piece of the puzzle





 ふと会話の途切れた瞬間。

 付き合い始めたばかりの万里の横顔を眺めて、本当にこの人が私の彼氏になったんだ、なんて、くすぐったいというよりも信じられないような気持ちになった。
 伏せられた瞳も、長い睫毛も、口笛を鳴らした形の良い唇も、全部ぜんぶ、本当に私のものになっちゃったの?

「ほら、出来たろ?」

 勝気な笑顔を向ける万里に、私は慌てて目線を万里の手元にあるスマートフォンに戻した。

 私たちは今、万里の部屋で至に教えてもらったパズルゲームをしていた。
 何度やっても絶対に出来ない、と私が投げ出したステージの解き方を万里がやって見せてくれていたのに。
 私はパズルの解き方よりも、万里が私の彼氏になった、ということの方が理解出来ずにいた。どうして私と万里というパズルのピースがこうおさまったのか、未だに信じられなくて。
 だって──────────万里だよ?
 私たちのピースは、本当にちゃんとピタリとはまってるのかな、なんて何度もしっかり確かめたくなってしまう。もしかしてズレていたり、形が違っていたり、何かの間違いではまっているように見えているだけだったり、しない?

「見てなかっただろ」
「見てた見てた」
「嘘つけ。最後のピースはどれだったか言ってみ?」
「最後、のは瞬きしててちょっと見逃しちゃった……」
「嘘つくなっつーの」
「ほんと─────」
「じゃあなんで目ェ合わせねェんだよ?」

 そう言って、スマートフォンを操作していた万里の右手が私の顎を持ち上げた。
 無理やり万里の方に顔を向けられてしまえば目線を彼に向けないわけにはいかなくて、私はこの気持ちがバレませんように、と思いながら万里を見つめ返した。するとそこには、全てがバレていそう、と思わされてしまう笑顔があった。
 ちょっぴり意地悪な表情で、楽しそうに口角が上がっている。

「なんか言いたいことあんだろ?」

 ようやく私が万里に目線を戻したことに満足したのか、万里は私の顎から手を離し、スマートフォンをテーブルに置いて頬杖をついた。
 どこか楽しそうに私を見上げる万里をじっと見ていたい気持ちと、今すぐにでも顔を逸らしてしまいたい気持ちが半分ずつ。けれど、そのふたつの気持ちのどちらも、繋がっている先は私が万里のことを好きなのだということ。
 だからこそ、目の前にいる万里が本当に私の彼氏なのかと信じられない気持ちでいっぱいなのだ。
 けれど、その気持ちまではきっと、万里にはバレていないはず。

「…………ない」
「随分溜めたな。あんだろ絶対」
「ない」
「じゃーなんでパズルじゃなくて俺のこと見てたんだよ?」
「……見てたけど、何も言うことはない」
「そーくる?」

 万里は楽しそうに笑って、コーラに手を伸ばした。
 万里は万里のまま。私だって、こんな私のまま。それなのに、ふたりのピースが合わさって恋人同士になるなんて、やっぱりどうしてもまだ信じられなかった。
 冗談じゃないかなとか、からかわれてるんじゃないかなとか、ちょっとした暇つぶしに遊んでみようと思われてるんじゃないのかなとか、そんな風に思ってしまう。だけど、そのどれもが、万里はそんな人じゃないって私は知っているから、自分で自分の考えを打ち消せてしまう。
 だからこそ、難解なのだ。
 信じられないうちに、私たちのピースはぴったり合わさってしまった。

「んじゃ俺から言うわ」
「え?」
「かわいい」
「ッ!?っな、なに言っ─────」

 脈絡もなく突然言われた言葉に驚いて、万里から距離をとるように体が勝手に後ろに仰け反った。その反動で、どうしてそうなってしまったのか分からないけれど右手がテーブルの角に当たり、痛みで私は言葉を失った。
 恥ずかしい、痛い、恥ずかしい。
 色々なものを堪えるように目を瞑ると、目尻にうっすら涙が溜まった。

