蛍くんと寝癖と深夜の映画with忠くん

月島家兄弟構成
長女:/長男:明光/次男:蛍








 土曜の深夜25時を過ぎた頃、正確には日曜になったばかりのこの時間に、私は借りていた映画を見ようとプレイヤーにDVDを入れた。CMを流している間にキッチンから飲み物とお菓子を持ってこようと思ったものの、無性にプリングルスのサワークリームオニオンが食べたくなった私は何も持たないまま部屋へと戻り、DVDを一時停止してお財布だけを持って部屋を出た。




 サンダルに足を通していると、誰かが階段から下りてくる足音がした。振り返ってみると、寝起きでぼんやりとした顔の蛍が私を見ていた。

「姉ちゃん?」
「ごめん、起こしちゃった?」
「なにやってんの」
「ちょっとコンビニ行ってこようと思って」
「はぁ?」

 私のその一言で、何故か蛍の頭は覚醒したようだった。
 こんな時間に食べたら豚になる、とまた毒を吐かれるのだろうかと軽く身構えた。

「そこにいてよ」
「え?」

 階段の半分まで下りて来ていた蛍はそれだけを言ってさっと2階へ戻って行った。
 身構えていた私は気が抜けてしまった。毒も吐かずにどうしたんだろう、と思えば蛍は着ていたTシャツはそのままに、下に履いていたスウェットをデニムに穿き替えて再び登場した。
 玄関で座って待っていた私の横でスニーカーに足を通し、不機嫌そうに「行くよ」と呟き玄関の鍵を開ける蛍を見て、ちゃっかりついて来るくせに何を不機嫌になっているんだ、とお姉ちゃんにはさっぱり分からなかった。けれど聞いた所で答えるはずもなく、こんな蛍は慣れっこなのであまり気にすることなく立ち上がり、背中を追いかけることにした。
 いつまでも座っていれば今度は「遅い」と睨まれるのが目に見えている。

「別に着替えなくてもスウェットのままでいいのに、蛍はオシャレさんだねぇ」
「姉ちゃんにも見習って欲しいけどね。そんなペラペラの格好して」

 嫌そうにする蛍に、私は自分の格好を見下ろしてみた。
 深夜25時に自分の家にいるというのにかっちりとした格好をしているわけがない。かと言ってパジャマではないし、ラフだとは言え外に出てもおかしくないようなコットンワンピースを着ている。
 ぴらぴらとなびく膝上のスカートは動きやすくてよく着てるけど、蛍は気に入らないらしい。若い男の子なんて特に、ぴらぴらのスカートが好きなんだと思ってたけど。

「蛍、ワンピース嫌いなの?」
「別に」
「じゃあこのワンピースが嫌いなの?これ変?」
「マキシの持ってんじゃん」
「あれ洗濯中なんだよね」
「あっちの方が豚足隠せると思うよ」

 蛍の好みの問題ではなく、姉である私が足を出していたら不快だと言いたいわけだ。そういうことか、と理解した私は蛍のお尻を目掛けて足を振り上げた。
 しかし予想以上に腰の位置が高く、私の足は蛍の太もも裏にぼすり、と当たった。背が高いだけではなく足までも長いから腹が立つ。悔しさで“次こそはお尻目掛けて!”と勢い良く足を振り上げたものの、私の足は蛍の手であっさりと叩き下ろされてしまった。

「スカート穿いてるくせにいい歳してガキみたいなことするのやめてよ」
「いい歳とか言わないでよ悲しくなるから!」
「言われたくなきゃ年相応の振舞いをすれば」
「蛍がいつまで経ってもお姉ちゃんにお尻叩かれるようなこと言うからでしょ」
「今の蹴りだったけどね」
「あ、叩くならいいの?」

 大人げなく足を上げたのが悪いのであって、手を上げるのならむしろ上げられた蛍の方が叱られている子供のように見える、と思った私はぺしゃりと蛍のお尻を叩いた。
 どうだ、高校生にもなってお姉ちゃんにお尻を叩かれるなんて恥ずかしいだろう。

