結局、私はいつの間にか眠ってしまったみたいだった。
 頬を抓られて飛び起きれば、窓の外が明るくなりはじめていた。
 起きだした小鳥たちも朝の挨拶を交わしている。

「大勢起きてくる前に戻るぞ」

 まだしょぼつく目を擦る私にシリウスはそう言った。
 回転の遅い寝ぼけ頭の私の腕を引っ張りながら、彼は手に持った羊皮紙を熱心に見ている。
 きっと普通じゃない、なにかからくりのある羊皮紙なのだろう。

「それ、なに?」
「いいから、行くぞ」

 何を見ているのか、覗き込もうにも身長差がありすぎて見えない。
 シリウスは私の問いに答える気はさらさらないようで、無視をして部屋から抜け出した。


 土曜の朝のホグワーツは静かだ。まだみんな暖かいベッドから抜け出せないでいるのだろう。
 壁にかかった絵の中の人たちですら、寒そうに身を縮めている。

 太ったレディの前までくると、私ははたと立ち止まり、そのまま入って行こうとするシリウスの袖を引っ張って引き留めた。

「あのさ」
「何?」
「……みんなには内緒にして欲しいんだけど」

 あの小さなメモには詳しい事情は書いていない。
 きっと会えば何があったのかきっと追及されるだろう。
 私の言葉にシリウスは首をかしげた。

「何を?」
「ウィルの事。心配かけるから」

 シリウスはそれを聞くと、腕をくんで少し黙って考えるような素振りを見せた。

「お前の話だと、ほとんどバレてんじゃねーの」
「う……でも、そうだとしてもさ」
「心配かけないって、そういう事じゃないだろ」

 そういう事じゃない?
 どういう意味だろうと聞き返そうとしたとき、太ったレディの絵が動き出したので私は口をつぐんだ。

!?」

 中から出てきたのは、シリウス以外の仕掛け人達と、リオナ達だった。
 ああ、まだ打ち合わせが終わってないのに出くわしてしまった。

「一体何があったの!?」

 いの一番にとびついてきたのはやはりリオナで、私の体をべたべた触っては無事を確認しているようだった。

「ご、ごめん。心配かけて」

 やっぱりリオナ達にウィルの話をするのは気が引ける。これ以上迷惑はかけたくないのだ。
 私はちらりとシリウスの方を見る。
 お願いだから、内緒にして。
 私の懇願が伝わったのか、シリウスは面倒くさそうにため息を吐いた。

「ちゃんと事情説明してもうからね!」
「え、えーと。それはね……」

 どうしよう。二人で辻褄の合わない話をするわけにもいかないし、と口ごもっていると、シリウスが口を開いた。

「事情もなんもねえよ。俺が連れ出したんだよ」
「え、どういうこと?なんで?どこに?」

 リオナがショックを受けたような顔をする。
 場は静かになって、冷ややかな空気が流れだす。間違っちゃいないかもしれないけれど、変な言い方をするからみんなきっと誤解している。
 私は慌ててちがうちがうと言ったが、私の言葉は誰も聞いていないようだった。

「あー、もうめんどくせえ。ちょっとだけ揶揄うつもりだったんだよ。俺だってこんな事になると思ってなかった!」

 シリウスは半分キレながら言う。
 一見演技派のようにも見えたが、もしかしたら本当の事しか言ってないのかもしれない。

「だいたいお前が辛気臭いオーラ出してるから……」
「ご、ごめんなさい」

 シリウスに指をさされて文句を言われる。
 そういえばあの時、ぐちゃぐちゃに泣いているところ見られたんだったな、と思い出して少し恥ずかしくなる。

「とにかく、俺は今から寝る。どっかの誰かさんはぐーすか寝てたけど俺は寝てないんだ。話は後にしてくれ」
「ちょっと皆心配してたのよ!?」
「はいはい。そりゃ悪かったね。無事だったんだからいいだろ」

 噛みつくリリーを冷たくあしらうと、シリウスはずかずかと寮の中に入って行ってしまった。
 シリウスは何も悪くないのに、非難の目が彼に集中してしまって、心が痛んだ。
 でも、本当の事を言うわけにもいかなくて、私は顔色悪く口を閉ざすことしかできない。

「わ、私も行かないと」

 逃げるようにシリウスに続こうとしたとき、一番後ろに立っていたリーマスと目が会った。
 何か言いたげな表情なのに、彼の唇は固く結ばれている。

「あ……」

 おはよう。
 頭の具合は大丈夫?
 言いつけを守らなくてごめんなさい。
 リーマス、あなたは私の事――

 たくさん言いたい事があったのに、どうしてか声にならなかった。
 リーマスの名前すら呼べないうちに、彼は無言で視線を外し背を向けて行ってしまった。

!話ちゃんと聞かせてよね!」
「う、うん。あのでも、私これから補習があるから……終わったら必ず」

 リオナ達に後ろから押されて寮に入るも、私の言葉に彼女たちは不満そうな声をあげた。

「心配かけて本当にごめんね」
「……が無事ならそれでいいんだけどね」

 表情は不服そうなのに強がってそう言うリオナに苦笑いを漏らす。
 こんなにいい人達なのに、私はいつも迷惑かけてばっかりだ。
 だからこそ、私はこの嘘を吐きとおしたくなる。

 教科書と羽ペンをひっつかんで、再び寮を出た。
 一人になると気の重い色んな事が頭をめぐる。
 一番気にかかるのはやはり――リーマスだ。
 やっぱり、怒っているんだろうか。







