最初は小走りだったのも、ついにはぽてぽてと足が進まなくなる。
 どうせ談話室も十二月の浮かれポンチでいっぱいだろう。それなら誰もいない冷たい廊下の方がましかもしれない。

 ふと、バルコニーに続く大きなガラス窓の夜に、自分の姿が映り込んでいるのが目に入る。
 相変わらず棒きれみたいな足と子供じみた膝小僧。小さい手、ひたべったい胸に丸い頭。
 お母さんがくれた髪留めをつけたけれど、余計に幼く映るだろうか。
 でもせっかくくれたものだから、1日くらい付けておいたほうがいいかな。

 どれだけ見たところで身長が伸びるわけでもなかったけど、私はまじまじと自分の体を観察していた。
 ふいに、後ろから人影がにゅっと入り込んできて、私は思わず飛び上がって前につんのめった。


「いや驚きすぎだろ」


 薄い硝子窓に体をぶつけてバリバリ言わせている私に、彼は冷静につっこんできた。

「ブ、ブラック……」

 彼の顔を見た瞬間、一気に血液が足元まで下がって脈が浅くなるのを感じる。
 今の見られてただろうか。硝子を鏡代わりにして自分をじっと見ていたところを。
 しかもよりによってこの人に……なんて恥ずかしい。

 しかし気にしているのは私一人のようで、ブラックは冷めた目で私を見て笑いもしない。

「お前一人?」
「え、あ、うん」
「リーマスは」
「図書館、だと思うよ」

 なんでリーマスと一緒だったこと知ってるんだろう。
 あっそ、と礼も言わずに図書館の方に向かおうとする彼のローブを慌てて引っ張った。

「なんだよ」

 触るな汚らわしいと顔に書いてあったので、私はすぐに拳銃をつきつけられた犯人よろしく両手を挙げた。

「い、今は、行っちゃダメ……だと思うよ」
「なんで」
「女の子と一緒に居る」

 私が言うとブラックの顔が一層険しくなった。

「は? どういうこと?」
「多分、クリスマスのこと、じゃないかな」
「あいつ知らないとこでやることやってんのな」

 そりゃあ、リーマスはかっこいいもの(新入生談)。
 ブラックは私の言いつけを守ってそれ以上進もうとしなかった。
 私のことはさんざん言ってきたくせに、今は行かないんだ。
 やっぱり彼は私のことがきにくわないだけらしい。

「振られちゃうな、お前」

 にやりと笑ってブラックが言った。
 いやいや、前からだけど、意味わからない。顔ムカつくし。
 何勝手に失恋したことにして笑おうとしているんだろうこの人。

「私リーマスの事好きだけど、そういう好きじゃないし……」

 片手で寄りかかるとガラス戸は簡単に隙間を開けた。
 冬の冷たい空気が流れ込んでくる。マフラーの隙間からも首筋に冷気が流れ込む。
 寒さに身を縮めると、ブラックの意地悪な言葉も冷静に受け取れるような気がしてくる。

「負け惜しみかよ」

 彼は鼻で笑いながらそう言った。
 なんとしても私にリーマスを好きになってもらいたいらしい。
 確かにリーマスはとても良い人だし優しいのだけれど、恋の相手として考えた事はなかった。
 私はふうとため息をついて聞き返した。

「どうしてそう思うの?」
「どうしてって、そんなの自分に聞けよ。ていうかなんで窓開けたの? 寒いんだけど」

 根拠もなくそんな事言ってたのだろうか。
 彼は私が開けた戸をまた閉めようと、私の横を彼の腕が通る。
 彼のすっと通る鼻筋やきれいな肌には、他の女子と同じ評価を認めざるを得ない。
 別に好きでもなんでもないけれど、むしろ嫌いだけれど、そこは認める。
 高い背に長い脚。綺麗な黒髪に、色気のある目元。彼と並んだらそれこそ笑いものにされそうだ。

 私よりもずっと大人っぽい見た目をしているのに、どうして子供じみた真似ばかりするのだろう。
 
 ああ、そうか。ブラックは……。


「思春期だ」
「は?」

 ぽんと手をたたいく一昔前のしぐさをしてやると、彼は眉を深くひそめた。

「男女が居れば恋だなんだって、そういう事でしょ」
「……ほー、言ってくれるじゃん」

 私の言い返しにブラックはご立腹のようだ。
 口の端をひん曲げて不愉快そうな顔をしている。
 自分でもブラックに喧嘩を売るなんて大胆な事してしまったとちょっと後悔。
 拳的なものが飛んでこないか怖くて後ずさった。

「お前は幼稚園児だけどな」
「は、はあ!?」

 飛んできたのは拳では無かったが、それは言葉の暴力だ!
 同い年の女の子に幼稚園児だなんて失礼にもほどがある。

「幼稚園児はないでしょ。小学校には入学してるでしょ!
「いや別にそういう意味じゃないから……」

 最近ではめずらしく声を荒げてしまって恥ずかしい。
 ブラックも驚いたのか少し引いている。今更身長の話でからかわれて怒るなんてみっともなかったな。
 咳払いして大きくなった声のボリュームを落とした。

「ごめん、おっほん。でもね、つまりそこなんだよ」
「え?マジで小学生なの?」
「その話じゃないから。だからね、私こんな見た目でしょ。…リーマスには釣り合わないのちゃんとわかってるよ」

 あ、やっぱりこんなネガティブな発言するもんじゃなかったかな。
 ブラックもきょとんとした顔をしてる。さすがの彼もなんと返したら良いかわからないんだろうか。
 こんな事言ったらさすがのブラックも優しい言葉を考えて――

「いやまあそうだけど」

 という期待はしないほうが良さそうだ。
 まあしてなかったけど。してなかったけど!

