可愛い人





「さむい」
「じゃあ教室戻れよ」
「一緒に戻ろうよ」
「やだね」

 眠いっつってんだろ、と言って欠伸をした青峰くんを私は睨んだ。

「いくらバスケ特待生だからってサボッてばっかいたら進級出来ないんだからね!」
「あ〜なるほどな、オレを卒業させなけりゃ桐皇はずっと強ェってわけか」
「……ほんとバカだよね」
「ア゛ァ!?」

 この青峰くんをずっと面倒見てきたさつきちゃんを尊敬する。私じゃ全然役不足だ。サボるのをやめさせたくて屋上までついて来たのに、授業開始までに引っ張り出すことも出来ずに結局一緒にサボるはめになってしまった。“彼女”の言うことなら少しは聞いてくれるんじゃないか、なんて甘い考えだった。さつきちゃんも私の言うことなら聞くから、なんて言ってくれてるけど彼はこれっぽっちも動いてくれる気配はない。
 むしろ私と付き合いだしてからの方が、サボる時間が増えたような気がする。

「ねぇ戻ろうよ、青峰くんのせいで私もサボり増えちゃってやばいんだけど」
「だからお前だけ戻ればいいだろ」
「もー……」

 そうは言われても、ひとりで教室に戻るなんて出来ない。青峰くんはそれを分かってて「お前だけ戻れ」なんて言うからずるい。
 それにしても、いつまで屋上でのサボりを続けるんだろう。だいぶ寒くなってきたし、今だってたった10分外にいるだけで私は寒くて震えそうだっていうのに。いつもは青峰くんひとり置いて行けない、なんて思うけどここのところ一緒に外にいるのは寒くてつらい。なんで青峰くんは平気なんだろ。普段から運動してたら、その時の熱を体に蓄積することでも出来るのかな。
 仰向けに寝転がる青峰くんの横でしゃがみ込みながらそんなことを考えてみるものの、青峰くんは何も考えていないように瞼を閉じている。手を擦り合わせて息を吐けば、なんだか溜息のようなものが漏れた。
 もう本当にひとりで教室戻っちゃおうかな。

「────っくしゅ」

 寒さでくしゃみが出た。
 だめだ、このままずっとここにいたら風邪を引く。ごめんね青峰くん、私はひとりで教室に戻ります。

「あお────────っな」

 声をかけようとすれば、突然起き上がった青峰くんが私の太ももに手を這わせた。ごつごつとした大きな手は温かいものの、寒さで感覚が鈍りだしている皮膚には少し痛い。
 寝てたくせに突然なに……というかここ学校なんだけど!

「お前、寒いならそう言えよ」
「いや、さっきから言っ」

 私の話聞いてた?と問いかける間もなく、青峰くんは私を抱き上げ自分の足に座らせ、そのまま抱きしめてきた。
 ……この状況なに?何でいきなりスイッチ入ったの?ていうかスイッチ入ったの?
 いつもの青峰くんらしくない、と言えば怒られるだろうか。太ももを触られた時にてっきりそっちのスイッチが入ったのかと思えば、何てことはなくただ抱き締めるだけ。そもそも授業をサボり屋上で抱き合っているというだけでイケナイことなのは分かっているけれど、青峰くんにしてみればこんなの健全にもほどがある。彼の思考回路も寒さで鈍ったのだろうか?
 まぁ、あったかいからいいけど。

 青峰くんの大きな体にすっぽりと包まれそのあたたかさに身を委ねていれば、数分経った所で青峰くんは私を抱き締めたまま立ち上がった。驚いて肩にしがみつけば、そのまま歩き出した青峰くんに私の思考回路はさっぱりついて行けなかった。
 えっ、なに?今度こそスイッチ入った?

「青峰くん?どこ行くの?」
「教室戻ろうっつったのお前だろ」

 え、えええ────────?
 何でこのタイミング?とは思ったものの、言えばへそを曲げられそうで何も言えなかった。
 というか授業始まってからもう20分くらい経ってない?今更戻るの?いくら古文のおじいちゃん先生だからってそんなの許してもらえるのかな。
 青峰くんの考えが読めない、と思っているといつのまにか抱きかかえられたまま教室の前まで来ていた。気付いた時には時すでに遅し。青峰くんは私を抱えたまま堂々と教室の中に入り、私を席に下ろした。一番後ろの席で良かった……とは思えない。誰もが振り返り私達を見ていたのだから。

「こら青峰、どこ行ってた」
「こいつが腹痛ェって言うから便所」

 え、えええ────────!?
 信じらんない、私のせいにするのはまだしも、何でトイレ!?しかもお腹痛いとか絶対変な解釈されるし!

