、腕から解放されようやくトイレに行くことが出来ることに安心したは上半身を起き上がらせた。
 しかし、立ち上がろうと足に力を入れる前に体が浮いた。

「オバケなんかいないっつーの」
「────────っ!」

 笠松はが“オバケが怖くてひとりでトイレに行けなくて泣いている”のだと思いこみ、を横抱きにしたまま立ち上がったのだ。笠松にとってはオバケを怖がる子供をあやすのと同じ感覚だった。しかしまさかこんなタイミングでお姫様抱っこをしてもらえるとは思わなかったは複雑な心境だった。決してオバケが怖いわけではない、しかし今となってはトイレの限界が近くて半べそをかいていたとも言いにくい、そしてこのお姫様抱っこを堪能していたい。このタイミングでなければ心から喜べたというのに。
 大きな欠伸をしながらトイレへと向かう笠松の顔を見上げながら、はとりあえず胸に顔を寄せた。

「ホラー番組なんかやってたか?」
「……やってない、けど」
「じゃあ何にビビってんだよ?ほら行って来い、待っててやるから」

 トイレのドアを開けを下ろした後、笠松は廊下に戻りドアを閉めた。
 真っ暗な部屋から急にトイレに入ったせいで電球の灯りが目に痛い。何とも表現のし難い気持ちでいっぱいのは、ひとりトイレで立ちすくみながら唇を噛んだ。

「歌でも歌うか〜?」
「大丈夫!」

 を安心させるためだろう、わざと大きめの声でドア越しに話しかける笠松にも恥ずかしさから大きな声で返事をした。
 急いで用を済ましドアを開ければ、笠松は壁にもたれながら眠そうな顔でくしゃりと笑った。

「可愛いヤツだな、お前」

 恥ずかしさの余り急いで出て来たの姿も、笠松にとっては怯えて出て来たようにしか映っていなかった。そんな笠松にやはりは複雑な気持ちを抱きつつも何も言えず、差し出された手を取り再びベッドへと戻る背中を見つめながら黙ってついて行く。嬉しいことばかりなのに、この状況のせいでもどかしい。
 ベッドに戻った笠松はの手を離し、布団を捲り寝転がった。肩腕で布団を支え、肘をついている方の手でベッドを軽く叩きながらを見上げる。隣に寝ろ、という合図は言葉にしなくともに伝わっていたが、は笠松があけてくれた自分のスペースを見ながら僅かに悩んだ。
 再び同じように目覚めることはないだろうがもしまた目が覚めたらどうしよう、と。今度は流石に泣きそうな声で呼ぶことはないだろうが、再び笠松の睡眠を妨げ、そして笑われてしまうのではないかと思った。笠松が決してバカにしているわけではないのは分かっているものの誤解を解かずに至る今、の心の隅にある恥ずかしさは拭えなかった。

「怖くて目が覚めたらすぐ起こせよ」
「…………」
「眠れねぇなら何か話すか?」
「ううん、寝る」

 心配してくれている笠松に、ついに“オバケが怖いわけではない”と告げることが出来ず、はベッドに寝転がった。恥ずかしさだけではなく、起こしてしまった申し訳なさも感じているというのに笠松はそんなことを感じている様子は微塵もない。
 ────────好きだなぁ
 優しくて頼りになる笠松に、再び腕の中に閉じ込められながらもはしみじみと思った。見上げれば、笠松はのおでこにひとつキスを落とした。

「半べそかくまで我慢すんなよ」
「……うん」
「こーすればオバケも見えねぇだろ」

 きつく抱き締められ、の額は笠松の胸にぴったりとくっつき視界は遮られた。笠松の体温、香り、幸せな腕の重みに包まれればが眠りにつくのは────────もう、すぐ。






20131224
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