彷徨う方程式






「飛雄と会ったんでしょ」
「え?」
「どういうこと」

 徹の部活がない月曜日の学校帰り、カフェで飲み物とケーキを注文した所で突然切りだされた言葉と切り替わった徹の低いテンションに、私は目を丸くした。
 どういうこと、それは私がそのままお返ししたい。

「なんで俺に隠してたの」
「隠してたっていうか……誰に聞いたの?」
「俺が先に質問したんだから、ちゃんと答えて」
「会った、けど」

 本当に、どうして徹は不機嫌で、誰からその話しを聞いたというのだろう。
 私は答えたんだから次は徹の番だ、と思いもう一度口を開きかければ、読まれていたかのように遮られてしまった。

「もうひとつの方に答えてないよ」
「怒ってるの?」
、俺の質問に答えるのが先でしょ?」
「隠してたわけじゃないよ」
「ふうん」
「ほら、次答えるのは徹の番でしょ」
「飛雄に聞いた、怒ってない」
「怒ってるでしょ、飛雄ちゃんとは何もないよ」
「当たり前だろ」

 心底嫌そうな顔をして、徹は私から顔を背けた。
 何でこんなに不機嫌なんだろう。飛雄ちゃんは一体、徹に何を言ったんだ。






 確かに私は一昨日の夕方、練習終わりの飛雄ちゃんとバッタリ会った。
 久々に会った彼は相変わらずバレーを頑張っているようで、そして仲間と楽しくやっているようでほっとしていた。そんな飛雄ちゃんから、話があると持ちかけられて近くにあったファストフード店へと足を運んだのだ。徹が中学の頃から飛雄ちゃんに意地悪をしていたのは知っていたから、何度か私も彼に話しかけたことはあったけれど、まさか飛雄ちゃんの方から話があると持ちかけられるとは思いもしなかった私は驚くのと同時に嬉しくも思った。飛雄ちゃんはバレーを教えて下さいと徹の後をいつもひっついていたけれど、彼が見ているのはいつだって徹のこと、徹のバレーのことであって、彼の意識の中に私が残っているとは思いもしなかったのだ。
 けれどその時に飛雄ちゃんの口から飛び出した言葉の意図は、私には掴みきれないものだった。
「バレーのことばかりの及川さんと付き合っていて、不満とかないんですか」
「んん?」
 ストローを咥え吸いかけていたジュースが、私の口の中に入ることなくカップの中へと戻っていく。
 飛雄ちゃんのことだから、単刀直入に話したいことだけを話すものだと思っていた。しかし零れた第一声は雑談と言うべきか、私の近況を聞いているのだろうか?他の人から零れた会話であれば何気なく答えていたものの、彼の口から漏れたのだと思うと何だか違和感がある。
「不満はない、けど」
「本当ですか?これっぽっちも?」
「え、なに?徹に何か言われたの?」
「及川さんとはしばらく会ってないですけど」
 首を傾げて不思議そうにする飛雄ちゃんに、釣られて私も首を傾げてしまった。彼は、こんなことを質問するようなタイプだっただろうか。
さんはなんで及川さんに不満を抱かないんですか」
「なんでって……」
 一体どういう意味なんだろう。徹に対して不満を抱いて欲しいのか、それとも不満を抱くべき何かがあると言いたいのか。だとしたら、飛雄ちゃんは私の知らない徹の何かを知っているってこと?
「まさか徹、烏野の子と浮気してんの?」
「知りません」
 平然と首を横に振る飛雄ちゃんに、私は頭を抱えたくなった。彼は一体私に何の話をしたいんだろう。じっと見つめてみても、真っ直ぐな黒い瞳からは何も掴めない。飛雄ちゃんのせいで私はまだ一口もジュースに口をつけられないでいるというのに、彼は自分のコーラをごくごくと飲み干し、ポテトにまで手を伸ばしている。
「及川さんはさんに何をしてくれるんですか」
