蛍と夜道と冷蔵庫の中にある答え

月島家兄弟構成
長女:/長男:明光/次男:蛍








 グラスが空になったのを見計らい、友人のひとりが「そろそろ帰ろっか」とお会計の用意を店員さんに伝えた。
 鞄からお財布を取り出しながら携帯で時間を確認していると、ちょうど23時を回ったばかりだった。そして画面には、メッセージを知らせるアイコンが表示されていた。友人に自分の分のお金を渡してから内容を確かめると、30分以上も前に弟である蛍から

“どこにいるの”

という素っ気ない一言が着ていた。店員さんがお釣りを持って来るまでの間に

“友達と飲んでたよ〜。今から帰るとこ。なしたの?”

と返事を打ちながら、帰って来るついでに何か買って来て欲しいのかなぁ、と欠伸を掌で隠しながら思った。メッセージを送信するとすぐに蛍からの返事は着たものの、確認することが出来ずに私は友人達と一緒にお店を出た。



 全員で同じ駅へ向かい、私ひとりが反対方面の電車に乗るため改札を入った所で皆と別れた。
 ホームへ辿り着くと電車はすぐに到着し、空いている車内で椅子に座れば電車の揺れとお酒の効果も手伝って私はそのまま眠ってしまいそうだった。けれど最寄駅まではたったの3駅しかなく、あっという間に着いてしまう。眠気を覚まそうと携帯を取り出した所でメッセージランプに目が行き、そこで私はようやく蛍から連絡が着ていたことを思い出した。そこまでお酒を飲んでいたわけではないものの、適度なアルコール量が逆に眠気を強め頭をぼんやりとさせているようだった。
 蛍からの連絡を読み忘れてしまわなくて良かった、と思いながらメッセージを開く。頼まれたものを駅のコンビニで買い忘れてしまえば、家を通り過ぎた先にしかコンビニはない。忘れてそのまま帰宅すれば蛍に文句を言われるのは確実だったが、かと言って回避するために更に歩いてコンビニに行く気力もなかった。
 電車が停車しドアが開き、新鮮な空気が僅かに車内に入り込んで来た。少しだけ目が覚めるのを感じながら、私は蛍からのメッセージを読んだ。

“何時に駅着くの?”

という相変わらず簡素なメッセージ。てっきり買って来て欲しい物の単語が並べられていると思っていたのに、蛍のメッセージは質問だけで要点が得られない。私は欠伸を噛みしめながら

“次の次でつくよ。何か買って来て欲しいの?”

と蛍を促すような返事をした。

 早くしないと駅に着いちゃうんだけどなぁ。
 重たくなってきた瞼を持ち上げながら携帯の画面を見つめてみても、蛍からの返事は先程とは違ってすぐに来なかった。





 そうしている間に電車は降りる駅へと辿り着き、私は改札を抜けた。早く帰って寝たいのに、と僅かに不満を抱きながら未だに返事をくれない蛍に電話をかけてみることにした。
 けれど呼び出し音は鳴るものの一向に蛍が電話に出る気配はなく、遂には留守番電話サービスへと繋がってしまった。一度電話を切り、次に出なかったら何も買わずに帰っちゃうからね、と思いながら再び通話ボタンを押した。
 すると耳に当てる前に、電話をかけている相手である蛍の声が聞こえた。

「姉ちゃん」
「蛍」

 携帯の画面に意識を集中していたせいか、それともアルコールにより脳が鈍くなっているせいか、私は身長188cmもある弟が近くにいたことに気付かず、声をかけられて驚いて顔を上げた。そして弟の蛍であることを確認してから、てっきり家にいるものだと思い更に驚いていた。
 蛍の息が、僅かに荒いのは怒りのせい?

「返事すんの遅いんだけど」
「え?それは蛍でしょ。今も電話かけてたのに」
「酒くさい」
「ひどっ。も〜お姉ちゃん眠いんだから帰りますよ」

 返事が遅い、という蛍の言葉に私は目を細める。
 何を買って来て欲しいかすぐに言わなかったのは蛍の方なのに。
 そもそも駅まで来なくとも家で電話を受けていれば欲しい物は買って来て貰えたはずだ。それなのに何故わざわざ駅まで来たのかと不思議に思いながら、暴言を吐く蛍に私は拗ねながら歩き出した。
 しかしすぐに腕を引かれ、予想外の動きにヒールをもつれさせ体が後ろに傾いた。踏ん張らなきゃ、と体に力を入れながらも、すぐに支えられた背中に私はほっとして足に力を入れるのを止めた。

「ちょっと、そんなに飲んで来たの?」

 私の体を受け止めながら怪訝そうに見おろす蛍を見上げながら、心の中で溜息を吐いた。

「蛍が今引っ張ったからでしょ」
「そんなに強く引いてないよ」
「も〜、足もむくんでるしヒールで疲れたし、踏ん張れないの」
「重たい」
「うるさい。なんで引っ張ったの」
「コンビニで水買って酔い醒ましななよ」

