トライアングルビーター







「ねぇ、なぁ〜んか最近、やきもち妬いてくれなくない?」

 及川は机に頬杖をつき、不満そうに目を細めた。



 いつもはだいたいが騒がしくなるお昼休みの教室内が、今日は大多数の生徒が教室の外で過ごしているらしく静かで穏やかな空気が流れている。教室に残っているのは読書や自習に励む生徒数名と、漫画を読んでいる岩泉、その漫画を横から覗きこんでいる及川の彼女である、そしてそんなに対して不満をぶつける及川だけだった。
 岩泉が読んでいる漫画は人気のある週刊連載作で、最近ようやくコミックの一巻目が発売されたばかりのものだった。岩泉自身も友人に借りて読んでいるものだったが、面白いと言う岩泉の言葉に誘われ、は岩泉が読み終わった後に又貸しさせてもらうつもりだった。しかし大人しく待っていることが出来ずに、岩泉の横に椅子を寄せ横から覗きこみ一緒にページを追っていた。そうして二人が漫画を読んでいる所に途中から現れたのが及川だった。
 及川は岩泉の机を挟んだ向かい側に座り、肩が触れるほど寄り添い漫画を覗き込むの腕をつついた。
 彼氏である自分が目の前にいるというのに他の男に体を寄せているにも、そんなに何も思わず平然と漫画を読んでいる岩泉にも、不満がないと言えば嘘になるのだが及川にとって目の前の光景は特別怒りを感じるものではなかった。それだけ二人のことを信用しているのだ。
 しかし、その輪の中に自分がいないのは決して許されることではなかった。

「ねぇ

 漫画に夢中になっているのかすぐに反応しないに催促するようもう一度声をかければ、は一瞬及川を見て一言返事をしたものの、すぐにまた漫画へと顔を戻してしまった。

「そーお?」
「そーお。それに、岩ちゃんといること多くない?」

 けれど及川はめげずにへの質問を続けた。
 そもそもこの二人は、及川が教室に来て声をかけても漫画から顔を上げずに生返事をしただけだった。既にそこで凹んだ及川にとっては一瞬顔を上げてもらえただけでも進歩なのだ。
 しかしから返される言葉は適当で間の抜けたものばかりだった。

「そーお?」
「そーお!」
「なんか徹、そのセリフ女子みたいだよ」

 ようやくがしっかりと顔を上げた、と思えば返って来た言葉は “女子みたいだよ” という、つまりは女々しいというもの。まさかそんな言葉が返ってくるとは思いもしなかった及川は机に身を乗り出して声を上げた。

「そーお!?」
「そーお」
「お前らうるさい」

 そんな二人のやりとりを両断するのは漫画から顔を上げない岩泉の一言だった。そのままページを捲れば及川と話していたせいでまだ読めていなかったのかが残念そうに声を上げ、岩泉は小さく溜息をついてページを元に戻した。が嬉しそうに残りのコマを読んでいる間、岩泉は静かにしろという意味を込めて及川を睨んだ。
 しかし及川は岩泉が顔を上げたことによりお喋りタイムが始まったとでも思ったのか、捲し立てるように胸に秘めていた不満をぶちまけた。

「だって岩ちゃん!最初の頃はさ、俺がファンの子に囲まれるたびにはめそめそ泣いて俺にやきもちを妬いてくれてたんだよ?それなのに最近は“何もらったの〜?”なんて差し入れを分けてもらおうと嬉しそうに近寄ってくるなんて!」
「めそめそしなくなったんだから良いじゃねぇか」
「やだやだ、めそめそしてるが可愛いかったのに!」

 今に始まったことではないが、ぺらぺらと喋り出す姿は確かに女子のようにうるさい、と岩泉は思いながらもさっさと会話を終わらせてしまおうと真面目に返事をした。しかし及川がそう簡単に静かになるわけもなく、なだめようとした言葉に更に大きな不満が返って来た。
 読み終えたらしいも顔を上げ、拳を握り机を鳴らす及川を見て眉間に皺を寄せた。

