ふらちな子猫ちゃん





「なぁ……お前、あれいいの?」
「ん?」

 食堂でお昼ご飯を食べ終わった頃、昨日買ったばかりなのだと言うピヨちゃんのキーホルダーを那月に自慢されていると、翔が私の後ろに小さく指を向けた。彼にしては珍しく歯切れの悪い物言いに不思議に思いながらも振りに返ってみれば、そこにはいつものように女の子に囲まれているレンがいた。

「いいの、って?」
「アイツいつも女に囲まれてるっつーか、囲わせてるっつーか」

 囲まれている、ならよく聞くけど “囲わせている” という言い方を聞くのは初めてだった。当てはまりすぎているその表現に私は笑って、後ろに向けていた顔をもとに戻した。相変わらず翔は腑に落ちない顔をしていて、隣にいる那月は平和そうにニコニコとピヨちゃんに話しかけている。
 確かに、レンが女の子に囲まれているというよりも、彼のあの振る舞いを見ていればむしろ囲わせているという表現の方が近いのかもしれない。するどいよ翔ちゃん。
───────でもね

「いつものことでしょ」
「……そうだけどよ」

 どうやらこの状況に、私よりも翔の方が納得がいかないようだった。レンのこの状況は今日突然始まったわけじゃない。見慣れたいつもの光景なのに、今更なんでこんなことを言い出したんだろうと思いつつも、なんだか難しそうな顔をして顔を寄せる翔に合わせて私も神妙な顔をして、内緒話をしたいのであろう彼に顔を寄せた。すると翔は、私になのかレンになのか、ちょっぴり怒った声を出した。

「いくら男女交際禁止でも、お前とレンが付き合ってんのは事実なんだから、あーいうのは嫌なんじゃねぇの」

 まるで自分のことのように眉間に皺を寄せる翔を見て、私のニセモノの神妙な顔はあっという間に崩れ、思わずにんまりとしてしまった。
 だって、翔の怪訝そうな表情も、不機嫌そうな態度も、そしてその怒った声も、全部ぜんぶ私のためを思ってのことなのだ。そんな風に私のために一生懸命になってくれている姿が嬉しかった。そして流石アイドル志望なだけあって、その表情のひとつひとつがとっても可愛いのだ。不謹慎なことを考えているのは重々承知しているけれど、それにしたって可愛い。思わず「可愛い」だなんて口にしたら、翔の機嫌を損ねるのは目に見えているから、私は微笑むことで口を開くのを堪えた。
 けれど今この場に相応しくない表情をしていることには間違いがなく、翔の眉間が更に近くなってしまった。

「……なんで笑ってんだよ、俺の話聞いてんのか?」
「いいのいいの、あれはほっといても」
「僕も内緒話に混ぜてくださいよう」

 私と翔が顔をくっつけたまま小声で話し続けていると、ひとり取り残されたようで寂しくなってきたらしい那月がピヨちゃんとのお喋りをやめて顔を寄せた。私と翔のふたりで顔を寄せている時には何も感じなかったけれど、背の大きな那月が背中を丸めて顔を寄せていると、なんだか窮屈そうでおかしかった。食堂の大きなテーブルを私たちだけで使っているのに、まるで3人で狭い空間に閉じ込められてしまったみたい。
 でもまぁ、私の背後の方が人口密度が高くてよっぽど窮屈そうなんだけどね。

「那月は話が脱線するから入ってこなくていーんだよ!」
「冷たいこと言わないでよ翔ちゃん。僕だって何の話をしているのか、ちゃあんと分かってますよ?。ちゃんは、愛されてる自信があるから気にならないんですよねぇ」

 しっかりと背中を丸めた那月は、私を見上げるように微笑み、同意を得るように首を傾けた。そんな彼の姿を見て、思わず私の頬が熱くなった。
 翔に続いて那月も、本当に可愛い。いつもは私が見上げている那月が今は私を見上げていて、可愛らしく首を傾げている。こんなに近くで見つめられてしまって、ときめかない女の子がいるのかな。
 そしてそんな那月に言われた「愛されてる自信」という言葉も、私を火照らせる原因だった。私はそんなつもりでレンが女の子に囲まれていても平気なのだと言ったわけじゃない。だってそれじゃあ、まるで私が自意識過剰なような、レンは私のことを大好きなんだと自分で言っているような、そういうことになってしまう。
 自分からそんなことを言えるほど、私は自信があるわけじゃない。