 人を引っ張っておいて文句をつけるなんてどういうことだ、と思いながらわざと体重をかければ、蛍は文句を言いながら私の体を押し戻した。酔いを醒ませ、と言いながらコンビニへと向かう蛍の後ろ姿を見ながら、結局何か買って欲しいんじゃん、と素直じゃない弟の背中を気怠い足を動かして追いかけた。
 駅から家までは歩いて15分程度ですぐ着くんだから、水なんて家に帰ってからでもいいのに、と思いながら。


 遅れてコンビニへと入れば、既に蛍は飲料コーナーの扉を開けていてペットボトルを2本手にしていた。そのまま自分の所に来るのかと思えば、商品棚からひとつ飛び抜けた頭はすたすたとスイーツコーナーへと向かい、私はやっぱりなぁと思った。
 お財布である私はレジ横で大人しく待っていよう、と鞄からお財布を取り出していると、買う物が決まったらしい蛍はレジへ商品を置き、ちらりと私を見た。私はレジへと近付き、蛍が購入したミネラルウォーターとピーチソーダ、そしてショートケーキの3点の合計金額を支払った。
 これくらいのおつかい、蛍が直接来なくても間違わずに買えるのになぁ。自分で見て決めたかったのかな。
 店員さんから袋を受け取った蛍は、再び私を置いてさっさとお店の外へと出て行ってしまった。





 コンビニの袋からミネラルウォーターを取り出し、飲めと言わんばかりに差し出す蛍から渋々受け取り蓋を開け口をつける。冷たい水は確かに眠気を覚ますものの、酔いを醒まそうと思うほど酔っているわけじゃない。味気ないペットボトルの蓋を締め、横で可愛らしいパッケージをしたピーチソーダを飲む蛍に私は手を伸ばした。

「それひとくちちょうだい」
「嫌だね、酒くさいのが移る」
「ひどいなあ、私そんなに飲んでないよ!」
「くさいです〜」
「そうだよね〜、蛍くんまだお酒も飲めないガキんちょだもんね〜」

 煽るようなことを言えば、蛍は機嫌の悪そうな瞳を向けた。こんな所はいつも素直に反応してくれるんだよね、と思いながら隙をつき、私は蛍の手からピーチソーダを奪った。
 可愛げのないことばかりを言う蛍は、そんな毒舌に反して食べ物の好みばかりがやけに可愛らしい。甘い物が好きで、一番の好物はショートケーキだなんて今時女の子でも言わないんじゃないかと思ってしまう。

「ん、これ美味しー。新発売?」
「ひとくち以上飲まないでよ」
「ケチだなあ」
「酔っ払いは水を飲んでて下さい」
「酔っ払いじゃありません」

 ひとくち、ふたくちと飲み更に飲もうとした所であっさりとペットボトルを奪われてしまった。酒くさいだとか言いつつも奪い返したピーチソーダを見せつけるように飲む蛍の脇腹を突けば、ピタリと飲むのを止め横目で睨まれた。そのまま零せばからかえたのに、と大人げないことを思いながら脇腹を突いた手でそのまま撫でてやると、蛍は心底不快そうな顔をして避けた。

「ちょっと、なにしてんの」
「蛍はほっそいよねえ」
「誰かさんよりはね」
「誰のこと言ってんのかな?」
「さぁ?」

 弟に対して変態的な気持ちが目覚めたわけでは決してない。
 ただ、甘い物を好む割に部活での運動量が多すぎるのか蛍は上へ上へと成長するばかりで細く、こんな体でボールをブロック出来るのかと姉としてちょっと不安に思うのだ。細いと言えど蛍も男であり、私よりも骨は太く筋肉も多い。折れてしまうのではないか、とまでは思わないにしても、もうひとりの弟であり蛍の兄である明光はもう少しがっちりとした体形をしていたんだけどなぁ、と明光が高校生の時の体型を思い出していた。

「ケーキ、帰ったら食べるの?」
「はぁ?こんな時間に食べるわけないでショ」
「……私ひとくち食べたかったのに」
「月島家は人間しか住めませんけど」
「それどーいう意味」
「豚はお断り」
「蛍くんにはお姉ちゃんが人間に見えないのかな〜?」

 蛍は兄である明光には割と素直な反応を返すくせに、どうにも姉である私への対応は冷たい。それでも子供の頃はおねーちゃんおねーちゃんと言って懐いてくれていたのを思えば、これも男の子特有の思春期であり成長と受け止めれば良いのかと、子供の頃とのギャップに私はたまにもどかしくなってしまう。私からすれば、歳の離れた蛍は歳の近い明光とも違い、まるで自分の子供のように大事に思っているのだ。
 それとも、こうして隣を並んで歩いてくれるだけでも良い方なのかな……なんて、あまるで思春期の女の子の父親みたいなことを思った。

