おんなじ体温





 「赤司くんの手、冷たくなるんだね」

 寒空の下、彼女の手をとれば少しだけ驚いたように目を瞬かせ見上げられ、その発言に僅かながらも驚いた僕も瞬きを繰り返した。

「人間だからね、冷気に触れれば身体も冷たくなるだろう」
「赤司くんの体温は気温になんて左右されないのかと思った」
「僕をロボットだとでも思っていたのかい」
「ロボット……よりも、なんかもっとすごいものかなぁ」

 そもそもロボットであろうと冷気に触れればボディは冷たくなるし、熱気に触れれば熱くなるだろう。一定の温度を保つようシステム管理をすれば話は別だろうが、温度に左右されず一定の温度を保ったままでいられる材質なんて未だ存在しない。
 彼女は面白いことを言う。そう考えてみれば“ロボットよりもなんかもっとすごいもの”という意見はあながち間違ってはいない。彼女らしい自由さが溢れている。
 僕のことをどう思っているのか測りかねるが、彼女の中で僕は“なんかもっとすごい”らしいことは確かであるわけだから、光栄なことだね。

「だけど、赤司くんの手は冷たい」

 手を握る力を強めて、彼女は繋いだ手を自分の胸元へと引き寄せもう片方の手を僕の手を包むように重ねた。まるで、祈るみたいに。

「赤司くんも同じ人間なんだね」
「もちろん」
「赤司くんは、私とおんなじ」

 嬉しそうに、彼女はそう繰り返した。
 僕の手が冷たいことが、何故そんなにも嬉しいのだろうか。まさか本当に僕が人間ではないと思っていたわけではないだろう。
 彼女は僕の手をあたためるように自分の手を擦り合わせ、あたたかい息を吐いた。僕の手をあたためようとしてくれているが、彼女の手の方がよっぽど冷えていてむしろ僕の手が彼女の冷えた手をあたためているようだった。
 手袋をプレゼントしようか、そんなことを考えながら彼女の手元を見ているとこちらを向いた彼女の言葉に先程以上に驚いた。

「手袋はしないよ?」
「驚いた。僕の心が読めるんだね」
「ふふ。そーだよ、私には何でもお見通しなの」
「それは凄いな。でもどうして手袋をしないんだ?」
「だって手袋をしたら、赤司くんの手の冷たさが分からなくなっちゃう」
「そんなに僕の手が冷えている事がお気に召したのかい」
「うん」

 そう言って、彼女は再びあたたかい息を僕の手にかけた。

「こうやって、私があたためてあげられるでしょ?」

 嬉しそうに彼女は笑うけれど、そんなにも冷たい手で包んでいたらいくら息を吐いても擦り合わせてもあたたまるのは僕の手よりも彼女の手の方だ。むしろ僕の手はじわりじわりと彼女の手の冷たさを受け取っている。
 けれど不思議なことに、彼女のおかげであたたまった場所も確かにある。彼女は少しも気付いてはいないようだけれど。
 “何でもお見通し”というのは嘘のようだ。
 僕の手を包む彼女の両手に顔を寄せて、ひとつあたたかい息を吐く。そしてそのまま唇を寄せれば、やはり彼女の手はとても冷たかった。

「あ、かしくん」
「ありがとう、あたたまったよ」
「ほんと?」
「あぁ、だから明日からは手袋をすること」
「ええ、だって赤司くんの手は明日も冷たくなるでしょ」
「もう温まったから大丈夫だ。それに手袋をしていたって温められるだろう?」
「手袋をしてたら赤司くんの手の冷たさが分かんないじゃん」
「君ほど冷えることはないよ」
「私は赤司くんの手の冷たさを知っていたいの」
「そこに何の意味があるんだい?」
「意味なんてないけど……もしかして、手が冷たい私と手を繋ぐのが嫌だった?」

 握っていた手の力を緩めて申し訳なさそうに見上げる彼女に、自分の手が冷たい自覚があって良かった。彼女がまるで僕の手の方が冷たいかのようにあたためるせいで、自分の手の冷たさを理解していないのかと思った。

「嫌ではないよ。ただ君の手が冷たいのは好ましくない」
「それは私も同じだよ」
「僕の手が冷たいことを喜んでいたのに?」
「そういう意味じゃなくって。手袋したらちゃんと気付いてあげられないじゃん」
「僕は冷え症ではないから極度に冷えることはないし、こうして手を繋いでいれば十分あたたかいよ」
「だから……そういうことじゃないんだってば〜」

 もどかしそうに、握る力を強めて揺する姿に僕は首をかしげた。
 彼女自身も、自分の言いたいことがよく分からないのだろう。“意味なんてない”と言うように、自分の中に筋の通った理由を確立出来ないせいで、僕にうまく説明出来ないことに唇を噛んでいる。彼女はときたまこうして説明のつかない感情を表にする。何を言いたいのか、どんな意味を持つのか、考えてあげようとするものの僕にも理解出来ないことが稀にある。
 けれど伝わっている、といつも何故か思う。今もそう思っているのと同じように。

「赤司くんの分からず屋」
「それはお互い様」
「ふふ。おんなじだね」

 “おんなじ”
 そう言って彼女は嬉しそうに笑う。

 “おんなじ”
 そうであれば嬉しい。彼女の手は未だ冷たいままだけれど、同じであるということは、彼女の胸の奥はきっと僕と同じようにあたたかくなったということだ。

 同じであるということが、こんなにも嬉しいことだとは知らなかった。






20131113
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