「それなら保健室つれて行ってやりなさい」
「出たらスッキリしたってよ」
「そうか、それならいいが、お前はちゃんと授業を聞けよ。ほら教科書開いて」
「へいへい」

 青 峰 絶 対 許 さ ん …… !
 先生も先生だし!なにすんなり納得しちゃってんの!?
 まさかの辱めを受けた私はそのままお腹が痛いふりをして机にへばりつき授業が終わるまで顔を伏せていた。青峰くんはと言えば結局教科書も出さずに頬杖をついて眠っている。



* * *



「もうほんと意味分かんない!」
「デリカシーないやつでごめんね……」
「そもそもなんで突然教室戻ったのかも分かんないし」

 授業終了のチャイムが鳴りお昼休みになった瞬間、私は寝ている青峰くんを起こさずに放置してさつきちゃんを連れ出した。
 青峰くんなんてお昼休み中ずっと寝ててお昼ご飯食べ損ねればいいんだ!
 私はイライラとしながら卵焼きの刺さったフォークに噛り付いた。

「教室戻ろうって言ったから、戻ったんでしょ?」
「違うよ、言っても聞かなかったもん。私がくしゃみしたら突然起き上がって戻って来たの」
「ほら〜言ったでしょ、大ちゃんは言うこと聞くよって」
「だから聞かなかったんだってば」
「大ちゃんは分かりにくいようで分かりやすい奴なの。くしゃみして寒がってるの気付いたから戻ってくれたんだよ」
「なにそれ……私が“さむい”って言った時に普通に戻って欲しかったんですけど」
「あ〜、それは……」
「それは?」
「私の口から言ったら大ちゃん怒りそうだからなぁ」

 分かりにくいようで分かりやすい?そのままを受け取れってことでいいのかな。そりゃあコムズカシイこと考えるタイプではないだろうけど、ありのままを受け取れと言われても「寒い」と言ったのを無視されくしゃみをしたら「寒いなら言え」と怒られるなんて、そのまま受け取ったらただのジャイアンとしか思えない。だからこそ余計に私にとっては謎だ。

「私ももっと青峰くんと一緒にいる時間が長ければ、さつきちゃんみたいに何でも分かるようになるかな」
「何か難しく考えてるみたいだけど、青峰くんほんと見たまんまだからね?私が幼馴染だから分かるとかじゃないよ?」
「見たまんまって言われると余計分かんなくなる」
「なんでー!?ほんと見たまま!サボり増えたのも教室戻りたがらないのも、二人きりでいたいからだよ!」
「え……そうなの?」
「そうだよ〜。最近大ちゃん練習頑張ってるし、ふたりで会える時間減ったでしょ?それで寂しがってるんだよ」

 まさかそんな風に思われてるなんて考えもしなかった。青峰くん本人が言ったわけじゃないから確証はないけど、幼馴染のさつきちゃんが言うことだし、何よりそれが本当のことだったら嬉しい。
 青峰くんの行動の裏には何もない。行動通りの意味しかない、と考えればいいのかな。寒いと言っても聞いてくれなかったのは、教室に戻るための口実だと思われたから?だけどくしゃみをしたらすぐに教室に戻ってくれたのは、私の体を心配してくれたから?
 そんなの、都合が良すぎる解釈かな。

「おいこらブス!!」

 なんて、喜びの余韻に浸る暇もない。
 噂の本人が、私とさつきちゃんの空気をブチ壊すような怒声を投げつけてきた。

「「誰がブスだって?」」

 私とさつきちゃんは目を細め、青峰くんを見上げた。

「余計なこと言ってんじゃねぇ!そしてお前も起こせよ!」

 さつきちゃんと私を交互に怒鳴りつけたと言うことは、私達ふたりを合わせて“ブス”と呼んだってことでいいのかな?ん?青峰くん!

「さつきちゃん、青峰くんの態度は見たまんまってことは私のことブスって思ってるってことでいいんだよね」
「残念ながらそうみたい、大ちゃんは私達のことブスだって思ってるって」
「なっ……テメ、さつき!」
「ブスなんかとは付き合ってたくないだろーから、堀北マイちゃんの写真集でも見つめてお昼食べてれば!」

 そう吐き捨ててそっぽを向いた私を覗き込むように座り込んだ青峰くんは自分も不機嫌な顔をしているくせに、それでもちゃんと私の機嫌を伺おうとしてくるから可愛い。手に負えないけど、私の手の中に入ろうとしてくる感じ。デカくてガングロだけど、可愛いと思ってしまう。さつきちゃんなら分かってくれるかな?後でこっそり聞いてみよう。「え〜可愛いはナイ!」って言われちゃうかな。

 そんなことを思いながらお弁当に入っている青峰くんの大好きな唐揚げを口に運んであげて、ようやく三人で仲良くお昼休みがスタートしたのでした。



☆おまけ(通りすがりにちょっと眺めていた今吉先輩と若松先輩の会話)

「ねぇ今吉さん、あいつなんであんなんなのに可愛い子に囲まれてるんスか」
「せやなぁ」
「オレもあんな態度とったら女の子が囲ってくれますかね」
「ないやろなぁ〜」






20131120
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