「あのね、そういうんじゃなくて」
「困った子だね」

 目をそらせずに口ごもっていると、頭上で艶やかな声が聞こえた。どこか呆れたような、拗ねたような、そんな気持ちが伝わってくる声の主を、顔を上げて確認する必要もなかった。声だけで、そして私のすぐ隣から香るこのコロンで、誰が来たのかなんて、すぐに分かってしまう。

「男ふたりと顔を寄せて、どっちとキスをしようか迷ってるのかな?俺の子猫ちゃんは」

 頬がくっついてしまいそうなほどの距離で、私たちの真似をするようにレンが顔を寄せた。

「そんなんじゃないし、こんなとこで俺のとか言わないでよ……!」
「ふたりきりだったら言っても良いんですねぇ」
「那月、そーいうんじゃなくて」
「俺と顔を寄せる時はキスする以外なかったと思うけど?」
「レン!変なこと言わないで……!」

───────やだもう!
 相変わらず那月もレンも小声で話しているというのに、私ひとりが動揺して大きな声を出して、そして耐えられずに寄せていた顔離した。
 助けを求めるように翔に目線を投げかけてみても、彼から返ってくるのはご愁傷様、という哀れんだ目線だけ。ニコニコとする那月とレンを横目に、ひたすら「助けてくれないなんて、ひどい」という気持ちを込めて強く見つめ続けると、ようやく助けてくれる気になったのか、背中を椅子に預け踏ん反り返った翔が口を開いた。

「お前の話をしてたんだよ、レン」
「俺とお喋りが出来なくて寂しかったのかな?」

 レンは分かっているとでも言いたげに私を見た。

「ちげーよ、逆だ逆。女に囲まれてんの見てほっとけって言ってたぞ」

 翔のその言葉にわずかに目を開いたレンは、私を咎めるような目で見た。

「まったく……」

 かがんでいた体を起こし、私の隣に座り直したレンは息を一つ吐いて頬杖をついた。翔と那月は “まったく” だなんて、ため息をつきたいのはの方だろう、と言いたい顔をしているけれど、レンのため息の本当の意味に心当たりのある私は、まさか自分の気持ちがバレているんじゃないかと、ドキリとした。

「本当に困った子だ」
「いや、それはお前だろ」

 呆れ顔でツッコミを入れる翔に、分かっていない、とでも言うように、レンはもう一度息を吐いた。

「たっぷり愛情を注いで可愛いがっているからね、俺が女の子に囲まれていても気にはならないんだろうけど、それ以前に」
「それ以前に?」

 “愛されている自信”と言った自分の予想が当たっていたことに那月は喜んでいたけれど、それ以外の理由がある、と言うレンの言葉に再び首をかしげていた。レンのそんな物言いに、私は思わず顔を逸らしてしまった。そんなことをしたからって、この会話から逃げられるわけじゃないことは分かっている。それでも、これから暴露されてしまうのであろう自分の内心を思って、目を逸らさずにはいられないのだ。
 これは確実に、レンには私の気持ちがバレている。

は格好良い男に囲まれるのが好きだからね」

 顔を逸らした私がこの話題から逃げないように、とでも言いたげに、レンは私の頬をつねりながら笑った。
 やっぱり、バレていたのだ。レンの声には呆れの色と、棘がある。私はほんの少しの罪悪感から、痛いと抗議することも出来ずに頬の痛みを受け入れることしか出来なかった。けれどその言い方だと語弊がある。言い訳をさせて欲しくて「でも」と口を開けば、摘まれた頬が痛んだ。
 レンが冗談でも私に力を込めるだなんて、これは本当にちょっと不機嫌な証拠だ。レディ至上主義のレンは、基本どんなことでも乱暴なことはしないし、私に本気で怒ったりもしない。だからこそ、頬をつねるだなんて抗議の姿勢にほんの少しの可愛さと、彼にそんなことをさせてしまっていることに申し訳なさを感じた。だけど、それでも、私にだって言い分はある。
 だって、私だけが悪いわけじゃないでしょう?それに、私は悪いことをしているつもりはないし、どっちかっていうと、やっぱり悪いのはレンの方だし。
 私の頬を摘んでいた指を離してそのまま気遣うように撫でるレンに絆されないように意を決しながら、私は口を開いた。

「レンと一緒にしないでよ」
「それは俺のセリフだね。子羊ちゃん達はいつの間にか俺の周りにいるだけさ」
「私だって、友達がたまたま格好良いだけ」
「眺めて欲求を満たしてるだろ?」
「ちょっと、変な言い方しないでよ。格好良いものを格好良いって素直に感じてるだけだもん」
「……お前ら、どっちもどっちだろ」

 つうかよくお似合いで、と味方だと思っていた翔が呆れかえる姿に、私は思わずテーブルに乗り出した。

「ひどいよ翔ちゃん!」
「ちょ、やめろ俺を不埒な目で見んな」
「ひっどーい!てゆーかアイドル目指してる人が何言ってんの!?デビューしたらどれだけの女の子に見られると思ってんの!」
「不埒な目線を認めたな」
「ちが、てゆーかなんで!いいじゃん、ねぇ那月?」

 那月は嫌じゃないよね?と、縋るように見れば、那月は相変わらずニコニコとしながら、うんうんと頷いた。
 ほら、やっぱり那月は分かってる!

