Formless escort







「青峰くーん」

 ベッドの上で大の字になり気持ちよさそうに眠っている青峰くんを見て、私は溜息をついた。





 今日は火神くんと黒子くん、そして黄瀬くんとさつきちゃんの6人で集まってお昼すぎからストバスコートにいた。真冬のこの時期に私とさつきちゃんはただ見ているだけでは寒いので、最初のうちはふたりでスタバのカップで手をあたためながら見ていたのだけれど中身がなくなったタイミングでショッピングに出かけることにした。きっとこうなることを予測していた私達は、事前に「お買い物しようね」と予定を立てていたのだ。しばらくふたりでショッピングを楽しみ、そろそろ4人も寒くなっている頃だろうと戻って来たものの、3時間ほど経つというのにまだ開始早々の勢いでバスケを続けている4人を見て私達は感心するのと同時に呆れた。
 私達が戻ってきたのを見て、終わりにしようと言って黄瀬くんと黒子くんは抜けて来たのに対し青峰くんと火神くんは一向に止める気配がない。いくら動いているからと言っても、この時期に長時間外にいて寒くはないものなのか。私とさつきちゃんは既に寒くて今すぐにでも夜ご飯を食べにお店に入りたいくらいだっていうのに。バスケバカの脳内は分からない。現に動くのを止めた黄瀬くんと黒子くんは汗が引いて寒そうにしていた。
 早くお店に入りたいから青峰くんと火神くんにも中断して欲しくて声をかけるのに、全然返事をしてくれない。寒さを堪えながら頬を膨らますものの、そんな私の横で汗だくのTシャツを脱ぎ、替えのTシャツに着替えている黄瀬くんを見て体温がちょっと上がった。キセリョの生着替え!ラッキー、なんて思っているとそれは私だけではなかったらしく、横ではさつきちゃんが黒子くんの生着替えに目をハートにしていた。戻って来た私達にすぐ気付いてくれる上に体も温めてくれるし、このふたりは何て良い男なんでしょう。それに比べて、と視線を戻した私の視界を遮ったのは汗だくの青峰くんのTシャツで、あっという間に私のドキドキ体温は怒りの体温に変わったのだった。
 ようやくバスケを終わらせてくれたかと思えば今度はお腹が空いたと騒ぎ、私達は夜ご飯を食べにお店に向かった。

 そうして青峰くんの家に帰ってきたのが22時頃。
 青峰くんは帰ってくるなり汗を流すと言ってお風呂に入り、10分足らずで戻ってきたかと思えばベッドに倒れ、次の瞬間には寝息を立てていた。
 あまりの早さと私も部屋にいるのにまるで無視な行動に呆れたものの、気持ちよさそうに眠る姿を見れば起こす気にもなれなかった。
 今日は久しぶりに火神くん達とバスケをすることが出来て本当に楽しそうだったから、相当体力を使ったのだろう。バスケをしている時も今も、私が眼中に入っていないことが少しだけ寂しくも思えたけど、彼が満足そうなら私も幸せだ。
 しばらく青峰くんの寝顔を眺めていた後、私も眠くなってきてしまったため寝る準備をしようとお風呂場へ向かった。いつもなら「お風呂かります」と声をかけているけれど、本人が私そっちのけで気持ち良さそうに眠っているのだから勝手に借りても文句はないはずだ。そもそも、いつも何を声かけても「勝手にしろ」「好きにしろ」と私がこの部屋で行動することを意に介していないようだから、寝ているのを起こして承諾を得た方がきっと怒られてしまう。




 そうしてさっぱりした所で、今に至る。
 青峰くんは今も変わらずにぐっすりと眠っている。せっかくかけてあげた布団も蹴散らして、スウェットが捲れてお腹が見えている。黒いスウェットと同じくらい黒いお腹をぺちん、と叩いても起きる気配はなかった。
 もう0時になる。
 見えているお腹を隠した後に布団もかけ直してあげて、部屋の電気を消してから私も青峰くんの隣にもぐりこんだ。眠っている彼の頬にこっそりキスをしておやすみを告げ、瞼を下ろせばあっという間に夢の中だ。