「バカ、何やってんだよ」

 痛みの衝撃で硬直していた私の右手の上に、万里の手がそっと重ねられた。
 少し熱いくらいに感じるのは万里の体温なのか、痛みのせいなのかがよく分からない。優しく包み込むように握られて、そこに心臓が集まったようにドクドクと、余計に痛みが増したような気がした。

「万里が変なこと言うから……」
「変なことは言ってねぇだろ」

 私の手を握ったまま、万里は胡座をかいた自分の膝の上に私の手を乗せた。
 万里から離れようと仰け反ったはずの私の体が、引き寄せられるように万里の方へと傾いてしまう。
 抵抗するように、この手の痛みも全部万里のせいだと言うように目を細めて見ても、万里は先ほどと変わらない余裕さで私を見ていた。

「じゃ、続きな」
「えっ、や、やだ」
「“やだ”!?」

 愉快そうに笑う万里に、私は恥ずかしさと情けなさでいっぱいになってしまう。
 一体どこに、好きな人に「かわいい」と言われて嫌がる女がいるというのだろう。ましてやあの摂津万里に、可愛いと言われたい女の子はたくさんいるはずだ。もちろん、私だって言われたい。
 だけど、だからこそ、この状況に耐えられない私の気持ちを分かって欲しい。

「俺も“やだ”」
「な、なにが……」
「言わせてもらえねぇのは“やだ”」
「わたしもやだ」
「ホントに?同じこと想ってる顔に見えたけどな」
「同じこと、って?」
「言っちゃ“やだ”なんじゃねーの?」
「……意地悪」
「最初に意地悪したのはだろ?」

 どこからどう見たって意地悪なのは万里の方なのに。
 けれど焦らされても、やっぱり万里には私の気持ちがバレてしまっていたことが分かってしまった。
 かわいい、と言った万里と同じことを想っている私。
 万里の言う通り、私は彼の横顔を眺めて、言葉は違えど“同じ想い”を抱いていた。だけどそんなこと、恥ずかしくて認められない。それなのに万里は恥ずかしげもなく、こんな風に確かめあおうとするなんて。
 私たちのパズルのピースがしっかりと合わさっているのか確かめたがっているのは、他でもない私なのだけれど。

 もしかして、万里にはそのこともバレているの?



 返事を出来ずにいると、万里が私の名前を呼ぶのと部屋のドアが開いたのは同時だった。
 別に、恥ずかしいことは何もしていない。けれどドアを開けて顔を出した十座を見て、私は思わず万里に握られた手を自分の膝へと引っ込めてしまった。
 十座からは見えていなかったかもしれないのに、初めて恋人が出来た中学生みたいな反応をしてしまって恥ずかしい。十座にも、万里にも変に思われちゃったかもしれない。
 けれどそんなどぎまぎした私に構わず、万里と十座はいつもの乱暴な挨拶を交わしていた。

「テメ、もう帰ってきたのかよ」
「うるせえ」
「おかえりなさい、お邪魔しててごめんね」
「いや、平気っす。着替えに戻っただけなんでゆっくりしてって下さい」
「あ、じゃあ私部屋出とくね」

 色々と気持ちを切り替えるのにちょうど良い、そう思った私は立ち上がろうと腰を浮かせた。すると万里が先ほどまで握ってくれていた私の手を再びとった。
 急に握られた手に驚いて腰を浮かせたまま動けずにいると、万里の方が先に立ち上がりそのまま私の手を引いて立ち上がるようにと促した。手を引かれるまま立ち上がると、万里はポケットにスマートフォンを押し込みながら微笑んだ。

「お散歩デートしようぜ」
「……う、ん」

 まるで十座に宣言するようなお誘いに、再び恥ずかしさで返事を口ごもってしまった。
 あぁもう、子供じゃないのに格好悪い。
 万里と十座はお決まりのようにすれ違う瞬間にお互いを一瞥し合っていて、私は万里に手を引かれながら十座に苦笑いを向けた。

