fickle honey








 シリウス・ブラックは女をとっかえひっかえしている。
 訂正────シリウス・ブラックは、グラマラスな美人をとっかえひっかえしている。

 ホグワーツ内では、そんなシリウスを見て“私もとっかえひっかえのひとりになりたい”派と、“あんな男サイテー”派のふたつに分かれている。私はと言えば、“あんな男サイテー”だけど、好き。とっかえひっかえのひとりになんてなりたくないけれど“彼のたったひとりになりたい”派だ。この話をリリーにしたら、『そんなドリーミーガールは貴女だけよ』と言われてしまった。ほぼ、確実に、シリウスに対する意見は”とっかえひっかえのひとりになりたい”派か”あんな男サイテー”派しかいないらしい。
 なんだか……どっちにしろ、シリウスに対する評価ってひどいね。

「それで?それのどこが僕のケーキを断る理由になるのかな」

 たっぷりのミルクが注がれ、その上には生クリームが乗っているミルクティーに口を付けながら、リーマスは私をチラリと見た。とても、不満そうに。そんな顔をしたいのは私の方だっていうのに。
 こんなにも美味しそうなチョコレイトケーキとリーマス特製のミルクティーを前にして、私は口に運ぶことが出来ないのだ。それもこれも、私がドリーミーガールなせいで。

「だから、私はシリウスが好きなの」
「それは知ってる」

 ──────知ってる?
 今、話したばかりなのに。シリウスへの想いはリリー以外には初めて打ち明けたことなのに、まるで前から知っていたかのようなリーマスの言い方に私はひっかかりを感じた。けれど今問題なのは、そこじゃない。

「じゃあ、シリウスがいつもとっかえひっかえしているのは、グラマラスな美人だということは知ってる?」
「全員がそうとは言い切れないけどね」
「どういうこと?」
「まぁ、そういうことでいいよ。それで?」
「それで?まだ分からないの?」
「全然分からないね」

 まだ分からない?なんて自分から聞いておいて、リーマスの返事が「分からない」ということに私は少しほっとしていた。リーマスを不機嫌にさせてまで、目の前にある甘い誘惑を堪えているのは、私にとってはなんとも”切ない理由”だからだ。その理由があっさり「分かる」と同意されてしまったら、口に運ぶことなんて絶対に許されなくなってしまう。そうじゃなくても、私は絶対に絶対に食べる気はないけど。

「日本人って童顔でしょ。顔だって丸いし、余計に。だから少し痩せて顔をシュッとさせたら大人っぽくなるかなって」

 胸やお尻を簡単に付け足すことは出来ないけれど、不要な部分を減らすことは出来る。顎をシャープにしてくびれを作ることが出来れば、少しくらいは私もグラマラスに近付けるんじゃないかと思うのだ。生まれ持った体型が彼女達とは違うから、私が憧れるような、そしてシリウスが求めるような、そんな体を手に入れることは出来かもしれない。だけど、例え少しでも、努力を惜しみたくないと思う。
 それなのに。

「ナンセンスだ」
「なっ────んリーマス!」

 なんで──────と、ばっさりと切り捨てるリーマスに意気込むように大きくあけた私の口に、彼はチョコレイトケーキを入れた。口の周りにチョコレイトクリームがついてしまうほどの、大きな大きなひとカケラを!

「ひどい」
「どうして?」

 リーマスは私の言葉の意味が分かっているくせに、心の底から不思議だと言わんばかりの顔をしている。
 口の中いっぱいに広がるチョコレイトの甘さは私の心を満たすのに、口角をどんどんと下に下げさせてしまう。怒りたいのに、怒る気力がこれっぽっちも湧き出てくれない。
 とっても、とってもとってもこのケーキが美味しいせいだ。

「美味しいでしょ、ここのケーキ」
「とっても、美味しい」

 体中に沁み込んでいきそうなほどに。
 私の決意を簡単に揺るがしそうなほどに。

「ダイエット?シェイプアップ?そんなの必要ないよ。はそのままで十分に魅力的だ。シリウスがとっかえひっかえしてきた女の子の誰よりも、ね」

 口の中にあるケーキに負けないほどの甘い言葉をサラリと簡単に口にするリーマスに、ケーキを味わっていた口の動きが思わず止まった。
 真実だとは到底思えないその言葉は、彼の優しさなのだろう。

