10.ストップ・ステップ・スキップ 





───────ちゃんのこと、好きになっちゃったから

 オレがそう言えば、あの時みたいに意識しすぎた拒絶か、もしくは照れた顔を見せてくれるかな、なんて思っていたのに。
 返ってきたのはどこか軽蔑するような、悲しそうな瞳だった。

───────冗談でそういうこと言わない方がいいよって言ったじゃん

 あの時をなぞるような台詞からは、ちゃんの感情がうまく読み取れなかった。分かりやすい拒絶も、照れた表情もない、抑揚のない静かな声だった。
 彼女のそんな声を聞いて、オレはなにがしたかったんだろうと思った。
 面倒な空気はオレだけじゃなくてちゃんだって嫌なのは分かっている。そのことだけはしっかりと伝わる声だった。きっともう、彼女があの時のような拒絶を見せることはないのだろうと、そう思った。
 オレだってあの時のような空気にしたかったわけじゃない。そういうつもりで、ちゃんにこんなことを言ったんじゃない。だけど確かに、こんなことを言えばまた拒絶されるか、もしくは照れるかだなんて考えていたのも事実だった。

 オレは一体、なにがしたかったんだ?





 10分休憩、という笠松先輩の声を聞き、オレはコートを出てドリンクボトルに手を伸ばした。乾いた喉を潤せば、溜息のような大きな息が漏れる。
 どうにもすっきりしない気分なのは、先ほどのちゃんとのやりとりが頭から離れないせいだ。オレを咎めるような、暗い瞳の色をしていた。
 女の子に好きだと告げて、あんな反応をされたのは初めてだった。

「オイ、どうした」
「え?」
「今、溜息ついただろ」

 資料室での出来事を思い返していたオレの意識を戻したのは、笠松先輩の声だった。
 溜息だと気付かれるようなタイミングじゃなかったのに。この人のこういう所には本当、感心させられてしまう。
 笠松先輩なら、ちゃんがどうしてあんな瞳をオレに向けたのかが分かんのかな。

「オレ、もしかしたら生まれて初めて女の子にフラれたのかもしんないっス」
「ハァ?んなくだらねーこと練習に持ち込んでんじゃねぇ!ざまあみろ」
「なんスか、ざまあみろって!ひでえ!」
「つうかお前、好きな奴とかいたのかよ」

 考え込むオレに気づいて心配してくれていたはずなのに、理由を聞いて嫌そうな顔をした笠松先輩はふと思い出したかのように意外そうな表情をした。
 「好きな奴とかいたのかよ」という、その質問にオレは首を傾けた。

「え?いや……別に、好きじゃないっスけど」
「アァ!?なンッだそれ!んなもん振るに決まってんだろ!」
「でも、オレに好きって言われたらみんな喜ぶんスよ」
「お前それ本気で言ってんのかよ……ほんと1回死ね」

 軽蔑の眼差しと吐き捨てるような冷たい声。この調子じゃ、笠松先輩にちゃんのことを聞いてみても余計怒られるだけで答えてもらえなさそうだった。

「つーか、みんなお前のこと好きじゃねーんだろ」

 そう言って、笠松先輩は行ってしまった。
 何言ってんだあの人、みんなオレのこと好きだから喜んでるっつーのに。

 けれど、先輩の言いたいことの意味は分かっている。本当の意味でオレのことが好きなら、中身のない告白に喜ぶわけがない。オレの薄っぺらい言葉に喜ぶのは、そういう風にオレを好きだと思ってくれている子だけ。だからこそちゃんは、あの日のオレの気軽な言葉にすら大げさに反応して、そしてそんな反応をしてしまうちゃんの想いをオレは面倒だと思ったんだ。
 オレはただ、楽しく過ごしていたかっただけ。

 じゃあ、どうしてわざわざまた、オレはあんなことを言ったんだ?

