部屋に戻った黒髪の少年は、机の上の羊皮紙を覗き込んで眉根を寄せた。
 途端、苛々がこみあげてきたのは、探していた名前が思わぬ場所にあったからだ。

「ウィルならずっと部屋に居たよ」

 背後から聞こえた声に驚き振り返る。
 そこには鳶色の髪をした友人が壁に寄りかかりながら腕を組んで立っていた。
 彼はポーカーフェイスを気取っているようだが、その目からは不満の色がはっきりと見えるのでシリウスは内心可笑しくなる。
 顔色を取り繕うのは、シリウスの方が得意だった。笑いをこらえて、大真面目な顔をしてみる。

「見てたのか」
「どうしてわざわざ会いに行くような真似を?」

 リーマスが苛ついている理由の一つはそれか。シリウスは合点がいった。
 敵の本陣に乗り込むような真似をした行為にはらはらしていたのだろう。

「会いに行ったんだよ。言っておくけど、あいつが行くって言ったんだ。俺はただの付き添い」
が?」
「嘘じゃねえぞ」
「別に疑ってるわけじゃない。少し意外だっただけさ」

 確かに、彼女が自ら話をしに行くと言ったのにはシリウスも驚いていた。
 昨日まであの男の前で怖気づいてぼろぼろ涙を流していたというのに。
 もう会いたくないと言い出してもおかしくない様子だったけれど、彼女の出した答えはその逆だった。

「でも会えなかった。寮には居ないって嘘をつかれた」
「おかしいね」

 城内をしらみつぶしに探している間から薄々勘付いては居たが、これではっきりした。
 ウィル・グノーはを避けている。

 でも何故?

 昨日はあんなにの事を追いかけまわしていたのに。

「俺が付いてたから怖気づいたか」

 シリウスが鼻で笑うと、リーマスは首を振った。

「彼がそんな事気にするとは思えないな。むしろ嫉妬して自分から追いかけまわしそうなものだけど」
「じゃあどうして?」
「……さあ。は何か言ってなかった?」
「別に何も――あ」

 シリウスの頭にぽんと言葉が思い出された。


「リーマスの事怒ってないって」


 その言葉にリーマスはぽかんと口を開けた後、何かを堪えるようにゆっくりと俯き額を抑えた。

「そ う い う 事 聞 い た ん じ ゃ な い け ど」
「ああ、そうか。ごめん、気にしてそうだったから」
「別に」

 シリウスの言葉に気が抜けて、リーマスはベッドに腰を下ろすと流れるように背中から倒れた。
 つくづく、彼の考えている事はよくわからないとリーマスは思う。
 どうしてあの後を追ったのか、聞きたくても聞けない。
 一見、に好意を寄せているようにも見えるけれど、自分のことを気にかけてくれているだけのようにも見えた。
 彼に対してどういう感想を持てばいいのかわからない。とてもむず痒い。

 リーマスはシーツに顔を埋めて目を閉じた。

「……怒ってないとか嘘だし」
「気にしてんじゃねえか」

 リーマスの瞼の裏には、の見せた軽蔑を映した目が焼き付いていた。
 その黒く滲む瞳に見つめられ続け、心はもう既に憔悴しきっている。

「嘘じゃねえって。会って来いよ」
「はあ?そんな事出来るわけないだろ」
「何逆ギレしてんだ」

 この心臓は既に干し柿のようにしょぼくれて瀕死状態だっていうのに、今に会ってしまえばカラカラに乾いて息が止まってしまうことだろう。
 それに、会ったところで何と謝ったらいいか見当がつかない。
 あれだけの事を言っておいて、単純な謝罪をしたところで信用して貰えるはずもない。
 口先だけで謝ったと思われるのは一番嫌だ。

「情けねえな。これならあのチビの方がずっと立派だ」

 シリウスは独り言のようにぼそりと言う。

 情けない。情けない。
 そう、僕は弱虫な狼だ。
 誰かに嫌われる事がとんでもなく恐ろしい。
 きっとこれは嘘を吐いて上っ面を塗り固めてきたせいなんだろう。

 リーマスは胸を押さえながらベッドの上に丸くなった。

「……はウィルに会うと言ったのか」
「会ってちゃんと話をするんだと」
「強いね。は」

 自分よりもずっと小さな身体。細い腕。小さな指。子供のように膨れた柔らかそうな頬。零れるような黒い瞳。
 吹けば飛ぶような子だ。同い年とは思えないほど幼く脆い。
 そう思って手を差し伸べた事もあった。
 けれど存外強かな一面もあった。
 ホグズミートでシリウスに無残に虐められた後、彼女は友達と笑顔で街を歩いていた事を思い出した。
 あの時もの事を案外強いものだと思った。
 けれどその後、梟小屋では幼子のように泣きじゃくる姿があった。