「信じてないね」
「信じさせるには無謀すぎるセリフだよ」
「僕は嘘をつかない」
「そうは言っても、リーマスの意見に同意する人はいないと思うけど」
「リリーは同意するはずだよ」
「それじゃあ、嘘じゃないにしても身内贔屓の意見だね。世間一般は同意しない」
「身内贔屓な意見なら、シリウスだって同意のはずだろう?それならが余計なことをする理由はなくなったじゃないか」
「同意してくれるなら、シリウスが私を選ばないのはどうして?」
「バカな犬だからだよ」
「違う。シリウスは同意していないから」
は外見でシリウスの気を惹きたいの?とっかえひっかえの一人になりたくはないのに?」
「なりたくはなくても、可愛いとは思われたいのよ。女の子なら、好きな人のために綺麗になりたいって思うものなの」
「でも────」
「その努力は、無駄にはならないでしょう?だからねリーマス、止めても駄目。私は決心したの」

 口元についているチョコレイトを舐めとるかナプキンで拭くかどっちにしよう、だなんて、食べたいのに食べられない葛藤を心の片隅で繰り広げているくせに、「決心した」だなんて偉そうにリーマスに言い切れてしまうんだから笑えてしまう。だけど、決心したと言った後ですら葛藤が消えないほど、私にとってリーマスとのティータイムは大事な時間なのだ。甘いもののためだけに頭を悩ませているわけじゃない。
 それはリーマスにとっても同じ気持ちのようだった。だってリーマスってば、口元にチョコレイトをつけたままの私を見てひとつも吹き出さずに、真剣に話し合ってくれてる。
 リーマスはじっと見つめていた私の瞳から視線を逸らし、ミルクティーに口をつけた。そうしてゆっくりと一口を飲んだ後に、静かに長い息をひとつついて、口を開いた。

「分かったよ」

 そう言われて、私の心は沈んだ。
 その言葉を求めて説得をしていたくせに、先ほどから私は矛盾をしている。
 口元のチョコレイトは、いよいよナプキンで拭きとらなければならない。リーマスとのティータイムは先ほどの大きなひとくちを最後に、解消されてしまったのだ。
 自分から言い出しておいてこんなに落ち込むのはおかしい。それは分かっているのに、まるで涙を拭うために求めているような面持ちでテーブルの上にあるナプキンを握れば、その手をリーマスに掴まれた。少し、強い力で。

「でもまさか君は、片思いの男のために親友とのティータイムをなくすような薄情な魅力のない女の子じゃないよね」

 疑問系ではなく、断定。

「あの……」
「はい、フォーク」

 掴んでいたナプキンを乱暴に抜き取られ、代わりに無理矢理握らされたフォークを見つめながら、私は恐る恐る口を開いた。

「親友なら……協力してくれるものじゃないの?」
「ナンセンスだという意見は変わらないよ」
「でも”分かった”って」
の決意はね。だから好きにしたらいいよ、僕とのティータイム以外の時に、どうぞ頑張って」

 そうして、最低でも週に1回は開催されるリーマスとのティータイム以外の時間に、私のシェイプアップ大作戦が始まったのだ。まったく成功できる気がしない、と心を折られてからのスタートになってしまった。











 リーマスとのティータイムを止めるという話を持ちかけてバッサリと切り捨てられてしまってから2カ月ほどが経ったある日。私はいつものようにリーマスとティータイムを楽しんでいた。あの日から、私たちのティータイムは本当に何ひとつ変わることなく開催されていた。私から誘うことはなくなったけれど、その分も合わせてリーマスが誘ってくれるものだから、本当に何ひとつ変わらずに、定期的に私は甘いものを楽しんでしまっていた。
 けれど、私なりの努力はしていたのだ。

、綺麗になったね」
「ほんとう?」

 日曜日の午後、談話室に生徒はいなかった。みんなホグズミードに行っていたり、クイディッチの練習試合を見に行っている。私はと言えば、寝坊してどちらにも行く気がなくなっていた。リリーは随分と早起きをして念入りにおめかしをしているのを二度寝の合間に見た記憶がぼんやりとある。“うるさいから仕方なく”約束をしてあげたジェイムズと今頃デートを楽しんでいるはずだ。そのおかげで誰にも起こしてもらうことも出来ずに私は二度寝、三度寝を繰り返すこととなったのだ。
 お昼も近い時間に談話室に降りて行けば、ホグズミードから帰って来たばかりのリーマスと会った。一緒にブランチしよう、とまるで私が寝坊することを予測していたかのように、リーマスはいつも買って来るケーキと一緒に焼きたてのキッシュも買ってきてくれていた。口元を綻ばせながら頷いて、私とリーマスは貸し切りの談話室のソファに身体を沈めた。

