ぬくい誘惑





 放課後の委員会が終わって帰ろうとした時、敦から“も〜まいう棒ないとしゅーちゅーできない〜”というメールが着た。
 練習中に携帯なんていじってたらまた先輩に怒られちゃうのに。きっと私にメールをする前からお菓子がないせいで練習に身が入らなくて怒られてるんだろうなぁ。
 普段から“集中”という言葉からかけ離れている敦が更に迷惑をかけないように、私はコンビニへと走った。




* * *




「えっ、まだ来てない?」
「うん、授業中に寝てたせいで教室で課題やらされてるって敦から聞いてない?」
「聞いてないですよ〜」

 雪が降りそうなほど寒い中コンビニまで走ってまた学校へ戻り体育館に来たというのに、氷室さんに敦はいないと言われてしまった。まいう棒のせいでぱんぱんに膨れ上がったコンビニの袋が、急に重くなったように感じた。
 敦のメールから、まいう棒を持ってきて欲しいということは読みとれたけど、流石に送信場所が教室だなんて分からなかった。いつもこの時間は部活をしているから体育館にいるものだと思っていたのに、教室にいるならメールにそう付け加えてよ。
 ひとつ溜息をついて敦からのメールの話をすると、氷室さんは困ったように微笑んだ。

「じゃあ私、教室に行ってきますね」
「あぁ、頼むよ。早く終わらせて練習に来いって伝えてくれるかな」
「了解です」
「敦のこと、誘惑しないようにね」
「えっ」
「早く練習に来てくれなきゃ困るからさ」
「しないですよそんなこと!」
「フフ。じゃあよろしく」

 “誘惑”するのは私よりもまいう棒の方だ。氷室さんならまだしも、私が誰かを誘惑出来るわけがない。それなのに氷室さんに意味ありげに微笑まれてしまい、何故だか恥ずかしくなってしまった私は「行ってきます!」と言って走り出した。

 今の氷室さんの微笑みのこそが“誘惑”ってやつでしょ、と心の中で叫びながら。




* * *




「あ〜つ〜し〜!」

 まいう棒が入った袋をガサガサと揺らして教室に入れば、敦は暖房の横の席で腕を枕にして寝ていた。

「敦の席ここじゃないでしょ」
「さむい」
「そういえば今日点検あるって言ってたね」

 走っていたせいで気付けなかったけれど、廊下も教室も暖房が切れているせいでいつもより寒くなっていた。敦は寒くて暖房の前の席に移動したのだろうけれど、特別教室以外は点検があって授業終了後に暖房のスイッチが切れてるから意味がなかったはずだ。寒くなるから早く帰るようにって先生が帰りのHRで言っていたのに居残りさせられてるって、敦の居眠りは相当先生の怒りに触れたのだろう。
 呆れつつ隣の席に座ってプリントを見れば、問題は全部解けていた。

「全部終わってるじゃん、早く部活行って体あっためといでよ」
「これまだ一枚目だし」
「え?何枚出されてんの」
「あと二枚」
「え〜!寝てる場合じゃないでしょ、まいう棒買って来たから食べながら早くやって!」

 袋からまいう棒を出して渡せば、敦は肩腕に頭を預けたままの状態でまいう棒を口に運びだした。

「寝ながら食べない!食べながらやる!まいう棒あれば集中出来るでしょ?」

 残念ながら私よりも敦の方が頭が良い。私が教えてあげることも、問題を解いてあげて間違った答えを出すよりも、敦が自分で解いた方が早くて確実なのだ。
 それなのに敦はふたつめのまいう棒を口にしても体を起こさなかった。

「敦、ほら氷室さんも待ってたよ」
「なんで室ちん?」
「敦が部活してると思って私体育館まで走ったんだよ!」

 だから私は寒い教室にいても未だに体はあたたかいままだ。でも私だっていつまでも寒い教室にいたら体が冷えてしまう。そうなる前に帰りたい。けれど敦は動いてくれる気配がない。

「え〜なんで〜?部活中に携帯いじってたら怒られんじゃん」
「でもたまに送ってくるでしょ」
「ま〜ね〜」
「も〜敦、あんまり遅くなると怒られちゃうよ」
「だから〜寒いから無理」
「まいう棒なくて集中出来なったんじゃないの?」
「今は寒さのせいで手が動かなーい」
「何言ってんの!敦ならすぐ解けるんだから早く終わらせた方があったまれるよ。体育館は暖房入ってたし」
「え〜」
「え〜、じゃない。ほら頑張って」

 既に五つ目のまいう棒を食べ新しいまいう棒に手を伸ばした敦の右手を握り阻止すれば、十分に温かかった。むしろ手は私の方が冷たいくらいだ。

「敦の手温かいよ」
「手じゃなくて体がこの体勢から動かないの」
「さっき手って言った」
「言ってねーし」
「でも私、暖房はつけてあげられないよ」

 まいう棒を買ってきてあげることは出来ても、流石に点検中の暖房をどうこうすることは出来ない。まいう棒も寒さも集中が切れた原因ではあるものの、それはただの口実で本当はただ面倒くさくてやる気が起きないだけなんだってこと、分かってるけどね。どうやったら敦のやる気が起きるのかな。
 困った、と思っていると敦は私に握られている手を自分に寄せた。

