おやすみぼくたち








「うぃーす」

 ノックもなしに開いたドアの向こうには、いつもとは違い黒髪をぺしゃりと寝かせたクロが、いつもと同じように笑って立っていた。
 ベッドを背に体育座りをしながらゲームをしていた研磨は予想していたと言わんばかりに面倒くさそうな表情をつくり、目を細めた。その隣で同じように体育座りをしていたは、突然現れたクロをに間の抜けた声を出した。研磨にもにも、クロの登場に驚く要素は少しもないようだった。

「もう夜ご飯は終わっちゃったよ?」
「ちょっと、なに自分ちの夕飯みたいに言ってんの」

 当然かのようにクロにそう告げ首をかしげたを、研磨は肘で軽くつつきながら溜め息をついた。の態度は、まるでここが自分の家で、この部屋も自分の部屋かのような振る舞いだった。当然のようにこの空間に馴染んでいるに嫌な気はしないものの、あまりにも自然すぎる態度に研磨は何とも言えぬ気持ちになっていた。
 は先ほど研磨と共に、狐爪家の夕食をご馳走になったばかりだった。研磨の家族と共にテーブルを囲み、ゲームをすると言って自室に引き籠ろうとした研磨についてきたのが1時間ほど前のことだ。
 クロとが狐爪家で夕食を頂くことはよくあることで、そしてそれ以上にクロは孤爪家に頻繁に出入りしていた。それこそクロの方がよっぽどここが自分の家かのように過ごす時間が長い。だから21時を過ぎたこんな時間にクロが研磨の部屋に突然現れたとしても、研磨とどころか研磨の家族すらたいして驚くことではなかった。もしかしたらクロを出迎えた母が、と同じようなことをクロに告げたかもしれない。いつも嬉しそうにとクロを出迎える母を思って研磨は内心でもうひとつ溜め息をついた。

「飯は自分ちで食ってきた」
「そうなの?髪の毛もぺしゃんこということは」
「そ、風呂もすんでる」
「じゃあ自分ちで寝なよ」

 なんでウチ来たの、と研磨はそっけない言葉を投げて中断していたゲームを再開した。

「なんだよお前らだけ夜更かしなんてズリぃじゃん」
「俺夜更かしするなんて言ってないけど」
「えー!研磨休みの前の日はいっつも朝までゲームしてるでしょ」
「気づいたら朝になってるだけだから」
「ほんっとゲーマーだよね」

 は先ほどと同じようにゲーム機の画面に視線を落としながら、欠伸をひとつした。クロは部屋の扉を閉め、研磨に歓迎されていないことなど気にもせずに体育座りをしているの隣に腰を下ろして胡坐をかいた。研磨にとってだけではなく、三人にとってこの一連の流れは良くある、いつものことだった。
 ゲーム画面から目線を外したは隣に座ったクロの顔をじっと見つめ、そして意地悪そうに笑ってクロの膝をつんつんと人差し指でつついた。

「クロ、研磨の部屋では体育座りしてないと部屋にいさせてもらえないんだよ」
「おい研磨、いつそんなルール作った」

 の言葉にクロはわざとらしく顔をしかめ、の肩越しに研磨の肩に腕を回した。ごと揺するように研磨の肩を揺らせば、は楽しそうに笑い、それとは反対に研磨は心底嫌そうな声を漏らした。

「ちょっとうるさい二人とも」

 研磨はゲームをする手を止めずに不満を露わにした。これくらいの妨害はいつものことで、ゲームを中断するほどのことにはならない。そもそも、この程度のことでいちいちゲームを中断していたら、この二人と一緒にいてゲームなどまともに出来たものではないのだ。
 とクロ、それぞれがひとりずつこの部屋にいる時も何かと研磨にちょっかいをかけてくるものの、二人が揃えばそれが会話となり、騒がしさは倍だった。それを研磨が鬱陶しそうにするのはいつものことで、二人がそんな研磨を気にしている様子は少しもなかった。むしろそんな研磨の反応すら二人にとっては会話の種だ。

