教室の外にある蒼






 3時間終了のチャイムが鳴り、教師が教室を出て行くのと生徒が教科書を机にしまい終えるのは、ほぼ同時だった。中にはもう席を立ち、教室を出ようとしている者もいる。騒がしくなった教室内でオレも他の生徒と同じように教科書をしまい、そして次の授業の教科書を机の中から出した。



 次の授業は古典。延々と教科書を読んでいるのをただ聞かされ、黒板に文字を書き連ねているのをノートに書き写すだけの授業に、生徒の居眠り率は70%だ。教科書を出し、そんな授業風景を思い返すだけで欠伸が出る。オレは欠伸を噛み殺しながら、ちらりと視線を左へ向けた。は先ほどからずっと、窓の外を眺めている。机の上にある教科書は未だ開かれたままだった。開かれたページを見て、オレは頬杖をついた。
 今終えたばかりの英語の授業は23Pから始まり、27Pまで進んだ。しかしの教科書は始まりの23Pどころか18Pを開いていた。
 今朝からの調子がいつもと違うと思ってたが、だんだんひどくなってねぇか。
 ぼうっと窓の外を眺めているを見つめ続けても、はオレの視線に気付かない。
 今朝からどこか覇気がないように感じて、いつものとは違和感を感じていた。けれど話しかければ返事をするの様子はいつもとあまり変わらなかった。ただ、話し終えた瞬間に切り替わる空気があり、元気がないと言えば大袈裟だがいつものとはやはり違う。
 それでも、話しかければいつもと同じに笑って話す、そんながいつもと違うと感じている奴はオレの他にいないようだった。

「おい

 少し小さめの声でを呼ぶ。休み時間の騒がしさにかき消されそうだが、隣同士のこの距離ならば聞こえるほどの大きさだった。けれどは振り向かずに、窓の外を眺めたままだ。何の異変もない窓の外の、一体何を見ているのか。きっとは授業が終わったことにすら気付いていない。



 先ほどよりも大きな声を出せば、今度は気付いたようではゆっくりと顔を向けた。

「なに?」
「授業終わってんぞ」
「うん、知ってるよ?」

 知ってんのかよ。
 それは誤魔化して言っているわけではなく、本当に知っている素振りだった。どうやら完全に心ここにあらず、というわけではないらしい。
 元気がないのか、疲れているのか、いつもと様子が違うのは確かなのにその理由が分からない。
 英語の教科書をしまい、机の中から歴史の教科書を出したを見て、オレは目を細めた。

「次古典だぞ」
「え?あぁ、そっか」

 うっかりしてたとでも言いたげに笑い机の中を探るを見て、コントか、と心の中でツッコミを入れる。古典は国語の歴史であり、歴史は古きを記した書物、古典であるわけだが。それ以前に、今日は歴史の授業はない。
 未だ机の中を探しているの姿に見かねたオレは立ち上がり、の腕を引いた。どうせ古典の教科書持ってきてねぇんだろ。

「ちょっと来い」
「え?」
「いいから」

 目を丸くするに構わず腕を引いて立ちあがらせ、その腕を引いてオレは教室を出た。

「私、古典の教科書忘れちゃったから借りに行かなきゃいけないんだけど」
「いらねぇよ」
「なんで?先生休み?」
「いいや、オレらが休み」
「オレら?」
「これからサボんだよ」
「ええ!?」

 背後で大きな声を上げるに、十分元気じゃねぇか、と思う。こうして話していればいつも通りだ。けどやっぱり、話をしていない時のの雰囲気がオレには引っかかってしょうがねぇんだ。





 なんで、どうしてと声を上げるを無視して、オレは旧体育館の裏へ向かった。ここは授業で使われることがないから、この時間なら生徒も教師も近くにいない。体育館のドアに続くコンクリートの段差に座り、きょろきょろと辺りを見回すの腕を引いた。膝を折り、しゃがみかけたの目を見つめて、オレは口を開いた。