 集中しようにも、雑多な感情がちらついてペンが進まない。
 出来が悪いのはいつもの事だけれど、またレギュラスに叱られないよう集中しているふりぐらいはしているつもりだった。
 まるでそんな心情を見透かしたように、向かいからため息が聞こえて私はびくりとする。

「ご、ごめん」

 思わず謝って羽ペンを握りなおした。
 今ここであれこれ考えたって仕方ないのだから。今はやるべきことに集中しなくちゃ。

「まったく……」

 レギュラスの呆れた声が聞こえたと思うと、おでこに何かが当たった。
 驚いて見上げると、レギュラスの顔があった。

「な、何!?」

 私の額に当たっていたのは彼の人差し指で、わたしがのけぞると同時にその指も離れた。

「やっとこっち見た」
「え?」
「そんな顔して具合でも悪いんですか?」

 彼の言葉を聞いて思わず手で顔を隠した。一体どんな顔してたんだろうか。
 そういえばこの部屋に来て今初めてレギュラスの顔をまともに見た気がする。
 また、心配かけてしまったな。

「ううん。ちょっと寝不足なだけ」
「ふうん。じゃ、この前の悩みは解決したんですか?」

 レギュラスが言っているのは、ハロウィン前の話だろう。
 ディックへの想いをシリウスに貶されて、すっかり怖気づいていた時の事だ。
 レギュラスには誰かに相談したらと言われ、結局話をしたのは何故かリーマスだった。
 そのお陰で、胸の中で愚図ついていた想いはフクロウと一緒に大空に飛んで行った。

「ああ、うん。あれはもういいんだけど」
「じゃあ今度は別の悩みだ」

 レギュラスは頬杖を突きながらにやりと笑った。
 あ、しまった。

「……誘導尋問だ」
「ただの雑談。で?今度はどうするの?」

 彼の質問に頭が真っ白になった。
 その答えはまだ見つからない。
 とりあえずリーマスやリオナ達に謝りに行く――それはしなくちゃならない。
 でも、冷たいリーマスの顔を思い出すと足がすくむ。何を言ったって聞いてくれないような気がした。
 どちらにしろ、そうしたところで根本的な解決にはならない。根源を絶たなければ、同じことの繰り返しじゃないか?
 でも……ウィルに会ったところで、彼の勢いに流されれば昨日と同じやりとりをしておしまいだ。

「わ、わからないから悩んでる」

 レギュラスは私をじとっとした目で見ている。
 また呆れられているのが手に取るようにわかるので居心地が悪い。

「なら僕が選択肢を考えましょう」

 レギュラスは指を一つ立てて言った。

「ひとつ、今日はこの後すぐに寮に戻って誰か気の知れた友人に相談をする」

 それは、この前の時も彼が示してくれた道だった。
 だけど今回は相談する相手が居ない。リオナ達にはどうしても内緒にしたいのだ。
 
 レギュラスは二本目の指を立てた。

「ふたつ、僕に相談をする」

 二つ目の選択肢に私は目を丸くした。


「さあ、どっち?」














 シリウスの戻ってきた部屋の中は異様な静けさが広がっていた。
 ジェームズとピーターは遅めの朝食に行っていて今はシリウスとリーマスの二人きりだ。
 リーマスは返ってきた忍びの地図から目を逸らすと、ベッドで横になるシリウスに視線を向けた。

「あいつには会った?」

 返事は帰ってこない。
 リーマスはふうと息を吐いて再び地図に刻まれた名前に目を戻す。

「どうせ起きてるんだろ、シリウス?」

 リーマスの言葉の後で、シリウスはゆっくりと起き上がって頭を掻いた。

「あいつって誰だよ」
「別にとぼけなくたっていいよ」
「とぼけてんのはどっちだよ」

 振り向いたリーマスとシリウスの視線がぶつかり合う。
 お互いの棘のある口調が空気を張り詰めさせた。
 リーマスが先に息を吐いて緊張を解いた。

「ごめん。別に責めるつもりじゃなかったんだけど。君が僕にまで隠そうとするから」
「……何があったかは言えない。約束だから」

 腕を組んで頑なに口を閉ざそうとするシリウスにリーマスはただ純粋に驚いた。

「はは。あんなにを嫌っていたのに。急にどうしたんだい」
「別に」
から事情を聴いて情が移った?」

 リーマスは冗談交じりのつもりで笑いながら言うが、シリウスは視線を伏せ、考えるように黙り込んだ。

「……まあ、そうなのかもな」

 つぶやく様な彼の言葉だったが、リーマスの耳にはまるで耳元で囁かれたかのようにはっきりと聞こえた。
 胸がざわついた。そうだ、この男はそういう奴なんだった、とリーマスは改めて思い出す。

「そりゃ……良かった」

 リーマスは再び視線を忍びの地図に戻した。
 地図にあるの名前を指でなぞる。
 リーマスの心には後悔の念ばかりが渦巻いていた。
 何故さっき普通に接してあげられなかったんだろう。
 辛いのは彼女だったのに、子供みたいな嫉妬心で冷たい態度をとってしてしまった。
 それを見たの絶望したような瞳が目に焼き付いて離れない。

「リーマス?」

 急に黙り込むリーマスを心配するシリウスの声は、彼の耳には届かなかった。

(2016/8/12)
  
(相談させたがりのレギュラス)
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