「そういうことじゃない」

 勝ち誇るように笑って見せれば、蛍はイライラとした声を出しながら私の頭を鷲掴みにして力を入れた。

「い゛たい痛い!女の子には優しくしないとモテないよ!」
「残念ながら優しくなんかしなくてもモテるんだよね」
「ほんっとムカつく!明光帰って来ないかな〜明光のが可愛いのにな〜」
「はあ?」
「い゛っ…ごめんごめん!蛍ちょう可愛いからマジ天使!」
「キモいこと言うの止めてくんない」

 呆れて手を離した蛍を涙目で見上げながら頭をさすり、私は蛍が産まれたばかりの頃を思い出していた。
 今よりも少し強い可愛い癖毛と、つぶらな瞳で私を見上げる、頬をぴんく色に染めた蛍。

「でも赤ちゃんの頃は本当に天使みたいだったんだよ」

 毒を吐くことを覚えるまでは、それはそれは可愛い私の天使だったのだ。







*   *   *







「あれ……ツッキー!」

 コンビニの光に眩しさを感じた頃、嬉しそうな声が聞こえた。この声は、と振り返ればにこにこと笑う忠がいた。Tシャツにスウェットという姿で駆け寄って来る忠を見て、ほら蛍もこれでいいのにと思った。
 忠は私を見てこんばんは、と頭を下げた。

「忠は大きくなっても天使だよね〜。蛍もこんな風におっきくなって欲しかったなぁ」

 先程の蛍との会話を引っ張りながら、私はにこにこと笑う忠に手を伸ばした。
 蛍と幼馴染の忠は、出会った頃から高校生になった今でもずっと「ツッキーツッキー」とにこにこ話かけ、蛍とはえらい違いだった。蛍にだって「兄ちゃん」「姉ちゃん」と私達について歩いた時期もあったというのに、いつの間にかそれもなくなり今となっては向けられる笑顔は嘲笑いくらいだ。弟にそんな笑顔を向けられるとは思いもしなかった。少なくとも、途中までは私の中で天使だったのだから。成長とは本当にこわいものだと思う。
 コンビニまでのたった10分程度の道のりで散々バカにされた私は、癒しを求めるように忠を抱き締めた。
 昔は抱き締め頭を撫でてあげることが出来たと言うのに、蛍だけでなく忠もぐんぐんと成長して、今では抱き締めるというよりも私が抱きついているような体勢にしかならなかった。歳が離れているせいか余計に蛍と忠はいくつになっても私にとっては可愛い弟だというのに、どんどん歳を重ねるごとに私の可愛がりが彼等に通じなくなってきているのが寂しい。
 現に今も、忠は困ったような声を上げて、蛍は私の肩を掴んで忠から引き離そうとしている。昔なら忠も嬉しそうに笑ってくれたのに、やっぱり寂しい。お年頃の男の子というものは本当に難しい。明光にはあんまりそういうことを思わなかったんだけどなぁ。

「身内が通報されるとか迷惑だから止めてよ」
「通報なんてしないよツッキー!」
「そうだよお姉ちゃんは変質者じゃないよツッキー!」
「ふたりともウザイ」

 一言そう言い捨てて、蛍はコンビニの中に入ってしまった。その後ろを忠はお決まりの「ごめんツッキー!」を言いながら追いかけて行く。
 ふたりともどんどん大きくなってどんどん男らしくなってくけれど、この関係だけは変わらず続いていることに私は安心していた。





「忠こんな時間にどーしたの?もしかしてエロ本買いに来た?」
「違うよ!帰って来てすぐ爆睡しちゃって、さっき目が覚めて腹減ったから何か買いに来ただけ!」

 コンビニに入れば蛍はお決まりのスイーツコーナーを眺めていて、忠はカップラーメンの棚にいた。ふたりとも背が大きいからどこにいるのかすぐに見つけられて便利だ。
 忠にちょっかいをかけると、彼は選んでいたカップラーメンをガサガサと揺らしながら抗議した。

