ゆめとうつつ








 夢を見た。


 けれど日向順平は、その時そうは思っていなかった。
 持ちあげた瞼は軽く、やけに頭は冴えていた。いや、冷えていた。かわりに胸の奥が焼けるほど熱くなっているのを感じていた。そしてベッドの上で横になったまま、イライラとした様子で携帯電話を耳に押し当て繋がったと同時に息を吸い込み、怒鳴りこむ。
 まるで体中の感情を吐きだすように。

「木吉と浮気なんかしてんじゃねぇ!目ェ覚ませ、お前を幸せにすんのは俺だ!」

 一言そう言い、通話終了ボタンを押した日向はイライラを抑えつけようと再び瞼を下ろした。

 電話越しの相手の反応も、言葉も関係なく、ひたすらに想いをぶちまけてしまいたいようだった。
















「行ってきまーす」

 日向は大きな欠伸をしながら家を出た。
 昨晩夜更かしをしたわけでもないのに、今朝は何故か目覚めが悪かった。それもこれも変な夢を見たせいだろう、とこれから顔を合わせる友人の弛んだ笑顔を思い出して腹の底がぐらぐらと揺れるのを感じた。
 このイライラの原因は、夢を見たせいであり、あの男のせいである、と日向は決めつけていた。


 今朝見た夢。
 それは、生徒が既に帰宅した夕暮れの校舎から始まる。日向は制服を着たまま廊下を歩いていた。誰もいない廊下に自分の足音だけが響き、薄暗い校舎の中に橙色の夕陽が射しこんでいた。
 日向は彼女であるを探していた。教室で待っている、と言っていたものの自分のクラスや隣の教室にもの姿はなく、仕方なくひとつひとつ教室の中を覗いていたのだった。しかし廊下の端から順番に教室を見ながら歩いてきたものの、の姿は見つからなかった。だけではない、校内には誰もいないようだった。
 そしうしている間に、つきあたりである最後の教室まで辿り着いてしまった。ここにいるはずだ、むしろいなければおかしいと半ば自棄になりながら教室の中を覗くと、予想通りにの姿があった。
 しかしそこにいたのは、だけではなかった。

……お、前なにしてんだ」

 は日向の彼女であった。しかし日向の眼鏡越しに広がる光景は、まるでそれを否定するかのようだった。

 木吉の制服の腕の部分を握り、背伸びをする
 引かれるように体を屈める木吉。

 二人の唇が重なっているのは、日向のいる場所からもしっかりと見えていた。
 確かに日向は声を発したはずなのに、二人にはまるで届いていないようだった。唇を離すと、木吉はいつものように、いやそれ以上に嬉しそうに頬を弛めていた。対するが、どんな表情をしていたのかを日向は覚えていない。見たいとも思わなかった。木吉と同じように頬を弛める彼女の姿など、見たくもない。
 ただただ、怒りで自分の頭の中が真っ白になり、そして同時に視界も真っ白になった。

 そして次に視界に色が戻った時、日向は自分の部屋にいた。
 ベッドの上で眠っていたようだった。たった今見たばかりの夢の光景を思い出し、怒りのままに携帯電話に手を伸ばした。あの光景が現実になるとは思っていない。しかし、一言言ってやらなければ気が済まなかった。絶対的な事実を、彼女に理解させたかった。
 はい、と眠たそうな声が聞こえた瞬間、日向は大きく息を吸った。

「木吉と浮気なんかしてんじゃねぇ!目ェ覚ませ、お前を幸せにすんのは俺だ!」

 それだけで良かった。
 木吉がどうこう、がどうこう、そういうことではない。誰よりも一番彼女を想い大切にしているのは俺だ、それさえ理解していればあんな展開になるはずがない、そう日向は思っていた。おさまらないイライラを押しこめるように瞼を閉じ、次に日向が見た光景は──────────





 夢を見た。
 見慣れた部屋の天井をぼんやりと見つめ、日向はそう思った。おかしな夢、そして恥ずかしい夢だった。が木吉と教室でキスをしている、浮気をしている夢。しかし、その夢の設定そのものが日向にとっては“夢物語”であった。

 日向とは付き合ってなどいない、恋人同士の関係ではない。

 夢の中では確かに恋人という設定で、木吉とキスをしているのは浮気ということになってしまうのだが、実際の事実で言うのであれば日向と付き合っているわけでもなく彼氏もいないが木吉とキスをしていても、浮気ということにはならない。
 日向にとって、が木吉とキスをしているというのは許せない光景ではあったが、が自分と付き合っているというのは嬉しい設定であった。
 つまり日向順平は、に片思いをしていた。