「あ、さん。こないだ飲んでみたいって言ってたカフェカー、商店街のところに来てたっす」
「えっ、ほんと?ありがとう行っ───────」

 部屋を出る直前、そう教えてくれた十座に顔を向けて返事をしていると強く腕を引かれ、最後まで言い切る前に私は部屋から出てしまった。
 背後で閉まるドアの音を聞きながら、こちらを振り向かない万里の背中に声をかけた。

「意地悪」
にじゃなくて、アイツにな」
「商店街の方に行く?」
「行かねぇ」
「いじわる〜」
がな」

 ようやく振り返った万里は拗ねたような顔をしていて、思わず私は笑ってしまった。
 十座が教えてくれたからじゃなくて、ただ私はあのカフェカーで移動販売しているラテを飲んでみたいだけなのに。
 ねぇ万里、その拗ねた顔も、今は私のもの?

がさっき言いたかったことを言ってくれれば考えてやらなくもねぇけど」
「言わなきゃカフェカーに行かない?」
「行かねぇ、俺の気に入ってるカフェに連れてく」

 寮の中で手を繋いで歩いていたら、誰かに会うんじゃないかなんて内心そわそわしてしまう。
 だけど、少しずつ満たされていく気持ちに手を離す気にはなれなかった。恥ずかしい気持ちは変わらないのに、私たちのピースの輪郭が少しずつはっきりとしていくような感覚。

 ゆっくりと、何度も、はまったパズルの上をなぞらせてもらっているみたいな気持ちになる。

「今はまだ言わない」
「んじゃ商店街はなしな」
「いじわる〜」
「どっちがだっつーの」
「あれ、来てたの?いらっしゃい、というより行ってらっしゃいかな?」

 誰にも会わずに玄関まで来れたと思ったところで、ダイニングから出て来た東に見つかってしまった。彼は私と万里の繋いだ手にゆっくりと目線をくれてから微笑んだ。

「どこかにおでかけ?」

 東の瞳は万里ではなくて、私に向けられている。だから、東の質問に答えるのは万里じゃなくて、私だ。
 先ほど部屋を出る時に万里が言ってくれたお誘いの言葉を思い出しながら、私は口を開いた。
 万里に握られている手に力を込めて、心臓をドキドキとさせながら。

「…………おさんぽデート」
「ふふ、羨ましいな」
「だろ?」
「楽しんできてね」

 東に見送られながら玄関を出る万里の横顔は、なんだかくすぐったそうで、嬉しそうだった。
 私も今、同じ顔をしているのかな?




 ほんの数十分の世界の中でも。

 伏せられた瞳も、長い睫毛も、口笛を鳴らした形の良い唇も、
 勝気な笑顔も、
 ちょっぴり意地悪な表情で、楽しそうに口角を上げていたあの顔も、
 楽しそうな笑い声も、
 余裕げな瞳も、
 不満そうに拗ねた表情も、

 今目の前にある、その穏やかな笑顔も。
 全部ぜんぶ、私に向けられた、私だけのもの?

 きっとそれは事実に違いないのだけれど、もう少しだけ。
 もう少しだけ、私たちのピースがぴたりとはまっていることを確認してから。それから、万里の横顔を見つめて想っていたことを、あの瞬間だけじゃなくいつも想っていることを、伝えさせてね。
 もうすっかり、万里にはバレているようだけれど。

 だけど、私も万里も、“はっきりと声に出して言いたい”のは、同じ気持ちでしょ?

「ばーんり」
「ん?」
「どのお気に入りのカフェに行くの?」
「いや……商店街行くか」

 そう言って、万里は商店街へ向かおうと私の手を引いた。
 あんな拗ねた顔、してたくせに。
 やっぱり意地悪なのは私の方なのかもしれない。だって万里は、本当に意地悪なことは、絶対に私にしない。

「万里」

 もう一度名前を呼んで、私は足を止めた。

「どした?」
「今日は万里のお気に入りのところがいいな」

 くしゃりと笑った、万里の嬉しそうな顔。

 それが本当に、私のものになっちゃっただなんて。
 やっぱり、信じられない。

 ──────────信じられないほど、嬉しい。




 ねぇ、万里。
 だからもう少しだけ、はまったばかりの私たちのピースをなぞらせてね。






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