「“うるさい”出るの早すぎない?」
「研磨にはもっとカルシウムとらせねぇとなぁ」
「史上最速だと思う、“うるさい”出たタイミング」
「いーや、史上最速はドアに手をかけた時に“うるさい”って言われた時だぞ」
「えっ、なにそれ部屋に入る前?」
「覚えてねぇの?もいただろあん時」
「うそー、覚えてない。ていうか聞こえなかったのかも。部屋に入ってないのにうるさいってことある?」
「ある」

 黙々とゲームをする研磨の横で会話を繰り広げる二人を無視していたのかと思えば、研磨は一言だけ返事をしてゲームの一時中止ボタンを押した。
 いつものことだけど、なんで人がゲームやってる隣でこんなに騒ぐんだろう。
 研磨は、わざわざ静かにゲームをしている自分の横で騒ぐ二人のことが理解できなかった。むくりと立ち上がり、少しでも二人から離れようとそのままベッドにうつ伏せに寝転がれば、がすぐに抗議の声を上げた。

「研磨ずるいー」
「ずるいって、ここ俺の部屋なんだけど」
「半分は私の部屋だよ」
「いつからそうなったの」
「だって研磨のママ、女の子が欲しかった〜って言ってたもん」
「それでがうちの子になったわけじゃないでしょ」
「じゃあ半分は俺の部屋だな」
「はぁ?なに言ってんのクロまで」
「だって研磨の母ちゃん、クロくんみたいなお兄ちゃんがいたら良かったのにって言ってたもん」
「語尾きもちわる」
「おい、お前研磨に気持ち悪いって言われてるぞ」
「気持ち悪いのはクロだけね。私関係ないもーーーん!」

 そう言って、は研磨の隣にダイヴするように寝転がった。
 研磨の冷たい視線はいつものこと。最早その冷めた視線を冷たいとすら感じなくなっている。は研磨の視線を軽く受け流し、枕に手を伸ばして満足そうに顔をうずめた。

「ちょっと、寝ないでよ?」
「寝ない寝ない」
「いつもそう言って絶対寝る」
「じゃあ寝ないでよなんて言わなきゃいいのに」

 寝るの分かってるんだからあ、とは二回目の欠伸をして重たそうに瞬きをした。
 研磨はゲームを再開しようとボタンに触れかけていた指を離し、のおでこをぺちぺちと叩いた。

「早速すぎでしょ、クロが送ってくれるから帰りなよ」
「俺ごと追い出そうとしてんな?」
、クロがおんぶしてくれるって。寝ながら帰れるから早く背中に乗りな」
「え〜、肩車がいいなあ」
「なんでもいいけど。恥ずかしくないのそれ」
「おふたりさん、俺の意見は?聞かないのかな?」

 ポンポンとテンポ良くベッドの上で交わされる会話に口を挟んでみても、ベットの外側にいるクロのところまでは返ってこない。おかしい。今度はベッドの上に乗らなければ会話には入れてもらえないルールでも作ったのだろうか。そんなことを考えながらの足をクロが掴んで引きずれば、いやだいやだと言っては足をばたつかせた。

「やだやだ帰んない〜!研磨んちの子になる〜!」
「いやいや会話に入れてほしいだけで肩車して送り届ける気はないんすけど」
「研磨、悪魔が私の足を引っ張ってる!ベッドから降ろされちゃう!」
「うるさく騒いでるから来たんでしょ、悪魔」
「でも静かに寝てたら研磨が起こるじゃん〜」
「寝る以外に静かにしてられないの?」
「クロ来るまでは静かにゲーム見てたよ私」