「そんな事言ったらディックもだろ」

 あ、ここでディックの名前出してくるんだ。本当にデリカシーの無い人。

「ディックは……違うから」
「何が?」
「デ、ディックはなんというか、釣り合うとかじゃなくて、私が、安心するというか、ええっと……」

 いやいや、何ブラックにこんな事語ってるんだろう。
 我に返ると恥ずかしくなって私は話をやめた。

「いや、今の忘れて。もうやめ。なんでもいいでしょ。あなたに関係ないし」
「ふーん」

 ブラックのグレーの瞳が私をまじまじと見てくる。
 また何かぐさりと心をえぐるような一言でも考えているのだろうか。

「な、なに?」
「俺――」


 ブラックは何か言いかけたが、図書館側の廊下からリーマスがやってくるのが見えて言葉を止めた。
 リーマスは話が終わったみたいだ。一人で歩いている。その姿を見て私はほっとした。
 彼のほうは私達の組み合わせを見ると、怪訝な顔をした。

「やっと来たかリーマス」
「またをいじめてたの?」
「ち、ちげーよ。お前迎えに来ただけ」

 いや、虐めてました。今日もいっぱい傷つきました。
 一瞬、リーマスの薄色の瞳と視線が会う。
 何か言わなきゃ、と思っているうちに視線が外れて、私は口を閉ざした。

 あの子にリーマスはなんと言ったのだろう。クリスマスは一緒に踊るんだろうか。
 リーマスに会ったら色々話を聞けるものだと思っていたのに、何故か何も聞けなかった。
 なんでだろう。ブラックが居たせいかな。

 それとも、彼の雰囲気の中に不機嫌なものを感じたせいだろうか。

も帰ろう。もうすぐ消灯だよ」
「あ、うん」

 リーマスはいつも通り笑っていたのに、どうしてそんな風に思ったのだろう。











「そんで?どうだった?」
「何が?」

 男子寮に戻ると、シリウスがにたにたと笑いながら聞いてきた。

「とぼけんなよ。可愛かったか?」

 ああ、がシリウスに話をしたのか。面倒な事吹き込んでくれるな。
 をだしにして適当にあの場を逃げようと思ったのに変に気をつかってくれるし、彼女は今日僕にとってあまり良いことをしてくれない。

 僕は仕方なくシリウスにあわせてにたっと笑った。

「ああ、可愛かったよ。絶世の美女だ。まるでユニコーンとペガサスの相の子――」
「それ馬じゃねーか。茶化すなよ。真面目に聞いてるんだ」
「真面目に聞いててその馬鹿面なの?」
「ひでーこと言うな」

 ふうと一息ついて僕はさっさとこの話題に区切りをつけることにした。

「断ったよ。クリスマスパーティ僕出ないし。顔はよく覚えてないけどハッフルパフの子。はいこれで全部」
「なんだよ。つまんねーの」

 彼のこの言動に矛盾を感じて、僕はつっこんでしまいたかった。

 前に僕が予想していた事は外れていたようだ。
 シリウスは僕に親しい女子が出来る事自体を懸念しているとばかり思っていた。
 そうしたら、満月の夜に姿を消す僕の秘密を探るかもしれない。僕だってその不安はいつも感じている。
 だから安々と人に気を許したりは出来ない。
 この狭い四人部屋は僕の安寧だ。どうしても失いたくない。

 でも、彼は何故名前も知らない女の子は許せて、にはどうしてあんなに意地悪なのだろう。
 それにさっきの二人の雰囲気から見るに、いつもみたいに一方的にシリウスが酷いことを言っていたわけでもなさそうだ。
 むしろ少し距離が縮まったような感じすらした。謝りでもしたのだろうか。……このシリウスが?

「何?」

 無意識にシリウスをじっと見ていた。
 頭で考えていてもしかたないか。知り得ない事は聞いてみなくちゃわからないものだ。

と何を話してたの?」

 彼女の名前を出すとシリウスの喉は詰まる仕組みになっているようだ。
 眉根にシワが入って難しい顔になる。

「別に」
「別にって。結構話し込んでたみたいだったけど」
「見てたのかよ」
「雰囲気見て思っただけだよ」
「なあ、なんでお前あいつにこだわるの?」

 こだわる?僕が?

 笑ってしまいそうだ。
 こだわってるのはどっちだろう。意地になって罪もない女の子をいじめているのはどっちだ。
 彼女の名前を出すと様子が変わるのはシリウスの方だ。

 嫌いなふりして、本当は、彼女に気があるのはシリウスなんじゃ――




 僕は首を小さく振ると、思い切って話を切り出した。

「……は問題児なんだよ」
「問題児?」
「ディックが用意してくれた問題児リストに載ってる」
「問題児リスト?なんだよそれ」

 面白いおもちゃでも見つけたようにシリウスの顔がぱっと明るくなった。
 こういうの大好きだろうなと思って今まで隠していたけど案の定だったみたいだ。

「個人情報だから見せないけど、君たちの名前もバッチリ載ってるよ。まあ僕もだけど」
「とーぜん」

 いやそこは誇るとこじゃないだろう……。

「でも、なんであいつが問題児なの?遅刻魔だから?」
「いや、違う。彼女自体何も悪いことはしてないんだ。遅刻自体も噂になっているほどひどいものじゃない」
「じゃ、なんで」
「詳しいことは彼女のプライバシーに関わるから言わない。でも、今年問題が起きる可能性があるんだ」
「だからあいつの事気にしてんの?」
「まあ、そうなるね。僕一応監督生だし。ディックにこんなもん渡されたら仕方ない」

 仕方ない。

 に親切にするのは、監督生としての仕事だ。

 だから仕方がない。



 自分から出た言葉なのに、喉を通るまで時間がかかった。
 

(2016/4/3)
  

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