――コツコツ。

 窓を叩く音がする。
 頁を捲る手を止めて振り向いた。

 ここ数日、彼は私以外誰もいないのを見計らってこの部屋にやってきた。
 私は小さな彼の為に窓を開けてやる。
 掌に乗るくらいの小さな赤褐色のフクロウは、自分と同じくらいの袋を銜えている。
 窓が開くと、もう限界といった様子で袋を部屋の中に投げ落とした。
 私はそれを拾い上げて、くるくると首をかしげる彼の頭を撫でる。

「ごくろうさま」

 そう言うと、彼は満足そうに目を細めるとまた空に飛び立っていった。

 私は差出人不明の郵便物を見てため息をつく。
 中に何が入っているのかわからないが、開ける気にもならない。

 そのとき、部屋の向こうから足音と話声が聞こえた。
 私は慌てて包みをキャビネットの引き出しに押し込むと、部屋の戸が開いてルームメイト達が現れた。

〜。やっぱダメだった〜」
「だ、だめだったの?」
「むしろなんでいけると思ったのか私には謎だわ」
「くそー。2点くらいいいじゃん!先生のケチ!」

 リオナはぎりぎり追試の点数を取って先生に抗議に行ったが、ダメだったらしい。
 ベッドに倒れこむリオナを、サリーがあきれ顔で見る。

「私も魔法薬学追試だったし。一緒にがんばろ!」
が追試なのはいつものことだけどね」
「う゛」
「てか、補習してる意味ある?
「う゛う゛。痛いところを……」

 最近は補習の成果か、赤点は避けていたのに、この間のテストはめっきりダメだった。
 そのことについてはレギュラスにもうんざりするほど小言を言われたばかりだ。

「ちょっと勉強してくるね……」
「ははは。ごめんごめん言い過ぎた。はほかの教科は優秀だもんねー」

 サリーが頭一つ違う私の頭をぐりぐりと撫でてくる。
 筆記は勉強すればなんとかなるのだけれど、私は実技のほうがさっぱりだ。
 頑張って頑張って、やっと人並みにできるのだ。



「そういえば、なんともない?」

 突然話が変わって頭が白くなる。
 リオナの言ってる意味をいろいろ考えるたとき、リーマスやらブラックやらディックやら、いろいろ顔が通りすぎてわけがわからなくなった。
 なんともないってなんだろう。なんともある場合はどれ?

「変なこととか起こってない?」
「えっ、あ、あぁ!うん」

 そこまで聞いてリオナの心配をやっと理解した。
 ああ、そのことが。ちらりとキャビネットをみて、私は笑った。

「一瞬なんの事がわからなかった。ははは。それくらい忘れてた」
「そっか。やっぱり心配しすぎだったかな。ごめんね。無駄に不安にさせたかな」
「ううん!心配してくれてありがとう」
「でも、用心するにこしたことないよ」
「うん。わかった」

 用心、か。


 確かにそうかもしれない。








 この5年間私はこの城で何を学んだんだろう。
 今までの自分の怠惰を戒めたい。

 …あぁ、でも、目の前にするとやはり気がひるむ。
 図書館でまた呪文学の本を読んでみるが、唱える気になるものは少ない。
 燃やしたり縛ったり爆発させたり……物騒なものばかりだ。

 こういう本を読んでいると、私はとんでもない場所に居るんだと自覚する。
 今この部屋にいる人間たちが、たった一言唱えるだけで、一瞬にして地獄絵図が出来上がるのだ。
 魔法界は人知を超えた素晴らしい世界だとは思うけれど、その分危険が多すぎる。
 私のような弱い魔女は戦争にでもなれば真っ先に死んでしまうんだろうな。


 図書館の机にぺったりと頬を付けてそんな事を考えていると、視界に黒いローブが揺れた。

「今日も呪文学?」

 その人はふいに隣の椅子を引いたので、私ははじかれたように姿勢を整えた。

「う、うん」
「でもそこ範囲外じゃない?」
「ちょっと、見てただけで……」
 
 私の本をちらっと覗いて、リーマスはごく自然に話しかけてくる。
 彼の顔を見た瞬間、昨日の女の子の姿がぱっと脳裏をよぎって、急に彼の隣が居心地悪くなった。
 リーマスは彼女になんと言われてなんと答えたんだろう。

「リーマス、最近よく図書館に居るね」
「ああ、試験が近いし」
「あ、そうだよね」

 私へんなことしゃべっていないだろうか。
 ちゃんと愛想よくできているか気になって一層口が重たくなる。

は毎日図書館に居るの?」
「うん。だいたい」
「そうなんだ」

 会話が止まって、リーマスが自分の本を読みだしたので私も自分の本に目を落とした。

 隣でリーマスが勉強してる。
 なんだかすごく変な感じがする。
 ちょっと前まで他人同然だったのに、なんでこんなことになったんだっけ。
 リーマスと初めて話した夜の事を思い出して私はまた気まずさを覚えた。
 あの時のリーマスはとても冷たい感じだったけれど、いつからこんなに優しく話しかけてくれるようになったんだろうか。

 少し、私はうぬぼれているのかもしれない。
 最初がとても冷たいイメージだったから、この優しさが特別なもののように感じているのは確かだ。
 でもリーマスはきっとみんなに優しい。ハッフルパフのあの女の子だって、それを知っているからリーマスに話しかけたのだろう。

