「もう!そんなに笑わなくたっていいでしょ!?」

 ゲラゲラ笑いながら付いてくるシリウスを引き連れて、私は再びホグワーツ城を歩いていた。
 日の差さない場所は昼間でも薄暗い。不気味な場所でも今は一人じゃない。
 だけど……だけどなんでこの人なんだ。
 私の憤慨する声に気遣いもせずに彼は笑い続けている。

「だって!何かと思えば真剣な顔で”話をする”って!子供か!」

 さっきからそればっかり。うるさいったらありゃしない。
 この結論は、私とレギュラスで出した答えだったのに。
 やっぱり二人は似てないのかも。

「じゃあシリウスは何かいい方法があるの?」
「んーそうだなぁ。ナメクジを大量に詰めた落とし穴に落として、許してって言うまで出してやらないとか」
「発想がさぁ……ただの虐めだし」
「なら、決闘でもして叩きのめしてやるよ。この俺が」

 決闘の腕には自身があるらしく、得意げに言う彼に呆れ果てた。
 彼の話を聞くだけ無駄そうだ。
 なんでそんな力技ばかりになるんだか。そっちの発想の方が子供じゃないか。

「力でどうにかしたって、意味ないじゃん」
「はぁ?」

 シリウスの言葉を私は無視して突き進んだ。

「何あまちゃん言ってんだよ。お前だって散々やられてきたくせに」
「だからって倍返ししたってまたやり返されるだけだよ。それに」

 一度言葉を飲み込む。
 出会った頃のウィルは決して意地悪な人ではなかった。
 暗い道を行こうとする私の手を引いて、明るい道を教えてくれたんだ。
 それを思い出させてくれたのは、目の前に居るシリウスなのだけれど、彼自身はそんな事知る由もない事だ。

「ウィルの事、傷つけたくない」

 ひとつ、わからないことがある。
 どうして彼は変わってしまったのか。私の何が気に入らなかったのか。
 私はまだ怖くてその答えを聞けずにいるのだ。

 また何甘い事言ってんだ!と言われるかと思ったが、シリウスは少しの間のあと、仕方なさそうに返事をした。

「へえへえ。そうですか」

 私は薄く笑ってシリウスを一瞥し、また前を向いた。

 







「え?居ないんですか?」

 レイブンクロー寮の前で私とシリウスは立ち往生する事になった。
 丁度中から出てきたレイブンクロー生にウィルを呼び出してもらったが、彼とは会えないようだった。
 てっきり土曜だから寮に居ると思ったのに。

「いつも土曜は出かけてるんですか?」
「いや。そんな事無いけどね。結構最近は部屋に居る事多いけど。もう行っていい?」
「ああ、すみません。ありがとうございます」

 なんだか当てが外れてしまった。
 私が会いたいと思えばいつでも会えるものだとなんとなく錯覚してしまっていた。
 昨日だって彼の名前を呼んだだけでお化けみたいに現れたのだから、今日だって、と思ったのに。

「他に心当たり無いのか?」
「図書館とか、かなぁ」
「とりあえず行ってみるか」
「あ、ねえ。あれはないの?」
「あれ?」

 私はシリウスがいつも持っていた便利そうな道具を思い出した。

「あの、不思議な羊皮紙。あれで何かわかるんでしょう?」
「不思議って……。あれなら今リーマスが持ってる。やっぱ一回寮戻るか」

 彼の名前が出て私は口をつぐんだ。

「なら、いらない。図書館行ってみよ」

 私が頑なな態度を取るので、シリウスは怪訝そうな顔をした。

「そんなに怒ることか?リーマスだってお前の為に言ったんだろ」

 そんなのわかってる。
 私を心配してあんな言い方になったんだろう。
 だけど結局それは私の望む言葉なんかじゃなかった。

 それに、私がこんなに意地になっているのは、リーマスが放ったあの台詞のせいだけじゃない。

 私は複雑に絡まる想いを飲み込んで下唇を噛んだ。

「怒ってないよ」

 リーマスは悪くない。
 誰も、悪くない。



 ホグワーツ中を巡って、学生たちが集まる場所を尋ねたけれど、結局どこにもウィルの姿は無かった。
 それがどうも不思議に感じる。彼はあんなに私に会いたがっているように見えたのに、何故今日は探しても探しても影すら見えないのだろうか。
 もしかしてシリウスと一緒に居るのを見られて姿を消したとか?
 いいや、ウィルはシリウスに怖気ずくような性じゃない。

