あぁ。また何故か気まずい空気になってしまった。

 寮までの道をリーマスと並んで歩く。
 初めの頃よりは少し仲良くなった気でいるけれど、まだまだ彼が何を考えているのか私にはわからない。
 仕掛け人の3人なら彼が何を思っていたのかわかるんだろう。

「手紙の事聞いていい?」

 何か話題を出さないとと思考を巡らせていると、先にリーマスが口を開いた。
 手紙と聞いて、今朝の小さなフクロウを思い出してどきりとする。
 なんでリーマスがその事を知ってるんだろうか。

「えっと……」
「答えたくなかったらいいよ」

 ああ、そうだ。
 リーマスが言っているのはハロウィン前に私が送ったディック宛ての手紙の事だ。
 そういえば、そんな手紙も送ったんだった。
 忘れかけていた自分にも驚きだ。あんなに必死に書いて、泣きながら送った手紙だったのに。

「あー。返事はまだ」
「そっか」

 あぁ、ちょっと暗い返事だったろうか。
 また空気がしんみりとしてしまう。

「でもね。気にしてないの。送っただけですっきりしちゃったというか。あ、別になんてことない内容だったんだけどね……」

 声を明るいトーンに戻して言うと、リーマスも合わせて笑ってくれたが、哀れなものでも見るような目だ。
 明るく振舞えば振舞うほど哀れさが増すようで悲しい。
 言えば言うほどまるで嘘でもついているようだ。

「ほんとだからね」

 念を押すように言ったのは、リーマスに対してか自分に対してかわからない。

 ディックの返事を待っている自分が心の隅に居るのは確かだけれど、言われるまで気にしないで居られたのは周りの人のおかげだと思う。
 あの小さな赤褐色のフクロウを見るたびにディックの名前を呼びそうになるけれど、それより先に呼べる近くの名前があるのだ。


 ……あれ?でもそれって……。



 私ははっと気づいた。

 リーマスの顔を見る。
 最近、リーマスにはたくさん助けられている。
 彼にとってはなんでもない事が多いかもしれないけれど、私はずっと感謝している。
 その一方で、私はいつの間にか彼を頼りに思ってないだろうか。

 ああ、それって、やっぱりダメなことだ。


 リーマスに甘えようとしている自分が居る。
 突然胸がチクチクと痛んだ。罪悪感で足が重くなる。
 彼の隣を歩くには、やっぱり私は情けなさすぎないだろうか。


、ごめん」

 藪から棒にリーマスが謝ってきた。
 私は何に対しての謝罪なのかすらわからない。謝りたい気分なのはこっちの方だ。

「何言って――」

 聞き返そうと首をかしげると、いつの間にかリーマスの顔がすぐそばにあった。石鹸の香りが鼻をかすめる。
 事情を把握する間もなく、彼の手が腰に回り、私の体はやすやすと持ち上げられた。

「リ、リーマス!?」
「普通にして」

 普通!?
 抱っこされている時点で普通じゃないと思うのですが。
 小さな子供のように抱かれているというだけでこちらはただ恥ずかしいというのに、彼は涼しい顔でそのまま歩き出す。
 何を考えているのか全くわからない。わからないにもほどがあるだろう。

「軽いんだね。
「あ、あの。出来ればおろしてほしいのだけど……」
「もうちょっとだけ」

 わけのわからない状況に混乱状態ではあるが、彼は今までの行動をいたってまじめにこなしているので、きっと何か理由があっての事なのだろうか。
 恥ずかしさをこらえ誰にも見られませんようにと祈りつつ、大人しく抱かれていた。

「突然どうしたの?」
「……突然君を抱いてみたくなって」

 廊下の角を曲がり、リーマスはそのまま進んでいく。
 私は言葉にならない想いをどう吐き出せばいいのかわからず困った。
 涼し気な顔でそんな事を言うリーマスに怒ったらいいのか、笑ったらいいのかわからない。
 彼の目は嘘つきの目だ。言葉に心なんてこもってやしない。
 だけど私の心拍を上げるには十分のものだった。

 どんな言葉をかければ正解なのか考えこんでいると、リーマスがふと立ち止まった。
 その次の瞬間、彼が勢いよく振り向いた。遠心力に引っ張られ、襟元に必死でしがみつく。
 リーマスが長い腕をまっすぐ伸ばす。
 耳元で呪文を唱える声がすると、白い閃光に目がくらんだ。
 曲がってきた角から、男の悲鳴と岩が転がったような鈍い音が聞こえた。

 何が起こったのか、一瞬では理解できなかった。
 リーマスは私を抱えたままで、魔法を放った廊下の角に足を進めた。
 リーマスが何を考えて何をしたのか、私は問いたかったけれど、彼の鋭い眼差しを見て言葉を飲み込んだ。

 緊張した面持ちで、角をまがる。
 そこにあるものを見て息をのんだ。

 散らばるカラフルなお菓子の中に、一人の男子生徒が転がっていた。

「……ジェームズ?」

 リーマスの言葉には、拍子抜けしたような安堵したようなものを感じた。

「どうして君が」
「おっと、もしやその声はリーマス?一体何の仕打ちだよ。僕はただ親切な妖精さんたちから厨房からお菓子をたくさん頂いて寮に帰ろうとしていただけだったのに」
「……」

 石畳に転がりがら饒舌に語るジェームズにリーマスは冷ややかな視線を送った。

「もしかして、ずっと後をつけてたのは君?」
「な、なんの事かな?仲睦まじく歩く男女をからかおうと一部始終見てやろうなんて野暮な真似だれがするものか」

 リーマスは呆れたようにため息を吐いた。
 後をつけられていたから、リーマスは出し抜こうとして私を抱き上げたのだろうか。
 彼の行動を理解したような気もするが、なんだか腑に落ちない。
 リーマスがジェームズにかけた魔法を解除しようと向きを変えたので、私の視界もくるりと変わった。