「おんぶして」
「え────は?おんぶ?」
「間違えた、“おんぶさせて”?」
「どういういこと?」

 おんぶして、と言われてどこをどうやったら私が敦をおんぶすることが出来るんだと困惑していたら、どうやら敦が私をおんぶしたいらしい。それも十分おかしな話だけど。

「だからー寒いって言ってんじゃん」
「それでなんで“おんぶ”することになんの?」
「背中があったまるから」

 おんぶすると背中が温まる?いまいちピンとこないでいると、敦はわざとらしく大きな溜息をついた。

「こー言えば分かる?“後ろから抱き締めて”」
「……っ」

 気怠げに言う敦に、心臓が不自然に跳ねた。
 私の頭の中では先程氷室さんに言われた“誘惑しないようにね”という声が響いたけれど、やっぱり誘惑するのは私じゃない、と思った。

「ね〜早く〜。寒いと解けない」
「でも」
「いーじゃんオレの背中に乗ってるだけなんだしさ〜。協力してくんないの?」

 もちろん協力したい。早く終わらせなきゃ私も敦も寒くなる一方だし、部活に行くのが遅れれば敦が怒られちゃうし。だけどおんぶするって、教室でそれいいの?暖房切れるからって、残ってる生徒はいないし委員会もとっくに終わって校内にいるのは部活に励んでいる生徒だけだろうけど……。
 敦、言い出したら曲げないからなぁ。

「すぐ終わらせてよ」

 念を押して、私は敦の肩に手をかけた。上靴を脱いで椅子の隙間に足を置いて敦の背中にびたりと貼り着く。スカート大丈夫かな、と片手でスカートの裾を押さえて確認していたら、両足を敦の体に巻きつけるように引き寄せられた。

「っあ、つし!」
「落ちないようにちゃんとくっついててよ〜」
「私スカートなんだけど!」
「誰もいないしい〜じゃん。あ〜ちょっとあったかくなってきた〜」
「もお……重くないの?」

 これで敦が課題を終わらせてくれるなら何でもいいや。
 諦めたように敦の肩に顎を乗せれば、敦はのろのろと手を動かしシャープペンシルを握った。
 良かった、ようやく残りの課題を始めてくれる。

「別に〜毛布乗っけてる感じ」
「そんなわけないでしょ……体疲れちゃう前に終わらせるんだよ」
「んー」

 おんぶすると背中が温まる、という思考回路をイマイチ理解しきれずにいたけれど、実際にやってみると本当に温かかった。敦とくっついている部分はじわじわと温かくなってくる。そもそも敦は本当に寒かったの?と思うくらい、敦の背中は温かいように感じた。

 集中しているのか敦はお喋りするのを止め、静かな教室に響くのは時計の音と、敦が書きこむシャープペンシルの音だけだった。大きな背中にぴったりと体をくっつけ身を委ねていると、静けさと温かさのせいで少し眠くなって来てしまった。プリントを見れば順調に答案は埋まっていて、私が監視しなくても敦はあっという間に問題を解くだろうと思った。それなら、ちょっとだけ────────

 私は誘惑に負けて、あっさりと瞼を降ろしてしまった。






 とんとん、と肩を叩かれ瞼を持ち上げると急に体に寒気を感じ私は身を震わせた。どうやら、私はあのまま本当に眠ってしまっていたようだった。私の体の下には敦がいる。肩を叩いたのは誰だろう、と顔を上げるとそこには眉尻を下げて微笑んでいる氷室さんがいた。

「誘惑しちゃだめだよ、って言ったのに」
「え!?いやあのこれは課題やらせるために体を温めるべくおんぶされてただけで…!」

 敦も順調に問題を解いてるはず、と慌てて敦を見れば、私が教室に入って来た時と同じように自分の腕枕で眠っていた。

「あれから一時間経つから様子を見に来たんだよ」
「いっ、一時間!?」

 私の肩に着ていたジャージをかけてくれた氷室さんに驚いて時計を見れば、本当に教室に来てから一時間が経過していた。ということは、一時間近くも私は敦の背中の上で寝ていたということになる。だからこんなに体が冷えているんだ、と再び体を震わせながら敦の頭を揺すった。
 眠って更に重くなった私を乗せて、よく自分も眠れたものだ。

「敦!敦!なんで寝てんの!」
「ん〜……自分が先に寝たくせに」
「課題終わったなら起こせばいいでしょ!一緒に寝ちゃダメ!」
「寝息聞いてたら眠くなんじゃん。あれ、なんで室ちんいんの?」
「遅いから迎えに来たんだよ。敦、監督カンカンだぞ」
「え〜なにそれめんどい。オレのせいじゃないって証拠連れてこ」

 大きな欠伸をしてプリントを掴んだ敦は、私を背中に乗せたまま立ち上がった。

「待っ、待って敦降ろして!」
「うげ、足痺れてんだけど」
「その体勢で寝てたら痺れるだろ。それより体が冷えて風邪引くぞ」
「う〜確かに寒い。早くバスケしてあったまろ〜」
「その前に降ろしてって!」
「だ〜め〜。証拠連れてって雅子ちんの怒り静めないと」
「私も怒られちゃうでしょ!」
「オレを誘惑するのが悪いんじゃん」
「オレも念を押しといたんだけどなぁ」

 二人がやれやれと言うように息を吐くのを見て、私はいつもより高い視界から敦と氷室さんを交互に見た。

 私が敦を誘惑するって、いつ!?どれが!?






20131207
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