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鏡に映るものを見て私は考え込んでいた。
これ、どこかで見たことがある。なんだったろう。
「、椅子に座って。やりづらいわ」
言われた通り鏡の前に用意された椅子に腰をかけた。
「このバレッタ、外してもいい?」
「あ、うん」
この間母の手紙と一緒についてきた銀のバレッタを外すと、リリーは最初私の髪を優しく掬った。
あーでもないこーでもないと、リリーは自分の美意識と戦っている。
私は自分の像と向き合いながらある思考に囚われていた。
うーん、うーん。なんだろうこれ。
すごい既視感。
七五三?は、まあ確かにそう。そのまんま。
だけどもっと的確な表現がある気がする。もっとしっくりくるもの――。
「よし!できた!どう?」
「プリンセスに大変身!って感じ」
しまった。思わず声に出してしまった。
リリーも表情を固めている。
ドレスから髪までやって貰ったのに皮肉のような事を言ってしまった。
だって、ゴージャスな赤いドレスが地味な私の顔に浮きまくっていて、何処かのレジャーランドではしゃぎ回る小さなプリンセスのようだ。
私もう15歳なのに……。
「あ、いや、リリー今のはね……」
「確かに、お姫様って感じだわ!」
赤毛の少女はぱんと手を叩いて、鏡越しにはつらつな笑顔を向けた。
いや、違う違う……。全然そういう意味じゃない……。
「でもサイズが合って良かった。それ私が10歳の時ヴァイオリンの発表会で着たの」
10歳……。
「は、はは。ほんとよかった。ありがとう……ほんとにありがとう……涙が出そう」
リリー自慢の速達梟が彼女の実家から届けてくれたのは、クリスマスにぴったりの赤いドレスだった。
彼女のクローゼットの中から、私のサイズに合うものを探して届けてくれたみたいだ。
リリーは瞳と同じ緑色のドレスを着ている。まるでハリウッド女優みたいに優雅でセクシー。
並んで立てばこれが同じ人類か?と問いたくなる。
正直に言えばもう既に脱ぎ捨てたい衝動に駆られているが、せっかく用意してくれたものを無下にする勇気は無かった。
数時間我慢すればいいだけだ。ちょっとだちょっと。
私は自分に言い聞かせて部屋を出た。
部屋から一歩外に出ただけで、まだ寮の中だというのに今日は空気が違った。
階段から賑わう下界の様子に圧倒される。
いつも見ている同級生達でも、いつもよりずっと大人っぽくて別世界に来たみたいだ。
去年までは他人事みたいに見ていたけど、今年は自分もこの中に加わるんだと思うと、恐れ多くなる。
「や、やっぱり帰る」
「え?まだ寮の階段じゃないの」
数時間どころか数秒も我慢できそうもない。
やっぱり耐えきれないよ……!
「どうしたの?も十分かわいいわ。お人形さんみたいで」
「お、お人形……?」
それ褒められてるのか?
よく解らないまま、リリーに背中を押されて談話室に下りてしまった。
「リリー!」
最初に目ざとく見つけてきたのはやっぱりジェームズだった。
彼がでかい声を出すので視線が集まって最悪の事態だ。
私など眼中に無いジェームズがリリーを褒めちぎっているのを耳の端で聞きながら、私はあたりを見回した。
彼が居るってことは近くにきっと――。
「ぷっ」
小さく吹きだす声が聞こえて、右の方を見やるとそこにはシリウス・ブラックが居た。
ドレススーツを着て、髪を少し上げた彼はいつもより格段に別世界の人になっていた。
彼の周りに星が散ってチカチカする。
周りには既に女子を侍らせており、正直もうこれ以上こちらに近づいてきてほしくない。
彼は咳ばらいをして声の調子を整えると、うやうやしく私に言った。
「これはこれは親指姫。本日は一層麗しゅう」
こいつ、絶対心の中で爆笑してやがる。
にやにや笑うこの男の足をおもいっきり踏んづけてやりたい衝動にかられたが、頑張って抑えつけた。
「おや。も見違えたね!かわいいかわいい」
シリウスがちょっかい出したことで私が視界に入ったのか、ジェームズも私に向かってそう言った。
「あ、ありがとう」
ジェームズはからりとそう言うので嫌味であってもあまり気にならないかも。
私をじっと見た後に彼はぱっと笑顔の花を咲かせた。
「そうだ!僕とリリーの結婚式でベールガールやっておくれよ!良い案だと思わない?リリー」
「私は幼児か……?」
「寝言は寝て言いなさい」
くっ。やっぱり馬鹿にされている。
もういいんだ。わかっていた。こうなることは最初からわかっていたんだ……。
「シリウス、本当にこの子と行くの?」
シリウスの周りにいる金髪の女子が、私を指さして言った。
「そうだけど」
この人上級生だ。名前はよく覚えてないけど、向こうも私の名前知らないみたいだ。
彼女は私とシリウスを見比べてくすくすと笑う。
「腕、組めるの?」
その言葉に顔がかっと熱くなった。
笑い声が頭の中にがんがんと響いてくる。
この場所に響く声がすべて私を嘲笑しているかのようにさえ聞こえる。
わかってた。そんな事、わかっていた。
だから嫌だったんだ。
「おいおい――」
ジェームズが何か言ってくれようとしている。
でもだめだ。それは逆効果。私は一層みじめな気分になってしまう。
でもどうしたらいいだろう。どうすれば私の心は安全になるんだろう。
「あ、あの!」
ジェームズの言葉を遮って大声をあげた。
やばい。見切り発車した。後の事何も考えていない。まずい。
「私トイレ!行ってくる!」
バカみたいな理由を立ててその場から抜け出すと、慌てたリリーの声が追ってくるのが聞こえた。
