が居ない?」


 部屋の入り口で、ジェームズが誰かと話をしている。
 の名前に僕はつむっていた目をぱちりと開けた。
 冷やしたおかげで随分収まっていたが、まだじんじんと打った頭が痛んだ。

「でもまだ7時前だろ?心配するには早いんじゃない」

 ジェームズの声はよく聞こえるけれど、話し相手の声がくぐもってよく聞き取れない。
 重い頭をもたげて、僕は体を起こした。

「……どういうこと?」

 ジェームズの背中に近づくと、相手がエヴァンズである事に気が付いた。
 僕に気が付いたジェームズが咄嗟に僕の体を気遣って腕を取った。

「リーマス、起きて大丈夫なの?」
が居ないってどういう事?」
「具合悪いの?リーマス」
「ねえ」

 痛む頭にも苛つきながら、声を低くすると二人ともびくりとして顔を見合わせた。

「夕飯にも来なかったんですって。図書館にも居ないしリオナとサリーが心配してて。何か知らない?」
「まー、彼女だって夕飯逃す日もあれば図書館以外の場所にも行く日もあるでしょ。ロボットだって気まぐれを起こす時代なんだから」
「私もそう言ったんだけどね。彼女真面目だし消灯には帰ってくると思うけれど。もし見つけたら言っておいて」

 エヴァンズが去ると、僕はすぐさまジェームズに向かって言った。

「忍びの地図は?」
「あー。今シリウスが持ってるよ」
「シリウスはどこに?」
「今日はレイブンクローのお嬢様とデートだって」
「……」

 なんて間が悪いんだ。最近女遊びはしていない様子だったのに、なぜ今日に限って……。
 彼はフィルチや先生に見つからないように夜デートするときには忍びの地図を携帯していた。
 もう朝までかえって来ないつもりだろう。
 朝になったら、全部もう手遅れになってるかもしれない。

「どうした。なんかイライラしてる?」

 追試の帰り道にを庇ってぶつけた頭について、ジェームズには転んだと適当に説明していた。
 勘のいいジェームズの事だからきっと何か察してはいるのだと思う。

「……少し出かけてくる」

 部屋を出ようとする僕の前を、ジェームズは腕を伸ばしてそれを阻んだ。

「ダメだよ。今晩は絶対安静」
「……君、もしかしてマダム・ポンフリー?」
「ばれた?なら仕方ないわね。大人しくしてちょ〜だい」

 全然似ていないマダムの物まねに噴き出すと、やはり頭が痛む。
 ジェームズの腕を取って、僕は真剣な目を彼に向けた。

「お願いだ。行かせてくれ」
「だめ」
「監督生として、行かなきゃいけないだろ」
「”いけない”なんて事はない」

 ふざけた調子から一変して、ジェームズは恐ろしいほど真面目な顔で言った。
 いつも飄々と不真面目にしているから、こういう顔には僕も弱かった。

「君が監督生だからって、夜7時に遊びまわる生徒の所在を全部管理するのか?」
「そういうわけじゃない。は――」
は真面目な子だから?君の何を知ってるの?彼女だって”ただの監督生に”嗅ぎまわられたくない事情だってあるだろうに」

 ジェームズは意地悪な言葉を平気で使う。
 この人には本当にかなわない。
 僕はため息をつくと、ジェームズにかけた手を挙げて降参のポーズをとった。

「わかった。わかったよ。寝ればいいんだろ」
「ああ。わかってくれて嬉しいよムーニー」

 僕はまた自分のベッドに倒れこんで目をつむった。
 寮を出るなと言ったのに、何故僕の言葉を聞いてくれなかったんだ、

「責任感というのは恐ろしいものだね。僕は今日ほど君を可愛そうに思った事はないよ」
「これから寝るんだ。その長い角をどけてくれないかプロングス」
「これは失礼したよ。狩り下手の狼くん」
「……どういう意味?」

 ジェームズのいつものとんちみたいな言葉を理解することすら今は億劫だが、嫌味である事はわかった。
 僕はできるだけ頭の中をからっぽにすることをこころがけて、目をつむった。
 ジェームズが僕を引き留める理由はわかってるつもりだ。
 彼は嫌味は言うが決して僕に意地悪をしているんじゃない。


「……いきすぎた責任感は、もはや責任感と呼ぶべきかも迷うね」














 私、なんでこんな処に居るんだろう。

 静かな夜の談話室で、暖炉の火がぱちぱちと爆ぜるのをぼうっと見つめていた。
 辺りは静まり返って誰かの寝息すら聞こえない。
 椅子も、カーペットも、壁も、燭台も、みんな見覚えのある景色。ただ一つ、窓から見える空の色だけが異なっていた。

「あいつ、諦めたみたいだ。ざまーみやがれ」

 ブラックが出入り口の暗闇から現れて私に言った。
 今、このグリフィンドール寮のレプリカの中で私とブラックは二人きりだった。
 なんでこんな部屋があるのかというと、ウィルから逃げる最中の私が「早く寮に戻りたい」と強く念じていたせいだとシリウスは言った。