 ペットボトルをゆらゆらと揺らしながら蛍から半歩遅れて歩いていれば、蛍は私をちらりと見た後にペットボトルを取り上げコンビニの袋の中へと戻した。
 素直じゃないけど、こういう優しいところは変わっていないことが嬉しくて、お姉ちゃんの口元はもにょもにょとしてしまう。
 誤魔化すように、少し大きめに口を開けた。

「も〜眠た〜い足痛〜い」
「夜中に大声出さないでよ」
「まだ23時半じゃん。お子ちゃまはオネムな時間でちゅもんね〜?」
「言ってること支離滅裂なんだけど」
「蛍くんは冷めてるよね〜。そこはノッてくれないとさあ、明光ならバブーくらい言うよ」
「兄ちゃんに変なこと言わせないでよね」
「でたブラコン!なんでシスコンにはなってくれないの?」
「どっちでもないから」
「はいはい、私は蛍くんにとってただのお財布だもんね〜。じゃあさ、千円あげるからお姉ちゃんのことおんぶしてよ」
「僕、非力なので自分より重い物は持てません」
「蛍より重いわけないでしょ!」
「もう着くんだからさっさと歩きなよ」
「さっさと歩けないから言ってんのに〜。もうヒールだるい〜」
「そんなの履かなきゃいいじゃん。新しいシューズ買う予定だから今履いてるのあげようか」

 意地悪に笑って眼鏡のフレームを押し上げながらそう言う蛍に、私は抗議するように立ち止って胸を張った。

「ちょっと、お姉ちゃんのこの格好見なさいよ。こんなに大人っぽくて可愛い格好にバレーボールシューズ合わせろっていうの?イケメンが私のこと“おっ、いいな”とか思っても足元見て逃げてったら困るでしょ」
「それでいいんじゃない」

 足を止めた蛍は、私の発言を聞いて呆れたような顔をしてさっさと歩き出してしまった。

「良くないっつーの。お姉ちゃんそろそろお年頃なんだからさぁ」
「一生家にいる姿が想像出来るけどね」
「やめてよこわい!明光も蛍もいない家で私ひとりとか寂しすぎるじゃん!」

 毒ばかり吐く弟を追いかけて背中にパンチをひとつお見舞いすれば、どういう意味なんだか蛍は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。





 家に着いてようやく窮屈なヒールから解放され、平面である床にぺたりと足をつけて癒されていると、蛍は私にコンビニの袋を押しつけて階段を上って行ってしまった。

「おやすみ」
「あれ、もう寝るの?」
「明日も朝練で早いし」
「そっか、頑張ってね。おやすみ〜」

 やっぱりケーキは食べないのか、とひとくちだけ分けてもらおうと思ったことが実行出来なかったことに肩を落としながら、私はケーキと飲みかけのミネラルウォーターを冷蔵庫の中に入れた。蛍が飲んでいたピーチソーダは数口しか残っていなかったから、私が飲んじゃおうとテーブルの上に出しておいた。

「あれ」

 冷蔵庫を閉めようとして、可愛らしいパッケージが私の目を引いた。そこには、私が冷蔵庫には入れずテーブルに置いたはずのピーチソーダがあったのだ。テーブルにあるものと冷蔵庫にあるものを見比べれば、やはりどちらも同じものだった。新発売らしいからてっきりこれを選びたくてわざわざ駅まで来たんだと思ってたのに、どうして冷蔵庫の中にもあるんだろう。

「あら?蛍は一緒じゃなかったの?」

 冷蔵庫を開けたまま蛍がわざわざ駅まで来た理由を考えていると、母親が「おかえり」と言いながら顔を出した。考え事をしていたせいで返事が遅れていると、母親が言葉を続けた。

「さっき姉ちゃん迎えに行くって出て行ったんだけど、すれ違っちゃった?」

 その一言で合点がいった。
 蛍がわざわざコンビニまで来たのは飲み物を選びたかったからでも、ケーキを選びたかったからでも、ピーチソーダをストックしておきたかったからでもない。このピーチソーダがお気に入りらしいことは確かだけど、蛍はわざわざ私を迎えに来るために駅まで来てくれたのだ。
 普段は素っ気ないくせに、夜道を心配してくれたのかな。まだ0時も回っていないし、もっと遅く帰る時だってあるのに。
 今までにも何度か駅から一緒に帰って来たことを思い出しながら、どうやら私はただのお財布ではなく、ボディーガード料を支払っていたことに気が付いた。

「なあに、笑って」
「ふふふ、蛍ってシスコンだよねぇ」

 私は冷蔵庫に入れたショートケーキを取り出し、ひとくちだけ食べてから元に戻した。
 これで可愛い弟は、明日また私に毒を吐くだろう。それを楽しみにして。








20140614
2style.net