 反対側の廊下の柱の陰から、誰かがこちらを見ていた。
 あれだけ大げさな音が立てば誰だって気にかかるだろう。
 私の視線は通り過ぎようとしたが、ふと気にかかってもう一度視線を戻した。
 私の知っている人のような気がしたのだ。

 二度見したときにはもう既に彼はかかとを翻して私たちに背を向けていた。
 黒いローブから、ブロンズの髪が見える。そんな恰好の生徒ホグワーツにはいくらでも居る。
 ――だけど、やっぱりあの人に似てる。

「……??」

 背中をぽんとたたかれてはっと我に返った。

「驚かしてごめん。もう大丈夫だよ」

 リーマスの優しい声が耳をくすぐる。無意識に彼の体にしがみついているのを気づかされて、私はぱっと体を突き放した。

「ご、ごごごめん」

 飛び降りるように彼の腕から逃れると、足がよろめいて今度はジェームズに背中をぶつけた。

「おいおい、大丈夫か」
「う、うん。ごめんね」

 子供みたいにしがみついて、みっともない事をしてしまった。
 心臓が嫌な拍動をしている。大きく鳴るくせに、血の気は引いて体温は冷めていくようだ。

 廊下に消えていった影。あれは本当に彼だったのだろうか。だとしたら……。でも……。
 頭の中がまとまらない。ただ焦燥感だけが体を支配していた。
 できないできないと嘆いてのんびりしている暇は私にはなかったのかもしれない。

 あの後ろ姿から、嫌な記憶まで呼び起こる。
 いくつもの赤い蝋燭の火が舐めるように揺れる、あの部屋――。

「本当に大丈夫?なんだかぼーっとしてるね」
「えっ。あ、ううん。なんでもない」

 リーマスが不安げな顔をこちらに向けてくる。
 だめじゃないか。しっかりしないと。もう誰にも心配かけるわけにはいかないんだ。

「リーマスが急に抱き上げるから、ドキドキしてるんじゃないの〜?」

 ジェームズがからかうように言うと、リーマスも少し恥じらうように口を閉じた。

「それは悪かったよ。ごめん」
「ううん。全然!」

 確かに最初はドキドキしたけれど、リーマスの思惑もわかったしどうってことない。


 そんなことより、問題は”彼”だ。









ちゃん♪」

 静かに寮に帰ると、ご機嫌そうなリオナにのしかかられて息苦しくなった。

「ねえねえ」
「な、なに?」
って好きな人居る?」
「え?」

 藪から棒に一体どうしたんだろう。
 この手の話を彼女が大好きなのは知っていたけれど、長い仲の私に改めて聞いてくるなんて珍しかった。
 私はディックの事が好きだと、彼女たちに明かしたことはない。
 なんだかタイミングが見つからなかったし、その話をするには気が引けるところがあった。

「ど、どうしたの急に」
「へへ〜。今ね、見ちゃったよ」
「な、なに?」

 今といえば、さっきリーマスに抱き上げられた事を思い出してギクリとした。
 いや、実際のところ彼とは何もないのだけれど、あんな処見られては別の意味で恥ずかしい。

「リーマスとジェームズと一緒に帰ってきてたでしょ」
「あ、あぁ……」

 彼女の口ぶりだと、あの廊下での事は知らないみたいだ。私は少しほっとする。

「たまたま会っただけだよ」
「えー?ほんとにー?」

 にやにやと笑うリオナを振り切って自分のベッドに向かうが、彼女も執念深く私のベッドに乗っかってごろりと転がった。

「いやさ。が男子と一緒に居るところ見るの久しぶりだからびっくりしちゃって」
「あ、あー。そう?」
「じゃあさ、どっちがタイプ?」

 ……なんでそういう話になるんだろう。私は呆れた目で彼女を見てみるが、効き目はそんなにないようだ。

「そ、そんなのわからないよ」
「えー?」
「リオナ、が困ってるよ」

 見かねたサリーが助け舟を出してくれたが、彼女の口はなおも止まらなかった。

「ジェームズはまあアレだから置いておくとして。リーマスってどんな人?あんまり話したこと無いんだよね。なんかミステリアスで冷やかな感じもするけど、さっきと一緒に居る時は優しそうに見えたよ。あっ。もしかして、リーマスがの事好きとか……」
「それはない!」

 リオナの言葉に思わず大きな声が出て部屋が静まった。
 シリウスもリオナも、どうして当事者でもないのに適当な事ばかり言うのだろう。
 私が手紙を出したのはディックで、それを応援してくれたのはリーマスだ。
 私がリーマスをどうとか、リーマスが私をどうとか思っているわけがないのだ。
 ……そうであってはいけないのだ。
 ちらりと、ローブを着たの後ろ姿が脳裏をよぎった。


「私、好きな人居るよ」

 静かになった部屋で、私はぽつりとつぶやいた。

「えー!?」
「ちょ。声大きいよ」

 私よりもさらに大きな声を出したのはリオナだった。談話室にまで響いたんじゃないかと思うくらいの大声だ。
 サリーも髪を梳いていた手を止めて、ぎょっとしたような顔をしている。

「誰誰!?まさかのジェームズ?」
「違う」

 詰め寄ってくるリオナに、言葉が詰まる。
 でも、本当の事を言うチャンスはきっと今だ。
 私は勇気を振り絞ってって口を開いた。






「……ディック」


 その瞬間の彼女たちの顔を見て、私はやっぱり言わなければよかったと後悔した。

(2016/5/27)
  
2style.net