眠る前の僅かな攻防







 深夜0時。目元を擦りながら、は読んでいた雑誌を捲った。
 寝る準備も終えベッドの上で布団にくるまれていれば、後は瞼を下ろして眠るだけだ。しかしは眠らないように頬杖をつき、頭が枕に沈んでしまわないように耐えていた。

 雑誌に写る、今期の流行に身を包んだモデル達を見ながら欠伸をひとつ。紙面に並ぶのは女性モデルではなく男性モデル。この雑誌はが日向の家で読むために買った男性ファッション誌だった。ページを捲りながら、これを着て欲しい、日向にはこれが似合う、とあれこれ言いながら既に何度も見ている。声をかければ誌面に目を向けてくれるものの、日向が自主的にこの雑誌を見ている場面をは今まで一度も目にしたことがない。日向が眺める雑誌と言えば、バスケか戦国武将にまつわるものだけ。好んで読むことはないにしろ、ファッション誌をまったく読まないというわけではないが、日向がこの雑誌を手にすることはなかった。が気付いた時には何らかの雑誌の下に置かれていて、いつも引きずり出すようにこのファッション誌を救出するのだ。
 ────────こーんなに黄瀬くん格好良いのに。
 自分の部屋にこの雑誌があれば、表紙が見えるようにマガジンラックか本棚に並べるだろう、とは思った。そしてその事が日向がこの雑誌を敬遠している理由である、と。
 がこの雑誌を買った理由はふたつ。ひとつめは、日向の服を自分も選びたかったから。そしてもうひとつは、日向を通じて知り合うことが出来たモデルの黄瀬涼太が表紙だったから。恐らく日向はのふたつめの理由を見抜いているからこそ、気に食わないのであろう。しかしいくら気に食わなくとも、その雑誌を勝手に捨てたりしない所に日向順平の優しさとビビりな心が現れている。
 そうして今が眠気を我慢している理由は、その日向がお風呂から戻ってくるのを待っているからだった。



「は〜〜〜さっぱりした」
「……おかえり」

 眠気もピークに達し、なんとか頭を支えている状態のはいつの間にか閉じてしまっていた瞼を持ち上げ日向を見た。日向は片手でタオルを髪に当て、片手で炭酸水を飲んでいる。下着1枚で現れた日向の姿には寝ぼけた頭で「ひゅーがくんセクシ〜」と心の中で茶化し、頬杖をついていた手を伸ばした。

「わたしものみたい」

 雑誌に写る黄瀬涼太を頬で潰しながら口を開けば、日向はペットボトルを口から離しの手に握らせた。そのままベッドに腰掛け、タオルで髪の水分を拭き取りながら日向はつまらなさそうな声を出した。

「お前まぁたその雑誌読んでんのかよ」
「ひゅうががおふろあがるのまってたんだよ」
「なに、眠ぃの?」
「ん」
「先に寝てれば良かっただろ」

 がうつ伏せの状態でペットボトルに口をつければ、冷蔵庫から出したばかりの冷たさと炭酸の細かい気泡が喉を刺激した。美味しそうに飲む姿を見て飲みたくなったのと、眠気を覚ますために求めたのだが予想以上に刺激が強くを襲っていた眠気はすっと後ろへ下がった。
 不自然な格好で飲んだせいかペットボトルの口が上手く口元から離れず、炭酸水が顎へとつたい零れたのを見て日向はすぐに手を伸ばした。

「だーっ、こぼす!飲むなら起きろ」
「んん、もーいい」

 日向はの口元を素早く親指でぬぐい、タオルで頭を拭いていた片手はいつの間にかタオルを離しが手にしていたペットボトルを握っていた。はそんな日向を見ながら気が効くなぁ、と思った。日向は男っぽく粗野な部分がありつつも、こうして手際が良く細かい部分に気がつくことの方が多い。は今のように日向に手を出されるのが好きだった。手をかけられている、つまり愛されていると実感するからだ。
 のそんな内心には気付きもせず、日向は残りの炭酸水を飲み干していた。

「大丈夫、雑誌もベッドも濡れてない」
「濡れてたら捨てるぞ」
「ええ、このベッド捨てるの?」
「雑誌をだよ!」
「なんで〜?まだ来月号発売されてないよ」
「もう買わねぇよ」
「買ったの私だし」