 さっきからこればかりだ。徹に不満はないのか、何で不満を抱かないのか、それは何をしてくれるからなのか。
 とりあえず答えないことには先に進めないような気がして、私は飛雄ちゃんの質問に恥ずかしながらも答えてみることにした。まさか彼とこんな話をすることになろうとは。
「バレーばっかだけど、私のこと好きでいてくれるのが分かるから、その……特に不満とかはない、かな」
「好きだと思われていればそれでいいんですか?」
「それでいいというか……そういう気持ちがあると、思いやりとか、色々と」
 何を思って質問しているのか分からないけれど、真剣に問い詰めて来る飛雄ちゃんに私は惚気のようなことしか返せていないんじゃないかと、言葉を選んでみても自分の返答に恥ずかしくなってしまった。でもそれしか言いようがないのだ。確かに友達の彼氏と比べれば確実に遊べる時間も連絡の回数も少ない。だけどその分、空いている時間に徹は私を求めてくれるし、寂しいと感じても徹のことが好きだと思えば我慢も出来る。何かをしてくれるから不満がないとか、何かをしてくれないから不満だとか、そういう話ではない。
「えーと、飛雄ちゃんはさ、私に何を聞きたいのかな?」
「及川さんに不満がないかどうかです」
「何でそんなこと聞きたいの?」
「どうやったらさんを不満にさせないのかが知りたいからです」
「それ知ってどうするの?」
 私の質問ひとつひとつに飛雄ちゃんは確かに丁寧に返事をしてくれているのに、この噛み合っていない感じと意図が読めないのは何故だろう。飛雄ちゃんが私を不満にさせない方法を知って、一体どうしたいの?
「参考にします」
「参考に?」
「はい」
 私を不満にさせない方法を知って、参考にするということは私を不満にさせないようにしたいという解釈で良いのだろうか。それって私のことが好きってこと?飛雄ちゃんが?いやいやそんなはずがない。
 けど、この話の流れならそう解釈してもおかしくはないよね?
「と、飛雄ちゃんさ、私のこと……好き?」
「はい」
「っう」
 ひとつも動揺せず真っ直ぐな瞳のままで言い切る飛雄ちゃんに、私は恥ずかしくなりつつも喜びで息が詰まった。
 この平然とした反応は、私の想像していた"好き”ではない。飛雄ちゃんは私のことを恋愛感情として好いているわけではないのだ。まさかと思いながら導き出した勘違いに自分を恥じつつも、即答してくれるほどには先輩として好意を寄せられていることが嬉しかった。徹が同じ質問をすれば、きっと飛雄ちゃんは嫌そうな顔をしてソッポを向いて「セッターとしては」だなんて返事をされるのだ、きっと。そう考えると私の勝ちだ。
 私のことを恋愛感情として好きなわけではない。けれど飛雄ちゃんがしてきた質問の流れからして、私の導きだした答えはあながち間違っていないはずだ。恐らく飛雄ちゃんが不満を抱かせたくないのは私ではなく───────
「分かった」
「?」
「バレーばかりでも徹に不満を抱かない理由を教えてあげよう」
 つまりこの不器用な彼は、恋をしているのだ!彼女が既にいるのか、彼女にしたい子がいるのかは分からないけれど、バレーに夢中になってしまう自分が彼女に不満を抱かせないためにはどうすればいいか私の話を聞いて参考にしたいと、そういうことなのだろう。
 前々から感じていたけれど、不器用な上にド直球すぎるせいで話が読めないし伝わってこない。そこが可愛いのだけれど、付き合う女の子は慣れるまでに少し大変なんじゃないかと思った。
 好きな子のために、とはっきりと口にしなかったのは恥ずかしいからなのだろうと察した私はそれ以上飛雄ちゃんに理由を追求せず、徹がしてくれることをアドバイスを交えて飛雄ちゃんに伝えた。