「べつにい〜のに〜。買ってあげるよ?」
「いらないって!」
「つまんないな〜。じゃあそのラーメンは買ってあげるね」
「えっ、いいよ大丈夫」
「僕はコレね」

 遠慮する忠を無視して手にしていたカップラーメンを空のカゴに入れれば、遠慮を知らない蛍がケーキと飲み物、そして雑誌を次々とカゴの中に入れた。急に重くなったカゴに蛍を睨めば、私の視線を受け止めることもせずに今度はガムの棚へ行ってしまった。

「忠、飲み物は?ポテトも買おうか?遠慮しないで好きなの買って」
「じゃあ、コーラ」

 遠慮がちに笑う忠の背中を押して、飲料コーナーへと足を向けた。

「忠さぁ、今起きたばっかってことは眠くない?」
「え?うん、眠くないけど」
「じゃあ一緒に映画見ない?新作のアベンニャーズ借りて来て今見ようと思ってたんだよね」
「アベンニャーズ!?俺それ見たかった!」

 コーラを握りしめてきらきらとした瞳を向けて来る忠を見て胸がきゅんとした。
 可愛い、本当に可愛い。蛍のこんな笑顔なんてもう10年近く見ていない気がする。また前みたいにこうして笑顔を向けてくれたら、お姉ちゃんは車だって何だって買ってあげちゃうのに。本当に車を強請られたら聞こえないふりをするけれど、それくらいの気持ちではいる。なのに当の本人と言えば選んだらしいガムを片手に忠に目を細めながらこっちへ歩いて来ていた。

「山口うるさい」
「ごめんツッキー!」
「なに騒いでんの」
「これから忠と一緒に映画見ようって言ってたの」
「今何時だと思ってんの、明日も練習あるのに」
「え〜いいじゃん見ようよ、見終わったらそのままうち泊まればいいし。蛍は見たくないの?アベンニャーズ」
「借りて来てるとか聞いてないんだけど」
「蛍も見たかったでしょ?」
「なに勝手に見ようとしてんの?」
「ちゃんと見終わったら蛍にも貸そうと思ってたってば」

 新作のSFアクション映画『アベンニャース』はCMを見て私も蛍も見たいと以前から思っていたものだった。レンタルショップに足を運んでも空箱ばかりで中々借りることが出来ずに、今日の夜にようやく借りることが出来たのだ。一緒に見ようと蛍に声をかけようとしたものの、まだ22時になったばかりだというのに練習がキツかったのか蛍は既に寝ていた。だからひとりで見ようとしていただけで、蛍に隠していたわけじゃない。それなのに、自分も見たかった映画を誘いもしなかったと思っているらしい蛍は不機嫌オーラが全開だった。

「部屋行ったけど蛍寝てたんだもん。忠もさっきまで爆睡してたって言うし、今日練習キツかったんだね?」
「別に」

 蛍が素直に疲れていたとは言うわけがないことを分かっていた私は、忠の手からコーラを取ってカゴに入れた。

「ほら早く帰って映画見よ。ふたりとも若いんだしちょっとくらい寝るの遅くても明日の練習頑張れるでしょ?」
「つ、ツッキーいいの?」
「明日の練習ヘバっても僕は知らないから」
「うん、ありがとうツッキー!」
「なんでそれで会話成り立つの?」
「山口の方が知能指数高いんじゃない」
「そういう問題?」

 “いいの?”と聞かれたら“いいよ”の三文字で答えれば話は早いというのに、どうして蛍はまどろっこしい返事しか出来ないんだろう。姉の私でさえ蛍の素直じゃない言葉には時々戸惑うというのに、忠はすんなりと、更にはいつだって嬉しそうに返事をするからすごい。忠が蛍のお友達でいてくれて良かった、と思わずにはいられない。
 自分の分の飲み物と、食べたかったプリングルスのサワークリームオニオン、そしてカップラーメンだけじゃ物足りなくなるであろう忠のためにフライドポテトも買って、私達はコンビニを出た。

 お礼を言いながら袋を持ってくれる忠に私もお礼を言って微笑んだ。

「蛍も忠みたいに素直で可愛いければいいのに」
「まだ言ってんのそれ。男が可愛いとかキモいんですけど」
「そういうこと言ってんじゃないの!」
「でもツッキーもちゃんについて来てあげたりして優しいよね!」
「コンビニで物買って欲しかっただけでしょ?」
「違うよ、夜中にちゃんひとりじゃ危ないから───────」
「黙れ山口」

