今日は寒いですね。





 マフラーに顔を埋めながら校門を通り、玄関に入らずに体育館に向かった。登校時間より少し早いせいで、生徒の姿はあまりなかった。
 今日はいつもより少しだけ早く学校についたから、黒子くんが体育館で練習しているのを見てから教室に行こう、と思ったのだ。練習している姿を、こっそり覗き見しようと思って。
 だから私は校舎に入らず、敢えて外から黒子くんを見ることにした。

 近付くにつれて、バッシュの擦れる音やボールが弾む音が大きくなる。
 黒子くんが練習している姿は何度も見たことがあるけれど、“隠れて見る”と考えると何だかわくわくした。バレないようにしなきゃ、なんて探偵のような気分で。寒さで冷たくなった鼻先を隠すようにマフラーをずらせば忍者のマスクのようで、ますます私の気持ちは高ぶった。
 こっそり写真も撮って、後で黒子くんを驚かせちゃおう!

「あれ、開いてる」

 寒いから体育館のドアは閉まったままだと思ったのに、半分ほど開け放たれたままになっていた。
 練習してると中は暑いから開けたのかな。
 少しだけドアを開けて覗き見ようと思ったのに、こんなにしっかりと開いていては顔を少し出しただけでバレてしまいそうだった。
 どうしようかな……。
 開いているドアには近付かず、私は迷った。せっかく探偵の気分で楽しんでいたのに、このまま諦めてあっさり見つかるのは悔しい。とりあえず先にカメラの準備をして、それからサッと顔を出して写真を撮ればきっとバレずに済む。ゆっくり練習を眺められないのは残念だけど、外にずっといるのも寒くて限界があるし、写真を撮ったら大人しく教室に帰ろう。サッと顔を出しただけで黒子くんを見つけられるかが問題なんだけど……そこはきっと愛の力でなんとかなるはず!
 かじかんだ手をポケットに入れて携帯を取り出しカメラを起動させようとした瞬間、私の体が温かいものに包まれた。

「今日は寒いですね」

 静かな朝の空気に、バッシュの擦れる音、ボールの弾む音、そして黒子くんの透き通った声が響いた。
 私の体が温まったのは、黒子くんが後ろから私のことを抱き締めているせいだった。今日も朝から一生懸命練習していたのだろう、黒子くんの火照った体が冷えた私の体をゆっくりと温めていく。

「っく、黒子くん!」
「おはようございます」
「お……おは」

 おはよう、と答えることが出来ずに、私は心の中で悲鳴を上げた。
 だって誰もいなかったし、体育館からも誰も出て来てないのに!

「僕、最初からここにいましたよ」
「うそ!」

 私の動揺の理由は言わずとも黒子くんにはお見通しなのか、聞きたかったことを答えてくれた黒子くんに私は声を上げた。
 私、また黒子くんに気付けなかったの?
 驚きよりも自分に対するショックの方が大きくて項垂れれば、またもや先回りしたような黒子くんの発言に私は小さく唇を噛んだ。

「こっそり覗き見しているみたいで、僕は楽しいですよ」

 それは今、私がしようとしていたことなのに。
 いくら影が薄いとは言っても、彼氏である黒子くんの姿をこうも見落としてしまうだなんて彼女として失格なんじゃないかと落ち込むものの、本人があまり気にしていないどころか楽しんでいるようなので少しだけ気が楽になった。けれど“少しだけ”だ。彼女のプライドとして私だけは黒子くんのことすぐに見つけられるように意識しているのに“幻のシックスメン”と言われるだけあってそう簡単には行かず、私の努力はまだまだ報われそうにない────────じゃなくて!

「く、ろこくん、ここ学校なんだけど」

 突然現れたのではなく最初からここにいたという黒子くんに気をとられて反応が遅れてしまったけれど、学校で、しかもすぐ後ろの体育館では皆が練習しているというこの場所で黒子くんに抱き締められているこの状況は良くない……と、思います。
 良くない、と言いきれないのが惚れた弱みと言うもので、誰かに見られたらまずいのは分かっていても嬉しい気持ちにはなかなか勝てなかった。

「抱き締めても無反応なのかと思って悲しかったので、反応が頂けて嬉しいです」
「嬉しいです、じゃなくて」
「大丈夫ですよ、誰も見ていません」
「でも」
「転んでいる人がいたら、手を差し出しますよね?」
「え?う、ん」
「今も同じ状況です」
「ぇえ?どういうこと?」
「寒くて風邪を引いたらいけないので、僕が体ごと差し出しました。今はそういう善意の状況です」

 “善意の状況です”だなんて黒子くんにきっぱりと言われてしまえばそうなんじゃないかと思ってしまうから困る。何を言ったって、傍から見れば私が黒子くんに抱き締められているようにしか見えないのに。
 黒子くんはこうしてさらりと持論を押しつけることが多々ある。火神くんなんかは特に、こうして黒子くんに言いくるめられていることが多い。私も、火神くんに次いで多い気がするけど。
 体に回った黒子くんの腕が、私の体を引き寄せるように力を強めた。耳に触れる声の距離が一層縮まる。

「嫌、ですか?」
「そ、うじゃないけど……」

 ドキドキしながら返事をすれば、急に腕の力が緩まった。

「おい黒子」

 火神くんが体育館から顔を出した時には、黒子くんは私の体から離れていた。

「ん?なんだお前はえーな」
「あ、うん、ちょっと早く来ちゃって」
「何でこんなとこにいんだよ」
「練習覗いて行こうかなって思ったんだけど」
「じゃあ中で見てろよ、風邪引くぞ」
「うん」

 体から湯気が見えそうなほど汗のかいた火神くんは、私を見つけて不思議そうな顔をしたもののすぐに納得したのか体育館へと促してくれた。私は黒子くんの腕の感触や耳元で囁かれた声がまだ体に残っていて、冷静を保とうとして余計にドキドキしている。黒子くんはと言えば、いつもと変わらない表情で私と火神くんの間に立っていた。
 体育館に戻る火神くんを追いかけるように私も靴を脱いで手に持ち中に入れば、黒子くんは私の背中に声をかけた。

「温まりましたか?」
「……っ」
「なに言ってんだ黒子、今中に入ったんだから温まるのはこれからだろ」

 今日寒ぃよな、と何も知らない火神くんに振り向かれ私はぎこちなく笑った。




 黒子くん、私は体温が上がる一方です。



20131207
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