隠されたハートの言葉







!」

 玄関で靴を履き替え廊下に一歩足を踏み入れた所で、まるで狙っていたかのようなタイミングで自分の名前が呼ばれた。
 振り返れば朝練終わりの徹が嬉しそうに私に手を振っていて、横にはいつものように岩ちゃんが並んでいた。そしていつものように、何か嫌そうな顔をしている。徹は日に何度も岩ちゃんにこの顔をさせているし、岩ちゃんは徹にこんな顔を向けることばかりだというのに、それでもこの二人は必ず隣に並んでいるのだから凄いと思う。
 私は徹に手を振り返し、近付いてくる二人を待った。


 近付くにつれて二人は自分達の間に自然と空間を空けるから、いつも私は二人の間に体を滑り込ませる。バレーをしている時に"阿吽の呼吸”だと言われている彼等だけれど、それは日常生活でも言えることなんじゃないかと思う。
 そして私は、いつも二人が私のために自然と真ん中を空けてくれることが嬉しかった。

「おはよう。岩ちゃん、また徹が何かしたの?」
「彼氏より先に岩ちゃんに声かけた!?」
「徹くんオハヨウ」
「おはよう!俺ね〜きょう──────」
「徹また何やったの?」

 話続けていた徹に気付かず岩ちゃんに声をかければ意図せず遮るような形になってしまい、徹は拗ねた子供のように私の腕を揺すった。けれどそんな徹に慣れている岩ちゃんは気にする様子もなく返事をしてくれるものだから、私もついつい岩ちゃんの方に顔を向けてしまう。
 そんな私達に、徹はそれこそいつものように頭上でやいやいと騒いでいた。

「こいつ着替え終わっても部室で座ったままのくせによ」
「ちょっと岩ちゃん、今俺がと話してたのに!」
「突然"来る!”とか言って立ち上がって部室出て行くから何が来るのかと思えばお前を見つけて」
「ね〜ってば、俺の方が楽しい話あるよ、の喜ぶことあるよ!」
「"が登校してきた気配を感じたんだよね!”とか嬉しそうに言っててマジきめぇと思ったわけ」
「すごいねそれ」
「でしょ!?俺ってばの気配も察知出来ちゃうんだよ」

 ぐいぐいと腕を引く徹の話を聞き流しながら岩ちゃんの言葉に耳を傾けていれば、岩ちゃんは苦々しい顔をして私にその顔の理由を話してくれた。そして最終的には噛み合っていなかった岩ちゃんと徹の会話もひとつにおさまってしまうのだから二人のテンポは本当に凄い、と私は二度目の感心の言葉を心の中で呟いた。

「たまたまでしょ?」
「ほんと、のことなら俺なーんでも分かっちゃう」

 ようやく顔を向ければ徹は嬉しそうに笑い、お得意のウインクを私に投げつけた。

、ストーカーに気をつけろよ」
をストーカーする奴なんて俺が殺人サーブでぶっ殺してやるから安心して!」
「いや、おめーだから」
「岩ちゃんさっきからさ〜俺とがラブラブなのに嫉妬してるね?」
「してねぇよ」
「今からもっとラブラブなとこ見せつけちゃうけど我慢するんだよ〜?」
「うるせぇ、いいからさっさと渡せ!」

 頭の上で繰り広げられる、にこにことした徹とにがにがとした岩ちゃんのやりとりを見ながらこれから一体どんなラブラブをさせられるのだ、と身構えていると徹は鞄からビニール袋を取りだした。

「じゃーん!これちゃんに、俺からのプレゼントですっ」

 恥じらうふりをする徹から受け取れば、ビニール袋にはカラフルなサインペンでハートや星がたくさん描かれていて、真ん中には私の名前がハートマークで囲まれていた。明らかに手作りなこれは何だろうと思いつつも、私は徹にお礼を言った。

「ありがとう。これなに?」
「開けて見て!」

 子供のようにわくわくしながら歩く徹に急かされるように、袋を結んである輪ゴムに手をかけた。肩からずり落ちて来た鞄を肩に掛け直そうとすると、岩ちゃんがさっと私の鞄に手を伸ばした。

「持っててやる」
「ありがと」

 岩ちゃんの言葉に甘えるように鞄から腕を抜けば、徹は私の腕を揺らして早くと急かす。

「今開けるから待ってってば」
「はやくはやく!」
「こいつ朝から部室でうるさ─────」
「岩ちゃん言わないで!」

 薄く透けたビニール袋を見れば、何が入っているのか何となく想像が出来た。
 輪ゴムを解けば、予想通り袋の中にはクッキーが数枚入っていた。少しいびつなハートや星の型のクッキーは、一目見て市販のものではないことが分かる。
 顔を上げれば感想を待っているのか、きらきらとした瞳を向けられていた。