 そうして2人でブランチを楽しんでいると、キッシュを食べ終えた頃にリーマスが言ったのだ。綺麗になったね、と。
 その言葉に喜ぶ私に反して、リーマスは何故か不満そうな顔をしていた。私からせがんで言わせたわけじゃなく、リーマスの方から言い出したことなのに。まるで、2カ月前にリーマスとのティータイムを止めると告げた私が彼に『ナンセンスだ』と言い放たれた時のように、それはそれは、とても不満そうだった。

「褒めてくれたのに、どうしてそんな顔をしてるの?」
「食後の飲み物は?」
「いつもの、リーマス特製のミルクティ」

 お皿に残った最後の一口を口に入れながら、私の質問には答えてくれないリーマスを観察して見ても、やっぱり不満そうな顔をしていることに間違いはなかった。

「褒めてくれたのは嘘?」

 女友達は、リーマスと同じように最近綺麗になったと褒めてくれた。もちろん、リリーも。自分でも成果が出てきたと思う。やっぱり、シリウスが望むグラマラスな美人にはなれそうもないけれど、この2カ月の間にシリウスは私ではない女の子を3人も選んでいたけれど、努力して良かったと思っている。

「嘘じゃないよ、本当に綺麗になった」
「じゃあ、どうして喜んでくれないの?」
「負けた気分だからだよ」

 負け、という予想外の言葉に私は”まさか”と思った。

「私のダイエットが成功するかどうか、ジェイムズと賭けたんでしょう!」
「そんなことしないよ」
「……じゃあ、何に負けたの?」

 ミルクティーを温める小鍋にばかりに視線を向けて、少しも私を見てくれないリーマスをじれったく見つめていれば、小鍋に向けていた杖をテーブルに置いて、彼はようやく私を見てくれた。
 けれどリーマスの言葉は、私の頭にすんなりとは入ってこなかった。

の、シリウスへの想いに」
「……リーマスもシリウスのことが好きだったの?」
「面白い冗談だね」

 全然、これっぽっちも面白そうじゃない。口元が引きつっていて、目が笑っていない。そんなリーマスに苦笑いを返して誤魔化すものの、今の言い方じゃそういう意味に聞こえてしまってもおかしくないはずだ。
 でも、当たり前だけれど、そういう意味ではないらしい。

「君があのバカ犬のために頑張っている間に、あいつは何人の女の子と遊んでいたか知ってるの?」
「……3人」
「5人だよ」
「え、えぇ?」

 きっと私よりもリーマスの方がよりリアルに近い数字を知っているはずだ。私の知っている人数よりも多いということは、今まで私が知っていた総数もその倍近くになるのかもしれない。
 胸の奥がチクリと痛む。けれどその程度で済むのは、私がシリウスを好きになった時にはもうシリウスはそういう男で、好きになった後だってそれは変わらないことで、私が慣れっこになっているからなのかもしれない。そんな事実を知ったところで私とシリウスは仲の良い友達のままだし、私は変わらずにシリウスが好きだった。リリーが私を“ドリーミーガール”と言う様に、何かを夢見ているからこそ、こんな気持ちを持続できているのかな。でも、いつまでたってもひとり、またひとりと増えていく女の子たちの話を聞いてもまだシリウスのたったひとりになりたいと思っている私はドリーミーだなんて可愛いものじゃない。クレイジーだ。今もまだシリウスが好きだと思う自分が、自分でもほんの少し良く分からなくなってしまうほど。

「このペースだと、いくら大所帯のホグワーツとはいえ女の子全員シリウスに食べられちゃいそうだね」
「それは絶対にさせない」

 怒りを含んだ声で言い切るリーマスに私は目を丸くした。リーマスもジェイムズも、本気で躍起になって止めたりはしないにしても、シリウスの遊び癖にはほとほと手を焼いて時たま窘めている。でもそれだけだ。いい加減にしなよキミ、その程度の忠告。それなのに今のリーマスからは断固許さないという気迫が感じられた。リーマスも、シリウスの遊び癖を私と同じようにいい加減にしてほしいと思っていたのかな。たったひとりの女の子を、あわよくば私を、選んで欲しいと思ってくれているのかな。
 だとしたら、もっと早くにシリウスを止めて欲しかった。

「シリウスの遊び癖を止める方法があるの?」
「そんなこと知らないよ」
「え?どういうこと?」
「学校中の女の子をあのバカ犬が手にかけたとしても、だけには絶対に触れさせないってこと」
「ちょっと待って」

 確かに、私はとっかえひっかえされる大勢の女の子のひとりにはなりたくなくて、シリウスのたったひとりの女の子になりたいと思ってる。でもまさか、まさかそんなことはないだろうけど、でも仮にシリウスが学校中の女の子を食べちゃうことがあった時に、私だけがその対象にならないというのはどうにも悲しい。
 私だけ選ばれないだなんて、そんな、それじゃあ、今までの努力はどこへ?