 飛雄ちゃんからの恋愛相談だったから、私は敢えて会ったことを徹に伝えなかったのだ。言えば徹は当然からかうだろうと思ったから。それなのに飛雄ちゃんは、自分から徹に言っちゃったのかな?それでもあの相談の内容に、私のアドバイスに、徹が怒る部分はなかったはずだ。私は何かいけないことを言ってしまったのだろうか。

「飛雄ちゃん何か言ってた?」
「お前にお世話になった、って。なに飛雄にアドバイスなんかしてんの」

 その言葉を聞いて私は驚いてしまった。まさかとは思ったものの、恋愛相談をしたことを飛雄ちゃんから徹に打ち明けるとは思いもしなかった。私には伏せて質問をしてきていたし、徹の方がよっぽどからかいそうだから私は隠していたのに、男同士の方が恥ずかしくないということでもあるのだろうか。
 でも、バレているなら話が早い。変に隠すことなく徹に話すことが出来る。

「だって、バレーばっかりだった飛雄ちゃんに好きな子が出来たみたいだから……応援してあげたいじゃん」
「はぁ?飛雄に好きな子?なにそれ」

 毒気が抜けたように目を丸くして驚く徹に、私はしまったと思った。飛雄ちゃんは、相談の理由までは話していなかったんだ。慌てて口を閉じる私に徹はにっこりと笑い、頬杖をついて目を細めた。

「全部話しなよ」
「と、飛雄ちゃんはなんて言っ─────」
「いいから早く」

 有無を言わさぬ威圧感に、私は仕方なく飛雄ちゃんとの会話を全て話すしかなかった。徹はとてもとても優しいけれど、時にとてもとてもこわい。運ばれてきたケーキに手をつけるのも話が終わるまでお預けだと言われ、早くケーキを食べたい私はついつい早口になってしまっていた。
 そして一昨日の一部始終を聞き終えた徹は肩を震わせてお腹を抱えていた。

「ほんっとアイツはバカだね!」
「え、なに、なんで?かわいい恋バナだよ」
「それ恋愛相談じゃなくて単にバレーの参考にしたかっただけだから」
「えっ、バレー!?だって私、バレーに関係なくない!?」
「だから飛雄はバカだって言ってんの」
「恋愛相談だと思って張り切って答えたのに……なんで私に聞いてきたんだろ」
「セッターとしての要求の答え方を知りたかったんじゃない」
「私、徹とバレーやってないんだけど」
「俺に一番近いから何か参考になると思ったって言ってたけどね」

 "徹に一番近い”
 飛雄ちゃんにそんな風に思われていたことに恥ずかしさと嬉しさを感じつつ、それでもやっぱり私はバレーに関係ないんじゃないか、と思った。けれどバレーはボールを回すだけではなく、それを受ける相手の想いも知ることが必要になる。ボールに触れるのは機械ではなく心のある人間だからだ。技術だけでは繋げないのがスポーツなのだ。そう考えると、飛雄ちゃんが徹のセッターとしてのスタンスを学ぶために私生活を知ろうとしたのは間違いではないのかもしれない。バレーをしている時間に比べて明らかに少ない時間しか私は徹と過ごすことが出来ない。それでも不満を抱かせないのは、徹の私に対する思いやりや愛情がある証拠だ。形は違えど、チームプレーにもそういった信頼関係がきっと必要になる。スポーツは技術だけじゃなくてメンタルやチームワークもとても大事なんだってこと、徹を通してバレーを見ていたらよくわかる。
 でもそれならやっぱり、あの質問の仕方はどこかおかしいと思う。

「喜んでるみたいだけど、俺は怒ってるんだよ」
「さっき怒ってないって言わなかった?」
「恋バナをする飛雄を俺がからかうと思って、飛雄なんかを庇うために黙ってたこともムカつくけど、それはまぁいいよ」

 私の質問をスルーした徹は、お預けだと言って自分の前に引き寄せていた私のケーキにフォークを刺した。私に見せつけるように口の中に入れ、その甘さを堪能してから再び口を開く。