 あの夢は嬉しいようで、嬉しくない。そして自分の願望が半分現れてしまったようで、恥ずかしい夢だった。
 ただのムカつく夢であれば、これから会う木吉に文句を言いストレスを発散させることが出来るものの、夢の全貌を語ることが出来ないのであればそうもいかない。
 すっきりしない頭と、夢の中の出来事だというのに未だくすぶるイライラに日向は頭を掻き乱した。









 とりあえず学校に着いたら牛乳、とカルシウムを摂取することでイライラをおさめようと考えていた日向の視界に、登校する生徒の中でひとつ飛び抜けた頭が映った。
 イライラの原因である、木吉だ。
 朝の挨拶がてら背中を叩き、そこで夢の鬱憤を晴らすように思い切り力を入れてやろう、と企てた日向の口元は悪そうに弧を描く。これならカルシウムを摂取せずとも良さそうだった。
 軽く手を開いては握りを繰り返しほぐしながら、日向は小走りで木吉の背中へと近寄った。そして思い切り手を振り上げ、大きな背中へと一撃を下ろした。

「よう!」
「痛゛ッてェ!」

 僅かばかりに力を吸収した制服が鈍い音を立てた。
 ご機嫌な声で挨拶をする日向とは反対に、木吉は突然の衝撃に背中を丸め息を詰まらせた。
 小走りの勢いのまま半歩先へ出てしまった日向は木吉を振り返るように顔を向け、その時になって初めて木吉の隣にがいたことに気付いた。
 学校に着けば当然会うものだと思っていたが、まさか突然こんな形で顔を合わせるとは思いもしなかった日向は体が固くなり、言葉を失った。今朝見た夢は自分だけのものであり、内容は誰にもバレていないのだから平然としていれば良いものの、彼女にしたいという願望が現れてしまったせいか意志とは関係なく羞恥心がせり上がって来ていた。
 しかし言葉を失っているのは、どうやら日向だけではないようだった。

「痛てーよ日向、朝からテンション高すぎるだろ」
「は、はあ?挨拶しただけで別に高くねえよ」
「そうか?朝からあんなこと言えるなんてすげーよ」
「あんなこと?」

 背中をさすり泣きそうな顔をしていたものの、すぐにいつものゆるい笑顔を向ける木吉の言葉に日向は動揺していた。
 木吉の言葉だけではない。何故か先程から自分と同じように気まずそうにし、頬を染めているの態度の意味が日向には分からなかった。いつもなら「おはよう」と、彼女から明るい挨拶をかけてくれるのに、今は彼女の口が開く気配がない。
 同じ夢を見た、というのは物語の中だけのことだと思っていた。しかしまさか、の反応を見るに同じ夢を見ていたというのだろうか。しかし、だとするとが気まずい相手は日向ではなく、現実では付き合っていないのにキスをしてしまった木吉に対してのはずだった。は恐らく日向が木吉の背中を叩く前から一緒に歩いていいた。見るからに気まずそうな態度をしているに、いくら鈍いとは言え木吉が気付かないわけがない。
 するとやはり、が気まずそうにしているのは日向が現れてからということになる。
 何故だ、と考えている日向に応えたのはこの場でただひとりだけ呑気に笑っている木吉だった。

に告白しただろ?」
「は!?告白!?」
「き、木吉!変な風に言わないでよ!」

 告白。
 日向はのことを好きだと思っていた、いつかはその想いを伝えたいとも考えていた。しかしその考えをまだ実行に移そうとは思っていなかった。だから木吉の口から発せられた“に告白した”という言葉は、身に覚えのないものだった。しかし自身も慌ててはいるものの、その言葉自体を否定していない。
 いつの間に自分の気持ちがバレていたのだろう、と焦るように考え出した日向は、ひとつひっかかることに気が付いた。
 その前に木吉が言った一言。

 “朝からあんなこと言えるなんてすげーよ”

 ──────────朝、っていつの朝だ?

「本当はリコにかけようとして、間違って私にかけちゃったんだよね?」
「……かけた?」

 木吉の言葉を訂正するように、が恥ずかしそうに日向の顔を伺った。
 先程までは同じように羞恥心を感じていた日向だったが、今は謎を解くのに必死で眉間に皺を寄せている。
 考え込む日向を遮り、木吉が呑気な声を出した。

「俺はリコと浮気なんかしてねーよ?」
「私とだってしてないでしょ!そういうことじゃなくて……寝ぼけてたんだよね?」
「っな!?」

 寝ぼけてた、その一言で日向の頭の中で全てが鮮明になり、繋がった。
 今朝見た夢。それは、

“彼女であると木吉が教室でキスをしていた、という夢を見て目が覚めた後に怒りの電話をにした”

というものだった。そこまでが全て夢だと、日向は思っていたのだ。
 しかし事実は違った。日向が見ていた夢は、

“彼女になっていたが木吉と教室でキスをしていた”