「徹が作ったの?」
「そう!」
「すごいね、どうしたの急に」

 今日はホワイトデーでも何でもない。不思議に思いながらも、しっかりと形になっているハート型のクッキーを1枚摘まんだ。クッキーの型を使っていないから形は少しいびつだけれど、綺麗に整えられていて焼き加減も綺麗だった。

「昨日猛がさ〜、クッキー作ってみたいって騒ぐからお兄さんが教えてやったわけよ」
「おじさんな」
「岩ちゃん黙って。ね、上手に出来てるでしょ?味も上手いから食べてみて」
「じゃあ、いただきます」

 ひとくち口に含めばサクッとした歯ごたえと、手作りの優しい甘さが口の中で広がった。小学生の作ったようなラッピングに内心笑ってしまっていたけれど、味は本当に上手に出来ていて驚いてしまった。

「ほんとだ美味しい!徹すごいね!」
「でしょでしょ!?」
「それ成功した一部な」
「え?」
「お前のために部員が犠牲になってっから」
「い〜わ〜ちゃん〜!余計なこと言わなくていいから!」
「他のは焦がしたの?」
「違うよ、主将からの愛をお裾分けしてやっただけ」
「にっがい愛だったけどな」
「岩ちゃん嫉妬してるな!」
「しねぇっつうの」
「岩ちゃんにも徹からの甘い愛あげようか」

 袋の中のクッキーの枚数が少ないのは、成功したうちの一部なのだと合点がいった。味は美味しいから、予熱時間や焼き時間が上手く調節出来なかったんだろう。美味しく焼けている星型のクッキーをひとつ摘まんで、私は岩ちゃんの口元へと運んだ。一口でそれを食べた岩ちゃんはもごもごと口を動かし、感心した目を徹に向けた。

「なんだ、美味ぇじゃねーか」
「なにアーンしてもらっちゃってんの!」
「はいはい、徹もひとつね」

 黙らせるように徹の口元にもクッキーを運べば素直に口を開け、自分で焼いたクッキーの味に満足しているようだった。
 残り4枚のクッキーは大事に食べよう、と袋を輪ゴムで止め直し、私は岩ちゃんから鞄を受け取った。

「バレーも出来て勉強も出来るし、イケメンでクッキーまで焼けちゃうなんて、俺ってばHSKでしょー?」

 褒めて欲しいと言わんばかりに詰め寄る徹に私は笑った。それを自分で言っちゃう所がとても徹らしい。
 岩ちゃんは横できょとんとした顔をしている。

「えいちえすけー?なんだそれ」
「岩ちゃん知らないの!?俺のためにあるようなこの言葉を!」

 あまりにも自信満々な徹につい意地悪をしたくなってしまい、私はHSKの意味を丁寧に岩ちゃんに説明してあげることにした。

「ほんとに・その・かれしでいいの?の略だよ」
「なにそれ!?」
「確かに。お前HSKだな」

 驚く徹とは反対に、納得して岩ちゃんは深く頷いた。

「そうだけどそうじゃない!ハイスペックカレシの略だよ!俺に対してそんなこと思ってんの!?」
「えっ、もちろんHSKだと思ってるよ?」
「それどっちの意味で……」
「HSKに意味なんてひとつしかないでしょ」
「喜ぶよ!?俺喜ぶからね!?」

 HSKの意味を確認するように私に迫る徹に笑っていると、岩ちゃんも参戦するようににやにやと笑った。

「ほんきで・その・かれしやめとけば、だろ?」
「ちょっと岩ちゃん!」

 いつものように頭上で繰り広げられる言い合いを聞きながら、私は通り過ぎる友人に朝の挨拶を返して手を振った。もう少しで教室に着いてしまう。
 徹の腕を引いて、私は小さな声を出した。

「ほんとは・そんなとこが・かわいいよ、の略だよ」
「う、嬉しいけどそうじゃなくて!そのHSKじゃなくて!」
「可愛いって言われてる時点で彼氏としてはまだまだだな」
「うるっさいよ岩ちゃん!」

 顔をほんのり赤く染める徹に満足していれば、岩ちゃんは鼻で笑いながら友達に呼ばれて行ってしまった。

 徹は傍から見ればきっとハイスペックカレシなのだと思う。けれど私はそれよりも、女の子が喜ぶことを知っているように見えてクッキーをビニール袋に入れて持ってくる男の子らしい雑さだとか、サインペンで描かれたハートの幼さの方が好きだ。器用そうに見えて不器用で、だけどクッキーの味はしっかりと調えてくる怠らなさだとか、そういう徹のバランスが丸ごと愛しいと思う。

「今度私もお礼に作ってくるね」
「でっかいハート型のがいい!」








 外側から見える及川徹よりも、内側の及川徹の方が何倍も格好良くて、何倍も可愛い。そんな徹を独占したくて、私は手に持っていたカラフルなビニール袋をそっと鞄の中に隠した。
 友達に自慢したかったけれど、見せてあげたくない気持ちの方が勝ってしまった。

 他の子が 好きになっちゃったら 困るから 、ね?








20140720
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