溶けたしあわせ





 夜、暑さに項垂れながらテレビを見ていると携帯が光った。食べかけのアイスを口にくわえてメールを読めば“今すぐ外に出たら幸せになれる!”と、一昔前のチェーンメールも驚くような内容で私は固まった。そんな、まさか。私の考えが読めているのか、すぐに届いた2通めのメールには“マジ!!ヽ(。>▽<。)ノ”と書かれていた。ほんとにマジなんでしょうね、と心のなかで返事をしながら、アイスの冷たさに縋るように熱帯夜へと私は足を踏み出した。

 すると外にはメールの送信者である、黄瀬くんが立っていた。見慣れた制服でもジャージ姿でもない、私服姿の黄瀬くんは私に気付いて嬉しそうに手を上げ、近付いて来た。
 夜なのに、もう太陽は沈んでしまっているはずなのに、黄瀬くんが笑うせいで昼間のように眩しくなる。やっと太陽が沈んで少しだけ気温が下がってきても、まだまだ暑いのに。私は自分の心の熱を下げようと口に含んでいたアイスを飲み込んだ。

「アイスいいっスね、オレにも一口ちょーだい」

 アイスに顔を寄せて来る黄瀬くんに、私はバレないように息を呑んでアイスを口元から離した。
 わかっているのか分かっていないのか、黄瀬くんのこういうところが本当に嫌だ。私の心臓がどんなことになっているのか、それを隠すのに私がどれほど必死なのか、正座をさせて説きたいくらいだ。そんなことをすれば今までの私の努力が水の泡になるから、絶対に出来ないけど。

「だめ、これは私の」
「えーケチ」

 身体を屈めた状態のまま、黄瀬くんは遠ざかったアイスにチラリと視線を向けつつ不満そうな顔で私を見上げた。
 暑い、熱すぎる。こんな小さなアイスじゃ私の身体も心も冷ますのにはとても足りない。

「一口っスよ?」
「だーめ」

 その一口のせいで、熱くなりすぎて溶けてしまったらどうしてくれるの?と私はまた心のなかで呟く。
 黄瀬くんと一緒にいると、私の心の中は独り言が多くなる。全部黄瀬くんのことなのに、全部黄瀬くんには話せない。
 黄瀬くんは諦めてくれたのか、身体を起こした。私が内心ほっとしていれば、左手がすっと伸びる。その手は私の手首を掴み、少しだけ黄瀬くんの方へと引き寄せた。それでもまだ自分の身体の前にある自分の手を目で追いかけて、私は固まった。
 黄瀬くんの顔が近付き、アイスの棒を掴んでいる私の指を、舐めたのだ。舐められて初めて、アイスが溶けて手に垂れていたことに気が付いた。けれど、そんなことはどうでも良かった。

「っだ、めだって」

 言ったのに、という言葉までは紡げなかった。暑さで私の唇までも溶けてしまったかのように、口を上手く動かせない。

「えー、溶けたトコだけっスよ?」

 手首は掴んだまま、顔を離す黄瀬くんの笑顔を見て私は唇を噛む。
 本当は、黄瀬くんは全部を分かっているんじゃないかと思う。私の心の中の独り言も、全部全部聞こえてしまっているんじゃないかと、そう思う。だけど私はそれを確認することも出来ずに、黄瀬くんもそれを教えてはくれない。

「あ、分かった」

 そう言って、黄瀬くんは残っていたアイスを一口で食べてしまった。私の手の中に残ったのはべたつく木の棒だけだ。
 足りなくても、私の心と身体を冷やしてくれていたアイスが、なくなってしまった。

「食べちゃったお礼に新しいアイス奢るっスよ、コンビニ行こ」
「えー…暑いから外出たくなかったのに、コンビニまで歩くの?」
「ちょっとぐらいいいじゃないっスか、高いやつでも奢るし!」
「……幸せになれるって言うから出てきたのに」
「んー?なれたっしょ」

 黄瀬くんはべたつく私の手を握って、歩き出した。
 幸せに”なれた”って、なに?アイスはこれから買いに行くんだから“なれる”の間違いじゃないの?
 私の幸せがアイスなのか、黄瀬くんなのか、やっぱり黄瀬くんは全て分かっているんじゃないかと思ってしまう。それなのに黄瀬くんは、私に教えてくれない。聞かない私が悪いの?だって「どうして手を繋いでいるの」なんて、そんなこと口に出せない。暑くて熱くて仕方がないっていうのに。
 黄瀬くんのこういう所が、本当に嫌だ。
 本当に欲しいものはくれないままで、私の熱を冷ませない程に上げることばかりしてくる。これ以上熱くなってしまったら、本当に溶けてしまいそうなのに。
 笑って話しかけて来る黄瀬くんに、私は「暑い」「熱い」とこぼしてばかりいた。


 アイスのべたつきのせいで、二人の手がこのままくっついたままだったらいいのに。






20120802
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