「まさかあいつに食べられてしまいたいとでも思ってる?」
「いや、そうじゃないんだけど、でも私だけ選んでもらえないのはなんか悲しすぎるというか」
「シリウスが遊んできた女はクズの中のクズだよ。君はクズになりたいの?」

 そこまで言うこと、ないんじゃないかなぁ……とたじろいでしまうほどの強い声に、リーマスの怒りがふつふつと沸き上がっているのを感じた。そもそもとっかえひっかえの仲間入りをしたいわけじゃなくて、“学校中の女の子”が食べられちゃう場合の話だ。そんなことがあり得るわけがなくて、実現させてしまったら逆にシリウスを称賛してしまうというか、とにかくそういう話をしているわけではないのだ。
 リーマスが何に怒りを感じているのかが私には皆目見当がつかなかった。シリウスの遊び癖に対する怒り、というのとも違うようだけれど、怒りの矛先がはっきりと見えない。そもそも、本当に怒っているのかすら疑問に思うほどだった。一体どこに、怒りのポイントがあったんだろう。

「リーマス怒ってるの?」
「そうだよ」
「そ、そうなの?何に怒ってるの?」
「あのバカ犬の何がいいのか言ってみて」
「え?……なんで?そんな恥ずかしいこと」

 出来ない、と言い淀む私の言葉に被せるように、リーマスははっきりと口を開いた。

「僕は言える」

 そうしてきっぱりと言い切ってから、どんどんと言葉を並べた。
 次々と言葉が並べば並ぶほどリーマスの怒りは放出されていくようで、みるみるうちに穏やかで慈しむような声色に変化していくのを私は呆然として聞いていた。


 朝が苦手で、おはようの挨拶をする時にはきまって眠たそうな瞳をしているところ。
 僕はいつもブランケットでくるんでベッドに戻してあげたい気持ちを抑えながら朝の挨拶を返すんだ。

 まあるい漆黒が、甘いものを映すと凛と輝くところ。
 その漆黒が僕を見つめていたらいいのにだなんて思いながら、なるべく瞳がよく見えるように甘いものを高く掲げるているのは、意地悪のつもりなんてこれっぽっちもないんだよ。

 授業で失敗して怒られる時は情けなく怯えているのに、誰かをかばって怒られているときはぴくりとも動じないところ。
 すごく弱弱しくて守ってあげたいと思いながら、まるで僕よりもよっぽど強いんじゃないかと驚かされる。

 駄目だと思うことには真剣に怒れるところ。
 その愛情が僕に向けられる日が来るのだろうかと思いながらも、衝突してしまった時に自分はうまく関係を修復できるのだろうかと不安にもなるんだ。

 おせっかいなくらいに心配して、たくさん話を聞こうとするところ。
 ほっといてくれって言いそうになるのを堪えて、それでも態度には出ていてきっと気付いてもいるのに、ひとつもめげずに傍にいようとしてくれることに、本当に本当に救われてる。

 嬉しい時の朗らかな声。
 ずっとずっと聞いていたくなる。明けない夜には特に、もう一度聞きたいと願うんだ。

 夜道を歩いている時に、バレないようにこっそりローブの裾を必ず握ってくるところ。
 その手を自分の手で握り返す勇気があればいいのにって何度も思ってた。

 満月が近づいて、僕が寮に戻れないでいる日々が続くと、必ず毎晩一通ずつの手紙を机の上に乗せておいてくれて、部屋に戻って来れた僕をあたたかい気持ちにさせてくれるところ。
 その手紙に対するお礼も、返事も、何もできない僕になにも言わずに、また満月が来ればそれが当たり前のように繰り返される。何も言えないでいるくせに、それをいつまで続けてくれるのかってことを一番に問いただしたいと思っている僕は本当に愚かだよ。