* * *






「────────い、おい起きろ」

 肩を揺すられ、重い瞼をなんとか持ち上げれば薄暗い部屋の中にダウンジャケットを着ている青峰くんの顔がぼんやりと浮かび上がった。

「んー……なに?」

 まだ眠ったばかりで朝ではないはずだ。1時か、2時頃だろう。
 覚めきらない意識で返事をしつつも、眠っていたい私は布団に顔を埋めた。

「コンビニ行こうぜ」

 だからダウンジャケットを着ているのか、とこの状況を理解した。けれど納得は出来なかった。
 自分はさっさと眠っていたくせに、突然起きて何を言うのかと思えばコンビニ?
 寝てたのに、寒いのに、こんな時間なのに、と三拍子そろった文句を心の中で唱えながら、私は寝返りをうった。

「やだ。ひとりで行きなよ」
「冷てーこと言うなよ。行こうぜアイス買ってやるから」
「やだ寒いもん。こんな時間にアイスなんて食べないし」

 会話をしているうちに、どんどん意識が覚醒してしまう。
 うるさい青峰くんから離れようとベッドの中をもぞもぞと動けば、青峰くんの手が私の腰を捕えた。

「腹減ったんだって」
「なんかあるもの食べなよ」
「ラーメン食いてぇんだけどねーんだよ」

 それともお前、ラーメン屋行く?と言われて私は「やだ!」と答えた。予想よりも大きな声が出てしまい、目がしっかりと覚めてしまった。
 ひとりでさっさと寝て、夜中に突然起きたと思ったらラーメン!夜ご飯だって相当食べてたのに、もうお腹空いたの?
 信じられない、と思いながら私は青峰くんの方を向いた。

「じゃあコンビニ付き合えよ。カップ麺でいいから」
「も〜……大ちゃんおつかいくらい一人で行けるでしょ?」
「大ちゃんはと行きてーの」
「……っ」

 そんなデカい図体で“大ちゃん”なんて自分で言っちゃって可愛いくなんかないんだからね!と心の中で叫びながら私は枕に顔を押しつけた。
 全然可愛いくなんかないのに可愛いと思ってしまった自分が悔しい。でもいくら可愛いくとも、私はこんな時間にコンビニには行きたくありません。

「起きててあげるから、青峰くんひとりで行っといでよ」
「なんでだよ、お前もう目覚めてんだろ」
「そ〜ゆ〜問題じゃないの〜。寒いし、すっぴんだし」
「誰もお前の顔見てねぇっての」
「そういう問題じゃないの!」
「ったく」

 呆れる青峰くんを見上げていれば、彼は着ていたダウンジャケットを脱いだ。諦めてくれたのかと安心していると両肩を掴まれ体を起こされてしまった。いきなり何かと思えば、青峰くんは私の体を脱いだダウンジャケットで包み、チャックを閉めた。

「おら、これで寒くねぇだろ」
「ぇえ!?」

 確かに青峰くんのダウンジャケットならお尻まですっぽり隠れてあたたかい。だけど、問題はそれだけじゃないのだ。それなのに青峰くんは私が一緒にコンビニに行くことを了承しているとでも思っているのかモッズコートを着て私に手を差し出した。袖を通していないミノムシ状態の私がその手を取れるわけもない。
 手を取れない理由はそれだけじゃないけど。

「ほら行くぞ」
「…………」
「なんだよ、まだ腕通してねぇの?そのまま担いで連れてくぞ」
「そこまでして私行く意味あるの?」
「分かった分かった。“俺と真夜中のデートはいかがですかお嬢さん”?」
「行き先は?」
「コンビニ」

 どうあがいても私をコンビニに連れて行きたいらしい。素敵な誘い文句を考えてくれたって行き先がコンビニなら私の気持ちは変わりようがない。
 諦めた私は、もそもそとダウンジャケットの袖に腕を通した。