 もうほとんど当てがなくなってしまった。
 消去法で残った候補はあと一か所しかない。
 だけど私はずっとその場所は後回しにしていた。

 残された道が少なくなるほど次第に言葉数も少なくなる。
 最初は私が先頭を歩いていたのに、いつの間にか私の前をシリウスが歩いていた。

「8階、行こう」

 ふと足を止めて言ってみる。
 シリウスも立ち止まって私を振り返った。
 暫く私を見つめたまま沈黙している。
 その時の彼の目は初めて見る色をしていた。

「いや。寮に戻ろう」

 それを聞いて初めて気づく。

 シリウスも同じだったのか。

 昨日のあの部屋の存在はきっとシリウスも真っ先に思っていたんだろう。
 だけど知らないふりをしてホグワーツをしらみつぶしに歩き回ったのだ。
 その理由は、その表情にあるんだろうか。
 まったく彼らしくも無い酷い顔。

 まるで怯える子供のようだ。

 変なの。
 なんでシリウスがそんな顔するんだろう。





 寮に戻る道は行きより静かだった。
 足の長いシリウスはきっと私より歩くのが早いのに、ずっと同じ距離を保って前を歩いた。
 このままずっと彼についていけば寮に戻ってしまうのが憂鬱だ。
 肝心のウィルは雲隠れして、せっかくの決心がくじけてしまいそう。結局解決の目途は立たず、ただ一日城内を散歩しただけで終わってしまった。
 それなのに、寮に戻ればリオナやサリー、リーマスが居る。一体どんな顔していればいいんだろうか。
 そう思うと一層足が重くなってしまう。

「シリウス」
「何」
「やっぱり先に帰ってて」
「何処行くんだよ」
「図書館」
「さっきも行っただろ」
「本、借りたいのがあったの思い出したの」

 自分でも呆れる程の見え透いた言葉だが、私は意地になって目を逸らした。
 シリウスはしばらく何も答えない。
 ちらりと様子をうかがうと、宙をじっと見つめて何か考えているようだった。
 そして、思いついたように口を開くと彼は言った。

「おまえ、明後日の夜、俺と来いよ」

 彼の藪から棒な言葉に一瞬頭が真っ白になる。
 明後日の夜?
 数秒かけて私ははっと思い出した。明後日はクリスマスイブのダンスパーティがある。その事を言っているんだろうか。
 猶更意味意味不明だった。
 何故私を誘う?何故今それを言う?


「いいか。これは誘ってんじゃなくて命令だからな」
「は、はい?」

 彼の突飛な言葉にうっかりイエスともノーとも言いそびれた。
 そのまま言いたいことだけ言いきったらしい彼は私に背を向けて歩き出そうとするのを、私は急いで追いかけた。

「ちょ、ちょっと待ってよ」
「んだよ」
「ダンスパーティの事なら、私参加しないよ。次の日朝早いから……」

 そのクリスマスの朝早くにホグワーツを出て実家に帰る予定だった。
 だから夜通し踊るダンスパーティには毎年不参加して、早めに寝るのが例年の事だった。

「起きれないなら寝なきゃいい」
「き、極端だな。とにかく、私は行かないんだって」
「却下」
「却下ってなに!?」

 すたすた歩いていくシリウスに必死に追いつきながら、顔を見上げるも、彼は視線すら合わせてくれない。
 ああだこうだと言い合っているうちにいつの間にか太ったレディの前にたどりついていた。

「お前な、自分ばっかり不満そうな声あげてるけど俺の身にもなれよ。お前みたいなちんちくりんをダンスパーティに連れて行くんだぞ?」

 レディを越えた後、談話室の入り口でくるりとこちらを覗き込んでシリウスはもっともそうな事を言っているような口ぶりをした。

「……そ、それはごめん?」
「な。我慢しろよ」

 ぽんぽんと頭を叩かれて私の頭には少しの申し訳ない気持ちとはてなマーク。
 いや。いやいや。何で私が謝る必要があるんだ?いや、ない!

「や、それなら私行かなくてもいいんじゃ……ってあぁ!」

 少し考え込んでいるといつの間にかシリウスは男子寮の階段をするすると上がって私を見下ろす位置に居た。

「んじゃ、明後日着飾って来いよ。親指姫」
「だ、だから行かないってば!」

 私の声など聞こえていない風に、彼は部屋に消えて行った。
 茫然と談話室で立ち尽くす。
 何故こんな事になってしまったんだろう。

 それに、あんだけ足が重かったグリフィンドール寮の真ん中にいつの間にか立っている事に気づいて肩を落とす。
 もうここまで来たのなら仕方ない。散々歩き回った後で足も痛いし、外に出る気にならない。
 近くの椅子に崩れるように座り込んで、大きくため息をついた。

(2016/9/10)
  
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