 ……そうじゃなきゃ――


 あまりにも邪な思考がちらついたので私は首を振るってそれをかき消した。
 やっぱり昨日の事、聞いてみよう。はっきりしないからおかしな妄想をしてしまうのだ。

「ねえ、リーマス」

 決意を固めてぱっと横を見たが、彼の姿に気が抜けてしまった。
 こちらがぐるぐると考え事に追われているうちに、頬杖ついたままうとうとしはじめていた。

 ……優等生でも居眠りするんだ。


 閉じた瞼から、長い睫毛が頬に落ちている。
 コーカソイド特有の色素の薄い肌や髪。
 鳶色と思っていた髪はライトに照らされ金色が光って流れている。
 柔らかそうな髪だなあ。手ですくったらリーマスは目を覚ますだろうか。

 こう見ると女の子みたいに綺麗な顔立ち。男の子なのにずるいな。

 しかし彼の顎を支える手を見てやっぱり男なのだとよくわかる。
 伸びたセーターの袖口から伸びる大きい手には細かい傷がいくつも見えた。
 真新しい傷に、治りかけの傷。綺麗な白い肌にかさぶたが余計に映えて痛々しい。

 あ、この傷――。

 ほんの悪戯心で人差し指の下から伸びる一番大きな傷にそっと指を伸ばした。

 その指が触れるか触れないかの一瞬。
 気づいた時には、触れるはずだった掌の中に私の手があった。

「リ、リーマス」

 目を覚ましたリーマスはなぜか怯えたような顔をして私を見ていた。
 彼は私と知らず反射的に伸びてきた手を取ったのだろう。痛いくらい強くにぎられている。

「ごめん。起こしちゃった」
「いや……」

 彼は私の手をつかんでいることに気づくと、ぱっと手を放す。
 そして、おろした手を隠すようにセーターの袖を伸ばして隠した。

「こっちこそごめん」

 あまりにばつが悪そうに言うので、私は思わず笑ってしまった。
 寝ぼけていたのだろうかと思うと、完璧と思っていた彼の隙を見たようでおかしくなる。
 目をそらす彼に話を切り出してみる。

「リーマス、何か飼ってるの?」
「え?なんで?」
「手の傷。動物かとおもって」
「あ、あー……。うん。やんちゃなのを何匹かね」

 なんだかはっきりしない答え方をする。答えたくない事だったろうか。
 そういえばいつも庇ってくれるから忘れていたけど、彼も悪戯仕掛人の一人なのだった。
 皆に内緒でおかしな生き物の一匹二匹飼っていてもおかしくはないかもれないな。

「私も実家で猫を飼ってるの。帰るたんびにリーマスみたいな手になるの。ほら」

 夏休みにできた手の甲のひっかき傷をかざしてみる。
 もうかさぶたは取れていたけれど、長いみみずばれになっている。

「リーマスとお揃い」

 彼と同じ位置にできた傷を自慢げに指して言うと、彼はぽかんとした顔をした。
 反応が鈍いのを見て、私は言ったことを後悔した。

「……ごめん、だからなんだって感じだね」

「いや、あはは」

 間を置いてリーマスは笑いだす。
 気をつかって笑ってくれたのだろうかと思い申し訳なく思ったが、だんだん彼の姿勢が低くなっていくのを見てわけがわからなくなった。
 なにがそんなにツボにはまったのかわからないので、ただ茫然と机につっぷして笑う彼を見るしかない。
 一通り笑い終えて落ち着いたのちに、ふと彼は伏せたままこちらに顔を向けた。


「……そっか。お揃いか」

 不意打ちのしぐさにはっと息が止まる。

 つぶやくような優しい声。
 彼の薄い色の瞳が細くなる。
 とろけたような彼の表情に胸は飛び上がっていた。
 見られているこちらの方が恥ずかしく、1秒と見ていられずに顔をそらした。

「どうかした?」
「そ、そんなのダメでしょ」
「え?」
「リーマスはイギリス人なのに!」
「イギリス人?どうしたの急に」

 彼は気づいていない。一番たちの悪いヤツ。
 あんな顔して、何人も女の子をたぶらかしてるんだろうか。イギリス人ってやつはホント……。
 火照る体に手でぱたぱたと風を送る。
 一呼吸おいて、私はまじめなつもりで話を始めた。

「リーマスはかっこいいんだから、そんな風に女の子を見ちゃだめだよ」

 あ、またかっこいいって言っちゃった。
 また彼顔を赤くするかと思ったが、今日はそんな様子は見受けられない。
 むしろ彼はむっとしたような顔をした。

「君こそむやみに男にかっこいいなんて言っちゃダメだ」

 子供みたいにむくれた口調で彼は言う。
 誰にでも言っているような言い方は心外だった。思わず自分も反発するように言い返す。

「むやみになんて言ってないよ。リーマスにしか言ってないもの」

 私の反論に彼は口をぱくぱくさせた。
 言いかけたことをやめて、彼は悩まし気に額に手を当てた。

「……それがダメなんだろ」

 かっこいいものをかっこいいと言って何がダメなんだろうか。
 どうせ言われなれてるくせに。

 私はリーマスの言う事の半分も理解せずに、仕方なくうなずいた。

「ごめん。もう言わないよ」

 言われた通りに誓ったのに、彼はそれに対してうんともすんとも答えなかった。



「そろそろ寮に戻ろうか」
 

(2016/4/30)
  

リーマスはカッコいい!と伝えたかった(私が)
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