 蛍の一言でぴたっと口を閉じる忠を見て、本当に少しでいいから忠の素直さが蛍に移ればいいのにと思った。これだけ一緒にいるのにどうして感化されないんだろうか。
 一歩先を歩く蛍を呆れて見ていれば、忠が口元を手で隠してこそこそと私の耳に口を寄せた。そして蛍に聞こえないようにと、小さな声で呟いた。

「ほんとにね、ツッキーはちゃんを心配してるんだよ」

 蛍の優しさを分かってもらおうと必死になる忠を見て、私は嬉しい気持ちになった。冷めた態度で毒ばかり吐くから、誤解されることの方がきっと多い。それでも蛍は、本当はとても優しい子なのだ。忠はそれを分かってくれている。
 私は忠の腕を引き、同じように口元を手で隠しながら耳に口を寄せた。けれど忠とは違って蛍にも聞こえるように、はっきりと大きな声を出した。

「知ってるよ、寝癖ついてるくせにわざわざデニムに穿き替えて私のエスコートしてくれてるんだってこと」

 忠は私の声が大きかったことにか、それとも絶対に蛍の機嫌が悪くなるであろうことをわざわざ指摘したことにか、とにかく驚いて私と蛍を交互に見比べていた。
 姉弟の間に遠慮というものはないのよ忠くん。
 でもそれを言ってしまえば蛍の毒舌を容認するようだから敢えて口にはしないけど。
 蛍は後頭部をさっと抑えた後に物凄い眼つきで私を睨み、一歩先を歩いていたくせに早く歩けと私を急かし自分の前を歩かせた。
 家に帰るまでの間、忠は蛍のご機嫌を取るのに必死で、蛍はむっつりと口を閉ざしていて、私はそんな可愛い弟ふたりと一緒にいることを楽しんでいた。







 映画を見終わったのは3時半頃だった。
 それまで数時間寝ていた忠と蛍は最後までしっかりと見ていたけれど、朝から起きていた私は若干の眠気に襲われていた。それでも映画は期待を裏切らない面白さで、蛍も忠も私も楽しむことが出来た。部屋に戻って寝るという蛍に明日の起きる時間を聞けば8時だと言われ、今更ながら案外早い起床時間に心配になっていると、さっきまで寝ていたから大丈夫だと忠が笑った。
 私の部屋を出て行くふたりに練習頑張ってね、という応援の言葉とお姉ちゃんは明日お休みだからくれぐれも騒がしくして起こしたりしないでね、と念を押してから私も寝る準備を始めた。
 少しくらい騒いだらどうだと思うくらい、蛍は大人しいのだけれど。







*   *   *








 そんな私の眠りを妨げたのは、布団越しに腰に走る衝撃だった。
 うなされるように目を開けると部屋のカーテンが開けられていて、眩しい朝陽越しに蛍の意地悪な笑顔が見えた。

「おはようございます、お姉さん」
「……う」
「僕達練習に行ってきま〜す」

 起こすな、なんて余計なことを言わなければ良かった。そのせいで蛍の意地悪心に火を点けてしまったのだ。
 布団の上から私の腰に足を乗せてる蛍を見て、気持ち良い眠りを妨げられた私は声にならない声を上げた。そのまま無視をして寝ようと思ったものの、部屋の外から控えめに「行ってきます」と声をかけてくれている忠にそうもいかなくなってしまった。

「行ってらっしゃ〜い」

 寝起きの擦れた声でそう言えば、蛍は満足そうに笑って部屋を出て行った。
 私はずるずるとベッドから抜け出し部屋のカーテンを閉め、もう一度眠りにつく準備を整えた。ベッドに戻り枕に顔を埋め、瞼を閉じる。
 遠くで玄関が閉まる音がして、私も再び眠りについた。



 うちの弟は、昔ほど回数は減ったものの今でも私にちょっかいをかけてくれる可愛い可愛い弟です。








20140625
2style.net