Sweet time with me?





口に入れていた飴が口の中で溶けきった頃、私はひとつ溜息をついた。

「はぁ…」
「どうしたの?溜息なんてついて」

 わかんない…と私は二度目の溜息と共に呟いた。隣で本を読んでいたリーマスはしおりを挟んでから本を閉じて私を見る。私も読んでいた本を閉じてしまおうと両手に力を入れると、本が閉じるよりも先にリーマスはすぐそばに置いてあった蛙チョコについてあったカードを滑り込ませた。

「あぶない、またどこまで読んだか分からなくなるよ」

 ──────また。私はよく読みかけの本を落としたり、しおりを挟むのを忘れたり、どこまで読んでしまったか分からなくなって嘆くことが多いのだ。それでも、今はそんなことはどうでもよかった。そもそも、今開いていたページまでを私の脳がちゃんと読んでいたのかすら分からない。私はもう一度溜息をついて、リーマスを見た。

「ありがと」
「溜息つきながら言われてもね」
「んー…なんか、急に憂鬱に…なんだろ」
「じゃあ僕特製のミルクティーでも入れようか」
「うんと甘いのでお願いします」
「まかせてよ」

 リーマスは杖をくるりと振ってカップやソーサー、ポットを優雅に動かした。私はそれをちらりと見てから、膝をかかえて顔をうずめた。なんだろ、急に。最初はいつも通りリーマスと一緒に穏やかに本を読んでいただけなのに。なんでか急に、憂鬱な気分。おかしいなあ私、なんだか変。何の悩みも理由もないのに、憂鬱だけが突然現れたような、そんな気分。

「はい、どうぞ」
「ありがと…おいしい」

 リーマスが入れてくれた甘いミルクティーにひとくち口をつけて、私はまた呟いた。
 だめだ、おいしい、のに、どうしてか憂鬱な気分は晴れない。いつもなら、少しイライラしたときとか落ち込んだ時はリーマスが淹れてくれる甘いミルクティーが私の回復の薬になっていて、ひとくち飲めば心が落ち着いて、ふたくち飲めば笑顔をリーマスに返せていたのに。今日はどうやらそうはいかないようだった。せっかくリーマスと一緒にいるのに、せっかくリーマスが美味しいミルクティーを淹れてくれたのに。私は申し訳なくなって、ティーカップを持ったままソファから立ち上がった。

?」
「ごめん、部屋で飲むね」

 一緒にいるのに、憂鬱だとか口にして、溜息をついて隣に座っているなんてリーマスにとっても失礼だ。私は読みかけの本のことも忘れて、ただミルクティーの甘い香りを感じながら一歩踏み出した。
 けれど、もう一歩を踏み出すことは出来なかった。

「だめだよ」
「え…?」
「ひとりでいたら、もっと憂鬱になるよ」
「でも」
「いいから、ほら座って」

 そう言って、笑顔のリーマスに少し強引手を引かれ、私は再び腰を降ろした。けれど、私が腰を降ろしたのは先ほど座っていたソファの上ではなくて、リーマスの膝の上だった。私の持っていたティーカップの中のミルクティーが不自然に揺れる。

「リ、リーマス…!」
「うん?」
「うん、じゃなくって、わたし!」

 隣の、先ほど座っていた位置に移ろうと慌てて体を動かしながらリーマスを振り返って見てみれば、有無を言わさぬ笑顔で私を見ていて、私の手を引いていた手は逃がさないようにと腰に巻きついてきた。
 ちょっと、こんなこと…シリウスみたいよ!恥ずかしくて抗議したくてもリーマスの笑顔を見てしまえば私は何も言えなくて、腰に回された腕によって動くことも出来なかった。こんな、談話室で、人がいるような所で!リーマスがこんなことするなんて!誰も私達のことを見ていませんように…!談話室の端のソファに座っていたことがせめてもの救いだと感じながらも、誰かに見られていたらと思うと恥ずかしくて、それでもどうすることも出来ない現状に私は俯きながら体を前に向けた。後ろでくすくすと笑うリーマスの声が妙に近いことにドキドキしながらも私は心の中で悪態をついていた。どうして急にこんなこと!