人混みを縫って談話室を足早に抜ける。
太ったレディの戸を押し開け寮の喧騒から抜け出すと、ひやりとした空気が顔を冷やした。
戸が閉まると同時に、あの騒がしい声がぴたりとやんだ。私はやっと息を深く吐いた。
「、大丈夫?」
「あぁ、ごめんね。リリー」
心配して追いかけてきてくれたリリーにへらへらと笑うと、彼女は申し訳なさそうな顔をする。
「。無理やり参加させちゃったけど、本当にいやだったらいいのよ?静かになったら寮に戻りましょう」
「あ、いや。ううん。大丈夫だよ。ちょっと楽しいし」
それは正直な気持ちだった。
さっきの事で頭がおかしくなったのかもしれない。何故か、今大笑いしたい気分だ。
なんだ、トイレって。そんなあからさまな嘘、吐く意味も無い。馬鹿みたいだ。
「ねえ、女同士でも踊っていいかなぁ、リリー」
「に逃げられた……?どういう状況……?」
後から来た二人と合流して、悪戯仕掛人達は大広間向かっていた。
男だらけで会場に向かっている理由を聞いてリーマスは頭を抱えた。
「シリウスやる気あんの?」
「俺のせいじゃねーって!あの女が!」
が出て行った後、シリウスは重大な失態に気づいてに嫌味を言った先輩に喚き散らし、どさくさに紛れて周りのほかの人間まで遠巻きにしてしまった。
深くため息を吐くリーマスの横で、ジェームズが忍びの地図を見ながら言った。
「二人とも大広間に向かってる。参加する気はまだあるみたいだ。不幸中の幸いだね」
「それは良かったね、シリウス。ついたら挽回するんだよ?」
「ってか何で俺!?こうなったらリーマス、お前が誘えばいいだろ!」
「を誘ったのは君だろ?何言ってんの?」
リーマスが当然のように言うと、シリウスは何か言いたげに言葉を濁してそのまま口を閉じてしまった。
「全く、揃いも揃ってヘタレだな。お。幸い中の不幸だよ皆さん。ウィルは既に大広間だ。急ごう」
「本当に大丈夫?」
大広間の入り口の前で立ち止まって、リリーはもう一度私に確認した。
彼女の様子に私は苦笑いで答える。
「大丈夫だよ。それに、今日はウィルが来るかもしれないってシリウスが言ってたの」
「え!?それって大丈夫なの?」
「私、ウィルとちゃんと話し合うって決めたの。それに、大勢人が居る場所の方が安全だと思うし」
「そう……」
リリーはやっぱり心配そうな顔を私を見る。
彼女の目にはきっと私は頼りないように映っているのだろう。
だけど、結局それは私自身であって仕方のない事だ。頼りないのも事実。危なっかしいのも事実。
迷惑をかけなければ生きていけないのも事実だ。
「応援してね、リリー」
本当は少し怖い。
あの日、勢いのままウィルに会えたら良かったけれど、もうあれから日にちが経ってしまった。
今日を逃せばクリスマス休暇に入ってさらに間が空いてしまう。
そしたらきっとこの勇気も振り出しに戻ることだろう。
なんとしてでも、今日話をしなければならない。
「もちろんよ」
リリーはそうしてやっと笑ってくれた。
机を片づけて、クリスマスの装飾を施した大広間は全く別の場所のようだ。
いつも先生が座っている机の端に大きなツリーが飾られて、煌く装飾が目を奪った。
見上げると浮かぶ蝋燭と冬の星空があって、やっぱりここは大広間なんだとわかる。
やっぱり、少しわくわくするな。
「ねえ、でもやっぱりそういう事なら、シリウス達待った方がいいんじゃないかしら」
「どうして?話をするだけだよ」
「いや、それ以前に――」
リリーと話しながら大広間を歩いていると、人混みの中に見慣れた姿を見つけて足を止めた。
私の視線に気づいたのか、二人とも私を見て目を見開く。
リオナとサリーだった。私が今日行く事は二人には結局伝えられなかった。
あの日以来、なんとなくぎくしゃくして上手く話せないのだ。
私たちの間には一瞬の間が出来た。
お互いに視線を合わせるのに、誰も何も言わない。
また、何も言わずに私たちは視線を外すのだろうか――。
「」
沈黙を破って、リオナが私の名を呼んだ。
私はどきりと身を縮める。
「どうして居るの?」
「ご、ごめん。色々あって」
何も言わなかった事、不審に思うだろうか。
また二人と溝が出来るような気がして目を逸らす。
「ダメだよ。あいつが来てる!」
二人が私とリリーに駆け寄ってくる。
心配そうな顔をして私に詰め寄った。
その姿を見て、私は自分を恥じた。
そうだ。二人はいつも私を心配していてくれたのに。
気まずそうに距離を取ったのは私の方だ。
リオナは何度も私に謝ろうとしてくれていたのに。
「毎年来てないみたいだったのに……なんで今年に限って」
リオナがきょろきょろと辺りを見渡しながら言う。
彼女の言葉に、リリーが眉根を寄せた。
「それ本当?」
「本当だって。さっき見たの」
「いや、そうじゃなくて……」
「とにかく、は戻った方がいいよ。何があるかわからないし」
サリーが言う。私は首を振った。
「ううん。私、ウィルに会いに来たの」
「「え!?」」
「そういえば、ちゃんと彼に聞いていなくて」
ウィルは小さな私の手を引いてくれた人だった。
暗い道でも、彼が一緒に歩いてくれたから安心していた。
それがいつからか、彼の様子がおかしくなって――。
「怖くて聞けなかった。なんでウィルが私の事、嫌いになったのか」
「「「え!?」」」
(2018/9/30)
この時期になるとここに帰ってきたくなるみたいです。
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