「僕は嫌じゃないですよぉ。それに、僕も翔ちゃんはとーっても可愛いと思います」
「可愛いって何だよ!は格好良いって言ってんだよ!」
「え?翔は可愛いだよ」
「んなんでだよっ!」

 噛み付くように前のめる翔に私は笑った。

「まぁ、可愛いって思うことが多いけど、もちろん翔は格好良いよ」

 宥めるように口にした言葉は、嘘ではなかった。確かに翔は可愛いと思うことが多いけど、中身はかなり男前。だからただ見てるだけじゃなくて、友達として接していると格好良いと感じることの方が多いのだ。でも、そのギャップがまた可愛い、って思っちゃうんだけどね。
 そんな私の言葉に、翔がぽっと頬を赤くした。
───────あぁ、そんな所も可愛い
 だなんて内心で思っていると、私の視界が嗅ぎなれたコロンと共に閉ざされた。先ほどまで私の頬を摘んでいたレンの手が、今度は目を覆ったのだ。私は不満げな声を出して彼に抗議した。

「レン」
「妬けるね、俺以外の男をそんな目で見るなんて」
「自分だって何十人って可愛い女の子を視界いっぱいに入れてるでしょ」
「あの中からいつもを見てるのに、そのはいつも俺じゃない男を見てる」
「……見てない」

 レンの言葉に、今度は私が顔を赤くする番だった。嘘みたいなこと、って思うのに。レンの言うことはいつも嘘じゃないから困る。

───────いつも、女の子に囲まれたあの中から、私のことを見ていてくれていたの?

 本当は、レンがいつも女の子に囲まれていることがまったく気にならないと言えば、嘘になる。だけど翔に伝えた言葉も嘘ではないのだ。それは那月が言ったような、愛されている自信があるからとか、そういうことではなくて、どうしてか寂しいとか、やきもちを妬く気持ちにならないからだった。その理由は、もしかしたらレンが私を見ていてくれたからなのかもしれない。
 レンと一緒にいなくても、レンが女の子に囲まれていても。どこかでいつもレンが隣にいるような感覚が私にはあったのだ。

 私の目を覆っているレンの手を掴んで下ろして彼に顔を向けると、私のそんな気持ちもお見通しなのか、レンはとても優しい表情で私に微笑みかけていた。やっぱりレンは、女の子に……ううん、私に、優しくて、甘い。
 レンの言う通り私は格好良い男の子が好きだし、レンが女の子に囲まれている間に翔たちの格好良さに頬を緩ませてしまっているけど、
───────でも

「他の男を見ていたって、俺のことが目に焼き付いて離れないんだろうけどね」

 私の瞳を見つめながら満足そうにそう言うレンに、私は何も言えなかった。
 だって、レンの言う通りなんだもん。

「オイ、ここ食堂だってこと忘れんなよ」

 つうか俺たちの目の前で!イチャつくんじゃねーよ!と、再び小声で前のめる翔に私は笑った。
 危ない危ない、レンがいるとついペースに飲まれてしまう。退学通知が来てしまうほど派手なことはしてこないし、レンが周りの視線を気にせずにこんなことをするわけがないから平気だとは思うけど、念には念を入れなきゃ。
 この話はもう終わり、と話題を変えようと思ったところで立ち上がったレンに声をかければ、ウインクがひとつ落ちてきた。

「聖川もいないことだし、ゆっくりとお昼寝でもしてこようかな。またね、不埒な子猫ちゃん」

 翔たちと楽しげにする私を責めるように頬を摘んだくせに、素っ気なくあっさりと背を向けるレンに、私は唇を噛んだ。
 ここに、私ひとり置いていってもいいの?

「ホラ、不埒な猫ちゃん。ご主人様行っちゃったぜ」

 追い払うように手を振る翔にチョップをして、私は見えなくなったレンの背中を追った。





 数分後、不埒な子猫ちゃんは瞳もココロも愛しい彼でいっぱいに満たすのよ。






20110828(20200629修正)
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