「談話室にほとんど人はいないし、誰も見ていないから平気だよ」
「…リーマス、なんだかとってもシリウスみたいよ」
「え?それは心外だな」

 楽しそうに話していた声も、私がシリウスみたいだと言えば急に冷たい北風のような声色に変わった。うわあ、こわい…。そんなことを思いながら波打つミルクティーに視線を向けていると、急にカップを持つ私の手にリーマスの手が添えられた。思わず振り向いてリーマスを見ると、いつもの穏やかな笑顔で私を見ていた。

「とりあえず、冷めないうちにどうぞ」
「あ、うん」

 言われるがまま、手を添えられたまま、私はティーカップに口をつけた。こくり、こくり。丁度良いあたたかさの甘いミルクティーは私の体のなかにゆるやかに浸透して行った。こくり、こくり。そんなあたたかい甘さを感じていると、あっという間にティーカップは空になった。飲み干した満腹感と体に広がる甘さに、ふぅ、と小さく息を吐くと後ろからリーマスの「うん」という満足げな声がした。

「どう?」
「どう…って?」
「まだ憂鬱?」
「…ううん、それに」
「それに?」
「それどころじゃないよ…リーマスがシリウスみたいなこ」

 全部言い終える前に私は後ろに、リーマスに倒れ掛かった。というのも、リーマスが私の腰に回している腕を引き寄せたからだ。膝に座るだけで、それ以上密着しないようにしていた私の意志に反して、背中がリーマスの体にぴったりとくっついてしまった。私の左肩にはリーマスの顎が乗せられ、すぐ横にリーマスの笑顔があった。

「僕の、どこが、あの卑猥な男みたいなことを?」
「え…いいえ、その」

 卑猥って…!私、シリウスに対してそこまで思ってないし、シリウスだって卑猥と言われるほどじゃ…そう思ってもリーマスの笑顔が怖くて何も反論は出来なかった。シリウスにちょっぴり罪悪感を感じながらも、これ以上リーマスの笑顔を濃くしないようにと小さく口を開いた。

「なんていうか…リーマスがこんな人前で」
「僕がこういうことしたら嫌?」
「そ、そうじゃなくって」

 言葉を濁して俯けば、またすぐ左でリーマスがくすくす笑うのが私の耳をくすぐった。

「ドキドキして、憂鬱なんて吹き飛んだでしょ?」
「…跡形もなくね」
「それは大成功だ」

 ドキドキしながらも、私は少し呆れた声で答えた。確かに憂鬱が吹き飛んだのは嬉しいけれど。でも、急にこんなことをされたら私の心臓の灯火まで吹き飛んでしまいそう。

「あぁ、でも僕はさ」
「うん?」
が憂鬱じゃないときでも、こうしたいって思うんだけど」

 どうかな?そう言ってリーマスは私の肩に顔をうずめた。いよいよ私の命の灯火が吹き飛びそうだった。

「そんな…こと」
「やっぱり嫌かな」
「Yes(嫌だ)なんて言える人、いないでしょ」
「まさか。みんなYesって言うよ」
「…え?」

 リーマスの発言に驚いて、顔を少し横に向けると今にもくっついてしまいそうなほど近くにリーマスの顔があった。リーマスの瞳に映る私は真っ赤だ。そんな私が見えなくなるほど、リーマスは嬉しそうに瞳を細めて笑った。

以外にNo(嫌じゃない)って言う権利はないからね」
「リーマス…」
「うん?」

 私は恥ずかしいやら嬉しいやら、何がなんだか分からなくてパニック寸前だった。

「で、の答えは?」
「No」

 私は小さな声でそう呟くのが精一杯だった。だってそれ以外の返事は存在しないでしょう?
 

 小さな声で紡いだNoを吸い取るように近づいてきたリーマスの唇が私の唇に触れた。






20091231
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