 笑った顔がかわいい。
 泣いてる顔もかわいい。
 怒ってる顔もかわいい。
 眠そうな顔も、お菓子を大きな口を開けて頬張る顔も、全部が愛しい。
 綺麗になった今も、その前だって。


 穏やかに笑ったリーマスに、私の胸の奥がおおきく動いた。
 シリウスの話をするのだと思っていた。だって私たちは、シリウスについての話をしていたでしょう?それなのに、リーマスは、まるで心の内側を全部さらけだすような言葉を次々と並べた。
 それはまるで告白のようだった。まるで、じゃない。そうとしか聞こえてこない。だけどリーマスは一言も好きだと、そして“誰”の話だとも告げていない。まさか、だなんて思えないほど身に覚えのある言葉の数々に、私の頭の中は真っ白になっていた。次に自分が何を発言すればいいのかが分からなかった。
 体の内側から汗ばんでいくようなこの感覚を、どうすればいいの?

「リーマス、あの……」
「なあに」

 リーマスは今、客観的に見てとんでもなく勇気のいる言葉の数々を並べていたように思う。それだというのに、そんな素振りは一切見せず「怒っている」と自分で言い切ったことなんて忘れてしまったかのように微笑んでいる。本当にもう、これっぽっちも怒ってなんかいないように。話している間に放出されているとは思っていたけれど、何がどうしてその怒りがどこかへ行ってしまったのか私にはさっぱり分からなかった。そして私にとっては信じられないような言葉の数々が並べられてたというのに、今だって私はどうすれば分からないというのに、リーマスはいつもの穏やかなティータイムだと言わんばかりに平然としている。
 もしかして、身に覚えのあるだなんて私の己惚れもいいところで、これはシリウスの話をしていたのかもしれない。そしてリーマスは私よりも自分の方がシリウスへの気持ちが大きいことを確信して、それで満足したのかもしれない。何も言い出せなかった私よりも、ずっとずっとリーマスの気持ちの方が大きく感じた。私の頭がいつになったらまともに機能するのか分からないくらい動揺させるほどに。
 リーマスの言葉が、さっきから私の頭の中でゆらゆらと繰り返し再生されて、その言葉以外のことをうまく追いかけることが出来ない。

「今の、って……シリウスの話だった?」
「あのバカ犬が、こんなに愛らしい人間だとでも?」

 棘のある言い方に、じゃあ誰の話だったのかと問いかけたいのに、それを言葉にすることが出来なかった。
 シリウスの話じゃないなら、まさか────────ねぇリーマス、今言った言葉は本当に?

「あぁ、でもはあのバカ犬がそんな愛らしい人間だと思っているから追いかけてるのかな」
「リーマス、あの、わたし」
「食事も終わったし、おやつにしようか」
「え!?でも、リーマス」
「なあに」

 先ほどと一緒だ。どうしてこうも何事もなかったかのようにしていられるのかが分からない。さっきのがシリウスの話じゃないなら、それじゃあ────────

「あの話が誰の話だったのかって聞く度胸がついたら、また聞きにおいでよ」
「えっ……でもリーマス……いいの?それで」
こそいいの?君が夢中なシリウス以外のことで頭をいっぱいにさせても」
「そ、れはどういう」
「ちなみに僕は、君の反応を見てすごく機嫌が良いってことだけは教えておいてあげる」
「私の反応、って」
「今日はアイスミルクティにしておく?顔が真っ赤だけど」
「ちょっ、ちょっと待ってよリーマス!」

 頭が真っ白だっていうのに何一つ言葉に出来なくて、いや頭が真っ白だからこそ何も言葉に出来なくて、だけど何一つはっきりとしない頭をどうにか整理したくて何から話し始めればいいのか必死になっているっていうのに、リーマスはまるで全てが完結したかのように振る舞っている。あんなことを言われて私はどうしたらいいのか分からないでいるのに、自分があんなことを誰かに告げるとしたらきっと心臓が壊れてしまいそうに騒いできっと何も言えないで終わるのに、それなのにリーマスはどうしてそんなに落ち着いていられるのよ。
 あんなに、あんなに甘くてあたたかい言葉を言った後で、どうしていつも通りみたいな態度でいられるの?私までもがいつも通りに会話を続けていても、リーマスは本当にそれでいいの?
 どこをとっても、そんな軽い言葉はひとつもなかったのに。

 いよいよ泣きそうになってきてしまった。
 どうしたらいいのか分からない。リーマスの言葉が頭から離れないのに、それが誰の話なのかも確かめることが出来なくて、それなのにさっきから体の内側が小さな炎に焼かれるようなチリチリとした感覚は消えなくて、どうにかしなきゃいけないと思うのにリーマスは平然と「度胸がついたら」だなんて紅茶を淹れだして。
 私はどうしたくて、どうすべきなの?