 ぴたりと会話が止まり、ベッドの上の二人がクロを見た。ようやく会話に入れるタイミングが来たものの、二人の次の発言が予想できるクロは苦笑いをして肩を下げた。

「「クロが悪い」」
「なんで?お前らいじめっ子なの?」

 遊びに来たと思えばまともに会話に入れてもらえず邪魔者扱い。どう見てもいじめっ子キャラも見た目もクロの方だというのに、打ち合わせでもしたかのように研磨とはじっとクロのことを見ていた。

「三人でいるんだから、三人で仲良くお喋りしないとだめでしょー?」
「だってクロのせいで研磨に文句言われるんだもん」
「だってクロのせいでうるさいんだもん」
「「あ、研磨も“もん”って言った」」

 研磨とがタッグを組んでクロをいじっていたのが一変、研磨が語尾に「もん」とつけたことにとクロは嬉しそうに反応をして声を揃えた。二人の発言に研磨はさっと表情を無にし顔を戻し、中断していたゲームを再開させた。もうこの話は終わり、そういう態度で。
 一瞬で静かになった部屋には、ゲームのBGMだけが小さく鳴り響いている。
 は上半身を起き上がらせ、黙々とゲームをしている研磨の背中を慰めるように撫でた。

「大丈夫、研磨は気持ち悪くないよ、クロと違って可愛いからね」
「ひでーな
「だって今日、隣のクラスの百合子ちゃんがクロのこと格好良いって言ってたムカつく」
「お。ヤキモチですか」
「ちがう、クロが調子に乗るからムカつくだけ。語尾に“もん”とかつけてキモいのに」
「お前もつけてたろ」
「可愛い子は許されてんの」
「お前らはほんとカワイイもんね〜」

 掴んだままのの足を左右に揺すって茶化すクロに、ニヤニヤするな、と言っては鼻に皺を寄せた。

 ゲームに集中しだした研磨は横でクロとが話し続けていても特に何も言わなくなっていた。はベッドに寝転がったままクロと他愛もない会話を続け、三度目の欠伸が出た時にやばい、と心の中で呟いた。いよいよ本格的に眠たい。夕食を終えた満腹の状態で柔らかいベットの上に寝転がっているこの状況で、睡魔が近寄らないわけがなかった。もう22時は過ぎただろうか、まだそれくらいの時間だというのに眠気を堪えていられそうもなかった。研磨にまたおでこを叩かれる。そう思っても、体を押さえつける眠気の方が強かった。
 の弱まる言葉尻と眠たそうな顔を見てクロは微笑んだ。もにょもにょとが返事をしたのを最後に、敢えて言葉を返さずにじっと黙る。そうすれば、ゆっくりと瞬きをしていたの瞼がすぐに持ち上がらなくなった。
 が眠ったのと同時に会話は終わり、部屋に小さく響いていたゲームのBGMも次第に音が小さくなり遂には消えた。

 クロはが眠りに落ちたのを見て静かに立ち上がり、研磨の部屋に随分と前から用意するようになったブランケットを広げてにかけた。
 このブランケットは専用のものだった。ベッドでごろごろと寝転んでいるうちに眠ってしまうのために、研磨が部屋に常に置いておくようになったものだ。下敷きにされている布団をわざわざめくってを起こしてしまわなくても良いように、そして隣で寝ている研磨にも一緒にかけられるようにとベッドよりも大きいサイズのものだった。
 と、そして研磨にもかけるようにブランケットを広げたクロは、机の上に乗っていた漫画の最新刊を手にして再びベッドに背中を預け、胡坐をかいた。研磨はゲームの音を消音にしたまま変わらずに画面に集中している。すべてが、研磨とクロにとって当たり前の、いつもの展開だった。が眠ってしまった後にそれぞれが静かに過ごす時間を含めて、これが三人で過ごすいつもの光景になっていた。









 が寝てしまってから1時間ほど経ち、セーブポイントまで到達した研磨はゲーム機から手を放し、大きな欠伸をひとつした。
 クロは早々に漫画を読み終え、携帯を騒がしく鳴らすリエーフの相手をしていた。