「あいつ、俺になんて言ったと思う?」
「及川さんすごいですね、とか」
「そうだね、が盛大に惚気てくれたみたいだから」

 分かるわけがない、と思いつつ適当に返せば、不満気な表情を崩さずに徹が返事をした。どうやら私の回答は間違っているらしい。
 惚気た、という単語に気まずい思いをしていると、徹はフォークの先を私に向けた。

「すごいって言ったのはお前のことだよ」
「わたし?」
さんは色々と我慢しててすごいっすね、だって」

 我慢、という言葉を紡ぐと同時に目を細める徹に、私の背筋が少し冷たくなった。

「そんな、我慢してるなんて話してないよ?」
「分かってる。それでもバカな飛雄が聞いてもお前の我慢を見抜けたってことだよ」
「……それは」
「飛雄にそんなこと気付かされるなんて腹が立つね」
「わ、たし本当に我慢なんてしてないよ」
「そう?俺ともっとデートしたいとかは思わない?」

 思わないわけがない。もっと一緒に色んな所に行ったり、ずうっとお喋りしてたり、したいに決まっている。だけど徹が目指しているものを前にしたら、私のそんな欲求なんて口に出来るはずもないし、したいとも思えない。徹の熱意を、私は純粋に応援していたいと思うのだから。
 だからこの気持ちは我慢とは言わない。
 どうして飛雄ちゃんは徹にそんなことを言ってしまったんだろう。そんな所、感心してくれなくていいのに。私は徹がちゃんとかまってくれてるから寂しくないよって、それを飛雄ちゃんに伝えたはずなのに。

「ほら我慢してる。どうしてそれくらいのこと俺に言ってくれないの」
「だって……徹がバレーに一生懸命なの知ってるし、空いてる時間は私にかまってくれてるし、不満はない、し」
「ふうん?本当に?じゃあ例えば俺がバレーをしていなくて、毎日一緒に帰って土日や夏休みに一日中一緒に遊べる日があったとしても別にたいして嬉しくはないってこと?」
「それとこれとは話が違うよ!」

 そんなの嬉しいに決まってる。一緒に帰れる日が増えることも、土日にどこか遠出のデートの計画を立てることも、学校のない夏休みに会えない日ばかりが続かないことも、お祭りや海に、たくさんの思い出を作れることも。全部全部嬉しいに決まってる。でも、そうじゃないからって不満があるわけでも、我慢をしているわけでもないんだよ。
 だって徹は、自分の中にある限りある時間を私に注いでくれているでしょう?私はそれだけで十分に満たされている。飛雄ちゃんに言ったことは全部私の本音なのだ。
 それなのに、どうして徹は怒るんだろう。

「違わないね。で、それは嬉しくないってこと?」
「嬉しいよ!でも、」
「そう。ならよろしい」

 嬉しい、と言った私に徹は嬉しそうに笑って、ふたくちめのチーズケーキを口に入れた。それは私が食べたくて注文したケーキなのに、どんどんと徹に食べられてしまう。取り返したいのに、この会話の出口が見当たらない。徹の機嫌は低い位置のまま静かに揺らめいていて、やっぱり私にはその理由が分からないままだ。
 でも今は嬉しそうに笑っているから、もうこれで終わりでいいのかな?ケーキのお皿、取り戻してもいいのかな?
 恐る恐る、ケーキに手を伸ばしてみればその手をぴしゃりと叩かれてしまった。徹を見れば、嬉しそうにしていた顔は消えて、また不機嫌そうな顔をしていた。

「それで?俺に言うことは?」
「ケ、ケーキ食べたい」
「違う」
「……言ってどうするの?無理なのが分かってるのにデートしたいって言う私も、言われた徹も、それを断る徹も、断られる私も、どっちにも嫌な気分しか残らないよ」
「そんなんじゃお前も飛雄も、俺の本当のすごさには気付けないままだね」
「つ、つっこむべきところ?」
「俺のすごさを考えるところだよ!」