 弱いようで強く、強いようで弱い。

 ……違うか。


 彼女は強くなろうとしているのか。



「リリーがっ!」



 藪から棒に部屋の戸が勢いよく開け放ち、大音声が響いた。
 ドア口には喜びの笑みを湛えた丸眼鏡の男が立っている。
 一瞬にして部屋中に嫌な予感が満ちた。
 男は興奮した鹿のように部屋に飛び込んでくると、立っていたシリウスに激突。
 石壁に背をぶつけて痛がるシリウスの肩を捕まえ、鼻先3センチで大口を開けて叫んだ。

「ダンスパーティに!!」

 今度はくるりと踵を回すと、寝台の上で怯える狼少年に丸眼鏡を光らせた。
 逃げそびれたリーマスの上にダイブすると、彼の細い肩を掴んで耳元で叫ぶ。

「くるぞーー!!!」
「うるせー!!!!」


 ジェームズが叫んだのと同じくらいの大声でシリウスが声を被せた。
 同時にその辺にあったドロップの缶を投げつけると、良い音を立ててジェームズの石頭に跳ね返る。
 缶は床に落ちた衝撃にとりどりの飴玉を転がした。

「うるせーしどうでもいい」
「あーあ僕の飴が……」

 息をきらせるシリウスに、ジェームズは素早く眼鏡を光らせた。

「どうでもいいだと?」

 リーマスの上から身体を起こしながら厭らしくにやりと笑った。

「リリーはなんでパーティに来る気になったと思う?」
「はあ?知るかよ」
が来る事になったからさ!」
「……」

 ジェームズの言葉にシリウスは口を閉ざした。
 そして疑問を持ったのは何も知らないリーマスだ。

が?でも彼女実家に帰るって」
「そう。でも寸前で気が変わったんだろ」

 ジェームズはつかつかとシリウスに歩み寄り、黙りこくる彼の頬に指を突き刺した。

「どんな色男に誘われたのかしらねえ?」

 シリウスはジェームズの手を払って距離を取って睨み付けた。

「うるせえ」
「何が”うるせえ”だ」

 揶揄うように声を真似るジェームズの胸にシリウスは人差し指を突き立てる。

「黙れジェームズ。お前が考えてるような事は一切ないからな」
「僕が考えてる事?別に?何も考えてないけど?」

 二人の会話を目を丸くして聞いているのはリーマスだった。

「君、を誘ったのか」
「……」
 
 無言で頷くシリウスにリーマスは開いた口が塞がらない。
 ジェームズはリーマスの隣に戻って腰をおろした。

「むしろ何を考えているのか、こっちが聞きたいね」
「誰誘おうが俺の勝手だろ?」

 二人が言い合いをする中、リーマスは唇を触りながら何かをじっと考えだした。

「はぁ、盗人猛々しい。はリーマスが手塩をかけて育てたお姫様なんだぞ?」
「べ、別に俺が誘ったのは確かにそうだけど、踊るかどうかは別の問題だ」
「何言ってんの?君、女の子をダンスパーティに誘ったんだよ?誘っといて踊らないってどういう神経してんの?だよねえ、リーマス」

「――いいんじゃない」

 今まで俯いて黙りこくっていたリーマスが、ぱっと顔を上げて言った。
 その言葉にジェームズは首をかしげる。

「いいの?」
「ていうかジェームズ、人の事変態みたいに言わないでくれる?」
「え、あ、うん。ごめんよ」

 リーマスは寝台から降りて散らばった飴玉を拾い上げた。

「彼女に手塩をかけてたのはウィル・グノーだ」

 飴についた埃をひとつひとつ払うと、缶に戻さず別の空いた菓子箱の中に転がしていく。

「僕の勘だけど、今度こそ彼は彼女の前に姿を現す」


 最後の一つを箱に投げ込むと、リーマスはシリウスの顔を見据えた。



「そこがチャンスだよシリウス」


(2017/9/1)
  

2style.net