が来てるとクロは絶対に来るよね」

 ぐっすりと眠りに落ちたは起きはしないだろう、と研磨はいつものトーンでクロに話しかけた。クロは携帯から顔を上げ、振り向いて研磨を見た。

「そーかあ?」
「そうだよ」
は研磨んちで飯食ったらだいたいその後研磨の部屋で寝るからな」
「そう?」
「そうだよ」

 お互いにはぐらかすようにした会話。けれどそれが答えなのだと二人共はっきりと分かっていた。
 会話の途切れた静かな部屋には、の寝息だけが響いている。
 研磨はもうひとつ欠伸をしてゲームの電源を切り、枕代わりのクッションに手を伸ばした。
 ベッドの上に枕はひとつだけ。けれどが研磨の部屋で寝てしまうようになってから、ベッドの上にクッションがひとつ増えた。普段は使うことのない、が来た時にだけ自分の頭を支える役割を果たす柔らかく厚みのないクッション。

「クロの寝る場所はないよ」
「床で寝ろってか」
「そう。DVD見ながら寝落ちしてることよくあんじゃん」
「寝落ちじゃねー時にわざわざ床で寝る気にはなれねぇなあ」
「おやすみ」

 そう言ってクッションに頭を乗せ、研磨は目を閉じた。

「オイオイオイオイ、ちょっとつめれば寝れんダロー?」

 クロは膝を立てて腰を持ち上げ研磨に抗議するが、だけではなく研磨すら目を開ける気配がなかった。

「もう寝たから動けない」
「しゃーねぇ、じゃあ俺が抱っこして寝るか」

 よっこいしょ、とベッドに片足を乗せたクロを研磨は睨んだ。
 寝たんじゃねーの、と意地の悪い顔をするクロを睨んだまま、渋々、それを体で表現するかのように研磨はずりずりと自分の体をゆっくりベッドの隅へと寄せた。それを見たクロはニィと笑い、眠っているの体をそっと持ち上げ研磨の方へ寄せ、空いたスペースに自分の体を潜り込ませた。

「ほーら寝れたろ」
「図体デカいんだから少しは遠慮しなよね」
「遠慮して横向いてんだろ、ほら」
「じゃあこっち向いてないでに背中向けたら」

 クロと話している状態のまま眠っていたは研磨に背を向け、横を向いた態勢で眠っていた。そんなの背中を見守るように、研磨も横を向いている。そしてクロは、と向き合うようにして体を横に向けていた。その態勢が、研磨はあまりお気に召さなかったらしい。けれど背を向けている研磨側にはぴったりと寄せられ、クロなりの気遣いかのようにクロとの間には少しの空間が出来ていた。クロの体はベッドの端ぎりぎりの所にある。

 ベッド脇に置いてあるリモコンに手を伸ばし部屋の電気を消したクロも、ようやく欠伸をひとつ噛み締めた。夜更かしでもなんでもない時間に、全員が眠くなってしまっている。一人は既に夢の中だ。
 まだ目が慣れない暗闇の中でぼんやりと浮かぶの寝顔を見ながら、クロが小さく呟いた。

「なんつーか……健全な高校生だねぇ、俺ら」
「これがケンゼンならね」

 高校生にもなって、ひとつのベッドで三人で眠る。
 健全に眠っているだけのその姿は、果たして本当に健全なのだろうか。クロも研磨も、それぞれにそう思いながら瞼を下ろした。
 これが小さな子供であれば、何の違和感もなかったのだろう。けれど、三人共もう子供ではなかった。

 けれどまだ、大人でもない。




 健全であっても、そうじゃなかったとしても、どっちだって良い。それよりも、居心地の良いこの関係が明日も、それよりもずっと先まで、少しでも長く変わらずに続きますように。

 眠りにつく前に二人はそう願った。







20170611
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