それはいつもの愛だった





 それは、とある日のランチタイムでの出来事。いつもとは違った場所で、ということでなんとなく集まった空き教室。各々、持ち運べるランチを手にして課題のことや授業の話など、繰り広げられるのはいつもと変わらぬ会話。その中で突然、俺たちとは少し離れた所でシノミーと翔と一緒にグランドピアノを囲んでいたの大きな声が響いた。まぁこれも、いつもと特には変わりのないこと。驚きもせず、自然と目を向けてみれば話がいささか不安な方向に向かっていた。

「シノミーのお姫様がご機嫌ナナメのようだね」
「あいつはいつも校則に対する意識が低すぎる」
「恋する乙女ってものは前方不注意になりがちなものさ」
「彼女は常に前方不注意ぎみだと思いますが」
「てゆーか!のんきに傍観してちゃまずくない!?誰かに聞かれたらそろそろアウトな内容でしょ!」

 俺、聖川、イッチーがシノミーとの様子を傍観していれば、イッキがガタリと音を立てて立ち上がった。イッキの言う通り、いくらドアを閉めた教室内と言えどあの声の大きさなら廊下を歩く誰かに聞かれてしまってもおかしくはないだろう。いつも男女交際を匂わすようなギリギリの会話をしているとシノミーだったが、内容が甘美なものではなく、つたなく可愛らしいものであるということ、そしてそこにはいつも翔がいて三人の会話である、という認識で二人が恋人同士か否かという話題は特に持ち上がっていなかった。けれど今は壁ひとつ隔てた教室内。生徒からは俺たちの姿が見えず、声しか聞こえないのだ。会話だけを聞けばシノミーとが二人きりのように聞こえて、恋人同士の会話だと勘違いしてしまってもおかしくはない。
 勘違いではなく、事実二人は恋人同士なんだけどね。

「私と翔と、どっちが好きなのっ!?」

 立ち上がり、まるで宣戦布告のようにシノミーに詰め寄るに、シノミーは眉尻を下げてうろたえた。
 どうやら今回も会話の内容を心配する必要はなさそうなことに俺は笑った。私のこと、ではなくて“私と翔と”だなんて、まったくらしくて可愛いね。
 けれど二人の会話にハラハラしていたイッキと春歌ちゃんは既に教室を出て廊下に生徒がいないか見に行ってしまっていた。

「えぇっ…ぼ、僕は」
「だァァア!なんで迷ってんだよ!そこは即答でだろーが!」
「やっぱり私、二股かけられて…しかも二番手!?」

 おっと、少し問題な単語が出たね。それでもまだ微笑ましくて恋人同士という決めてには欠けるけど。
 立ち上がりシノミーを見下ろすちゃんと同じく、翔も騒がしく立ち上がりに抗議した後、那月に詰め寄った。

「気色悪ィこと言ってんじゃねーよ!那月!はっきり答えろ!」

 と翔に詰め寄られ困ったように二人の顔を見るシノミーだったが、その顔がどこか嬉しそうに見えるのは俺の勘違いではないはずだ。僕は…とためらいがちに声を漏らしたシノミーは、翔の顔をじっと見つめ、片手を握った。

「僕は…翔ちゃんのことが大好きです!」
「っな」
「ホラやっぱりぃぃぃぃい!!」

 シノミーの発言に顔を青くする翔に、は絶叫しながらずるい、と言わんばかりに涙目で翔を睨んだ。

「テメ、那月…」

 なんてことを言うんだ、握られた手を振り払おうとしながら青筋を立てる翔だったが、シノミーは翔の手を離さずそのままを見つめた。

のことは…一言では言い表せません。愛しています…それよりも、もっともっとあたたかくて、特別な気持ちです」

 それは、翔を見ていた目よりも熱っぽい眼差し。
 これが全ての答えだと思うけどね。シノミーの全てを感じて受け止めるには、はまだ可愛らしすぎるみたいだ。そこがの愛らしいところなんだけど。シノミーもそれが可愛らしくて、きっともどかしく思っているだろう。
 二人の手をぎゅっと握って、いつもの笑顔を浮かべるシノミーに、その熱っぽい言葉に顔を赤らめながらもその通りだ、と頷く翔。そしては、自分から聞いておいて顔を真っ赤にして固まっていた。

「まったく情熱的な三人だねぇ」

 微笑ましい、と笑いを漏らせば聖川が呆れたように息を吐いた。

「学園内だということをわきまえるべきだと思うが。あいつ等、退学になりたいのか」
「その場合は翔も退学対象かな」

 そんな風に傍観を楽しんでいれば、息をきらしてイッキと春歌ちゃんが戻ってきた。

「み、みんな離れてもらったよ!」
「こっちも、大丈夫です!声が届く範囲には誰もいないですっ」

 三人の会話はやはりいつもの通りで、近くにいた生徒に離れてもらう必要があったかは微妙なところだが、俺は息を切らす春歌ちゃんにお疲れ様、と椅子を引いて座るように促した。

「それにしても、どうして翔まで顔を赤くしているんですか」

 未だ三人仲良く手が繋がったままの状態を見て、イッチーがぽつりと漏らした。

「やはり翔も退学対象だな」
「えぇ!?あの三人ってそういう関係なの!?さ、三人でつ、付き合っ」
「そうだったんですか!?」

 シノミーはに愛の言葉を語ったのに、翔が顔を赤らめる意味が分からないイッチーに、聖川の“退学対象”という言葉に“恋愛”を連想してあの三人の関係にうろたえるイッキと春歌ちゃん。
 俺はやはり微笑ましくて笑った。

「みんなウブだねぇ」

 この世には色んな愛がある。この教室内は、愛で溢れている。恋愛だけが退学対象だなんて、少し不公平じゃないかい?
 まぁ、もし“愛”を抱いただけで退学になってしまったら、少なくとも今この教室にいる全員が学園を去らなきゃいけないけどね。






20110930
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