「寝ろ」
「えっ」

 息を呑む、という表現がぴったりの様子では固まり、目を泳がせた。

「お前、なんか変な想像してんだろ」

 意識されていることを内心嬉しいと思いつつも、この状況でそれはねぇだろと呆れていれば、はさっと頬を染め折っていた膝を伸ばした。

「ち、違う!」
「どうだか。なんで顔赤くしてんだよ」
「ひゅ、日向が変なこと言うから!授業始まっちゃうから帰る!」

 いつもより少し遠くで響くチャイムの音に言い訳をするように、はこの場を離れようと後ろへ下がった。けれど逃がすわけがない。オレは掴んでいたの腕を、少し痛いかと思いつつもしっかりと掴み、離さなかった。負けじとも体を引くが、オレの力に敵うわけもない。

「ちょっと!なんなの」
「寝ろっつってんだよ」
「だから意味分かんな────あ」
「ほら授業始まった。のこのこ出てって怒られるより、ここにいた方がいいだろ」

 鳴り終えたチャイムに悔しそうな顔をしてオレを睨むにオレは笑って返す。
 オレの勝ち、だ。
 は不満げながらも大人しくオレの隣に腰を下ろした。

「ここにいて怒られたら日向のせいだからね」
「おー」
「寝ろ寝ろって、ほんとなんなの」

 ほんとなんなの、はオレのセリフだっつうの。喋っていればいつもと変わんねぇくせに、ふとした瞬間のいつもより落ちた空気の理由は何なんだ。

「お前、なんか今日ぼーっとしてないか」
「そんなことないけど。だから寝ろって言ってるの?私が眠いんだと思って?」
「あー、まぁ、そんな所」
「別に眠くないけど……じゃあ寝ようかな。どっちみちサボり確定だし」

 次古典ならどっちにしろ寝てたよね、なんて笑うはやはりいつもと変わらない。
 遠まわしに問いかけたオレの言葉に、いつもとは違う空気の理由を言いたがらないのならそれでもいい。無理に聞くつもりもねぇし。それでも、気なっちまったもんは何かしてやらねぇことにはオレの気が済まないわけで。こんな風に授業を抜け出させることがの気分転換になるかは分かんねぇけど、教室の中でじっと窓の外を眺めているよりはマシだろうと思う。涼しい風にあたって、葉の擦れる音を聞いて、柔らかい日差しに当たっていればどんな時だって気持ち良さを感じる。それに、空気を落とす何かがの中にあるなら、寝てる間くらいは気にしないでいられんだろ。
 寝る気になってくれたの腕を離し、両手を後ろについて空を仰ぐ。足を伸ばして脱力すれば、やはりオレは心地よいと感じるもののにとっては余計なお世話だったかもしれないと今更ながら若干心が咎めた。

「日向はなんか、ほんと主将って感じだよね」
「はぁ?なん────に、やってんだお前っ」
「え?言われた通り寝てるんだけど」

 どうしていきなりオレが主将だと感じるんだ、と空を見上げていた顔を降ろせば太ももに温かい重みを感じ、更に顔を下げればの頭があった。体を固めるオレとは反対に、はリラックスしたように欠伸をひとつした。
 寝ろ、とは確かに言ったが、オレの膝枕で寝ろとは言ってねえ……!
 なんで「寝ろ」って言っただけで顔を赤くした奴が平然と人の膝に頭を乗せられるんだよ!

「お、い」
「面倒見、いいよね」

 そう言って瞼を閉じたの横顔を見て、オレはそれ以上何も言えなくなってしまった。
 面倒見が良くて、を連れ出したわけじゃない。それを伝えたくとも、強張る体に騒がしい心臓を抱えている今のオレには出来そうもなかった。





 情けねぇ────と再び空を仰ぐものの、顔を降ろせば気持ちよさそうに眠るの横顔がそこにあるだけで今はそれでいいか、と思った。






20120922
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