 少し恥ずかしそうにして、徹は大きめに切り分けた三口めのチーズケーキを口の中に放り込んだ。恥ずかしくなるくらいならあんな言い方をしなきゃいいのに。こういうセリフは、しっかりとツッコミを入れてくれる岩ちゃんがいる時にしてほしい。
 どんどん減っていくチーズケーキを悲しく思いながら、私は徹が自信満々に言いのけた言葉の意味を探した。
 私も飛雄ちゃんも気付けていない、徹の本当のすごさ。それを知りたくて飛雄ちゃんは私の所に来たはずなのに、私がそれに気付けていないんだったら無駄足を踏ませてしまったことになる。そもそも、私はバレーに詳しくないのに。飛雄ちゃんが気付かなかったことを、私が気付けることなの?

「むずかしい」
「だろーね」
「分かってるんなら答え教えてよ」
「そんなんだから飛雄からあんなムカつくこと言われるんだよバーカ」
「ムカつくこと言われたのは私じゃなくて徹じゃん!」
「そうだよ」

 徹の瞳の温度が、また下がったような気がした。
 ふざけていた空気が消えて、それまで気にならなかった店内の喧騒がやたら耳につく。黙ってしまった徹に、私は次になんて言葉をかければいいのかが分からなかった。そもそも、どうして飛雄ちゃんが私が我慢しているだなんて言ったのか、それで徹がどうしてこんなにムカついてるのか、私には未だに何も分からないままだった。

、俺がなんでこんな話をしだしたのかも分からないんだろ」
「……うん」
「そういうことだよ」
「……どういうこと?」
「当たり前に思えるようなことでも、言わなきゃわかんないっていうこと。俺はがもっと遊びたいと思ってんなら、それを言ってもらえないのはサミシイって思ってるんだけど、分かってた?」
「……わかってない」
「それに嫌な気分しか残らないと思われてることもムカつくね」
「だってそうじゃん、毎日毎日遊びたいなんて言われてもウザいだ……け」

 そう言いかけている途中からどんどんと徹の顔がにやけていく意味が、言い終わってからようやく気付いた。

「ふうううん?毎日?そっかそっかは毎日俺と会いたいんだぁ?」

 そっかそっか、と嬉しそうに何度も頷きながらにやにやする徹の脛をつま先で蹴とばせば、徹は小さな呻き声を漏らして俯いた。その隙にチーズケーキに手を伸ばし口入れれば、徹は俯いたままふふふと笑い声を漏らした。蹴ったのは頭じゃなくて脛のはずなのに、頭がおかしくなってしまったようだった。

「ふふふ、さすがに毎日だとは思ってなかったなぁ」
「言葉のあやです」
「そうは聞こえなかったけど」

 痛みを堪えながらもふふふ、と笑い続ける徹はキモチワルイ。チーズケーキを食べていることを咎められないことにほっとしながら、私は二口目のチーズケーキを口の中に迎え入れた。
 うっかり恥ずかしいことを言ってしまったけれど、それのおかげでお預けにされていたチーズケーキが戻って来て、徹の機嫌も元に戻ったのなら安いものだ。半分ほど減ってしまったチーズケーキを悲しく思いながら、クッキーを追加で頼もうかとメニューに手を伸ばせば、徹の大きくてごつごつとした手が私の手を包んだ。またお預けさせられるのかと怯えながら徹の顔を見れば、彼はわざとらしく微笑んでいた。
 徹が笑ったことでこの話の不穏な流れもこれで終わりだと思ったのに、どうやら終わりではないようだった。確かに私はまだ、徹が何を思っているのか分かり切っていないままだ。

「俺はさ、どんな選手の能力も最大限に引き出せるすんばらしいセッターなのね?」
「は、い」
「飛雄がお前にあれこれ聞きに来ちゃうほど、それはそれはすんばらしいセッターなわけよ」
「……はい」