そこで終わりだったのだ。
 次に目が覚めた時、日向はまだ夢の中にいると思いこんでいた。の言う通り、寝ぼけていたのだ。
 つまり、怒りのままににぶつけた言葉は夢ではなかった。

「木吉と浮気なんかしてんじゃねぇ!目ェ覚ませ、お前を幸せにすんのは俺だ!」

 これは現実だったのだ。

 信じられない。
 目を覚ませと言ってやりたいのはに対してではなく自分自身にだ。日向は気付いた途端に赤面し出した顔を片手で覆い、恥ずかしそうに見つめるを見た。羞恥心など、先程の比ではない。
 あの言葉を聞いて、はどう思っただろうか。もちろん告白のつもりではなかったが、自分にとっては告白以上の言葉だった。
 ここで変な夢を見て寝ぼけていた、と言えばそれでおさまるかもしれないが、日向はそうは言いたくはなかった。あの言葉は日向にとって寝ぼけた言葉ではなく、本気の言葉だったのだ。それを寝ぼけていた、と否定する気にはなれなかった。
 まさかこんな形で、と思いながら日向は噛んでいた唇を離した。

「寝ぼけてねぇよ」
「え……?あ、じゃあリコにかけようとして間違えたんでしょ?」
「ちゃんとお前にかけた」
「私、木吉と浮気してないよ?」
「変な夢見たんだよ」
「夢?夢の中で私が木吉と浮気してたの?」
「おう」
「じゃあやっぱ寝ぼけて──────」
「あれは本気だ。本気で言った」

 意を決したようにそう言えば、は目を泳がせ顔を赤くした。
 自分の熱くなった顔が気にならないくらい赤い、と日向は思った。そうであって欲しい、とも。

「だって、日向寝ぼけて覚えてないでしょ、かけてきてたことも忘れてたんだし」
「違ぇよ、ちゃんと覚えてる」
「うそだ」
「嘘じゃねぇ」
「木吉と浮気なんかしてんじゃねぇ!目ェ覚ませ、お前を幸せにすんのは俺だ!」
「「 っ!? 」」
「だろ?」

 視界の先に顔がないせいで、も日向も木吉の存在をすっかり忘れていた。
 の視線の先には日向、そして日向の視線の先にはの顔しか見えず、木吉は一歩後ろへ下がり頭ひとつ高い場所から二人のことを見下ろしていた。黙って見ているのも面白いが、忘れられているのは少しばかり面白くない。そして未だじんじんと痛むほどの力で背中を叩いた日向に対する仕返しの気持ちを込めて、木吉は口を挟んだ。
 にんまりと笑えば、は困ったように驚いた顔で木吉を見上げ、日向は苛つきを交えた驚きの顔を木吉に向けた。
 そこで日向は、が今朝かかってきた電話について木吉に相談していたことに気付いた。恐らく寝起きだった状態でかかってきた電話の内容を、まさかが一言一句漏らさず覚えていて、更には一言一句漏らさず木吉に相談していたとは思いもしなかった。

「なに木吉に全部言ってんだよ!」
「だ、だって!あんなこといきなり言われてびっくりするじゃん!」
「俺が寝ぼけてると思ってネタにしてたんだろ!」
「違うよ!」
「お、喧嘩か〜?」

 誰のせいだ、と憎々しげにそもそも全ての元凶である木吉のことを日向は強く睨んだ。
 夢に出てこなければ、とキスをしていなければ、こんなことにはならなかったのだ。
 そう訴えるように木吉を睨んでいれば、木吉は意に介さぬように笑ったままの肩を抱いた。

「逆ギレする日向より、俺の方が幸せに出来そうじゃね?」
「えっ」
「テメ、」

 の手を引き木吉の体から自分の方に寄せ、日向は宣戦布告するように木吉へと叫んだ。
 木吉は楽しそうに笑い、降参を示すように両手を上げた。生徒が登校する通学路の真ん中で大声を上げる日向のせいで注目を浴び、は真っ赤になったままおさまらない顔を隠すように俯いていた。

をずっと好きだったのは俺だ!」









 夢を見た。

 けれど日向順平は、夢が現実になったことを感じた。そして同時に、全てを現実にはさせないと誓った。
 夢の中では木吉の制服を小さく掴んでいたが、現実である今、しっかりと握っているのは日向の腕だった。その嬉しいぬくもりに、ぶちまけたはずの想いが更に膨れ上がるのを感じた。

今度は、夢の中でも     俺の腕を掴んでろよ     そんな独占欲と一緒に。 








黒子のバスケ非公式夢小説企画 “夢を見た。” 提出作品 
主催:青山塁さま(ALUCARD) / 桐生さま(本日休演)



20140623
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