 アイスティーにしようかなんてからかっていたくせに、いつものように甘くて美味しそうなホットのミルクティーを目の前に差し出して、リーマスは悪戯な笑みを浮かべた。

「やっぱり温かい方が良さそうだから、これを飲んで少し落ち着いて」
「……」

 何も言えずにティーカップを受け取って、言われた通り温かいミルクティーに口をつけた私にリーマスは満足そうに頷いた。

「安心して、僕は”片思いの女の子のために親友とのティータイムをなくすような薄情な魅力のない男”じゃないよ」
「それって……」
「僕もも大好きなこの時間は変わらないってこと。それともには、もう大好きな時間じゃなくなっちゃった?」
「……そんなことない」
「そう、それなら良かった」

 このケーキ新商品で最後の2つだったんだよ、だなんて本当にいつも通りのリーマスを見れば見るほど、私はわけがわからなくなっていた。リーマスが平然とすればするほど、私の熱は上がっていくのだ。
 本当にこうしていつも通りでいるつもり?これからも、本当にいつも通りが続くの?

「そういえばがぼやぼやとしてる間にシリウスが声をかけてたけど無視して良かったの」
「うそ、いつ!?」

 全然気づかなかった、全然聞こえてすらいなかった!リーマスだって、シリウスになんの目配せもしてな────────かったのかすら、覚えていない。リーマスの言葉に捕らわれて、それ以外のことが何も頭に入って来ていなかった。
 もういないのは分かりつつも慌てて後ろを振り返れば、「嘘だよ」とリーマスの冷ややかな声が聞こえた。今日のリーマスは感情がやけにころころと変わる。その声の冷たさに肩を震わせながら顔を戻せば、予想通りリーマスお得意のまったく笑っていない笑顔がそこにはあった。

「君は結局シリウスを追いかけるんだね」
「ま、待ってよ何で急にそんな変な嘘をついたの」
「ちょっと元気づけてあげようかと思って」
「元気でないよ!リーマス怒ってるし!」
「嫌だな、怒ってないよ」
「顔を見ればわかるんだからね!」
「全然なにも気付いていなかったくせに?」
「そ、れはなんの話」
「さぁ?なにかな?度胸がない人には分からない話」
「なにがしたいのよリーマス!」

 こんなのはずるい、と声を荒げる私にリーマスは笑って「やっぱりとのティータイムは楽しくていいね」と返すだけだった。大きな声を出したおかげで焦燥感がどこかへ少し飛んでいき、半ば自棄になりながら私はリーマスに「いただきます!」と宣言をしてケーキを口に運んだ。目の前のケーキを食べる、それ以外の選択肢が今は見つけられなかった。
 リーマスが何をしたいのか、私には全然わからない。あんなことを言って私を混乱させておいて、いつも通りでいいだなんて。
 そんなの絶対におかしいよ。

「まだ腑に落ちなさそうだね」
「当たり前でしょ!リーマスが何したいのか全然わかんない」
「別に何かをしたかったわけじゃないんだけど」

 確かに、考えてみれば話の流れで感情のままに言葉にしてしまったと言う感じで、計画的に改まってどうこうしようとしてたわけじゃなさそうだったけど。
 そう考えて、またリーマスのあの言葉が頭の中で揺らめき出して、私は慌てて頭を振った。あの言葉を思い出すとまた普通じゃいられなくなる。リーマスが普通でいいと本気で言っているなら、何も言葉を返せない今は悩みこんで変な空気にはしたくない。
 普通に、普通にいつも通りに!と心の中で唱えながら頭をもう一度横に振っていると、リーマスの楽しそうな声が聞こえた。
 それはそれは、とても嬉しそうな声。

「でも僕のことで頭いっぱいになってるみたいだし、大成功だよね」

 その言葉に口をあんぐりと開けていると、リーマスはいつかのように私の口の中にケーキを押し込めた。



 大成功って、それどういう意味?
 リーマスにも私の心にも、そう問いかけたいのに今はまだこれっぽっちも度胸がなかった。だって、リーマスがそんなに嬉しそうにしてるって、

 ────────まるでそんな!







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