ふらちな子猫ちゃん/02





 コンコン、と部屋をノックすると「どうぞ」と楽しそうなレンの返事が聞こえた。私はそっと部屋のドアを開けながら、ほんの少し責めるような目でベッドの上で寛いでいるレンを見た。

「誰が来たのか分からないのに、どうぞだなんて不用心だよ」
「ここに来るのは以外考えられないだろ?」
「そんなの分からないでしょ」
「それじゃあやりなおそうか?もう一度ノックして」

 楽しそうにクスクスと笑うレンに言われた通りドアをノックしてあげれば、わざとらしく丁寧な質問が返って来た。

「どちらさまですか?」

 部屋には入らず、ドアの隙間から顔だけを出したままの状態で名前を名乗ると、レンは眉間に小さくシワを寄せた。

「おかしいな、ここに来る予定なのは不埒な子猫ちゃんだけなんだけど」
「もぉ、なんなのそれ」
「君が不埒な子猫ちゃんじゃないのかい?」
「……ちがいます」
「そうか、じゃあ扉を閉めてお帰り頂こうかな」
「…………」
「ごめんね、俺は可愛い恋人のお願いで不用心なことは出来ないんだ」
「それ言ったの私でしょ」
「う?ん、俺の恋人は不埒な子猫ちゃんのはずなんだけどな」
「……それでいいの?」
「大歓迎さ」

 面白そうに笑いながら両手を広げ、歓迎の合図をするレンに導かれるように私は部屋へと足を踏み入れた。ベッドに体を預け、ぽてりとレンの胸に顎を乗せれば、背中に彼の腕の重みとあたたかさを感じた。レンはひとりで面白そうに笑って「いらっしゃい、」とようやく私を招き入れた。
 結局は私が「」だと認めるのに、さっきまでの小芝居はなんだったんだろう、と思う。だけど私は、彼のそんなユーモアが好きだった。たまに本気で言っているんじゃないかと思わされるほどのお姫様扱いをしてきたりもするけれど、レンとの不思議な会話遊びは、子どもの頃に楽しんだおままごとを思い出して胸の奥がくすぐったくなる。それなのに、彼の雰囲気も声も子どもとはまったく真逆のそれで、いつもドキドキ振り回されっぱなしなのだ。

「願わくば」

 甘ったるい声と、宝物に触れるようにゆっくりと優しく私の前髪をかきあげるようにおでこを撫でて、リップ音をひとつ響かせたレンが、ほんの少し寂しそうに笑った。

「俺だけの、不埒な子猫ちゃんだと嬉しいんだけどな」
「だから、私、不埒なことなんてしてないってば……」
「信用ならないな」

 私も、レンが私にくれるような甘い言葉を彼にかけることが出来たなら、胸の奥が締め付けられるほどの愛情表現を返してあげることが出来たなら、レンに信用してもらうことができたのかな。何ひとつとっても、レンが私にくれる全てより、私は上手く返してあげることが出来ない。
 好きな気持ちはレンよりもたくさんある自信があるのに、それが全部彼に伝わっていないことがもどかしかった。どうしたら私はレンが私にくれるのと同じように、それ以上に、彼に気持ちを伝えることができるんだろう。
 悩んで言葉を発せずにいる私を急かすこともせず、レンはまた穏やかに微笑んで私の背中を撫でた。もっと問い詰めたりしてくれてもいいのに。どんな時でも、レンは必ず私を一番に優先してくれる。

「レン」
「なんだい?」

 どうしても思い浮かばなくて。せめて、と思い私はレンがしてくれたのと同じように、彼の前髪を優しくかきあげて、露わになったおでこに唇を寄せた。恥ずかしくてリップ音を響かせるなんてことは出来なくて、静かに触れるだけの口づけだったけれど、これでレンにも私が同じ気持ちでいることが届いたらいいなと思った。彼に触れられるたびに心の中があたたかくなるこの感覚を、レンにも同じように感じてもらえていたらいいのに。
 そっと唇を離してレンを見下ろすと、彼は驚いたように瞳を丸めて、そしてあどけなく笑った。

───────あぁ、わたし、知れば知るほど本当にレンを好きになる

 いつも人前で見せる大人っぽいレンだけじゃない、私だけの特別を、いったい彼はどれだけ私にくれるんだろう。

「ほんとうに……不埒な子猫ちゃんだ」

 そう言って何故だかレンは嬉しそうに笑っていて、ほんの少しでも私の気持ちが伝わったようで嬉しくなった。
 反転した身体でしあわせな重みを受け止めながら、私はふざけてにゃあ、と鳴いた。





 私がレンだけの───────だなんて

 言わなくったって、分かってくれるでしょう?






20200629
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