 転がってきたバスケットボールを拾い上げると、昨日のちゃんの笑顔が浮かんだ。




 体育館の外に出て行ってしまったボールを追いかけると、そのボールはひとりの女の子の足元まで転がっていった。
 顔を上げたその子がちゃんであることに多少戸惑ったものの、彼女がとても嬉しそうに笑っているのを見て拍子抜けしてしまった。気まずそうにされると思っていたから、笑顔を向けられるだなんて予想外だったんだ。貼り付けたようなぎこちない笑顔ではなく、ちゃんは本当に嬉しそうに笑っていた。
 そして彼女は笑顔のまま、勢い良くオレにボールを投げた。

「バスケ、楽しそうだね」

 受け取ったボールは力強くて、もっと勢いの強いボールなんて取り慣れてるのに何故だか掌にじんと響いた。
────────バスケ、楽しそうだね
 どうしてちゃんが嬉しそうにしているのかも分からなかったけれど、その理由が、まるでオレが楽しそうにバスケをしているからだとでも言うような言葉に、余計に意味が分からなくなってしまった。
 確かに、オレはバスケがむちゃくちゃ楽しい。けれど今の練習風景を見ていてそう言うのなら“楽しそう”なんて言葉は浮かばないくらい、みんなキツい顔をしていたはずだ。そんなオレたちを見て、楽しそうだなんてちゃんが思うのは不自然な気がした。
 ましてや、オレが楽しそうにバスケをしているからといって、ちゃんが嬉しそうにする理由がわからない。

ちゃん強いパス出すっスね、男バス入ったら?」
「黄瀬くんの軟弱者」
「言うっスね、じゃあオレのパス受けてみる?」
「遠慮します!じゃあ、部活頑張ってね」

 バカにするちゃんに向けてボールを投げるふりをすれば、彼女はサッと手を上げ拒否をするように後ずさった。そしてそれ以上何も言わず、あっさりとオレに背を向け行ってしまった。

ちゃん!ボールありがと!」

 振り向かせたくて、わざと名前を呼んだんだ。
 それなのに彼女は少しだけ顔を向けて手を振ってくれただけだった。名字から名前に呼び方を変えたのに、気付かなかった?

 何とも、思わなかったのかな。




 あの嬉しそうな笑顔が、不思議で仕方がなかった。
 どうして嬉しそうなのか、どうして距離を置いたはずなのにまた笑いかけてくれたのか、知りたくなったんだ。面倒だと嫌がったのはオレなのに、どうしても確かめたくて、もう一度あんな風に笑ってくれるなら───────そう思って、今日久しぶりに資料室に残ることを決めた。

 多少ぎこちなさは残るものの、ちゃんの明らかに気まずそうな態度はなくなり、初めて一緒に作業をした時のように軽快な会話ができるようになっていた。けれどオレにボールを投げてくれた時のような、嬉しそうな笑顔を向けてくれることはない。
 昨日のあの笑顔は、何だったんだ。

───────ちゃんのこと、好きになっちゃったから

 もしかしたら、あの日のようにまた変に意識をされて拒絶されるかもしれない。割と気に入っていたちゃんとの気楽なお喋りがようやく戻ってきたのに、また面倒な時間に逆戻りになるかもしれない。それでも、またあんな風に笑いかけてくれるなら、試してみたくなったんだ。
 あの日、オレの軽い「ダイスキ」すら嫌がったちゃんが、オレに気があるのは明白だった。何かを吹っ切ったように見える今なら、今度こそこの言葉に喜ぶかもしれない。嬉しそうに、するかもしれない。
 けれど返ってきた反応は、オレが予想したどちらでもなかった。
 面倒で仕方がなかったはずなのに、これならまだあの日のような反応の方が良かった、とどこかで思ってしまった。あの日をなぞるような返事からは、もう同じような熱量は感じられなかった。
 「好き」だと言って反応してもらえないなら、他に何をすれば嬉しそうにしてもらえるんだろう。まさか本当にバスケをしている姿を見せてちゃんが笑顔になるはずもない。

 分からない。

 けれどオレが“女の子が喜ぶ言葉”を言わなければ、ちゃんは笑ってくれる。それは確かだった。


「あ〜!分ッかんね〜!!」

 タオルに顔を埋めてそう叫べば、後ろで怒鳴る笠松先輩の声が聞こえた。





 オレはただ、あの嬉しそうな笑顔の理由が知りたかっただけなんだ。




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