早く図書館に行きたくてたまらなかった。
 知りたい事があるとすぐに調べたくてうずうずしてしまう。

「じゃ、私……」

 いつものように午後の授業が終わると、リオナ達に断って図書館に向かおうとした。
 私は毎日のようにこの時間図書館へ向かうから、いつもの事なのに、何故か今日はリオナもサリーも私を引き止めた。

「待って、
「どうしたの?」
「あのー、私達もずっと忘れてて悪かったんだけどさ」

 二人共とても言いづらそうに目配せしあいながら私におずおずと話をしてくる。

「やっぱり、怖くない?」

 今度は、サリーが私の目を見据えながら言う。
 彼女達が言いたいことも、言いよどんでいた理由もすぐに分かった。

「ずっと何もなかったから安心してたけど、ディックってもう卒業したんだよねーって思って」
「あー……」
「だから、あんまり」

 二人共、龍の鱗をそっと撫ぜるように話をする。
 三人の間で、この話題は禁句みたいなものだった。私もずっと目を伏せて忘れかけていたところだった。
 どうして今更そんな事言いだすのだろう。今朝の事といい、今日は様子がおかしな二人だ。

 でも、私を心配して気を遣ってくれていることには違いない。
 私はにっこり笑って言った。

「何いってんの、二人共。私だって少しは成長してるんだよ?大丈夫だって!」
「で、でも」
「ディックが居なくても今まで大丈夫だったんだよ。それに図書館行けなくなったら私どうしたら良いか」
「じゃあ、一緒に行こう」
「いやいや、付きあわせるのは悪いし」

 二人共申し訳無さそうに私を見てくる。
 そんな顔しないで欲しい。二人は何も悪くないのに。

「心配し過ぎだよ。本当に、大丈夫だから」

 二人の顔が暗くなればなるほど、私は明るい顔をしなければならなかった。
 見送る二人に手を降って背を向けた。

 二人共本当は怖がっているのはわかっていた。
 私と一緒に居るのだって、本当は最初から怖かったろうに、ずっと一緒に居てくれている。
 それを知っていたから、私は空き時間はずっと一人で居るように無意識にしていたのかもしれない。

 特に図書館のような死角の多い場所はリオナたちには怖いのだろう。
 私がリリーみたいにもっと優秀で強い魔女なら良かった。
 そしたら、自分だけでなくリオナやサリーも助けてあげられるのに。



 私は呪文学の本を読みふけった。
 攻撃の魔法、守護魔法。そんなものを見ていたけど、どれも難しそうだし、とても恐ろしい事ばかり書いてある。
 こんな魔法は普通闇払いなんかを目指す優秀な人が覚えるもので、私のような一般の魔女は家事魔法と最低限の護身魔法さえあれば充分生活できるのだ。
 だから授業じゃアグレッシブな魔法はあまり習わないけれど、こういうのも、やっぱり今の御時世必要なのだろうか。

 見てはみるものの言葉にしてみるのも恐ろしい。
 パラパラと頁をめくっていると、身長が伸びる呪文を見つけて思わず食いついた自分がアホらしかった。
 私の身長はなんと三メートル以上大きくなれるらしい。
 魔法というのは塩梅というものを知らないらしい。
 いいや、魔法に頼ろうとした自分が馬鹿だ。魔法で体を変えたなんて知ったらお母さんが悲しむだろう。

 結局目を通すだけでやる気にはならなかった。
 だって、結局リオナ達の心配はただの杞憂にすぎない可能性だってある。
 ディックが卒業した新学はもう二ヶ月経過ぎていて、私は今までのんびり過ごしてきたわけだ。
 もう何も、心配することなんて無いのかもしれない。

 本を勢い良く閉じて立ち上がった。



 皮肉な事に、この呪文学の本は私の手の届かない高い棚にあった。あと10センチ足が長ければ届いたのだけれど。
 思わずさっき見たのっぽ魔法の呪文を思い出そうとして頭を振る。

 取る時は踏み台を借りたのだけれど、今は見えるところにない。
 どこかに無いかと思って探し回ると、棚の間で話し込む男女の椅子として使われているのが見えた。
 使わないなら貸してという勇気は私にはもちろんない。心のなかで悪態ついて終わるだけ。

 ハシゴを使うほど高くはないけれど、仕方ないからはしごを持ってこよう。
 むかっ腹を立てながら今度はハシゴを探した。
 図書館中ぐるぐる回っていると、魔法史の棚でやっと発見した。
 自分より二倍は大きい梯子を呪文学の棚まで持って行かなきゃならないのか。こりゃ大変だ。

 落胆するより前にやってしまおうと梯子を持ち上げようとしたが、これがなかなか重たい。
 力ずくで棚から浮かせると、重さでひっくり返りそうになるが、すんでのところで梯子が止まった。いや、それに加えて重さも無くなった。

