ふたりのクリスマスプレゼント





 欠伸を噛みしめながら、登校する。横を歩いている女の子は、彼に何をもらった、とか昨日のデートはこうだった、なんて浮足立って楽しそうにお喋りをしている。そんな中、私は寒さに体を震わせて、校舎の中に入った。
 彼氏のいない私はそんな話に参加出来るわけもなく、友人がはしゃいで話す内容に相槌を打ってあげることくらいしか出来ない。来年は私も、なんて望みはあまり期待の出来ない期待だっていうことは自分がよく分かってる。
 自分の席に座り、教科書を机にしまった所で隣の席の生徒、黄瀬涼太がやってきた。

「はよっス」

 声をかけられて、今日もキラキラ と眩しい笑顔を見上げながら私は口を開いた。

「クリスマスは、机の上に山盛りのプレゼントないんだね」

 これが彼に対する朝の挨拶の返事だというのだから、可愛いくない。だけど、彼と仲良くなるにはキャーキャー騒いでなんていられないし、実際に仲良くなってみれば騒ぎたてるだけの人じゃないっていうことがよく分かる。彼だって普通の男の子なのだ。普通の男の子よりは、ちょっぴり、すこし、ずうっと、格好良いけど。騒がないで、ちゃんと話をした方がもっと彼の良さが分かる、と私は思う。

「バレンタインや誕生日じゃないっスからね」

 バレンタインや彼の誕生日である6月18日には、机の上やロッカーにたくさんのプレゼントが積まれていた。それに比べて、クリスマス である今日の机の上には何も置かれていない。その私の意図を読み取ったのか、黄瀬くんは笑いながら椅子を引いた。

「でも、ちょっともらったっスよ。白い髭のない、女の子のサンタさんから」
「ふーん、良かったね」
「あれ、サンタさん来なかったの?」
「来てませんけど?」
「良い子にしてなかったんスねえ」
「黄瀬くんでも貰えたなら、私はその倍貰えちゃうほど良い子だと思うよ」
「なーに、オレが悪い子だって?」

 頬杖を着いて横目で見るその顔は、まさに“小悪魔”というもので。とても良い子には見えない。

「うん」
「ひっでー!オレすっげえ良い子っスよ」
「どこらへんが?」
「おベンキョにバスケにモデルの仕事に、なんでも真面目に取り組 んでマス」

 まるで自分は純粋だとでも言いたげな瞳で私を見る黄瀬くんに、やっぱり良い子なんかじゃないと思う。
 良い子は、人の心をこんなに掻き乱したりはしない。

「ちょっとー、オレのこと良い子だと思ってねえっしょ」

 不満気にする黄瀬くんにもう一度「うん」と答えれば、彼は何かを意気込んで私の方に椅子を引き寄せて来た。
 近付く距離に、だから良い子じゃないんだってば、と心の中で声が漏れる。

「じゃあ良い子なオレが、サンタの代わりにプレゼントあげる。一番欲しーモン言ってみて」

 一番、欲しいもの?
 もしそれを黄瀬くんが用意出来るなら、私にとってはサンタさん以上にすごい人だと思うよ。

「もう子供じゃないからクリスマスに欲しいプレゼントなんてありませーん」
「そんなこと言ってぇ。んじゃさ、オレのオススメなんかどう?」
「黄瀬くんのオススメ?」
「そ」
「なに?」

 オススメ、なんて言ったってどうせ自分がすぐに用意出来る範囲のものでしょ?飴とかジュースとか、もしかして自分のサインかな。
 そんなことを思いながら続きを待っていると、黄瀬くんは練習中に見せるような、真剣な顔をした。

「オレ」
「…………ん?」

 たった二文字、“オレ”だけで終わられてしまい、続きを待ってみても口を開く気配がなく、逆に私が口を開いてしまった。

「オレ、の?オススメは?」

 続きを促せば、黄瀬くんはいつものように笑い、ポケットから出した赤いリボンを髪につけた。それすらも似合う、と思ってしまうから、彼はずるい。

「だからー、オレっスよ」

 オレ────黄瀬涼太を、くれる?クリスマスプレゼントに?
 騒がしい朝の時間で誰も聞いていないから良いものを、ファンがいるようなモデル・黄瀬涼太が冗談にせよそういうことを言うのはやめて欲しい。
 むしろ、冗談でそういうことを言うのは、やめて欲しいと思う。

「黄瀬くんがプレゼントなの?」
「うん」
「もらったってどうすればいいか分かんないよ」
「お好きにどうぞ?一緒に昼メシ食うも良し、手を繋いで帰るも良し、デートするも良し」
「なんかそれ彼氏みたいだけど」

 そっけなく返してしまうのは、この鼓動がバレないように。
 タチの悪い冗談を言う黄瀬くんに苛立ちつつも、彼の紡ぐ“意味のない”言葉に心は素直に反応してしまう。こんな冗談に舞い上がってしまったって、最後には悲しくなるだけなのに。冗談じゃなければ、どんなに嬉しいか。嬉しい、なんて言葉なんかじゃ足りないほどだ。
 あぁ、やだなぁ。本音を抑えようと思えば思うほど、そっけなくなってしまう。

「彼氏にするも良し、っスよ」
「…………はぁ」

 何て反応するのが正解なんだろう。嬉しい、なんて素直に言ってみたって後で泣くのは自分だ。かと言ってこれじゃ反応が薄すぎて、逆に怪しまれてしまいそう。

「えー!いらないんスか」
「いらないって言うか、ホントにくれる気ないでしょ」

 冗談なのは分かってます、という空気を出す以外のことが思いつかなかった。だけどこれがきっと、今の関係を崩さない正解の反応なはずだ。
 黄瀬くんの冗談に意識などしていない、という風に机から教科書を出すと、彼は自分の机まで椅子を戻した。