「ていうかやきもち妬いて欲しいってのは分かるけど、めそめそしてて欲しいっておかしくない?私に悲しんでて欲しいの?」
の泣き顔はそそる」
「…………」

 至極真面目な顔で言い切る及川には言葉を失い、岩泉はこれ以上会話をする気はないとでも言うように漫画のページを捲った。

「お前らマジどっか行ってくんない」
「一緒にしないでよ〜!私は静かにしてられるからいてもいいよね?」
「ほらそうやって岩ちゃんといる!ねえ、まさか岩ちゃんと付き合ってるんじゃないよね!?」
「ねぇ岩ちゃん、さっきから徹の発言ほんと女々しくない?女の子みたいじゃない?」
「ほっとけ」
「分かったそうする」
「なんでそうなるの!?やきもちも妬かなくなって岩ちゃんとばっかいるようになった理由を説明して!じゃないと徹泣いちゃう!」
「私は徹の泣き顔そそらないよ?」
「俺も」
「も〜〜〜やだ答えてよ〜〜〜」

 岩泉が自分をあしらうのは昔からのことだったが、まさか彼女にまであしらわれる日がこようとは及川は思いもしなかった。今まで付き合って来た女の子は自分をこれでもかというほど持ち上げ、気を使い、そして自分の気を惹こうと必死になっていたというのに。は最初こそファンの子達を見ては不安そうにしていたが、今ではすっかり岩泉の味方のような反応をする。しかし本音を言えば、及川はそれが嫌ではなかった。今までの子達よりもよっぽど愛されていることを実感していた。
 それでも、岩泉との目の前にいる及川は駄々っ子よろしく机を揺らし、まるで自分よりも恋人らしい振舞いをする岩泉とに不満げな声を漏らしていた。本音の部分と、言葉にしたいこととはまた別なのである。そして口にしているこの言葉も、及川にとっての本音でもあった。
 見かねたは前のめりになる及川の柔らかく跳ねる髪を撫で、観念しましたという声を出した。

「はいはい、岩ちゃんと一緒にいると安心するからです」
「俺といるよりも!?」
「うん」
「それどういうこと……!」

 例えば岩泉の傍にいて自分の気を惹きたかっただとか、そういう自分にプラスとなる返事を期待していた及川は驚いて目を丸くした。しかし今度はが至極真面目な顔をして、さも当然のことかのように及川に言って聞かせた。

「だって岩ちゃんは私がめそめそしてたら“及川が一番好きなのはお前だから安心しろ”って言ってくれるんだもん。岩ちゃんにそう言われるとすごく安心出来る」

 が安心出来る言葉が “及川が一番好きなのはお前” だということに及川は胸の奥をきゅんと疼かせていたが、愛の言葉であれば及川自身もにしっかりと伝えているためにひとつの疑問が浮かんだ。口下手ではない及川の愛情表現が足りていなかったとは考えられないのだ。

「え、それ俺が好きだよって言うよりも安心するの?」

 本人の言葉よりも岩泉の言葉の方が説得力があると言うのだろうか。まさか、と思いつつ及川が問いかければ、はしっかりと首を縦に振った。

「うん」
「俺本人の言葉なのに!?」
「徹の言葉はちょっと信用できない」
「彼氏の俺より岩ちゃんの言葉の方が信じられるの!?」
「うん」
「当然だな」

 何度聞いてもは首を縦にしか振らなかった。話を聞いていた岩泉も同調するように口を挟む。
 及川は信じられないと喚き、涙目になりながらの手を握り締めたが、ぴしゃりと及川に言い放つ岩泉の言葉を聞いてが嬉しそうな声を上げたのは及川に対してではなく岩泉に対してだった。

「そんなん信じられない〜!俺のめそめそを返して!余計なこと言わないでよ岩ちゃん!」
「お前、彼女泣かせたいって最低だぞ」
「キャー岩ちゃん男前〜!」
「俺のが男前だもん!」
「「いや女々しい」」
「ハモッた!ずるい俺を置いて仲良くならないでよ〜!」

 仲良くする時は三人でって約束して!
 そう泣きごとを漏らす及川に、と岩泉は楽しそうに笑った。






 いつだってと岩泉の行動の真ん中には及川がいて、及川もそれにきっと気付いているのだろう。泣き真似をして両手で隠した及川の顔の下には、ふにゃふにゃと口角が上がった唇が隠されていた。








20140606
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