 ――あの時、八階につながる動く階段の上で、戻ってきたブラックが私を俵みたいに担ぎあげた。
 ウィルに追われながら、シリウスと私が逃げ込んだのは”必要の部屋”だった。
 訪れた者にとって必要なものがそろう部屋。私が欲したのはグリフィンドール寮だったわけだ。
 しかし、私たち以外にこの部屋の存在を知っている人が居たなんて。
 そしてこの部屋の仕組みを今更ながら初めて知らされた。


「そ、そっか。それなら私たちも寮に……」
「無理だな。今この階をミセス・ノリスが回ってる。あの金髪野郎がうろうろしてやがったせいだな」

 なんでそんな事わかるんだろう。
 不思議に思ったけれど、聞いても答えてくれなさそうだ。
 火かき棒で暖炉の火をいじっているシリウスの横顔を見て、私は今期一番の不思議に出くわして居る事に気が付いた。

「あの、ブラック……なんで、私の事助けてくれたの?」

 おずおずと問いかけると、ブラックはあからさまに眉根を寄せて不機嫌そうな顔をむけた。
 彼はいつもそんな顔で私を見る。
 もう慣れてしまったといえばそうだけれど、やっぱり傷つくものは何度でも傷つく。

「お前、俺の名前知ってる?」
「え、あ、うん。シリウスだよね」
「知ってるなら名前で呼べよ。嫌味か」
「えっ。ご、ごめん。そんなつもりじゃ……」

 むすっとした顔で彼は私を見る。もしかしてずっとその事で嫌な顔をしてたんだろうか。
 彼は確かあまりお家とうまくいっていないという噂を聞いたことがある。
 スリザリンの家系なのに、グリフィンドールに来たからというのも理由の一つだと聞いた。
 イギリス魔法界の事情はよく分からないけれど、名家になるとどこも大変なんだなあ。

「シリウスって呼ぶね。私もでいいよ」
「わかったぜ、ドチビ」

 彼は意地悪く笑って言う。
 くそ。こんなのに素直にしている自分が馬鹿らしくなってくるな。


「……別にお前の為じゃねーから勘違いすんなよ」

 シリウスはまた暖炉の火をいじりながら言う。
 まあ、そりゃそうか。
 彼が純粋に私の為の行動をするなんて考えられない。けれど面と向かって言われると、少し傷つくな。

「何の為なの?」
「リーマスだよ」

 彼の名前を聞いて私はドキリとする。
 やっと納得がいったのか、火かき棒を乱暴に立てかけて、手についた煤を払いながらシリウスは私の隣のソファにどかっと腰をおろした。

「あいつ、お前の事やけに気にかけてるからな」
「そ、そうなんだ」

 そう言われるとなんだかうれしいような、恥ずかしいような気持ちだ。


「リーマスの奴、責任感強いから頼まれると断れないんだろうな」


 つぶやくように放たれた言葉に、私の頭は一瞬白く塗りつぶされた。


「……頼まれるって?」
「そりゃ、ディックに」

 リーマスが、ディックに?

 じゃあ、なんだろう、つまり、こういうことか。
 ウィルと私にある問題を、ディックがリーマスに話をして、リーマスは卒業したディックの代わりに私の事を気にかけてくれていたって事だろうか。

「あー、俺まずいこと言った?」

 ぽかんとする私に、シリウスは珍しく気遣うような表情を見せる。
 私は、へたくそな愛想笑いで彼に答えた。


 私、なんでショック受けてるんだろう。
 今、完全に頭の中は理性的な自分と感情的な自分に二分されていて、体の方は完全に感情が支配していた。
 理性は頭の上の方で自分を傍観していて、私の阿保さに呆れている。

 そんな事、薄々勘づいていた事じゃないか。
 図書館でよく会うようになった事が全部偶然だと真面目に思ってたわけじゃないだろう。
 リーマスが私を庇って嘘をついた事で、彼がウィルを知っているという事は明らかだったじゃないか。
 言葉にして直接的に言われただけだ。何も傷つく事じゃない。
 リーマスとの思い出全てに思惑があったところで何だっていうんだ。


「おい、何考えてんだ」

 虚ろになる視界にシリウスの手がひらひら揺れたので、私ははっと現実に戻ってこれた。

「そんで」
「え?」
「話せよ」
「……何を?」

 シリウスが何を意図しているのかわからずに首をかしげると、彼はいらいらしたように長い脚を机の上に伸ばして組んだ。

「あの男の事だよ。こんだけ巻き込まれたんだ。聞く権利は俺にもあるよなぁ」

 あ、ああ。その事ね……。一応、興味あるんだ。
 不機嫌そうな雰囲気ではあるが、顔には面白そうと書いてある。
 人の不幸話をおかずにでもする気なんだろうか。今は二人きりの空間だ。逃げ道は無い。
 私は観念して話を始めた。


(2016/6/11)
  
(ということで次回の序盤主人公が長々と語ります。ご容赦ください。)

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