こころホッカイロ





 寒い寒い寒い 寒 い さ む い !
 朝、学校に登校して教室に入った私の第一声は「さむい!」だった。

「いや、オレ “おはよ” って言ったんだけど」

 呆れて笑う高尾に私は「おはよう」と言い直した後、語尾に「さむい」と付け加えた。
 言わずにはいられないほど、寒い。マフラー巻いてくれば良かったなぁ、と思いながら鞄を机に置き冷えた手を擦り合わせた。

「まぁ確かに今日寒ぃもんなー」
「寒過ぎだよ死んじゃうかと思った!」
「大袈裟だな」
「高尾のそのパーカー貸して」
「いやいやそしたらオレが寒ぃだろ」

 学ランの下に来ているパーカーを着れば絶対にあったかい。
 そう確信した私はにっこり笑って高尾のパーカーのお腹の辺りを握って引っ張った。

「可愛い女の子が凍えそうなのに高尾くんはパーカーを貸してくれないんですか」
「んー?そうねぇ、可愛い女の子だけど、このパーカーは貸せねぇな」

 普通なら“どこが可愛いんだよ”なんて返ってきそうなのに、そこを否定しないから高尾はズルい。ちょっと嬉しくなっちゃったじゃん。
 パーカーは貸してもらえないらしいけど。

「そん代わり〜体あっためてやるぜ」
「どうやって?」

 高尾はニッと笑い、パーカーを掴んでいた私の腕をとり自分の腕と絡めた。

「おしくらまんじゅうで!」
「おしくらまんじゅう?」
「そ、ホラ真ちゃんも一緒にやろーぜ」

 “おしくらまんじゅう”という言葉を何年ぶりに口にしただろう。良い慣れない言葉を言うみたいに口を動かせば、高尾はあろうことかすぐ横にいた緑間くんに声をかけた。
 確かにおしくらまんじゅうは二人でやるものじゃないけど、だからってまさか私と高尾と、緑間くんの三人でやるの!?

「するわけがないのだよ」
「なんでー?可愛いクラスメイトが凍えてんよ」

 緑間くんがおしくらまんじゅうに参加するとは思ってなかったから、予想通りの冷静な返しに内心ほっとしつつ、ほんの少しだけ残念に思ってしまった。おしくらまんじゅうに参加してくれないことにではなくて、私には関心がなさそうなその態度に対して。

「お前がパーカーを貸してやればいいだろう」
「んなこと言ってェ、いいからホラやろーぜ」

 私と組んでいない方の手を高尾が差し出せば、緑間くんはその手を軽く振り払った。

「やらん。二人でやれ」
「二人じゃあったまんねーだろー?」

 つまらなさそうにそう言いながら高尾は体をくるりと反転させ、私と背中を合わせもう片方の腕も組んだ。
 えっ、なに本当に二人でやるの?というか、おしくらまんじゅう本気でやる気だったの?

「せーの」
「えっ、待っ」

 おーしくーらまーんじゅー、という間抜けな声と共に私のお尻は高尾のお尻に勢い良く押された。
 おしくらまんじゅうを恥ずかしい、なんて子供の頃は一度も思ったことはないけれど、大きくなってからはするもんじゃないなと思った。お尻とお尻とぶつけるなんて、恥ずかしいにもほどがある。
 突然始まったこと、そしてぶつかったお尻に動揺していると、私のお尻を押したタイミングで腕を離した高尾のせいで私は更に動揺することになった。
 ちょうど緑間くんの方を向いて立っていた私はそのまま前のめりに倒れ、目の前にいた緑間くんに倒れかかりそうになるのを防ぐべく咄嗟に彼の肩を掴んでしまったのだ。本を読んでいたせいで反応が遅れた緑間くんの驚いた顔が、私のすぐ目の前にある。
 高尾とぶつかったお尻なんてどうでもいいくらいに恥ずかしくなり、私の冷えていた体は一気に温まった。

「ほらな、二人だとこうなっちまう」

 確信犯のニヤけきった高尾の顔に、私と緑間くんの声が重なった。

「「 高 尾 !! 」」



* * *




 放課後、高尾の“おかげ”で温まった体を再び寒さに晒して帰らなきゃいけないのだと思うと帰る準備をする手の動きが鈍った。
 外、朝より寒くなってるのかなぁ。
 教科書を鞄にしまい、軽く決意をしながら立ち上がると緑間くんが私に声をかけた。

「帰るのか」
「うん、緑間くんも部活頑張ってね」
「……」

 返事がないまま目の前に立っている緑間くんを不思議に思っていると、彼は手にしていた自分のマフラーを私に差し出した。

「お前の今日のラッキーアイテムはマフラーだったのだよ」
「え?」
「だから貸してやる」
「でも……いいの?そしたら緑間くん帰り寒いよ?」
「この程度の気温、オレにとっては何てことはない」
「またまた〜!じゃあなんでマフラー巻いてきてんだよ!」

 緑間くんの後ろから、高尾がひょっこりと顔を出した。

「っ、ファッションだ!」
「ぶふっ、真ちゃんがファッションって!」
「部活に行くぞ!さっさと準備をしろ」

 からかう高尾にむっとした緑間くんは半ばマフラーを私に押しつけるように腕を伸ばし、思わず受け取るとそのまま教室を出て行ってしまった。あっという間に行ってしまう緑間くんの背中に、私は慌てて「ありがとう!」と大きな声で叫んだ。
 本当にこのマフラー借りちゃっていいのかな。
 困惑しながら高尾を見上げると、高尾の口角がくいっと上がった。

「真ちゃん、お前も毎日おは朝占いチェックしてんの知らねーんだな」
「っ─────!」

 鞄を肩にかけながらニヤニヤした顔を向けてくる高尾に、息が詰まった。

「じゃーな、ちゃんとマフラー巻いて帰れよ」

 私が手にしていた緑間くんのマフラーを手にとり私の首にかけ、声が出ない私を置いて高尾は颯爽と教室を出て行ってしまった。

 なんで高尾が知ってるの!?
 高尾の言う通り、緑間くんがおは朝占いの熱心な信者だと知ってから私も毎朝欠かさず見るようになった。彼のラッキーアイテム集めに少しでも協力出来たら、なんて思って。だけどそれを公言したことなんてないのに。これじゃあ私の気持ちも一緒に高尾にバレてるって、そういうこと?

 でも、それよりも────────今日の私のラッキーアイテムはマフラーじゃない。

 私は緑間くんが貸してくれたマフラーに真っ赤な顔を隠すように埋め、再び椅子に座りこんだ。
 緑間くんが私の星座を知っているのか知らないのかは分からないけれど、今日のおは朝占いでマフラーがラッキーアイテムだった星座はなかった。

 だから、このマフラーはラッキーアイテムだから貸してくれたんじゃなくて……







 体が温まりすぎて、私はしばらく動けそうになかった。




20131205
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