「モッズコートの方がフードで顔隠せるからそっちの方がいいかも」
「そっちの方があったけーだろ」
「えーでもすっぴん……」
「こんな時間に誰もいねーって。行くぞ」

 ぐずぐず文句を言う私に痺れを切らせたのか、結局青峰くんは私を担いで玄関まで向かった。
 玄関について下ろされた私はすぐに「やっぱり待ってる」と言って後ろに下がった。素足で触れるフローリングは、とても冷たい。
 あぁもう、今すぐお布団に戻りたい。

「はぁ?ここまで来てなんだよ」
「この格好にブーツはない」

 お尻まですっぽりと隠してくれるダウンジャケットから出ている足ががパジャマに覆われているということを100歩譲って許せたとしても、そこに今日履いてたブーツを合わせるなんて絶対にありえない。そもそも裸足だし、もこもこパジャマだし。
 面倒臭そうにガシガシと頭をかく青峰くんに、だから最初からひとりで行けば良かったのに、と思った。女の子は男の子のようにいつだって思い立ってすぐに外に出られるわけではないのだ。

「じゃあ俺の履けよ」
「大きすぎて歩けないよ」
「これなら足ひっかけながら歩けるだろ」

 私の前に大きなシープを置いて、青峰くんはさっさとスニーカーをひっかけて玄関のドアを開けた。真冬の夜風が入り込んでくる。素足を撫ぜた冷気に行きたくない気持ちが増してしまうのだけれど、私に手を差し出す青峰くんの姿を見て腹をくくった。
 青峰くんに手を伸ばされたら、私は掴まずにはいられない。
 もこもことしたシープに足を入れれば温かくなるものの、やはりかなり大きい。脱げないように足を上げて一歩を踏み出すだけで一苦労だ。お父さんの靴を履いて歩こうとする子供のようなぎこちなさで青峰くんに近付き手をとれば、彼は吹きだすように笑った。

「全然歩けてねーじゃん!」
「当たり前でしょ、青峰くんどんだけ足デカいと思ってんの」
「背中乗れよ、コンビニまでダッシュで連れてってやる」
「えぇ」
「おら乗れ」

 しゃがんで背中を向けた青峰くんに、全てを諦めた私は大人しく乗っかることにした。
 真夜中で眠かったことも、変な格好をしていることも、すっぴんだということも、寒くて外には出たくないということも。青峰くんがそんな私とコンビニに行きたいって言うんだったら、もうそれで良いよ。付き合います。
 私の足を掴み立ち上がった青峰くんは、勢い良く冷たくて暗い夜の中へと飛び込んだ。私はシープが脱げてしまわないようにしっかりと足先を上げて、冷たい風を遮る様に青峰くんの肩に顔を押しつけた。

「さみー!」

 話す度に、白い息が舞う。
 どうして彼はこんなに楽しそうなのだろう。どうして私は、こんなに楽しいのだろう。少し前までは本当に、コンビニになんて行きたくなかったのに。
 布団から出たくなかった、外に出たくなかった、おんぶされるなんて恥ずかしくて嫌だったのに。今は、この背中にしがみついて離れたくない。
 私が背中にいるのにとても早く走る青峰くんのせいで、頬や耳を掠める冷たい風も次から次へとやってくる。
 けれどぐんぐんと流れていく視界の隅に映る夜の景色は見ていて面白かった。真っ暗な夜の中に、通り過ぎていく小さな眩しい灯り。その全てに、白い靄がかかっている。
 青峰くんの、あたたかい吐息。

「さむーい」
のほっぺ、すげえ冷てぇもんな」
「青峰くんだって耳冷たいよ」

 青峰くんの冷たい耳に、ぴったりと自分の冷たい頬を寄せれば、なんだかあたたまるような気がした。彼の耳はとても冷たくて、顔にかかる夜風はこんなにも冷たいというのに不思議だ。

「よっし、ラストスパート行くぜ、顔伏せてろ!」

 ぐん、とスピードが上がれば夜風の鋭さも増した。私は言われた通りにおでこを青峰くんの肩にすり寄せるようにして顔を伏せた。

 びゅうびゅうと風が切る音に混じって聞こえる青峰くんの息遣いが、とても心地良く響く。






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20140119
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