 が体を起き上がらせて日向を見れば、日向ものことを見ているのだが若干目線がずれているような気がした。

「日向?」
「お前、前髪伸びたな」
「え?あぁ、ちょっと」
「切ってやる」
「え、ひゅう」

 最後まで名前を呼ぶことも出来ず、日向はタオルを肩にかけたまま再び部屋を出て行ってしまった。
 ────────伸ばしてみようかな〜、って思ってたんだけど。
 日向が切りたいならいいか、と納得しながらは日向が戻るのを待った。戻って来た日向の手には鋏とコームが握られている。

「ここで切るの?」
「前髪だけだしな」
「でも髪落ちるよ」

 再びベッドに腰掛け向かい合う日向にが指摘をすれば、日向は傍にあった雑誌を引き寄せの膝の上に置いた。

「それ広げて持ってろ」
「えっ、これ黄瀬く」
「動くと切り過ぎんぞー」
「ひどい!」

 日向は切った髪が挟まっているのを理由に、この雑誌を捨てる気だった。それに気付いたは抗議の声を上げるものの、日向は既に前髪にコームを通し鋏を構えている。は身動きをとることが出来ず、大人しく雑誌を手の上で広げることしか出来なかった。
 シャキン、と鋏が前髪を切る音を聞きながらは鼻を鳴らした。

「大人げない」
「古紙回収があんだよ」
「ふーん、じゃあ週刊戦国武将すごい溜まってるの捨てれるね」
「捨てるわけねーだろ!」
「じゃあこれだっていいじゃん!どーせ黄瀬くんが」
「あ、失敗した」
「え!?」

 が悲鳴のような声を上げれば、今度は日向が鼻で笑った。
 鋏を持っているせいで全ての主導権が日向にあることを悔しく思いながら、雑誌を捨てられる前に黄瀬が写っている表紙だけ切り取り週刊戦国武将の間に挟めておいてやる、とは誓った。

「つか目閉じろ、髪入るぞ」
「はあい」

 不満そうに返事をしながら、は瞼を下ろした。
 鋏の音、前髪を梳くコームの感触、確かめるようになぞる日向の指。は日向にこうして前髪を切ってもらうのが好きだった。日向の手が前髪を整えていくのを大人しく感じながら、これから先前髪を伸ばしていくことは無理だろうなぁと思う。
 鋏の音が途切れ、日向の指が頬や鼻についた髪を落とす感触がした。切り終わった合図だ。
 そろそろ良いだろうか、とが瞼を持ち上げれば目の前には日向の顔があり、唇にはやわらかな感触があった。すぐに離れた唇に、が驚いたように口を開けば日向は何事もないような顔をしていた。

「出来たぞ」
「な、に急に」
「なにって、目ぇ閉じられたらキスしたくなんだろーが」
「だって日向が閉じろって」

 不意打ちにされたキスは、まるで初めてした時のようにの心を動揺させた。流石にあの時ほど心拍数を上げることはないが、それでもの心臓が早鐘を打つのは確かだった。

「ほら、可愛いから鏡見てこい」
「かっ────────」

 雑誌を閉じゴミ箱に入れながらさらりとそんなことを言う日向に、は言葉に詰まった。器用に女を口説くタイプではないくせに、無自覚でこういうことを言うから心臓に悪い。は鏡を見ることもせずに、ベッドに寝転がり布団にくるまった。

「なんだよ?失敗なんかしてねーぞ」
「知ってる。だからもう寝るの!」
「ふうん。じゃーオレも」

 パチン、と部屋の電気が消える音がした。
 暗がりで顔が見えなくても、には日向の顔がにやけているのが分かった。

「なにニヤけてんの」
「そりゃー可愛い彼女と寝れるからだろ」
「私の彼氏は雑誌の黄瀬くんに嫉妬してて格好悪いですけど」

 ベッドに入り覆いかぶさって来た日向にが可愛いくない言葉を返してみても、怯む様子はなかった。

「あんなペラッペラな男は眼中にねぇだろ」

 じゃあ捨てなくても良かったじゃん、という言葉は飲み込んで。は腰を撫でる日向の手に自分の手を重ねて、再び瞼を下ろした。






20131221
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