 自分で自分のことをこれでもかと褒める徹を否定することも出来ずに私は頷いた。

「どんな努力も惜しまない。惜しみたくない」

 微笑んでいた瞳の温度が、また少しずつ下がっていく。
 ようやく、分かるような気がした。徹が私に伝えたかったこと。
 徹の手が、私の手を強く握った。

「だから、お前の言葉も全部ちゃんと俺に聞かせてよ」

 そう言った徹の瞳が、さっきまでは不機嫌そうに見えていたのに、今なら寂しそうな瞳だったんだということがようやく分かる。
 徹は怒っていたんじゃない。さっき言っていたように、きっと飛雄ちゃんからの言葉を聞いてサミシイと思ってしまったんだ。こんな風に分かりにくい話の導き方をしないでも、最初からそう言えば良かったのに。そう考えてから、最後の最後にようやくあぁそうか、と思った。こういうことなのだ。簡単に思えるような、些細なことでも、こうして言わなければ伝わらない。そして簡単に思えるような、些細なことの方がよっぽど、本当は心の奥底でひっかかりになってしまう大事なコトなのだ。
 まるで簡単に零れ落ちた徹のサミシイという言葉は、本当はとてもとても大事な、徹の心の奥底にある寂しい気持ちに繋がっている。そして私の我慢だと認識していない日常の出来事は、心の奥底にある寂しさを積もらせていく。
 だけどね、徹。やっぱり私は我慢もしていないし、不満も、そして不安もないよ。

「徹は、すんばらしいセッターだね」
「なに、急に」
「私は我慢もしてないし、不満もないよ」
「あのねえ、だから俺は」
「明日もこうしてデートしたい」
「……明日は練習だから無理だよ」
「明後日もこうしてデートしたい」
「明後日も練習」
「明々後日は岩ちゃんとデートしたい」
「なんで岩ちゃん!?」
「その次の日は国見ちゃんとデートしたい」
「ねえそれ何!?浮気の我慢してたの!?」
「徹がチーズケーキ食べちゃったせいでチョコレートケーキも注文したい」
「いいよ、しなよ」
「国見ちゃんとのデートは?」
「ダメに決まってるだろ!」

 この子一体なんの我慢してたの!?と、ブツブツ文句を言いながらも店員さんにチョコレートケーキの追加注文をして、徹は私をじとりと睨んだ。
 徹は、どこか自分を冷静に見すぎている気がする。もっと自意識過剰に、己惚れて浮かれてもいいくらいだと思う。徹がすんばらしいおかげで、私はやっぱり我慢をしていないし、不満だってないのだから。私がそう感じる前に、きっとそれは全て徹が取り除いてくれている。そのことに、今私は改めて気づかされている。
 だから今は、私に我慢をさせてしまっていたと徹が悔しく思う所ではなくて、徹に寂しい想いをさせてしまったことに私が反省をする場面なのだ、きっと。だけど申し訳ないことに、私は徹のように上手くやることも上手い言葉も出てこない。
 でも、徹ならちゃんと受け取ってくれる自信が私にはある。

「とおる」

 私は口を囲うように両手を添えて、二文字の言葉を声に出さずに徹に投げた。それを受け取った徹のふにゃふにゃとした笑顔を見れば、私の想いが届いたかどうかは一目瞭然だった。








拝啓、飛雄ちゃん。
私には、徹がすんごいセッターである秘訣も、そして恋愛のあれこれも、飛雄ちゃんにアドバイス出来るほどやっぱりよく分かりません。だけど、飛雄ちゃんにひとつアドバイス出来ることは、「すき」という気持ちを持っていれば、それは必ず伝わるということ。繋がるということ。それは確かなのだと思います。
そしてひとつ、絶対に言い切れることは、徹が世界一のすんばらしいセッターなんだと言うことです!









20171009
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