「ホントかウソか、好きな方を信じたらいいっスよ」

 視界の隅に、寂しげな黄瀬くんの顔が映った。

「なんで……今、寂しい顔したの」

 そんな顔を見るのは、初めてだった。
 だから、思わず思ったままを口に出してしまった。
 出会ったばかりの黄瀬くんは、モデル・黄瀬涼太に近いような、隙のない顔をしていた。隣の席になって少し話すようになって、雑誌では見ないような、自然な笑顔が見れるようになった。その笑顔は部活中にはよく見せているものだと知ったのは、私が彼に恋をし てから。彼のことをもっと知りたいと思った時だった。彼とこうして気軽に話をして、仲良くなれたのだと実感したのは、あどけなくまるで幼い子供のような笑顔を見せてくれた、その瞬間だった。彼のアイデンティティーである一切を纏っていないような、黄瀬くんの笑顔。その瞬間に、私はもう戻れないと思った。
 彼への想いも、この関係も。
 いくら黄瀬くんを目で追ってみても、そんな笑顔を向けている人を、見たことがなかった。ただ、バスケ部の主将にそんな風に笑うのを一度見たことがあったから、この笑顔が見られるのは心を許された証なんじゃないかなんて、そんな風に思っていた。
 だけど私は、それ以外の黄瀬くんの顔を見たことがなかった。彼だって普通の男の子だ。騒がれることに時に煩わしそうにしている時もあれば、眠たそうな時も、小さなハプニングに苛立たしげな顔もする。目で追っていれば色んな表情を目にした。
 だけど、そんな風に寂しげな顔は、一度だって見たことがない。

「んー、オレにはサンタがプレゼントくれなさそーだからかな」
「欲しいものあったの?」

 一瞬見せた、捨てられた子犬のような寂しげな顔に、困惑してしまう。このタイミングじゃあ、まるで黄瀬くんからのプレゼントを信じていない私に寂しさを感じているって、そんな風に考えちゃうよ。

「ひーみつ」

 だけど、私の質問に悪戯っ子のように笑って答える黄瀬くんは、もういつもの黄瀬くんだった。“黄瀬くんをプレゼント”だなんてそんな言葉、信じろっていう方が無理な話だよ。

「で、信じる?信じない?」

 ────────ずるい。
 これで私が「信じる」って言って、何てからかうつもりなんだろう。いいよ、そこまで言うなら話に乗ってあげる。
 半ば自棄になりながら、私は口を開いた。

「信じる」
「え、マジ?」
「マジ。ほら、はやくちょーだい」

 どうせくれないんでしょ、と思いながら掌を突き出せば、それこそ今まで見た事もないほど無防備な笑顔で黄瀬くんは笑った。
 その笑顔に目も心も奪われていると、掌に温かく大きな手が重なり、強く握られたことで私は我に返った。

「ハッピーメリークリスマス!」
「…………え」
「一緒に昼メシ食う?手繋いで帰る?デートする?」

 どれがいい?と嬉しそうに言う黄瀬くんに、開いた口が塞がらない。
 ────────本気で言ってるの?
 信じられない、というかこうして手を握っているせいで、それまで誰も気にしていなかったのに、数人の視線を集めてしまっている。とりあえず手を離して欲しい、と手を引くものの、痛いくらいに握った手を黄瀬くんは離す気がなさそうだった。

「ちょ、ちょっと、離してよ」
「なんで?ちゃんともらってくんないと」
「もらうって、本当に言ってるの?」
「信じたんでしょ?」

 嬉しそうにして、逆に私の手を引き寄せる黄瀬くんに私の頭の中はとうとうパニックを起こしてしまった。冗談なのか本気なのか、判断が出来ない。心臓は何処かへ飛んで行ってしまいそうなほど早く鼓動を刻んでいる。

「待って……ちょっと」
「お好きにどうぞ、っスよ」
「……じゃあ」

 本当に、一緒にお昼ご飯を食べるのも、手を繋いで帰るのも、デートするのも、彼氏にするのも。私の好きにしていいの?
 それじゃあ……

「手を離して」
「え!?」
「私の好きにしていいんでしょ?」
「そうっスけど」

 私の言葉に不満そうに唇を尖らせて、黄瀬くんは渋々手を離した。けれじゃあまるで、ご主人様と忠犬のようだ。
 離れた大きな手に寂しさを感じるけれど、今の私はそれどころじゃなかった。教室に先生が入って来た声が聞こえたけれど、私は黄瀬くんから顔を背けて机に突っ伏した。

「しばらく話しかけないで!」
「えぇ!?」

 だってこの状況をどうすればいいのかなんて分からない。サンタさんが普通に私にクリスマスプレゼントを届けてくれなかったおかげで、サンタさんより上手の黄瀬くんが私が本当に欲しかったプレゼントを持ってきてくれてしまった。どうして?どうして黄瀬くんは、私にこんなプレゼントをくれたの?

「まぁ、いいっスよ。オレんとこにもサンタ来たみたいだから」

 弾む声でそう言う黄瀬くんに、私は声だけで返事をした。

「なにもらったの」

 何も届いた気配はなかったけれど、と思えば私の耳に響いたのは黄瀬くんの声で紡がれた私の名前。今まで“ちゃん”と付けられていたのが外されて、呼び捨てになっていた。けれど驚く場所はそこじゃない。私は叫びだしたい気持ちを抑えて、瞼を強く閉じた。


 ねぇサンタさん、私まだ夢を見ているの?






20121225
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