「危なかった」

 きょとんとしている私の背中から声が聞こえてびくりとした。
 振り返ると、落ちてきた梯子を片手で支えているリーマスが居た。

「えっ!?ごめんなさい!人が居ると思わなくて」

 もしかして頭の上に落としただろうかと思って慌てていると、リーマスは何事も無さそうに笑ったので安心した。

「梯子を使うの? 手伝おうか」
「いや、でも」

 軽々と梯子を元の位置に戻すと、リーマスは手についた埃を払った。

「どこに持っていく?」
「ううん。いいの」
「どうして?」
「リーマスが居れば梯子はいらないから」


 彼との身長差はおそらく30センチ近く。彼ならば背伸びもせずに届く位置にある。
 呪文学の棚まで案内して、本を彼に戻してもらった。
 私は自分の無力さに落胆する。こんな事も一人でできないなんて情けない。

「ありがとうリーマス」
「どういたしまして」

 鳶色の髪の少年はなんでもない事をしたように言う。
 実際、今彼がしてくれたことは彼にとってはなんでもない事なのは明らかなのだけれど、私にはそれが癪だった。

 ”あの人かっこいいね” そう新入生がリーマスに言っていた事を思い出した。

「リーマスは格好いいね」
「えっ?」
「よく言われるでしょう?」

 ちらと見上げたリーマスが予想外の表情をしていてぎょっとした。
 いつも蒼白な頬をほんのり赤くして、初心な女の子みたいに照れている。

「い、言われない。初めて言われた」
「そう?みんな言ってるよ。リーマスは格好いいって」

 格好いいと褒める度にリーマスの赤みは増していくようだ。
 本当に言われ慣れていないのだろうか。その反応が不思議で仕方ない。

「はは。シリウスやジェームズの事を言ってるんだよ。僕も一緒に居るから釣られているだけだろう」
「それはどうかな。少なくとも私は他人の嫌がる事ばかりしてるあの二人より、優しいリーマスの方がずっと格好いいと思うよ」

 あまりに謙虚な事をいうので、思わずここには居ない人物への不満も含めて、思っている事をそのまま伝えてしまった。
 多分彼の頭部に近年稀に見る量の血流が回ったに違いない。
 最後の言葉をいいきるまえに彼は耳まで赤くして、目も潤んできていた。
 リーマスは今自分がどんな顔をしているのか気づいているだろうか。
 もうこれ以上言うのはよしたほうがいいかもしれない。


 リーマスってクールなイメージだったけど、本当はちょっと違うみたいだ。
 でも、私にとってリーマスは充分かっこいい男の子だった。
 最初は少し怖いと思っていたけれど、何故かいつもこんなふうに助けられている。

 赤面したまま、彼はなんと話をしたらいいやら困っている風だったので、私は話題を変えた。


「そういえば、ダンスパーティの相手は決まった?」

 共通の話題といえばこんなものしかなかった。
 言ってから、この流れだと私がパーティに誘っているみたいだと気づいた。

「いや。ジェームズは困ってるみたいだね。毎年のことだけど」
「リリーは帰省するかどうかで悩んでいるみたいよ」
「そりゃジェームズの大誤算だね。……君は?」
「私は毎年家に帰ってるの」
「ああ、そうなんだ」

 そもそもうちは神道だし、年末は実家が忙しいから手伝いをしなきゃいけないし、それに……。
 聞かれても居ないのに言い訳のような言葉ばかり思いついては飲み込んだ。

 それに、こんな小さな体じゃ好きな人とも踊れないし。


 まあ、今年はその人もホグワーツには居ないのだけれど。


 今朝ポッターが言っていた言葉を思い出してくすりとした。
 大中小……とかなんとか言っていたな。
 確かに、ペティグリューは小柄だし、彼とだったら私もダンスパーティデビューができるかもしれない。


「なにかおかしかった?」
「あぁ、いや」

 やることも無くなったので、二人は自然に歩き出して図書館の出口を目指していた。
 リーマスの柔らかい受け答えに、自然と口が緩んでくる。

「朝ポッターが言ってた――」

 図書館を出ようとしたところで、二人の会話は遮られてしまった。

「あ、あの!ルーピン、ちょっと話、いいかな」

 ルーピンに話しかけてきたのは、ハッフルパフのネクタイを締めた女の子だった。
 頬を赤らめる様子から察するに、彼女の中の一大決心を告白するつもりのように見える。
 私ははっとしてリーマスから離れた。

「あぁ、でも」
「私、先に帰ってるね」

 困ったようにこちらを見てくるリーマスに、私は笑顔を向けて図書館から出た。
 やっぱりリーマスはモテるんだなぁ。

 ハッフルパフの子は華奢な色白で、ふわりとした髪がかわいい女の子だった。
 リーマスの雰囲気とも似ているし、身長差もちょうどいい。お似合いの二人に見えた。
 クリスマスの晩に二人でダンスを踊るんだろうか。

 いいなあ。




……いいなあ。

(2016/2/26)
  

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